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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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23 合従連衡 その5-3

23 合従連衡 その5-3



 克と芙と共に剛国の城に赴いた真は、昼間に見た祭りの様相とはまた違う明るい雰囲気に、顔を見合わせた。ぺち、と首筋を叩き視線を泳がせながら克が呟く。


「何だ? 妙に浮かれているな?」

「ですね、此れは祭りのせいだけではありませんね」

 短く答えた真は、だが、騒ぎの元が解っているかのような顔付きだった。

「ん? 真殿には、目星が付いてるのか?」

「はい、まあ……」

 言い掛けた真の前に、斬が現れた。

「御使者殿。ようこそ御出下さいました。どうぞ、此方に」

 礼拝を捧げると、真たちを王の間に誘う。王の間に入ると、赤い幕と国旗が掲げられている。明らかに、何かの祝いの席だ。


「何だ? 何があるだ?」

 耐えかねた克が、ぼそぼそと真に耳打ちをする。

 指を立てながら、しっ、と小さく真は諌めたが、此れ以上黙っていては克の不平が爆発するだろう、と察して手招きした。

「恐らく、闘陛下が御側室を迎えられるのだと思います」

「御側室!?」

 と叫びかけた克の足首辺りを、芙が後ろから蹴り付けた。

 御蔭で、痛みで呻く代わりに叫び声を堪えられた克が、済まん、助かった、と涙目で芙に感謝を伝えながら、真には、一体、誰が? と小声で尋ねる。

「其れは当然、照殿ですよ」

「照殿を……そ、そうか」

 照の名を出された克は、彼女が契国の相国にして現国王・碩の叔父でもある嵒の一人娘だと気が付いた。


「成程な……句国を倒した暁には、契国に攻め入る気だと此方に表明された訳か」

「平原に覇を唱えるのは戰様ではなく、此の剛国王・闘である、と実に絶妙な時宜に合わせて宣言されました。流石に時流を読み取る御力に長けておいでですね」

「おいおい、真殿。陛下の敵になるんだぞ? 感心して貰っていちゃ、困るんだがな」

 頬の一番高い処に出来た笑窪を指先で掻きながら、克は呆れて口を曲げる。

「しかし、契国の王族の女性にょしょうとは言え、元は宮女だろう、照殿は? 側室に上げるのなら、烈殿下が娶っておられる瑛妃殿下が黙っておるまいに」

「だからだ」

「ん?」

「騒ぎたてて欲しいのさ、碩王の妹姫に」

 ぶす、とした声で答える芙に、ああ成程な……、と克は曖昧な返事を漏らした。


 契国王・碩の同母妹である瑛姫は3年前、闘が最も信頼を置き、且つ、可愛がっている異腹弟である郡王・烈の正妃となった。

 なった、までは良かった。

 が、未だに子を成していない彼女の立場は、日に日に悪化している。

 其処に持ってきて、自身の宮女であった照が国王の側室となる。

 与えられる御位はどの程度のものかは分からないが、剛国の仕来りに添うのであれば、郡王妃の宮女の身分として闘に仕えるのだろう。

 ならば、良くても6品の寶林の位、恐らく順当さでいけば8品の御女として召し抱えられるのが順当だろうか。しかし王弟であり、一介の郡王の妃でしかない瑛と、6品だろうが8品だろうが国王の後宮となった照では、此れまでの立場を大きく逆転させるだけでなく、天地ほどの差が生じる。

 大抵の女性であれば、照の境遇を嫉妬せずにはいられまい。

 其処に加えて、もしも照が懐妊でもすれば、状況は更に大きく変貌する。

 照の品位は、一気に3品の婕妤しょうよ辺りにまで取り立てられるかもしれない。生まれた御子が王子であれば、2品のびんに出世する可能性も無きにしも非、ずだ。

 

「瑛妃殿下の為人ひととなりは、然程詳しい訳ではありませんが、大抵の女性にょしょうにとって、御自分の宮女であった方が己の良人より身分が高い御方に仕える事になった。そして先々、御子をお生みなられでもすれば……と続けば口惜しく感じない方がおかしいでしょう。……十中が九、悋気に気を揉まれられる事でしょうね」

「烈殿下の正妃様が、御自身の兄王である碩陛下に泣き付くのを期待しているのか、闘陛下は」

「其れ以外に考えられません」

 瑛姫の訴えに、万が一でも碩が耳を傾け、剛国に楯突きでもしたならば。

 いや、瑛姫が碩に遣いを出すだけで良いのだ。

 密書であると騒ぎ立て、開戦への口実に出来れば構わない。

 烈にとって瑛姫は、元々、闘によって与えられただけの押し付けの正妃に過ぎない。

 御子を産んでいれば多少は情も湧いたかも知れないが、3年経っても懐妊の気配も見せないような、只管気位が高いのみで可愛げなど一切ない、役立たずの石女うまずめを何時までも妃の位に居座らせてやるほど、烈は親切ではない。

 どうせ、打ち捨てるのが決っている女に遠慮などする必要はない、とばかりに烈は堂々と後宮を召し抱えていくだろう。


 此の時、真も闘もまだ、碩が神経衰弱に掛かり明日をも知れぬ瀕死の身であるとは知らなかった。もしも知っていたとしたら、闘は照を一気に正1品の妃の位に召し上げていただろう。

女性にょしょうの扱い方は、陛下と雲泥の差があられるのだな」

 汚らわしい物など視界に入れたくはない、と言いたげに、芙は目を伏せる。

 克も、明らかに目線を鋭くして気分を害した素振りを隠そうともしない。

 やれやれ、と真は肩を竦めると、珍しく諌める口調になった。

「お二人とも、露骨すぎますよ」

「しかしな、真殿……」

「取り敢えず参りましょう。闘陛下の出方を見て、此の先の事は考えればよいのですしね。先ずは戰様の戦の助けになって頂かないと、埒が明きません。其れに……」

「其れに?」

「闘陛下の目論見通りに、此の先の全ての事が運ぶなど、私は許すつもりは毛頭ありませんから」


 云い終えると真は、くしゅん、と派手に嚔をした。

「流石に収穫祭が行われるだけの事はあります。かなり秋が深まってきましたねえ」

 克と芙は、何処までも何時もと変わらない、のんびりとした真の口調に一瞬呆れた顔になった。が、顔を見合わせあって短く笑うと、堂々と胸を張って真の後に続いた。



 ★★★



 真たちが礼を捧げながら王の間に入ると、闘が機嫌良く声を掛けて来た。

「来たか、真よ」

「はい」


 真が答える前に、ぎろり、と烈が睨みを効かせて来るが、負けじ、と真の背後で克が烈を睨み返す。

 静けさの中に熾烈な戦いを展開する烈と克だったが、闘の明るい笑い声に中断された。

「気が付いておろうが、戦の前だが、此度、後宮に新たな妃を迎え入れる事となった」

「剛国の王室の繁栄をお支えする新たな後宮さまを得られましたる事、誠にお慶び申し上げます」

 ああ、聞いておるのか、と闘は口元を歪めた。

「此度の後宮は5品とし、才人の位を与えたのだがな……後宮となるむすめが誰であるのか、真よ、気にならぬのか?」

「戦に関わりありませんので」

 楽しげに目を細める闘に、真は鰾膠も無く答える。ふっ、と闘は息を吐くように短く笑う。

「存外に冷たい男だな? 後宮となるのは、其の方とも浅からぬ因縁のある女だが」

 探るような闘の視線を、真は目を伏せた礼拝の姿勢でやり過ごす。

 真の表情が微塵も変わらないと悟った闘は、まあ良い、と呟くと三人を手招いた。


「其の方らを呼び寄せたのは、後宮を祝えと申す為ではない。真よ、此度の戦において、其の方は如何なる策を用いるつもりでいるのか、存念を申せ」

 闘の言葉に、斬が身体を震わせた。

 真の策は、たった200騎で自分に勝利を齎して呉れた。のみならず、お蔭で兄王・闘に認められ、万の兵を率いる栄誉を賜るに至った。

 斬は身体が熱く火照るのを感じていた。

 ――此度の戦では、どんな策が真殿の口から飛び出して来るのか。

 興味を抱かぬ方がどうかしているだろう。


 血気に逸り、打ち震える斬をちらりと見やってから、地図を此れへ、と闘が指示を出す。

 早速、1辺が8尺はあろうかという巨大な帛書が、武官たちにより持ち込まれた。

 地図は、周辺国の地理が実に細かやかに描かれている。

 ――へえ……此れは……。

 真が目の端をきらり、と輝かせて反応を見せると、してやったり、と言わんばかりに、にやり、と闘が笑う。

 此れだけの地図を所有していると真に見せ付けたのは、あからさまな示威行為であるだけでなく、闘が平原に打って出る腹積りであるのだと堂々と宣言した訳だ。

 どうだ、と云いたげに烈の視線も熱いものになっているが、真は彼には全く構う様子も堪える素振りも見せない。途端に、癪に障る奴め、とを眇める烈に、闘は一瞥を呉れて押さえ込んだ。


「備国王がどのような策を用い、何処に布陣するつもりでいるのか。真よ、其の方はどう読む?」

 首の後に手を当てながら、そうですね、と真は呟くとゆっくりと立ち上がり、帛書に近付いた。そして、幾つかの県と州を順に指差す。

「陛下、一つ、お聞きして確かめたい事が御座います」

「何だ?」

「祭国と禍国の連合軍が南から入った、とまでしか、私どもは陛下から聞かされておりません。しかし、南から侵入したとなれば、先ずは攻撃の標的となるのは、此の近辺の県や牧、州となりますが、どうでしょうか、私の推測は正しいでしょうか」

 くっく、と闘は喉を鳴らして笑った。

 ――どうせ、斥候どもを走らせて、連絡を取り合っておるだろうに、態とらしい奴め。

 私の口から言わせて、剛国がどれだけの情報を得る能力を持っておるのか、探る気だな。

「そうだ、郡王は二番目に指差した県を奪取して、拠点としているようだ」

 良く分かったな、とは闘は言わない。此の程度の予想は当然だからだ。

 だが、当然の事として戰の行動をきっちりと読んでいる真が、闘には面憎く、そしてどうしても欲しくなるのだった。

 そんな闘の心中を知ってか知らずか、真は眉一つ動かさず淡々と話を進める。


「此処を拠点と定めたと句国内に広まったのであれば、残された兵が集まるでしょう」

「烏合の衆だ」

 間髪を容れず、烈が痛烈に応じる。

 しかし真は、ですね、と笑ってみせるのみで相手にしない。

「其れでなくとも、祭国と禍国の連合の軍、しかも転戦し続けて居る上に、句国の兵まで入れては統制が効くものではありません。何よりも、其れと知った備国側が密偵を放っても気が付けませんしね」

 真に精神的な打撃を与えられなかった烈は、ちっ、と短く舌打ちして引き下がった。

「しかし、真よ。笑っている場合ではないだろう。其の方の指摘は、其のまま、祭国軍の弱点であるのだぞ?」

 おかしそうに闘が含み笑いをする。

 そうですね、と真は恐れ入らずに応じる。


「陛下ですら、そう思われるのですから、備国王は当然ながら祭国軍を侮って掛かるでしょう」

「言うではないか――で、郡王と備国王は、どう対峙すると読んでいる?」

真 は帛書の前で、真は県の城を掌で覆うと、其処から蛇行しつつ王都を目指す道筋を描いてみせた。

「騎馬の力を最も引き出す為に、王都の手前の此の平野部で備国は待ち構えるでしょう。定石を採れば祭国と禍国の連合軍は、備国に対する為に、先ず手前の山に陣を敷きます。備国王が余程、策に暗い御方でなければ、祭国軍が陣取る山から兵を誘き出した後、大軍勢で包囲しやすい布陣を採用する筈です」

「となると、備国は鶴翼の陣を用いてくるか」


「はい、恐らくは――ですが」

「ですが、何だ?」

「より、戦を有意に動かす為に、そして徹底的に連合軍を壊滅に追い込む為に、備国軍は更に一手を打ってくると思われます」

「――ほう?」


 話してみるがいい、と闘は真に促した。



 ★★★



 祭国郡王が率いる軍勢が落とした城に、続々と句国の残党兵が集結しているらしいとの知らせが届く。

「ほほう? で、どの位の兵が郡王のもとに馳せ参じておるのだ?」

「は、其れがその……ざっと見積もって、既に2千人は下らないかと思われます。其れに、まだまだ膨れ上がる様相を見せております」


 2千、という数字に備国の家臣団はどよめいた。

 先に奪われた騎馬ではないが、実数がどうか、という問題では既になくなっている。

 句国兵どもは、一体、何処にどうやって身を潜めていたのであろうか?

 残党兵狩りは、執拗なまでに行った筈だ。領民たちの間での密告は大いに奨励され、千騎長以上の将兵であれば褒賞として食料を賭けもした。

 だが一方で、喩え兵役で駆り出された民兵であろうとも、庇えば其の場で一族郎党、赤子だろうと妊婦だろうと容赦無く皆殺しにするもの、と申し渡してあった。

 備国軍に米などの農産物を根刮ぎ奪われた句国の領民たちは、兵を見つけ次第、素直に彼らを引き渡して来た。

 数日前まで、僅かな食料と引き換えに、仲間の生命を売り渡すとは、浅ましき戌どもよ、と備国軍は散々に句国の領民たちを嘲笑っていたというのに。

 其れでも、2千以上の兵が逃れきっていたという事実に、句国の穴熊根性を思い知らされた。


「陛下、此れはもう一度、各県令や牧どもに命令し直さねばなりませんぞ」

 鼻息荒く進言する家臣を、弋はちらりと見やると、煩わしそうに手を振った。まるで、蝿か蚊でも追い払うかのような仕草だ。

「放って置け」

「は? し、然し乍ら、陛下」

 常の弋であれば、許し難い奴らだ! と怒り狂い、死を持って償わせろ! と命じる処だろう。

 なのに、此の冷静さは何だ? と家臣たちは、うそ寒さを感じずにはいられない。

 こそこそと互いの顔色を伺い合う。身を縮み上がらせる家臣たちに、弋はを眇めると盛大に息を吐き出した。

「全く、貴様らは何処まで阿呆なのだ」

「へ、陛下?」

「千や2千、多少の兵が増えた処で、我が備国の猛者ども揺ぐのか? 戯けめ」

 弋の冷静な命令に、家臣たちはホッと安堵の吐息を漏らした。

 一頃の怒髪天を衝く勢いは鳴りを潜めだしたとしても、内に秘めたふつふつと滾る怒りの方が、戦に駆り立てられる漢としての気概を感じさせて余りある。


「祭国の愚王・・共々、臭国軍・・・も一網打尽に出来ると思えば良い、違うか?」

 家臣団が見惚れているのに気付いているのかいないのか、弋は王座から立ち上がると、手を振った。

 近隣諸国が描かれた巨大な帛書はくしょを、内官たちが手にして現れた。眼の前に立ち、じっくりと舐めるように句国と契国の国境付近を見詰める。

「奴らが陣取っておるのは、此の県だな」

「はい、陛下」

「句国の領民どもは、自分たちの食事量を減らしてでも、句国兵たちの食い扶持に当てようとしているらしいな?」

「は、流石に種籾までは差し出してはおらぬようですが」

「何方にしても、何れ共倒れになろうものを……ふっ……、国に生きる者は、どいつもこいつも莫迦ばかりよな」


 義勇軍や蜂起兵たちの動きがばらばらでは、各個撃破するしかなくなる。

 だが、連動するのであれば、討ちやすくなる。

 一時は頭に血が上り激昂したが、よくよく考えれば兵を分散させずに戦うのは上法だ。

 今は、郡王が句国王の軍旗を掲げて目印にしているのを、面白く眺めるだけの余裕が出てきた。

 ――危うく、郡王如きの思う壺に嵌まる処だったぞ。

 冷静になり、回避したのは良いが、今度はその小癪さが癇に障り別の怒りが湧いてくる。

 ――見ておれよ、郡王。

 ぐうの音も出ぬような負けを味あわせてやる。とっくりとな。

 用意させた地図に視線を落としながら、ふぅむ、と弋は唸った。


「しかし乞食同然に、国の領民どもに食料を乞わねばならぬのならば、祭国軍は早々に此方に仕掛けて来るに違いないな」

「は? あの、陛下、其れは一体……?」

「分からんのか?」

 戸惑う家臣たちに、にやり、と弋は笑う。

「祭国軍と禍国軍に充分な兵站があるのならば、2千騎が万騎に増えた処でどうという事はあるまい。寧ろ、臭国の奴らの人気取りの為に、此処ぞばかりに食料を振る舞う筈だ」

 弋の言葉に、漸く家臣たちは目を見開いた。

「陛下、其れでは」

「そう云う事だ。祭国の愚王・・め、奴らの兵糧は枯渇寸前、という事だ」


 古来より、飢えた兵が勝利を収めた試しはない。

 死に物狂い、という言葉があるように、確かに相打ち覚悟の捨て身で来られた場合、激突当初は押される率が高い。

 然し、所詮は其処までだ。

「消える寸前の蝋燭の灯が、一瞬、煌々と輝くようなものだ。分かっている以上、奴らを捻り潰すなぞ、造作無き事よ」

 弋が断言すると、おお! という家臣たちの興奮した声が上がる。

「だが、奴らも今は気が昂ぶっておるからな。勢いがあるが故に強がりが通用し、まだ我慢をする余裕がある」

「しかし一旦何処かで躓けば、一気に不満は噴出し、且つ、我らに一気に攻め滅ぼされる。其れを祭国の愚王・・は恐れておる筈だ」

「となりますると、陛下」

「そうだ、そうさせぬ為にも、愚王・・は短期決戦に持ち込むに相違ない」

 既に、軍を編成し終え、此方に向かっておるだろう、と弋が断言すると、家臣たちの間に武人特有の緊張が走る。


「陛下、愚王・・めは何処に布陣致す腹積りでありましょうか?」

 家臣たちが身を乗り出すと、弋は機嫌良く、そうさな、と答えつつ帛書の前に立ち直す。

 腕を組んで、暫し、地図を睨み付けていたが、不意に短刀の柄に手を掛けた。

「此処だ――」

 鋭い刃を抜き放つと、徐に帛書に突き立てる。ぴん、と張られた帛書を、ずぶり、と音を立てて短刀は穴を開けた。

「此の、山間の前に広がる扇状地、此処に布陣するだろう」

 奪い取った城を補給用として活用するのであれば、背後に城を背負うような形で兵を推し進めてくる可能性が最も高い。

 而も、弋が示した扇状地には農業用の水路が走っている。此の流れを、天然の堀として騎馬の脚を止めるつもりなのだろう。


「では、陛下、此方は正面の山腹前に布陣致しますか?」

「当然よ。数で劣る以上、奴らは猪突猛進して来るに違いない。其処が狙い目よ」

 ふっふふ、と弋は鼻で嘲り笑う。

 数で圧倒的有利に立っている以上、小手先の策略など必要無い。

 只管、力押しする。其れだけで、敵は恐怖に怯えるだろう。


「彼の地に、鶴翼の陣を以て祭国軍を迎え討つ! 勝ちを焦る必要はない。奴らの疲労が頂点に達した時に、包囲し、一気に叩く!」

 弋は腕を振るい抜いた。

 まるで雷が走っているかのような音が響く。

 家臣たちの熱の篭った呼応が響き渡る中、盛大に真っ二つに破れた帛書は、はらはらと無残に床に散った。


「戦だ! 者共、気合を入れろ!」



※ 注意 ※


今回、作中に差別用語を使用しておりますが、あくまでも作品の世界観のために使用しております

差別を増長させ、推奨するものではありません

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