23 合従連衡 その7-1
23 合従連衡 その7-1
山の頂上から勢い良く転がり落ちた巨石と岩盤がぶつかり合うかのように、連合軍と備国軍は激突した。
わあ! という歓声が連合軍側より上がり、備国軍側からは悲鳴が上がる。
「おのれえぇぇ! 戦え! 戦え! 引くな! 決して引くな!」
弋は歯軋りしつつ叫ぶ。
祭国軍と禍国軍の騎馬隊を中心として円形の陣を組むと、鶴翼の陣の両翼部分に攻撃を開始した。
円形の先端である第一陣が左右の翼の部分となる第二軍と第三軍に、波状攻撃を仕掛けたのだ。
第一陣が駆け抜けざまに左翼を薙ぎ払う。
対応しようとする間に、第一陣は既に走り去り、右翼に攻撃を仕掛けている。
右翼が攻撃を受けた、と慌てていると第二陣が左翼に攻撃を開始しており、左翼を助けんとする頃にはもう第二陣は此の場に居らず、右翼が標的となっている。
右翼が攻撃に晒されていると、左翼に第三陣に突撃の号令が降りており、とまるで荒れ狂う波濤のように攻撃は途切れず絶え間無く続けられる。
「へ、陛下!」
家臣たちの悲痛な叫び声を、弋は聞いていた。
が、どうする事も出来ない。
此方が応戦しようとすると既に敵は居ない。文字通り、疾風となって駆け抜けて姿形どころか気配さえ残していない。
しかも陣形を完璧に整えて号令待ちであった祭国軍と禍国軍と違い、備国軍はまだ陣を敷く途中であり、殆ど奇襲を受けた形だ。
想定外の敵の出現に浮足立っていた処に、想像外の痛烈な攻撃を仕掛けられた備国軍は完全に浮足立っていた。
反撃に出ようとしても、一度竦んだ身は思うに任せない。
何よりも、数の有意を活かそうとしても備国軍の中央に在る句国兵たちが動こうとしない。まるで城を支える基礎石のように、びくともしない。
「えぇい! 句国の糞どもは何をしておるのか! 戦え! 戦わんか!」
弋が眼尻を裂いて叫ぶ。しかし、怒声を浴びても句国兵たちはぴくりともしない。
まるで、足裏を縫い付けられてしまったかのようだ。
「こういう時に真で役に立つ位しか使い道のない下賤な輩が!」
句国兵たちは期待を胸に灯したのだ。祖国が変わるかもしれない、救われるかもしれない。
無残にも踏み躙られた祖国の誇りと尊厳を掬い取り、再び我が手に取り戻せるかもしれない。
句国王・玖の軍旗が彼らに希望という夢を与えた。
夢は活力となり、侵略されてより項垂れるばかりであった彼らの面を真っ直ぐ先に、未来を見据えるように、と内側から激励する。
「射よ! 句国の奴らを射よ!」
じりじりとした焦りに苛まされた備国王・弋が怒りのままに叫ぶと、ぎょ、と周囲の家臣たちは目を剥いた。
こうしている間にも、敵である祭国軍は迫ってくる。応戦せずに句国兵たちに攻撃を加えよ、とはどういうつもりであるのか、全く読めない。
「甘ったれた考えの祭国の愚王に教えてやれ! 貴様が此方に攻撃を仕掛ければ仕掛ける程、句国兵が野垂れ死んでいくのだぞ、と思い知らせてやるのだ!」
「ゆっ、弓隊、前へ!」
地獄の悪鬼であろうとも、斯様なまでに凄まじい形相をしてはいないだろう。
弋に恐れをなした家臣が、此のままでは命令を遂行しない不届きな逆臣として自分が誅される、と恐怖心から絶叫する。
家臣の恐慌は瞬く間に伝播した。
備国軍の第一陣を形成する筈であった弓隊が動き、中央先鋒隊として配されている句国兵に向かって矢を番えた。
「か、構えよ! 弓隊、構えよ!」
「前へ出よ! 番え! 矢を番え!」
滅多矢鱈に剣を振り回しながら、家臣が叫ぶと、命令は忠実にそして即座に実行に移された。
歪な陣形のまま、備国軍は句国兵たちを矢衾の的として一斉に構える。
「放て! 放て、放て! 奴らを射よ! 射よ、射よ、射殺してしまえ!」
だが、其の時だった。
絶叫の境地に意識を飛ばしたまま大口を開けて叫ぶ家臣の舌に、ぶつり、と縄目を切る時と似た音をたてて矢が突き立った。
一瞬、周囲に静寂が訪れる。
喧しい馬の嘶きも、祭国軍の気合の一声も禍国軍の叱咤督励も、備国軍の耳に入ってこなかった。
「ひぎゃあぁぁぁぁ!」
舌を突き抜けた矢は、家臣の首元まで一気に射抜いていた。
叫び声を上げた事により、びゅう! と舌と首筋から一気に血が吹き出す。
真っ赤に熟れて柔くなった果実を握り潰したかのように、家臣は血飛沫を盛大に吹き上げると、ぐるりと目を白目にして、どう、と馬から転げ落ちた。
其処までの一連の動きを、周囲の兵士たちはがちがちと歯を鳴らしガクガクと膝を震わせて、ただ、見ているしかなかった。
「構えよ!」
鋭い声に、備国軍は一斉に振り返った。
視線の先には、隊列から数歩先んじた位置にて、馬に跨り弓を構えている武人が居た。
堂々たる体躯に、野太く命令慣れした声音は、彼が一角の人物であると知らしめている。
彼の背後には、数にして2千そこそこ、甲冑も武器も全く不揃いな一軍が従っていた。
其れは――そう、備国軍に国王・玖を無慙酷薄なる種dなんで刑戮されてより以後、散り散りとなって潜伏し続けていた嘗ての句国の騎馬隊の生き残りだった。
武人が腕を高く掲げるようにして弓を構えると、背後の騎馬隊は僅かな乱れも見せず一斉に彼の動きに倣う。
「放てぇいっ!」
「おお!」
号令と共に、矢は雹のように備国軍の頭上に降り注ぐ。
「我は句国王より大将軍の地位を賜りし、姜! 句国兵よ! 手にしている武器を陛下の御旗に向けるのか! それとも、我らと共に祖国を蹂躙せし野獣どもを討つか!」
「ほざくな、句国の野良犬大将が! 今の今まで何処に潜んでおった! 生命を惜しんで居た貴様が何を云うか!」
備国軍から、姜を侮蔑する言葉が上がる。
同時に、備国兵たちは意識を取り戻した。
「弓を用意せよ!」
怒号を発した兵士の顳かみに、どす、と長槍が突き立った。
兵士は、自分の脳の中央を一文字に槍が抜けたと感じて絶叫する間もあたえられずに、馬から転げ落ちて死んだ。
「姜将軍の下に!」
「姜将軍に続け!」
句国兵の内から、怒号が上がった。
「国王陛下の無念を晴らそう!」
「戦え! 備国に立ち向かえ!」
句国兵は、乗り込んで来た姜の下へと一斉に駆け集う。
句国兵たちの発する魂の叫び声を受け、姜は感動の涙を滲ませながら玖の大軍旗を指し示した。
「行くぞ! 我が句国を蛮夷どもより取り戻そう! 皆、我らが陛下の軍旗に従え!」
★★★
姜が率いていたたった2千の部隊は、瞬く間に3万を超える大軍勢へと成長を遂げた。
彼の命令の下、一軍は二手に別れて左右の翼の部分に当たる備国軍を内側から攻撃し始める。
此の場で突然現れて指揮を取ったと云うのに、姜の的確な命令により句国兵たちは戸惑いを見せる事無く機敏な動きを見せた。
一旦大きく引いた連合軍も、姜が指揮を執る句国軍と呼応した動きを見せた。
此方も祭国と禍国とで軍を二分すると一翼のみに攻撃の的を限定して先程同じ波状攻撃を再開したのだ。
右翼は戰が率いる祭国軍が、左翼は優が率いる禍国軍が受け持ち、備国軍に休む間を与える事無く攻撃を仕掛け続ける。
そして内側から仕掛ける句国兵の攻撃は猛烈であり、熾烈を極めた。
命懸け、処か彼らは生命はもう無いもの、として来世までも捨てる勢いで戦っている。
自分の魂と引き換えに、一人でいい、備国兵を道連れにして死を恐れず襲い掛かって来る。
生命が奪えぬとあらば腕や脚の一本でも良い、奪ってやれ。
奪えぬのであれば、備国軍が操る騎馬の障害物となるべく身体を差し出す。
そんな生命知らずの戦法とも呼べぬ戦い方を選び取る、最早死人と化した兵士とまともにやりあえる者が此の世の何処に居ると云うのだろう。
外側に大きく膨らむ形で逃れようとしても、祭国軍と禍国軍の猛烈な攻撃に晒されて備国軍は留まるしか無い。
「へ、陛下ぁっ!」
「御下知を! 何卒、お助けを!」
家臣たちが悲痛な声で叫んだ。
備国軍は精神的な衝撃から、無様に瓦解し始めている。
将兵たちが喉が張り裂けんばかりに叱咤しても、激しく動揺する兵たちの耳には全く届いていない。
「おのれっ……!」
一瞬にして戦況を逆転させた玖の大軍旗を、弋は睨む。
あれ程までに句国兵を侮る発言を繰り返し罵詈雑言を浴びせ掛け続け優位を声高に叫んでいたが、己が臭国王と侮辱した王の軍旗が空に翻ったのみで、其れらは一瞬にして自分たちに向かって来た。
――別働隊に割いた3万の兵を差引いたとしても、7万以上の兵がこの盆地に布陣していたのだぞ!
敵は6万を超えるとは言え祭国と禍国の連合軍だ。
幾ら負け無しと恐れられているとは云え祭国は所詮、禍国を宗主国として仰がねば生き残れぬ朝貢国、弱小国家に過ぎない。
だとすれば禍国兵部尚書が率いる4万の兵と戦うのだと思えば良い、と兵を励まして来た。
其れが、どうだ。
連合軍6万に句国兵の3万が加わってしまい敵は9万に迫る大軍勢へと変貌を遂げ、此方は逆に4万という、句国に攻め入った時よりも兵の数を減らしている。
弋にとって、此の数の上での大逆転は取り繕うにも直ぐには代案を浮かばなかった。
その焦りは、兵士たちの恐怖心を更に大きく煽る要因となった。
「おのれっ、愚王め……! おのれ、おのれぇぇっ……!」
地を這うような唸り声を上げながら、弋は高々と掲げられている軍旗を睨む。
傍に居た兵士から弓を奪うと、句国王の大軍旗に狙いを定めてぎゅ、と音を立てて引き絞った。
「喰らえ!」
叫びざま、弋は弦から手を離す。
句国王・玖の軍旗を目指して、光や風よりも早く矢は飛んだ。殺気に気付いた姜が叫ぶ。
「陛下の軍旗を守れ!」
ほぼ同時に、玖の軍旗の端を矢は掠めて行き、金糸で出来た房が、まるで熊の爪に打たれたかのように引き千切られた。
うおおおっ! と句国兵たちの間にどよめきが走る。
「句国程度を何を恐れるかっ! 見ろ! 山腹の城を攻め落としに出た別隊の働きを!」
弋が山の方角を指差して怒鳴ると、びゅう、と風が抜けて行った。
其の間、全軍が糸が切れたかのように動きを止めて指さされた山腹に注視した。
「あの煌々とした輝きを見ろ! 我が軍に城が焼かれた証だ! 今に3万を超える兵が此方に救援に来る! 句国兵が祭国愚王味方となった処でどうなるものではないわぁっ!」
3万を超える兵が救援にやって来る。
弋の言葉は、雨水が枯れた大地に瞬く間に染み込んで行くように備国兵の心身に浸透した。
「そ、そうだ……そうだ、そうだ! 陛下の仰る通りだ!」
「我々は、まだ負けてはおらん! 兵力差など、まだひっくり返せる!」
「祭国郡王が何だ! 禍国軍が何だ! 数で劣るのは奴らの方だ!」
水を得た大地が次に行うのは一気に青葉を芽吹かせる作業であるが、備国兵は宛ら土塊を持ち上げた双葉のように活力を取り戻して雄叫びを上げ始めた。
「山腹を攻撃しておる我が軍が戻るのに、さしたる時間は掛かるまい! 皆、落ち着け! 眼前の敵を倒す事だけに集中せよ!」
弋は腕を振り上げる。
うおお! と備国軍は歓喜に近い歓声を上げた。
「我が軍が手にしているのは句国より奪った無敵の剣、鉄の剣だ! そして我らが駆るのは最強の馬、備国の騎馬だ! その我らは毛烏素砂漠にて名を知らぬのはおらぬ、屈強なる兵だ!」
「おお!」
「そうだとも! 我らは熱砂にも負けぬ、草木を寄せ付けぬ凍土にも負けぬ! 最強の兵だ!」
「我らは負けはせぬ! 進めぇ!」
弋の叱咤激励を背に受けた備国軍は、火の玉となって連合軍と眼前で寝返った句国兵に牙を剥いた。
「我らは無敵の備国軍なり! 負けぬ! 愚王め如きに負けはせぬ!」
眼尻を裂いて、白目までを煌々と赤く燃え上がらせて、弋は剣を振り回し兵馬を奮い立たせた。
★★★
「隊長! あれを!」
絶叫に近い竹の声に、克は盆地の方角を振り返った。
見れば、まるで夏場の入道雲のように地表に蟠っていた分厚い白い幕が何時の間にか晴れ、火の手が上がっているのが此処からでも見えるようになっていた。
つまり、向こうからも戦っている此方が城壁や楼閣を燃している炎や煙が見えている、と云う訳だ。
「貴様ら、見ろ! 遂に陛下が戦端を開かれた! 気合を入れろよっ!」
5千騎の仲間たちの間から、うおお! という鬨の声に似た気合の篭った合いの手が入る。
――だが、という事はつまり、姜殿もあの只中に居る、って事だよな。
手綱を引き、盆地で展開されているであろう激戦の中心人物の一人、姜を思いながら克は手にした剣を振り回した。
獲物を見定めた隼が空中で翻るかのような鋭い燦めきを発した克の剣は、過たず備国兵の頭骨を真っ二つに叩き割った。
ぶしゃり、と血飛沫が盛大に乱れ飛び、周囲の地表を赤く染め上げる。
「彼の地におられるのは、陛下だけではない! 杢殿も、兵部尚書様も兵を率いて戦っているんだぞ! 俺たちだけが無様な戦い方などしておられん!」
何時もよりも饒舌多弁な克だったが、一声張り上げる度に仲間たちが力を得ているのを目の当たりにすると、似合う似合わぬ、らしくない以前の問題で、否が応でも唾を飛ばして叱咤激励の声を掛け続けねば、と自然に思えてきた。
まだ半人前以下の青臭い少年兵だった時分、兵部尚書・優の果敢な攻めと、同時に下される熱気に拍車を掛ける鼓舞に、自分も熱気の塊となった記憶がある。
其れが兵士たちを生き延びさせる手段の一つでもあったのだ、と克は必死の形相で戦いに身を投じている陸を見やり、懐かしく思い出していた。
たった5千騎しかなかった克の部隊だったが、彼の軍旗を目にした句国兵たちの動揺は大きかった。
「えぇい、えぇい、祭国の糞どもを討て! 戦え!」
備国兵から命じられて仕方無く突撃するが、句国兵たちは腰に下げた剣が抜けない。
混戦となっているが、所詮は5千騎と3万の兵だ。句国兵がまともに戦いに参加さえすれば、此の現状は打破出来る。
「何をしておる! 戦え! 奴らを討て!」
どんなに尻を叩いても、句国兵たちは身を縮み上がらせたまま、鈍重な動きをしている。苛つきが頂点に達した備国軍が顳かみに青筋を走らせながら叫んだ。
「ようし、貴様ら、良い覚悟だ! 貴様らの己の家族や土地がどんな悲惨な目に遭っても構わんというのだな!?」
家族や仲間の事を持ち出された句国兵たちが、びくり、と震える。
敵が祭国軍だと知りながら、こうして従軍してきたのは残してきた家族たちの生命を質とされているからだ。
顔を見合わせあった句国兵たちが、漸く、のろのろと動き出す。
にや、と備国兵が嘲笑を浮かべた。
眼前で剣を振るう騎馬隊、彼らの主君である郡王に率いられた軍が甘いのは備国軍内で知らぬ者は居ない。
4年前の戦いの時に祭国郡王・戰は、何一つ搾取しなかった。
其れ処か、彼は句国領内に数々の奇跡を残していったと伝えられている。
句国王・玖は郡王・戰に深く感謝し、同時に傾倒し、自ら盟友とならんと手を伸べたとも知られている。
民もまた、自分たちの生活を大いなる知恵と恩恵を与えてくれた郡王・戰個人に、国王と同等の恩を感じている。
句国兵たちも、そんな恩義のある郡王の一軍に弓は引けないし剣は振るえない。
何よりも、軍旗に記されている『克』の文字だ。
彼は、先の戦の折に勝敗を決定付ける大一番をたった千騎のみの部隊で戦い抜いた豪傑の一人なのだ。
そんな彼に弓など引けない、と逡巡する句国兵に、祭国軍こそ手出しが出来ない。
郡王も甘いが、郡王に鍛えられ思想を同じくする将兵たちもまた、甘いも甘い、大甘な奴らばかりだと見抜いていたからこそ、1万もの句国兵を率いて来たのではないか、とやっと備国軍は思い出していた。
「句国の民よ、聞け!」
備国兵の盾に利用されると知りながらと動き出した句国兵を前に、馬上で克が腕を天に掲げ大喝する。
「姜将軍は生きているぞ!」
雷に打たれたように、句国兵の動きが止まった。
「きょ……姜将軍が……?」
「まさか……そんな、馬鹿な……」
「で、では、何故……何故、陛下の御最後に駆け付けて来られなかったのだ!?」
「そうだ、ならばどうして、せめて妃殿下をお助けしもうしあげなかったのか!?」
「嘘だ! 偽物だ! 姜将軍が陛下と妃殿下を見捨てて落ち延びる筈がない!」
姜という国随一の武人が生きていたという喜び。
そして忠義の人であった姜が国王夫妻を見捨てて国を出奔して生き延びていたのかという驚愕と怒りと哀しみ。
言い表しようのない感情が句国兵の間に一気に押し寄せ、秋風に渦巻く枯れ葉のようにざわざわとどよめきが生じた。兵
たちが自分たちの嵐のように渦巻く感情を持て余し、動きが止まったのを克は見逃さない。
「嘘ではない! 我らが主君、郡王陛下を動かしたのは、誰あろう! 姜大将軍だ!」
おお! という歓喜のどよめきが句国兵の間に生じた。
「瀕死の重症を負いながら尚、玖陛下への忠義心のみにて生き永らえられたのだ! 主君の仇討ちを成さんとする義の心に打たれた郡王陛下を備国討伐へと導いたのは、姜大将軍だ!」
「今、姜将軍は我が祭国郡王陛下と共に、句国王陛下の大軍旗を掲げて戦っておられる!」
克の背後を守るようにして、ぴたりと騎馬を並走させていた竹も叫ぶ。
「立て! 句国の民よ! 姜大将軍の命を顧みぬ義心を無駄にするな! 郡王陛下が備国王を討ち取らんと駆け付けたとて、玖陛下の御無念を晴らすべきは貴殿らを於いて無いのだぞ!」
「彼奴を黙らせろ!」
部隊を率いる将兵である克を討とうと備国兵が殺到した。
ちっ、と舌打ちをしながら克はびゅう、剣に付着した血糊を払ってから鞘に仕舞う。
代わって、背負うようにして用意していた殻竿に似た武器を手にした。
4年前の戦いに、たった千騎で勝利を齎した、あの、無敵の武器だ。
「でぇい!」
気合一発、克は腕をしならせた。
棒術に長けた者であったとしても、この攻撃から逃れる事は不可能だ。
まるで暴風雨の中心部分のような激しさで、克は武器を振り回す。
克から見て死角となる位置からの攻撃は、竹が一手に引き受けて此れを排して行く。
獰猛な野獣の如き容赦の無さでありながら、一部の隙のない此の戦い方は、克と竹が長い実戦の中で自然と身に付け作り上げた型だ。
誰であろうとも打ち破れぬ、と備国兵が跨る馬の脚が、一歩、じり、と音を立てて下がった。
人間よりも生命の危険に対して正直に生きている動物たちは、克と竹の前に出るのを怖れたのだ。
騎馬が抱いた恐怖心は、軍全体に広がった。
馬たちは恐慌を来たして暴れ回る。
一切統制の取れていない悍馬の群れと化した備国の騎馬隊を、句国兵の鏃と剣、槍の切先が、一斉に標的として定めた。
「掛かれ!」
「備国兵を討てぇ!」




