23 合従連衡 その7-2
※ 注意 ※
今回は戦闘中の残酷な描写が多いです
苦手な方はブラウザーバックでお願い致します
23 合従連衡 その7-2
実数の上でだけならば、祭国軍5千騎と句国兵1万に対して備国軍は2万。
何方に勝利が転がり込むかなどは自明の理だ。
だが、眼前で寝返った句国兵の鬼気迫る形相に、備国兵は慄いた。
狂乱状態の備国の馬は、背中に乗る不甲斐無い主人を振り落として逃げ出す。一頭が逃げ出すと、引き摺られるようにして次々に馬は背中の上の荷物を振り落として、方々に駆け出していく。
「う、うおっ!?」
「ま、待て、こら!」
「おのれ、人間様を置いて先に逃げるのか!?」
右往左往とは此の事だ。先に落ち延びて行く馬の尻を、備国兵は追い掛ける。必死さが、いっそ哀れな程だった。
「克兄ぃ! なあ、あいつら河の方へ逃げてってるぜ! このまんまでいいんかよぅ!?」
陸が逃げて行く備国兵指差しながら馬を寄せてきた。
未だに馬に振り落とされもせずにいる処か、此の乱戦の最中に此方を見付けて一直線に駆け寄って来られる腕前を披露した陸に、お!? と克と竹は眸を輝かせる。
「ようってば! どうする気なんだってばよ、兄ぃ!」
「騒ぐな、此れも真殿の策の想定内だ」
「ほへっ? 真さんの?」
話しながら、克が腕をしならせる。
殻竿のような武器は陸の背後に忍び寄っていた備国兵の頭目掛けて、ぶぅん、と空を切る唸りを上げた。
棒で叩き割られた瓜のように、頭骨を真っ二つにされた備国兵は悲鳴を上げる間も無く、脳と血を肉を飛び散らせて絶命する。
うへっ、と小さく叫びながら陸は愛馬を飛び退らせた。
「陸!」
「おう! 何でぇ、克兄ぃ!」
「此の先の盆地、其処へ伝令として行け!」
克の怒鳴り声に陸は狼狽えながら、盆地の先にで光っている附近と混戦模様真っ只中の自軍と、何度も交互に見る。
「えっ、えっ!? 彼処に!? おいらが!? ひ、一人で!?」
「そうだ!」
克の腕が、大きく回転する。
今度は、自分たちの死角に入ろうとした備国兵の横っ腹目掛けて棒を打ち込む。
ぐえぇっ、と蟾蜍のような鈍い叫び声を上げて備国兵は馬上から転がり落ちた。
まるで編みにかかった小魚のように、小さな肉塊がびちびちと跳ねながら、克の身体と云わず顔面と云わず降り注ぐ。
倒した備国兵の数の分だけ、克と竹は全身を深く昏い朱色に染め上げていた。
強風の最中に立たされた風車のように武器はぶんぶんと唸り続け、まるで紅い花のように見える返り血に克は染め上げられている。
だが全く動ぜず、眉一つ動かさずに戦い続ける克に、陸は、ごくりと喉を鳴らして生唾を飲み込むと、むん、と胸を反らせた。
「おっしゃ、分かった! 兄ぃ、おいら、どうすりゃいいんだ!? 何を伝えりゃいいんだ!?」
「盆地には陛下と兵部尚書様、そして姜殿が、備国王が率いる本隊と戦っておられるのは知っているな!?」
横合いから躍り掛って陸に斬り付けようとした備国兵の腹に、武器を回転させた克は柄の部分をめり込ませた。
甲冑と甲冑の隙間を見事に破り、備国兵の内蔵までをも突いたまま、克は怒鳴る。
「備国軍は間もなく総崩れになる! その盆地にある王の軍に助けを求めて敗走する筈だ! 手筈通りに克の部隊は動く、と伝えろ、分かったか!?」
「お、おう!」
「用水路の附近はまだ霧が晴れていないからな! 晴れだしている盆地に入るまで、陛下の御前まで気を抜くな、分かったな!?」
がはっ、と血反吐を吐き出した備国兵を、ぬん、という気合と共に克は持ち上げた。
串刺し状態にした備国兵は、其のまま投げ出され、背中が軽くなったと知った馬は途端に遁走し始める。
すっげえ! と目を丸くする陸に、克が大喝する。
「陸! 何を愚図愚図している! 分かったらとっとと行け! 此の戦い、時間との勝負だと真殿に厳しく言い付かっている! 行け!」
「おうさっ! がってん承知! 任しといてくれよ、兄ぃ!」
鼻息荒く、どん、と胸を叩くと、おうりゃ! と気合一発、陸は愛馬の腹に一蹴り入れて盆地の方角に向かって駆け出した。
やれやれ、と軽く肩を上下させながら竹が苦笑する。
「此の大乱戦でも何時もと変らんとは、恐れ入る度胸の座りようじゃないっすか、ねえ、隊長? こりゃ、陸の奴、意外と大物になるかも知れないっすよ?」
「かもな」
短く答えながら、克が大きく肩を回転させた。
ぬめぬめと棒に纏わり付いて威力を半減させる肉片を振り払ったのだ。丘に放り出された魚のように、肉片はびちびちと音をたてて地面に落とされる。
「未来の祭国を背負って立つ大将軍さまの大事な初陣だ。ケチを付けさせる訳にはいかんだろう。竹、此処は圧勝で片付けようじゃないか」
「そうっすね! 恩をたっぷり売っておくとしましょうや、隊長!」
何方からともなく笑い合うと、克と竹は再び背中合わせとなり、備国兵を睨み付けた。
★★★
「しかし……この、白く重たい雲のような物は何なんだ?」
「うぬ、此れでは見張りも何もあったものじゃない」
城壁の見張り台に立ちながら、備国兵たちは不平不満を口にしつつうろうろとしている。
明け方に交代を行った彼らは、眼前に広がる真っ白い景色に唖然とした。
城の周辺がすっぽりと白い雲状の物体で覆われており、まるで砂上に浮かんだ蜃気楼の楼閣のようになっている。
自分の手すらまともに見えない。
毛烏素砂漠に生きる民として、砂嵐ならば何度も遭遇した事はある。
が、此の白い物体は其れとは全く質が異なるので経験は意味を為さない。
しかもこいつは、何時の間にか身体をじっとりと濡らして、しかもじわじわと冷えで身体を包み込んで来る。
兵士たちは自分の体を抱き締めるようにしながら、其の場で足踏みをし始めた。
少しでも身体を動かして体温を上げていないと、やっていられない。
見張りの兵士たちは、自分たちの役目に不平不満を口にし始めた。
「ちっ、身体に冷えが滲みてきやがる。やってられねえぜ、なあ?」
「違いない。ああ、酒でも呑みてえな」
「大体だ、こんな中で敵が攻めて来る筈がなかろう」
「おお、そうだそうだ。見張りなんぞ減らせ、馬鹿らしい」
「そもそも、句国の奴らがこの中を突っ切って来るような度胸など持ち合わせておるまい」
「全くだ」
げらげらと下卑た笑い声を上げると、備国兵たちは勝手に見張り役の兵士の数を減らした。
其れでなくとも盆地に出向く前に備国軍が逗留した城を守るのは、僅かな手勢だった。
負ける処か劣勢になる状況など思い描いてもいない弋と備国軍は、城の重要性を全く理解していなかったのだ。と言うよりも、平原での戦の理を学ぶ気がなかった、と云うべきであろうか。
毛烏素砂漠に生きる騎馬の民の戦とは、広大な大地を一直線に駆け抜け、より多く敵の領土を荒らし尽くした方が勝者であるとするのが基本だ。
騎馬が通った後には何も残らない全てを略奪する。
其れが戦である、と幼い頃から叩き込まれ、信じて疑っていない。
でなければ、移動に便利な包という伝統家屋にしがみつきはしないだろう。
備国は砂漠に点在する国々の中で最も平原に近い位置にある国であったから、城の機能と見張りの重要性にまだ理解を示せている国だった。
とは言うものの、備国もやはり根幹は騎馬の民を誇りとする国だ。
城を守る為に万の兵を割く位であれば、敵を圧倒し蹂躙し、完全なる勝利を見せつければ良い、という思考法だ。
句国王・玖を倒した後、句国の領土内で行った残虐行為が其れを如実に物語っている。
だからこそ、真は其処に付け込めた、いや、明らかに彼らの盲点というよりも理解の範疇外を突いたのだ。
「こんな何も見えない処を見張っていても、無駄だろうが……ああ、俺も下に降りて眠りてえよ」
不本意な見張りにいらいらとしつながらいい加減な見張りを続けていた備国兵は、不意に、もうもうと立ち籠める煙のような雲のような物体の奥の方で、何かが振るえたような、そう、気配が感じられた。
「……何だ……?」
「あん? どうした?」
「いや……今、何か聞こえたような……?」
「はあ?」
兵士は首を傾げながら、耳を欹てた。
彼ら砂漠の民は視力もずば抜けているが聴力もまた、抜きん出ている。
軽く目を閉じて音がした方角に耳を傾ければ、確かに、歓声と馬蹄の音が空気と地面を震わせて伝わって来くるのを感じられる。兵士は身体を起こすと、大声を張り上げた。
「おい! どうやら陛下がお戻りになられるようだぞ!?」
「何?」
仲間たちは、一斉に城壁に駆け寄った。確かに、馬の気配がする。もったりと分厚い白い層に守られているが、馬の嘶きが確かに聞こえる。
城の中に残された兵士たちが、わあ! と沸いた。
「流石は陛下だ! 祭国の郡王がなんだ、平原一の強国がなんだ」
「そうだとも! 我らが陛下は無敵だ!」
陛下万歳! 備国軍大勝利万歳! の声が誰からともなく上がる。
「ようし!、 城門を開けろ! 陛下を迎え入れねばな!」
意気揚々としながら、門番を務める兵士も閂に手を掛けた。
ぎぃ……、と軋んだ音が周囲に響いたが、熱狂している備国兵たちの耳には届いていない。
ごと、ごと、ごと、と軋みながら、ゆっくりと城門が開いた。
「陛下ばんざ……いっ!?」
国王に真っ先に駆け寄ろうと城門から飛び出した兵士の喜々とした声が、ぶつり、と途中で途切れた。何かに中断させられたのだ。後に続いていた兵士たちが顔を見合わせる。
「おい!? おい、どうした!?」
「何があった!?」
仲間の背中に声を掛けるが、一向に返事は返って来ない。
無視された事に些かむっとしながら、備国兵たちは城門の外に出た。
次の瞬間。
「突っ込めぇっ!」
もうもうと立ち籠める白い物体を突っ切って姿を現したのは、最強と信じて疑っていない自軍ではなかった。
さんざん馬鹿にし続け踏み躙って来た、句国軍だった。
★★★
「う、うおっ!?」
「な、ななな、なん、だっ!?」
驚愕に顎が外れてもおかしくない程大口を開けて叫び声を上げる備国兵の喉の奥深くにまで、ずぶり、と何かが突き立った。
悲鳴を上げたのは、本人ではなく隣に居た兵士だった。
空気の流れから、矢が飛んで来た、と理解した兵士が頭を庇いつつ本能的にしゃがみ込み、仲間を見上げた時にはもう、その男は口から矢を生やした状態で地面に仰向けに倒れていた。
「ひっ!? うひぃぃぃぃっ!」
苦悶の表情を浮かべる事なく半目状態で絶命している仲間の顔は、余りにも非現実的過ぎて逆に兵士の魂を凍らせた。
腰を抜かして、逃げようにも逃げられぬ兵士は、ぶん! と空気が裂かれる音を耳にした。
途端、自分の顳かみに、どすり、と何かが突き立てられる感覚を覚える。
痛みに悶絶し、地面を転がり出した兵士の腹を馬の蹄が容赦無く踏み潰した。
もったりと重い白い雲のような物体を破るようにして出現した句国兵を指揮しているのは、趙だった。
「突撃するぞ! 私に続け!」
愛馬の蹄で敵兵をまず一人屠り去った趙は、鞘から剣を引き抜いて命令する。
たった数百騎程度の仲間だが、其れでも、おう! と腹の底からの復唱はまるで地鳴りのように城内に響き渡る。
兵力差は然程無いと云うのに、句国兵の奇襲は備国兵たちの心胆を凍えさせるのに充分だった。
本能的に備国兵たちは、視界が全く無い中へと駆け出して行く。
「城の外に出ろ!」
「逃げろ! 兎に角逃げろ!」
敵が見えない、という事は逆に言えば奇襲を仕掛けた句国兵からも姿が見えなくなる、という訳だ。
備国兵たちは命を拾う為に、一か八かの賭けに出た。
正門の方角から侵入して来た句国兵から逃れようと、備国軍は用水路に面して造られた城門へと向かう。
姿を確実に隠そうとして、白い雲状の物体が濃い場所を選んだのだ。
「早くしろ!」
「馬鹿野郎が、大声を出すな! 位置を特定されるだろうが!」
声を潜めて姿勢を低くしながら、備国兵たちは白き雲の最中に身を投じて行った。
逃走を選び取った備国兵の数が多かったのと、元々守護を任されていた兵力が少なかった事もあり、城内に趙たちが押し入った後の抵抗は、殆どなかった。
「殆ど蛻の殻の様子だな」
「はい、我らが剣に倒れた者以外は全て城外に脱したようです」
「奴らはどの方角に落ちて行ったか、分かる者は居るか?」
「河川を目指して落ちて行っております」
「うむ、そうか」
備国兵たちが此の先出来る事と言えば、其のまま川に沿って下り途中から盆地に入り本隊に合流するか。
もしくは山城へ向かった分隊に助けを乞うかするしかない。
そして其れは、出立前に祭国郡王・戰から指摘されていた事だった。
――敵の動きを深く読み解く眼をお持ちだ云うべきなのか。
其れとも、敵を自在に操る術をお持ちだと云うべきなのか。
「何方にしても恐ろしいまでの御方だ、という事に変わり無い……か」
喉を上下させて、趙は唾を飲み込んだ。
――恐ろしがっている暇はないぞ。時間は値千金、一瞬の間が勝敗を分けるのだ。
「よし、では、当初の予定通り、火を放て」
「……は、はい」
仲間は直ぐに松明を幾つも用意してきた。が、なかなか実行に移す気配がない。
「どうした? 早く城に火を……」
言い掛けた趙は、俯き、上目遣いをして押し黙る仲間の姿に彼らの葛藤を感じ取った。
幾ら備国兵たちに横取りされていたとは言え、元を正せば此の城は自分たちの国を護る城だったのだ。
其れを、幾ら備国軍を殲滅する為であるとは云え、自分たちの手で燃やすなど、抵抗を覚えぬ筈がないではないか。
「……済まん、皆、済まん。だが、堪えて欲しい。城は我らの手で後から幾らでも建て直せる。しかし、潰れた国を建て直せる手を持っておられる人物はそうそうおられぬ」
「……」
「何方を選び取るのか、其の方たちが決めるがいい。喩え備国軍を倒す為であろうとも、陛下の恩寵を受けしものには手出しできぬと身を引くか。其れとも、備国軍を何としても必ず倒し陛下の御霊を靖んじんとするか」
「……」
諭す趙を前に、句国兵たちは項垂れたまま、声も出ない。
趙の言葉は、出立前に祭国郡王・戰から掛けられた言葉だった。
決めた筈だ。
其の問いに、後者を選び取るのだと、自分で決めた筈ではないか。
だが、改めて眸にした時、国王・玖の魂を悼む心からどうしても手が出せない。
此処での逡巡は、其れこそが不忠不義であるというのに、出来ない。
気持ちの問題、というよりは、もう、血と魂に染み付いたどうしようもない本能に近い部分の躊躇は、言葉を尽くされても、どうにもならない。
趙は暫し、身体を震わせている仲間を静かに見遣っていたが、仲間から松明を一本奪い取ると、壁に向けて投げ放った。
数瞬の間を置いて、ばちばち、と火は壁に燃え移る。
そして蛇が這って行くように、紅い炎は壁を登った。壁から屋根に到達すると屋を伝って炎は横に走って行く。
火が趙の鎧兜を赤く輝かせた。
仲間たちは何方からともなく、おずおずと進み出ると手にした松明を城に投げ始めた。
1本が2本、2本が3本……と本数が増える程、城を包む紅い炎は大きくなり、自らの熱が放つ風に煽られて更に巨大化していく。
趙の横で、彼と共に城を奪い取った仲間たちは、目元に腕を押し付けて涙を堪えていた。
「燃えろ、燃えろ、燃えるんだ。陛下の御無念と、陛下と民を守れなかった腑甲斐無いさを恥じる我々の涙を乾かす為に、もっともっと、高く、熱く、燃えるんだ」
轟音を撒き散らしながら燃え盛る炎の山となった城を前に趙が呟くと、堪えきれなくなったのだろう、誰かが嗚咽し始めた。
★★★
盆地の戦は、乱戦となっていた。
乱戦と言うよりは大乱闘と言った方が良いかもしれない。
戦いではなく、闘い、其れも死闘だった。其れも一方的な、だ。
自軍が瓦解していく様をまざまざと見せ付けられた弋は、ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、ぐう、と憤怒に塗れた息を吐く。
「……おのれ……おのれ、愚王め、此の私をかくも愚弄するかっ……」
まるで発情期の馬のように、ふぬ、ふぬ、と鼻息を荒くしながら弋は呻く。
――いや、愚王もだが、許し難いのは臭国の糞どもめだ!
臭国王と同じく女々しい涙を流して首を垂れて此の私に従っておれば良いものを!
逆らうとは! 此の私に逆らうとは! 許せん! 断じて許せん!
「……未だ、臭国王めの旗を押し立てるか肥溜めの糞どもの分際で! 弁えぬ者どもめがっ! ……ああ、見ておるがいい、直ぐに、眸に物言わせてやるからな!」
地鳴りが轟いているかのような低い声で散々悪態をついた弋は、高く掲げられている句国王・玖の大軍旗をぬらぬらと底光りする眸で睨む。
「……思い知れ、思い知れ、思い知れ……きさまら……骨の髄までたっぷりと思い知るがいいぞぉ~……」
「へ、陛下! 此のままでは、奴らの攻撃を受けまする! お引き下さ……げはっ!」
弋に後退を勧めた家臣が、言い終わらぬ内に叫び声を上げて馬から転がり落ちた。
ぬ!? と弋が振り返ると、ぐん、と更に前進してきた句国兵たちが放った矢が数本、胸や肩に突き立っているではないか。
「陛下! こ、此処は一旦お引き下さい!」
「陛下! 玉体に傷を付ける訳には参りませぬ!」
家臣たちが叫びながら、弋の前に馬を集める。生きた盾となるつもりなのだ。
家臣たちの決意を知った弋は、ふん……、と鼻を鳴らして短く笑った。
「……分かった。此処は其の方らの言い分を聞き入れるとしよう」
云うなり、弋は腕を高々と突き上げた。
確かに、動転したままの自軍を此の場で立て直すのは用意ではない。
ならばいっそ一旦引き、逆転させるべく軍を編成した方が余程建設的だ。
――引くのは許し難い。
だが誰に対しても負けるなどと、此の備国王・弋に許されてはおらん!
愚王如きに、負けるなぞ、業腹だ! 負けと比べれば、一旦引く位、何するものぞ!
「退却するぞ! 者ども、付いて来るが良い! 来られねば、敵兵の餌食になるだけだと心得、我が後に続け!」
弋の命令に、備国兵たちは我先にと従った。




