23 合従連衡 その6-1
23 合従連衡 その6-1
「祭国もだが、どうにも、此の近辺の気候という奴は……兵士どもの身体に障るな……」
優はぼやいた。
句国に入ってからかなりの日数が経過しているのだが、日中の気温の差が相当で、此れが地味に身体に堪えるのだった。
冷夏であったとはいえ昼間は暑さを感じさせる。なのに、朝晩の冷え込みは一瞬冬が来たのかと勘違いする程に激しく、しかも一日一日毎に厳しくなる。
風は一刻一刻、冷たさを増して行く。冷気に触れた花は瞬く間に茶色く変色していき、背丈を伸ばす雑草の種類は入れ替わり、夜長を彩る虫の声は喧しくなる一方だ。
「季節の移り変わりが目に見える……か。趣が深いと言えるのかも知れぬが、こうも急激だと愉しむもへったくれもないな」
また、優は誰に言うともなくぼやく。
今の暦であれば、禍国ではまだまだ体感的には秋を感じ始める時分だ。経験からくる季節感との差異が齎す錯覚が、意外と心身を蝕むものだと優は初めて知った。
根幹を騎馬民族としながら田植えによる稲の管理を発達させた句国であるが、ただ単に夏が短いからというだけでなく此の寒暖差も理由の一つだったのだが、此の気温差が、比較的気候が穏やかな風土に慣れている禍国軍に、じわじわと堪えてはじめていた。
体調不良を訴えて斃れるまではいかないが、愁訴を漏らすようになられて、戦への士気に影響を及ぼすようになっては困る。
禍国に於いては、深まりゆく秋は愛でるべきものであるが、此の句国に於いては祭国同様、秋は突如として現れる冬に備えよと忙しなく追い立てるものだった。
「今はまだまだ大丈夫であろうが……此の先を思えば、どうにかせんといかんな」
溜息を吐くと、騒然としている城の正門辺りが一際大きくどよめいた。
「どうした?」
士気が下がるのも困りものだが、やる気が有り余っての喧嘩囂躁など以ての外だ、と優が顔を顰めながら上げると、申し上げます! と部下が勢い良く飛び込んできた。
「兵部尚書様、芙と名乗る御方が」
「何?」
命じつつ優は手にしていた竹簡を放り投げると、さっさと部屋に連れてこんか、此の馬鹿者が! と怒鳴った。慌てて部下は部屋から飛び出して行く。
程なくして、流石に黒い服面は外しているが何時もの黒装束姿で芙が現れた。
「よく来た。早速だが、陛下の元に行くぞ」
ついて来い、と手招きし先に立って歩きながら、ちらりちらり、と横目で芙を覗き見ている。
草である芙は真との連絡を取り合う重要な役目を担っているのであるが、普段であれば彼が勝手に忍び入って来る。
だが、今回、芙が正門から堂々と入城したのは、真からの正式な遣いであるという現れだ。
剛国での成果を芙に伝えよと命じたのであるから、無事で居るのは確実であるが、だが果たして健勝であるのかどうかは怪しい。
其れでなくとも真は、もう無理の効かぬ身体であるというのに、無自覚に無茶ばかりを重ねる。
特に此れから秋が深まれば、冷えが身体の痛みを倍増させる。
そんな常に痛みを強いられる生活を送りながらも、剛国王を相手に向こうを張り続けねばならないのだ。
――真殿の身体が心配なのであれば、具合はどうだ、と素直に訪ねられれば良いものを。
杢殿や克殿に対しては、あんなにも親しみを見せられる癖に、実子である真に対しては、やたらと無駄な距離を取る。
――自分たちが一番、歯痒さとやり切れなさを噛み締めているのだろうに。
歩み寄りたくとも出来ぬ恨めしい何かが親子の情であるというのなら、人の親と子として生きるのは存外と難儀で厄介なものだな。
付き合いも長くなった此の奇妙な親子の関係性に、芙は微妙な笑みを隠せない。
芙の目元が和らいだのに気が付いた優は、ぬ? と呻いて眉を動かすと、態とらしく咳払いしてみせた。
★★★
芙の姿を見た戰は、満面の笑みで椅子から立ち上がって両手を広げて迎え入れた。
「御苦労だった、良く来て呉れたね、芙」
いいえ、と芙は淡々と答える。
戰の笑顔は、自分ではなく遠く剛国に居る真に向けられたものだと思うと、何やら切なさを感じずにはいられない。
間接的にでも、真を感じられる芙と会えただけで、こんなに喜びを露わにするのだ。
――早く、本来のお二人に戻して差し上げねばな。
芙の隣で、ごほり、と優がまた、態とらしい咳払いをする。
少し照れたように、分かっているから、兵部尚書、と戰は零すと椅子に座り直した。
早速、優は戰の横に立って地図を広げてみせる。
今、彼らが居る城と備国軍が居座る句国の王都と王城に、其々、朱色で印が付けられている。
「で、馬鹿息子は、何と言って来ておる」
「真殿は剛国王を説き伏せ、3万の騎馬隊を援軍に寄越させるのに成功致しました。此の上は、陛下と兵部尚書様が率いておられる連合軍との連携を正確にとりたい、と申しておられます」
ほう? と優は意外そうに呟き、片眉を跳ねさせた。
剛国王が参戦を了承する確率は、良くても1割未満だろう、と優は踏んでいた。
――どんな技を使いおったのだ、馬鹿息子は。
こうまで無茶を通り越して、あれもこれも策を現実のものとされていくと、かえって呆れる。
そして同時に危惧も抱く。
今の輝かしい祭国軍、いや、祭国の内政も外交も、郡王・戰の統治の功績は傍に寄り添う真があってこそだ。
真が必要とされている現場の比重は、大きく重い。
祭国の発展は、郡王・戰と少年王・学のみのものではない。
真が関わっておればこそ、祭国は此処までの強国化に成功した。
逆に言えば真さえ居なくなれば、此の先、祭国は現状を保てなくなり一気に瓦解する。
――剛国王に、消されねば良いが。
剛国王にその気がなくとも、周囲に侍る剛国の家臣たちが真を許すまい。幾ら、芙の仲間が守っているとはいえ、3年前の二の舞いとならぬとは断言出来ないのだ。
息子の名を聞いただけで無邪気に喜びを露わにする戰を、優は嬉しく思いながらも、危うさを感じずにはいられなかった。
★★★
「陛下、真殿が確認しておきたい、と申されていたのですが、祭国軍と禍国軍をどのように動かす御積りであらせられますか?」
芙の質問に、馬鹿息子めが何を偉そうに、とぼやきながらも、優は広げた地図の中の、先ずは今自分たちが居る城を指差してみせた。
「今、我々が居るのが此処だ。此の城を出た後、こう、此の盆地の中央を北上し、王都に迫るように見せ掛ける。さすれば備国軍は、我らを迎え討ち、且つ退路を断たんとして王都の前に広がる平原に布陣するだろう」
句国は高地にある平原の国と思われがちだが、戰が先句国王・番を討ち果たした戦が山間であったように、契国との国境付近から句国王都までには峻険たる山が軒を連ねるように存在し複雑な地形を生み出している。
だが勝利を収めた先の戦と、此度の戦とでは状況が違い過ぎる。
備国軍と較べて、連合軍は数の上で大きく劣っている。
騎馬を最も有効に活用できる地形で戦を展開するのは当然だった。
無論、そうなれば、備国軍も騎馬を自在に操れる訳であるから不利な状況に代わりはない。
だとしても、主戦力の力を最大限に生かさぬ策を採用はできなかった。
優の説明に静かに耳を傾けていた芙だったが、徐に一礼すると数歩分、膝を進めてきた。
仰け反る優を無視して、芙は懐から木簡を取り出すと戰に向けて差し出した。
些かむっとしながら優が奪うようにして木簡を受け取り紐を解くと、戰は素早く目を通した。
最後の一文字まで読み終えると、うん、そうか、と戰は嬉しそうに笑った。
「成程」
「何が成程なのですか、陛下」
のんびりと笑う戰に、かなり苛々した口調で優はじとりと睨む。
「まあ、読んでみるといいよ。真らしい策だ」
にこにこしながら、戰は優に木簡を手渡す。
寄り目になりながら受け取った優は、一気に木簡に目を通す。一文字読み進める毎に、顔付きが険しく、巌のように硬くなっていく。
「どうだい、兵部尚書、真が寄越してきた策は?」
「実に馬鹿息子の頭が捻りだしたらしい、巫山戯た策ですな」
「此の策が有効であるかどうか、兵部尚書はどう見ているか、知りたいのだけれどね、私は」
「……陛下が認められたのでしたら、私は否とは申しません」
「では、真の策を採用するよ。いいね、兵部尚書?」
「致し方ありません。馬鹿息子の策が、最も適しておるのですからな」
ぶす、とした声音で優は答える。真の策の有用性を認めざるを得ないのが、相当に悔しいらしい。
「よし、芙。疲れているだろうが、趙と伐を呼んで来て呉れないか?」
「はい、陛下」
跪く芙が微かに視線を上げると、憮然とした表情を作り上げながらも口元が歪んでいる優の横顔がちらりと見えた。
全く何処まで素直になれぬ御人なんだ、と芙は呆れながらその場を下がった。
★★★
備国王・弋が揚々と高まった戦意に軍旗をはためかせながら王都を出立して、拠点となる城に入って既に2週間が経つ。
祭国郡王・戰が遡上してくる魚のように王城を目指して来るのを充分な軍を備えて、決戦の時を今か今かと待ち構えていた。
郡王・戰が率いる祭国と禍国の連合軍が、句国の王都に向けて出発してからは実に3週間以上が経過している事になる。
其の間に、月が代わり秋はいよいよ深まりを見せ、山の木々の彩りは誇る様に一時の光彩を放っている。
何時動くか、攻めて来るか、と身構えている備国軍内では、肩透かしを喰らった状態が続いていた。
而も、2週間もの猶予を敵は与えてくれているのだ。
当初は、怒りに任せて郡王憎し、敵を討つべし、出陣を行うべし、と弋に同調して声高に唱えていた家臣たちも、やがて冷静さを取り戻し、充分に敵に備え敵の策を読み、郡王を出し抜くべし、と論調を変えだした。
「当然だ。こうなれば、とことんまで愚王の奴めに思い知らせてやらねばな。奴の持つ覇王の宿星とやらの輝きなぞ、毛烏素砂漠にまでは届いておらぬのだ、とな」
ニヤリ、と笑いつつ弋は尊大に答える。
「……ふむ……」
だが弋は地図を舐めるように見、そして眉根を寄せた。
報告を受けるままに、内官たちは地図上に郡王が通った道筋を記していく作業を自ら行ってきたが、途中でどうにも解せなくなったのだ。
連合軍は盆地を抜けて其のまま王都を目指すのだろう、と弋は予測しており、読み通りとなっていた。
だが、此処に来て大きくずれが生じてきているのだ。
――愚王め。行軍の予想を大きく外してきているな。
「どういうつもりだ」
地図を睨みながら、弋は鼻息を荒くした。
手にしていた墨壺を、投げ付けるようにして部下の手に押し付けると、苛々とした気分を隠しもせずに周辺を歩き回る。
予測不能で落ち着かぬ素振りの弋と同様に、家臣たちも地図を睨んでいた。
じっくり腰を据えて敵を倒す、其れは良いだが、敵を知らねば倒しきれない。
備国に於いて、戦は完全無比の圧勝でなくてはならず、そして勝ったからには根刮ぎ奪い尽くさねばならない。
倒しがいのある敵は奪いがいのある敵でもある。
だが、敵を知らねば倒しきれないし、奪い尽くせない。
★★★
「陛下、恐れ乍ら、我らには、どうにもこうにも、愚王の奴めの腹が読めませぬ」
「連中、何を狙っておるのでありましょうか?」
「……恐れ乍ら申し上げます。奴らが狙っておるのは、どうやら此方の山際にある城を拠点として此の盆地に我らを誘い込む策のようですが」
口々に疑問を投げ掛ける家臣たちの中、進言した家臣を弋は苛々した口調で追い払った。
「貴様、なめておるのか。読めておるわ、其の程度」
すごすごと引き下がる部下の肩の下がりようが、また、酷く鬱陶しく、弋の神経を逆撫でしてくる。平素であれば激昂したまま部下を怒鳴り散らす処であるが、だが弋は、もう一度地図を睨め付ける。
当初、連合軍山の間を縫うようにしながらも真っ直ぐに北上して王都を目指していた。
しかし数の上での不利を補う為に、王都直前の平野ではな、く一歩手前の盆地にて布陣するであろうと弋は予測していた。
果たして、郡王・戰は弋が見立てた盆地に在る城を攻め落とした。其処までは良い。
――此の城を拠点をして魚鱗の陣を布いて来るものと読んでいたのだがな。
しかし。其処からの連合軍の動きは弋の予想外のものとなった。
其の城に留まらなかったのだ。
郡王・戰は折角落とした城を放棄し、もう一つ駒を進めて王都により近い山腹の城を攻略せしめ、入城したのだ。
そして今度は、其の城に穴熊のように逗まって動かない。
何方の城の前にも、秋となって水が枯れ始めてはいるが河川があり、天然の堀となっているが、山腹の城は文字通り背中に山を背負っている。
眼前の河に背中の山。
籠城するには持って来いかもしれない。
だが、飽く迄も連合軍は王都に攻め入り王城を落とすのが目的の筈であるし、そもそも補給も見込めず援軍など以ての外の敵陣で籠城戦を展開する馬鹿などいない。
しかし、連合軍は此の城で足踏みしたまま動こうとしない。
――まるで、何かを待っているかのようだが……。
何だ? 愚王め、奴の狙いは一体何だ?
備国軍本隊は連合軍の動きを観察し続けたが、彼らは山城を陥落せしめてから動こうとしない。弋は盆地に誘い込まれていると知りつつも、連合軍の退路を断つ様にして盆地中央に進路を取り、南に向かって進軍を開始した。
こうして現在、山腹の城から見てほぼ真東に在る別の山城に入城して役2週間が経過してしまった訳である。
郡王・戰は何を企んでいるのか。
備国軍は困惑の極みにあった。
★★★
そしてもう一つ、気になる要素が、弋の中で芽生えていた。
其れは雪だ。
秋が深まると次に控えているのは、冬の寒気がもたらす降雪だ。
夏が終わり季節が秋へと移り変わり、不利な状況になるのは所詮、攻め手である連合軍側だ。
兵糧も逼迫してくるだろうが、雪に襲われた時、季節の変わり目に備えていないであろう連合軍は悲劇に見舞われるに違いない。
だが、同じ事は備国軍にも言える。
「……山脈に近い句国契国剛国に降る雪の量は如何程になるのか」
珍しく、弋が慎重そうな声音でつぶやいた。
毛烏素砂漠に在る備国本土でも、余程標高の高い山でなくては目を見張るような降雪にはならない。
下手に一晩外に放り出されれば人間をも凍りついて死ぬ、凄まじい寒気には襲われる。
が、雪が齎す恐怖というものは、禍国の領民もであるが備国軍も知らない、経験した事がない。
禍国は冬場であっても大した積雪量にはならないと聞き及んでいるから、雪に対する恐怖は此方と大差ないだろう。
雪が何時降り始めるのか。
秋が終わるまでに決着を付けねばならないと追い立てられているのは、実は連合軍だけでなかった。
備国軍も同様だった。
とうとう、弋は決断した。
――此れ以上の睨み合いは無意味だ。
歴戦の勇士の集まり、騎馬の民の士気が下がる事は在りえない。
だが弋は年が明け、春を迎えた暁にはいよいよ本腰を饐えて禍国本土を攻め、平原に覇を唱えるつもりでいる。
彼の国の皇子である郡王・戰との戦に尻込みしていると思われるのも業腹であるし、因縁のより深い剛国王・闘との対決をより有利に進める為にも此処は戦に踏み切るべきだと判断した。
「最早此の城にて、愚王と対峙し続けても埒が明かぬな」
「陛下、では……?」
「此の城を出て、逼塞しておる奴らを炙り出す――者共! 穴熊狩りだ! 気合を入れろ!」
にやり、と笑って弋が宣言する。
おお! と家臣たちは腕を天に突き上げて呼応した。
★★★
「陛下、備国軍が動き出しました」
備国軍の動きを探っていた芙は、戻って来るなり緊張した面持ちで報告した。
「遂に動きおったか」
青年のように興奮した声音で優が零す横で、戰は苦笑いする。
「芙、備国軍は何処に布陣するつもりでいるのか、掴めているかい?」
「はい」
芙は音も無く進み出て地図を指し示した。
「備国王は此の河を渡り、我々が以前奪った城の前に布陣する腹積りです」
「……ふむ、矢張り其処にか」
真が寄越した木簡に記された通りに場所に、備国王が布陣すると聞いた優は複雑な顔付きをしてみせた。
しかし、此方の城と彼の城の間は狭い。
河と山に挟まれた此の地形では、備国軍自慢の騎馬隊はその能力を最大限に発揮出来ない。
大抵の将兵であれば、勝機を得たりとばかりに北叟笑むだろう。
「正に、其処が備国王の狙いなのです」
真の木簡には、備国軍は此の地で暫し逗留した後、軍を二手に分ける。
決戦を急がせる為に、別働隊を差し向け、背後から祭国と禍国の軍を突くだろう、と記されていた。
背後を突かれた連合軍が此の城を飛び出して河を渡ると、其処には先んじて河を渡り終えていた備国軍の本隊が陣を布いて待ち構えている、という寸法だ。
「備国軍は我が軍を、いえ、戰様を油断させるようとしているのです」
此処までは、ほぼ真の読み通りとなっている。
「さてでは、兵部尚書。備国王も待っている。そろそろ動くとしようか」
「はい、陛下」
優が礼を捧げると、うん、と戰は頷く。そして、傍らに跪いて控えていた芙に声を掛ける。
「芙、急いで真の元に戻ってくれ。いよいよ、戦が始まる、と」
「――は」
頭を下げつつ短く答えた芙は、次の瞬間、気配毎、姿を消していた。
薄気味悪い、と云いたげに眉を寄せている優を、くす、と声を立てて戰は笑った。
戰が立ち上がって歩き出すと、優が付いて来る。ふと、戰は何かを思い立ったらしく、脚を止めるとくるり、と背後を振り返った。
「兵部尚書」
「――は、は?」
「兵部尚書、勝とう。我々は、勝たなくてはいけない。句国王の為でも契国王の為でも、況してや、禍国王城に巣食う者たちの思惑の為なんかじゃなく――自分たちの為に、勝とう」
戰の言葉に、優は一瞬、絶句して見せた。
だが、見る見るうちに口をひん曲げ、目を潤ませる。
そして其れを気取られぬように顔を背けるのだが、ぐずり、と鼻がなってしまう優だった。
そんな優の肩をがっちりと掴んだ戰は、目の奥をじっと覗き込むようにして見据え、そして力強く言った。
「勝つぞ、兵部尚書」
勝つぞ、真。
自分の肉体を通り越して、息子に宣言している戰を、優は眩しそうに目を細めて見上げ、礼拝を捧げた。
「は……はい……はい……」
珍しく、優は其れ以上、何も言えなかった。




