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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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23 合従連衡 その5-1

23 合従連衡がっしょうれんこう その5-1



 祭国軍と禍国軍の総数は大凡6万5千の大部隊であると知らされると、流石の備国軍にも動揺が走った。

「狼狽えるな、数だけを見るな。6万を超えると言えども、所詮は寄せ集めの烏合の衆に過ぎん」

 舌打ちをしながら吐き捨てる弋に、浮足立ちかけていた家臣たちは互いに顔を見合わせ合った。

 そして身を竦めつつ小さく居住まいを正したり、或いは態とらしく咳払いをしながら背筋を伸ばしたり、と己の失態を恥じ入りつつ隠しながら崩れ掛けていた列を直す。

 を眇めながら部下たちの醜態を見やっていた弋だったが、浮足立ちおって、糞もが、と呟くと立ち上がった。


「騎馬と歩兵の其々の実数を述べよ」

「は、祭国郡王めが率いる軍は2万5千、内訳は騎馬隊1万5千、歩兵1万。禍国兵部尚書が率いし軍は兵部めが指揮を取る騎馬1万に歩兵3万に御座います」

「……ほう、そうか」

 細められていた弋の目が、大きく見開く。と、当時に、弋は顎を跳ね上げて呵呵と笑った。

「聞いたか、者共! 奴ら、6万を超える大軍を率いて来たと言っても、騎馬の総数は4万を超えぬ! 此れで我ら騎馬の民を蹴散らそうというのだ! いっそ、哀れんで笑ってやらねばどうするとうのだ!?」

 弋の笑い声に、家臣たちも一人、二人、と哄笑を重ねていく。

 やがて、祭国郡王が率いる連合軍に対する揶揄の嘲笑で王の間は溢れ返った。

 一頻り笑い尽くしたというのに、まだ、弋は喉をくくく、と鳴らしている。部下たちに手を振り、嗤うなと命じているというのに、だ。

 弋の態度は、明らかに祭国郡王をもっと嘲ってやれ、という煽っているもの、と受け取った家臣たちは、今度は鼻でせせら笑い合う。鈍い笑い声が壁に反響するなか、遂に弋が口を開いた。


「良いか、者共。我が軍は既に本国より既に軍勢を此方に呼び寄せてあり、総数は7万に近い。内、騎馬の実数は4万を超える。其処に加えて、句国より接収した軍馬や武器がある。騎馬の総数だけでも、7万近く、歩兵を合わせれば我が軍の総数は10万を超える」

 10万、内騎馬が7万。

 途方も無い数に家臣たちの顔ばせに一様に熱い血の色が走る。

 やる気が漲り出している家臣たちを前に、漸く、弋は機嫌を直した。

「良いか! 我が軍のみでも相手の連合軍を飲み込めるだけの力を有している。実際にはほぼ倍数の兵馬を差し向けてやるのだ。何を恐れる必要がある」

 揚々と話す弋に、家臣たちも釣り込まれていく。

 事実、どう考えてみても、祭国と禍国の連合軍が勝てる道理など見当たらない。


「我ら騎馬の民の時代が来たのだ! 平原を駆け抜け、全てを我が手にする時が、いよいよ来たのだ!」

 弋が拳を作り、高々と衝き上げる。

 陛下万歳! 備国万歳! という歓声が句国の王の間を満たした。



 ★★★



 どかどかと足音を鳴らしながら、弋は王妃の間に入った。

「貴姬は居るか?」

 無作法であるが、王妃の間の主である貴姬・蜜は常に彼を迎え入れる準備を万端に整えている。

 而も、あれこれと新たな趣向を凝らして居る面憎さだ。

 だが、こうした男を持ち上げて良い気分にさせる手間暇を惜しまぬ可愛げこそが、弋が蜜を気に入っている理由の一つだった。美しく着飾り、己を魅せようとするだけよし、としているたの妃とは一線を画する。要は、男の自尊心を大いに満足させる手管に長けているのだ。


 今日は、甘い香りが鼻腔を擽った。

 控えている女官たちを無造作に払い除けると、弋は手に瓶子を抱えた蜜の細い腰を抱き寄せる。

「まあ、陛下……」

 弋の腕の中で、蜜はころころと鈴を転がしたような笑い声を上げる。

「貴姬よ、今日はまた、一段と美しいな。新しい衣だな」

「……まあ、陛下……」

 肩をくねらせて蜜はしなを作る。新調したばかりの衣の艶やかさは蜜の妖艶さをより一層際立たせており、弋の男の部分を心地良く煽る。


「其れに何か甘いと思えば、酒の匂いか」

「……はい、陛下のお疲れを癒やして差し上げようと……」

 殊勝な物言いだが、色香が勝っており、また此れが相乗効果で彼女の美貌を輝かせている。

 甘い香りの正体は、弋が看過したように酒が放っているものだった。

「何という酒だ? 何時もの、米の酒では無さそうだな?」

「……はい、果酒と申しまして、果物と蜂蜜を使っております……」

「ほう?」

 蜜はするり、と弋の腕から逃れると、微笑みを口元に刻み流し目を送りながら弋を寝所に誘った。

 心得ている女官たちは既に静かに下がっており、弋は気分良く寝所に入る。

 褥の傍に備えられた机の上には、白塗の酒杯が用意してあった。

 どうぞ、と蜜は弋を褥を椅子代わりに座るように促す。弋がどかり、と褥に腰を下ろすと、蜜は微笑みながら酒杯に中身を注いでいった。

 甘く豊潤な酒の香りが周囲に広がる。

 満たされた酒は明るく透明度のある光を放っており、酒杯の白を弾くように輝いていた。


 何の酒だ? と弋が問う前に、蜜は口元を袖で隠しつつ、ほほ……と笑い声を立てた。

「……五味子酒に御座います」

「五味子?」

「……はい」

 砂漠で生きる弋たちには聞き慣れない名だが、平原では馴染みのある木の実で様々な薬効がある事で知られている。特に疲労を回復させ身体を壮健にし、風邪の時には咳や痰に効くと言われている。此の五味子の実を酒に漬け込んだ物を、蜜は更に湯と蜂蜜で割ったのである。

 甘い香りに引き寄せられた弋に、蜜は艶やかな赤い酒を差し出した。

 受け取り、喉の奥に一気に流し込んだ弋は、ほう? と笑みを浮かべる。

「旨いな? 蜂蜜の甘味もあるが、旨い」

「……滋養のある酒に御座います……陛下が、此の先の戦に存分に力を振るえますように、と……」

 袖で口元を隠しながら、蜜は伏せた目元にだけ憂いを帯びさせた。

 普段は笑みを絶やさずにいるのに、弋を戦場に送り出さねばならぬ心苦しさを、言葉以外で示す。時折見せるこうした可愛げが、面憎い程、蜜には似合っている。

 そしてこうした可愛げを見せた直後であっても、褥に押し倒せば我を忘れて欲に忠実になり乱れに乱れる姿との落差もまた、弋は好んでいる。


「然し、句国を手に入れてから仕込んでおったのか? 殊勝な奴だな」

「……ほほ……そのお褒めのお言葉、草葉の陰で骨を晒しておる妃にお聞かせあれ……」

「何?」

 蜜が言った、草葉の陰で骨を晒している妃、とは句国王・玖の王妃であった縫を指している。

 句国王妃が良人である国王の身体を労ろうと、秋口の短い時期にしか収穫出来ない五味子を毎年手に入れさせて、自ら酒に漬けていたのを、蜜は探し出したのである。

 にっ、と弋は口角を持ち上げた。

 流し目で情を此方に投げて寄越しながら、しなを作って嗤う蜜の女の色の売り方は実に心地よい。

 敵に対して容赦のない蜜の態度は、女の魅力も然る事乍ら、人間として、弋の好みだった。

「句国王の為に造られた酒を、王妃の間で、貴姬の酌にて味わっているのか、と思うと更に旨味が増して感じるな」

「……まあ……」

「実に旨い酒だった。貴姬よ、お前の好意により、百人力を得た心地だ」

「まあ、陛下……」


 弓の形に蜜がを細めると、遠く離れた部屋で赤子の鳴き声が聞こえてきた。

みちが来ておるのか?」

 蜜が産んだ王子は、数週間前、備国の増援部隊と共に到着してからまるで王太子の如き扱いを受けている。

 毛烏素砂漠にある備国本土では、貴姬を名乗ってはいるが何処の生まれとも知れぬ女の子が、城を強請るとは何事だ、と相当紛糾したらしいが、王の命令の前では従うしかなかった。

 弋が最も寵愛している貴姬の王子が、侵略せしめた国の城を与えられるのだ。

 王太子を産んだ王妃を始め、他の後宮たちが焦りと恐怖を感じるのは当然の事だろう。最も、此処ぞとばかりに、禍国の廃太子・天を此方に押し付けて来ている。

「……はい、ですが……本国では、他のお妃様方が不安にかられておいでとの事……どうぞ、陛下よりお心の篭った御言葉をお掛け下さいませ……」

「はっ! 何を言うのかと思えば」

 しおしおとしてみせながら蜜が僅かに身を引こうとすると、弋は嗤った。


「他の妃の悋気など放っておけ」

「……ですが……」

「貴姬、お前に得たばかりの力を分け与えてやろう。存分に受け取れ。そして新たな私の子を孕め――そして此の戦が終わったら」

「……終わり、ましたら……?」

「貴姬、其の方をいよいよ、私の正妃としてやろう。備国皇后・・・・・蜜を名乗る日は、近いぞ」

「……はい、陛下……」


 弋は無理矢理蜜の手を取ると、乱暴に褥の上に引き上げる。

 嫣然とした微笑みを浮かべた蜜は、引っ張られた勢いのまま、弋の胸の上に撓垂れ掛かった。



 ★★★



 闘の元に、早馬が届いた。

 汗と埃に塗れた斥候は、喉の渇きを感じさせる息遣いをしながらも、興奮した面持ちを隠しもせずに闘の前に平伏した。

 其れだけで、既に答えはもう出たようなものなのだが、闘は殊更に声を高めた。

「其れで、句国内の様子はどうだ? 真が申した通りに郡王はやって来たのか?」

「は、陛下、恐れ乍ら申し上げます。其処におられる郡王が家臣の申した通りに御座います。祭国軍と禍国軍は契国との国境である南より句国に入り、早速、備国軍と衝突したとの事です」

「――ほう? そうか……戦に対しては馬鹿が枕詞に付くくらい慎重な郡王にしては、珍しいな」

 ちらり、と真の方を見やる闘だったが、くくっ、と喉の奥で笑ってみせるだけで特に声を掛けはしなかった。


 何方が勝利したか、などと、無駄な質問を闘はしない。

 郡王・戰が兵を率いて来たのだ。

 郡王は来た。

 そして戦に踏み切ったからには、勝つ。

 必ず、勝利を手にする。

 其れが郡王・戰と云う漢だ、と闘は知っている。


「しかし、存外と気の早い、堪え性のない奴だな、郡王は。我らと共闘するのではなかったのか?」

 喉を鳴らして笑う闘の視線の先には、真が跪いている。

 一頻り笑った後、斥候に休息を与えるよう指示を出すと、さて、と闘は真を睨む。

「真よ、貴様の云う通りとなった訳だが」

「はい」

 王座に腰掛けた闘は、肘置きに腕を乗せながら脚を組んだ。

 備国との戦いに参戦する、と闘が決してから、烈は嘗て己の席であった家臣団の最前列に在る。斬は当然、最後尾に居る。

 一万の騎兵を率いる万騎長となったというのに未熟な青二才扱いをされる自身の待遇に、斬は明白あからさまな不服の意を隠そうともせず表情に浮かべている。

 烈と斬の表情をちらりと見比べた真は、やれやれ、と言いたげに小さく息を吐き出した。此の次に、誰が何を言い出すのか、予想出来ぬでは剛国に逗まってなどいられない。


「郡王は貴様の言葉を証明してみせた。今度は、貴様の番だ」

 烈が喉元に爪を立てんばかりの鼻息で真に食って掛かる。

 ――やれやれ。相変わらず素直な御人ですね、烈殿下は。

 烈としては、戰が句国の国境を侵し勝利を得たとのは偶然の産物に過ぎない。

 その場凌ぎの口から出任せ、とまでは言いはしないが、其れにしても事が祭国郡王にうまく運び過ぎている、と感じているのは烈だけではない。闘の家臣たちの総意に近い。

 国王陛下に対して何か謀略を仕掛けているに違いない――と真を疑って掛かっている。

 いや元々、烈は真を心底から嫌っている。

 だから、何を口にしようと何を為出かそうと、怒りと揶揄の対象にしかならないのだが、いい加減で真も烈のちょっかいが鬱陶しくなってきた。


 ――私も人の事を兎や角言えるような御立派さはありませんが、其れにしたって、烈殿下の態度は子供すぎやしませんかね?

 主君は国家であり太陽である、として闘を盲愛するのは良い。

 烈の勝手だ、好きにすれば良い。

 其れに自分も、戰に対して形容し難い情を抱いて傍にいるのだ、と充分過ぎる程自覚している。

 烈や斬たち、闘に従う彼らの事をどうこうと嘴挟んで居丈高に非難出来ない。

 ――ですが此の先を思えば、余り黙ってばかりいてもいけませんね。

「身分を示す品がある、と申しておったな? 陛下の御前に差し出すがいい」

 声高に叫ぶ烈を、闘は面白そうに見詰めている。

 闘としても、其処は早く知りたい処だろう。

 場合に寄っては、真を手元に置けるようになるかもしれないのだから、興味は充分過ぎる程だ。

 手を振り、気配で真に平伏を解く許しを与えた闘は、にやり、と口角を持ち上げて身を乗り出してきた。


「真よ。烈もああ言っておるが、私も是非とも見てみたいぞ。身を証す品とやらを、早く我が前に出してみせよ」

「……はあ」

 身体を起こした真は、くちゃくちゃと前髪を引っ掻き回した。

 伸び放題の癖のある前髪が、茫々の鳥の巣のようになる。真の背後で吹き出しそうになるのを必死で堪えながら、よくやる、と思わず呟きを漏らしつつ芙は平伏している。

 ――しかし、克殿は遅いな。

 芙は焦れる心を抑えながら、知らせはまだか、と耳を欹てる。

 無駄に時間を稼いでいると烈に思われるのは業腹だが、其れにしても克の到着が遅い。

 芙がまんじりとしていると、陛下、恐れ乍ら申し上げます、と剛国の武官が血相を変えてやって来た。

 真に鋭い一瞥を呉れてから、こそこそと闘の背後に回る。

 むん、とした暑苦しい汗臭さを放つ武官を、烈はちっ、と舌打ちしつつ睨んでいる。もう少し、真を言葉責めして追い詰めてやりたかったのだろう。


 面白そうに、闘は汗塗れの武官を見やる。

「どうした?」

「は、祭国郡王の配下の者どもが到着致しました」

 こうなると、証拠の品が何であるのか、一刻も早く此ので確かめたい、と闘はうずうず・・・・が止められぬようだった。危うく真は、吹き出し掛ける。

 ――こういう、まるで少年のような気質を残しておられる処は、戰様と闘陛下は似ておられるのかも知れませんね。

 何方も己の心もに実直であり謹厳だ。

 子供のような混ざりの無い無邪気さと言うべきだろうか。

 素直に人が惹かれる辺りも、まただからこそ倍の敵も作り上げてしまう所も、戰と闘の二人は、良くも悪くも似ている。


「真よ。貴様の仲間が来たそうだぞ? 共に来い。郡王の家臣であるという証の品、此の私に、貴様の手で見せてみよ」

 王座から立ち上がった闘は、ゆっくりと真に歩み寄った。

 覆い被さるようにして問い質す闘に、はあ、と矢張り真は惚けた返事しか返さない。

 其れを聞いた烈は、益々、顔を赤らめた。しかし、激昂したに任せて怒鳴り散らしはしなかった。

 一~二度、深呼吸をしてから、にやり、と笑ってみせる。逆に、此れで死からは逃れられまい、と哀れんですらいるようにも見える。


「どうだ、恐れをなして逃げ出すのであれば今の内だぞ、真とやらよ」

「……はあ、別に逃げるつもりも何も、そんな気はありませんので、陛下が見せてみよ、と言われるのでしたらお見せするだけです」

 まだ強がりを云うか、と言いたげに、烈は鼻でせせら笑った。



 ★★★



 克が率いて来た5千騎の騎馬隊の雄々しくも堂々たる行進ぶりに、闘は目の色を変える。

 事態を愉しむだけであった悠長な態度は、何処かに消し飛んでいる。

 代わって、いや此方が闘本来の姿だろう、豪胆無比な無敗の王の顔付きになっている。

 戦の臭いを嗅ぎ付けた、漢の顔に。

 竹が5千騎を率いて来てからというもの、密かに見張らせ、逐一、報告はさせていただろう。が、実際に見るのと、斥候の主観が入った報告をただ聞くのとでは大違い、と言いたげだ。


 克と杢が其々率いている騎馬隊には、句国王・玖の知恵を借りて育成した馬と其の第一子が相当数含まれている。

 謂わば、祭国軍の主力となる軍馬の第一世代と言える。

 報告を其のまま鵜呑みにし、たかが祭国程度が産する馬、と闘ほどの男がよもや侮ってはいまいが、騎馬の民の王を自負する彼は、自国を脅かすようなししの張りを見せる馬を産するまでに至ったとまでは信じきれていなかったらしい。

 ――ですが、流石に見るをお持ちなのですね。

 戰様と学様が如何に心血を注いでこられたかを、一目で見抜かれた。

 お分かりになられるのですね、祭国が禍国に擦り寄らねば生き抜けぬ蚤の如き国だ、と揶揄されるような国ではなくなったのだ、と。


「……侮れない、恐ろしい御方です、本当に」

 ぼそり、と真は呟いた。

 ――敵に回せば恐ろしい事この上無く、だからと言って味方に付けても、その場限りと判りきっている御相手ですからね。

 果たして、闘を戰と共闘させたようと画策したのは、正しかったのかしく真はまだ悩んでいた。

 しかし今、備国王・弋と因縁を持ち、今の処、戰の戰に仇なす恐れがなく、且つ、此処が最も重要であるのだが、備国と一国で渡り合える程の兵力を有している国の王は、剛国王・闘を置いて他に居ない。

 ――喩え、此の先に戰様の行く手を阻む最大の難関となられる御方であられると分かっていたとしても、其れでも、を切り抜けるには、闘陛下のお力添え無くしては行けないのです。

 闘陛下が此の先、戰様が進む覇道の前に立ちはだかる壁となる御積りであるのならば、其の時、私は全心全力全霊を以て、陛下を排してみせます。


 王都の門前で勇姿を見せている克たちを闘と共に見下ろしている真の背後で、烈が態とらしく咳払いをしてみせた。

「真とやらよ。約束だ。貴様が、郡王の家臣であるという確かな証を見せてみせよ」

 胸を反らして鼻息を荒くしている烈の可愛げのある態度に、真は目尻を下げる。

「貴様、何を嗤うか」

「烈、いい加減にしろ。何度同じ事を繰り返せば気が済む」

 闘が呆れた顔付きで叱る。

 叱る、というよりはやんちゃ坊主を窘めるような口調だ。

 忽ち、烈は顔を赤くして闘に礼拝を捧げつつ下がる。横目で打ち拉がれている烈を面白そうに見た後、真よ、と闘は肩を上下させた。今度は克が率いる5千騎をちらりと見やる。


「真よ、だが、貴様の態度も悪い。高ぶり易い気質であると見抜いておりながら、殊更に烈を煽るような態度を取り続けておるだろう?」

「そうでしょうか? そうお受け取りになられたのでしたら、心外ですが、私の落ち度に御座います。以後、改めますので御容赦下さいますよう」

「人の話を聞かん奴だ。それ、其の口調がいかんのだ――だがまあ、私もいい加減で飽きてきた。とっとと、郡王からの証とやらを示してみせよ、真」

 はい、では、と真は礼拝を闘に捧げると城壁の端にまで進み出た。

 城壁の下には、克の軍旗が翻っている。持ち手である竹が、誇らしそうに此方を見上げており、真と視線が合った。

 真が頷くと、軍の先頭に立っていた克が頷き返してくる。


「祭国郡王陛下より賜りし我が証の品を此処に示せ!」

 真が右手を高く差し出すと、おう! と克が背後を振り返りながら吠えるように答えると、一拍遅れて、うおお! と5千騎も一斉に呼応する。

 軍の中央が割れ、二手となった。

 出来上がった道の真中を、壮年期の武人とその息子程の年齢の少年が揃って先頭に向かって馬を駆けさせて来る。

 間を一定に保って、しかも同じ速度で、足並みを揃えて走り抜ける馬術を見せ付ける二人に、闘の目の色が変わる。


「掲げよ!」

 克が命じると、武人と少年が片手づつ腕を伸ばし、槍のような物を持ち上げた。

 少年が掲げているのは藍色に染められた糸で魔除けの文様が見事な腕で縫われた戦袍であり、武人が掲げているのは軍旗だった。


 軍旗。

 と云うには些か小振りであり、禍国皇帝や祭国王の家臣の証である印である五色の珠の縫い取りもない。

 だが真っ白い生地に猩々緋の刺繍糸で房が付けられ、四隅に金糸と銀糸で、しっかりと戰の印が、家臣の証が、縫い取られてある。


 そしてその中央には、持ち主である漢の名が、深い藍色で縫い取られていた。



 ――真



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