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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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23 合従連衡 その3-2

※ 注意 ※


今話は残酷描写が含まれております

苦手な方は、ブラウザバックでお願い致します・・

23 合従連衡がっしょうれんこう その3-2



 弋の狂い方はまるで竜巻のように激しかった。

 正気であるかどうか危ぶまれる類の勢いがあり、慣れている筈の家臣たちですら目を見張る。

 たっぷり半時辰じしんほど、王の間を暴れ廻った弋が漸く落ち着きを取り戻した頃、彼は全身を汗塗れにして肩で息をする有様だった。


「ふ……は……、ふ、ふははははは……」

 低い声で嗤う弋の目が据わっている。しかし打って変わって、表情は冷たい。はっ、と家臣たちはおもてを上げた。

「句国王の呪詛が国を守る、か。ならばせんから、国が滅びたりはせぬだろうが」

 冷静さを取り戻したと分かる弋の口調に、家臣たちはほっと息を吐きあい安堵の表情を浮かべたる。此処ぞとばかりに礼を捧げて躙り寄る。爆発した後に冷静さを取り戻した弋は、持ち上げれば持ち上げる程次々と妙案を出してくると、長年の経験から知っているからだ。

「陛下、確かに句国の領民どもは浅はかにも図に乗っております。何卒、厳しい御処置をなれますよう」

「誰が今、此の地のあるじであるのかをじっくりと思い知らせてやらねばなりません」

「そうです。まかり間違っても、我が国を侮らせてはなりません」

「分かっておるわ――さぁて、では、臭国・・の糞民どもめ。どうしてくれようか」

 腰に手を当てながら、弋は視線を彷徨わせる。


「陛下、先ずは深泥の水の原因を究明をなれては」

「深泥の水となる原因だの理由だのを突き止めようなんぞ、無駄な事だ」

「は?」

「どうせ、句国の残党軍どもが、何か塵屑でも井戸の水にぶち込んでおるだけだ。傷が良くなっただの身体が軽くなっただの、そんなものは我を謀っておるだけであろう」

 家臣たちは、虚を突かれた。

 言われてみれば単純明快ではないか。

 まんまと句国の残党軍に乗せられて・・・・・、雁首揃えて国王に伺いをたてに来るなど、何と言う恥辱であろうか。

「気にするな。人間誰しも、間違いを犯す――が、だからと言って、臭国・・の馬鹿共を許してはやれんな」

「は、はい!」

「さて」

 弋は腕を組んだ。


 最も単純明快な手段を採るのであれば、噂の出処となった、くだんの緑の水とやらが出た邑やら牧やらを潰してやれば良い。

 ――そう、尽く、而も、奴らが敬愛しておる王と同じ手法を用いてやれば泣いて喜ぼう。

「真実、句国王・・・の呪詛とやらが働いておるのであれば、我が国に撫で斬りにされ邑ごと此の世から消え去るなど有り得まい」

「――は? 陛下、何と……?」

「句国王が守るというのであれば、我らが奴らに何をしてやろうと、傷一つつくまい」

 くっくくく、と弋は喉を鳴らして嗤う。

 にや、と口角を持ち上げた弋の顔を見て、家臣たちは普段の彼からどんな策を用いるつもりであるのか、大凡の見当が付いた。

 家臣たちも視線を絡め合うと、込み上げて来るものを隠しもせずに、にやり、と不敵に笑い合う。

 今回ばかりは、散々、振り回された腹いせを自分たちも楽しみたい。


「ようし。では、其の句国王の呪詛とやらが如何なる効き目があるのか。領民どもをどう守ってやるのか。我がに然と焼き付かせて貰おうではないか」

 弋が命じると、家臣たちは歪んだ欲を込めた下卑た嘲笑を浮かべながら平伏した。



 ★★★



 早速、其の日のうちに、各地に向けて兵が差し向けられた。

 報告を受けた中で最も古い記述となっている邑に備国兵が到着したのは、更に4日後となった。


 突然現れた備国軍に、邑は蜂の巣を突いたかのように騒然となる。

 さして大きくもない邑はあっという間に蟻の一匹すら逃れられぬ程隙間無く、備国軍に取り囲まれてしまった。

 こうなると、下手に抵抗などしては女子供がどんな酷い目に遭うか分からない。

 領民たちも、介抱を受けていた句国兵たちも、歯を食いしばりながら備国軍の命令に従うしか無かった。


「歩け! 歩かんか!」

「よぅし、集まったな」

 槍の柄で叩かれ、小突き回されながら、領民たちは一箇所に集められた。

 回復し出した句国兵たちも、同様だった。

 武器となるような農具や包丁なども尽く没収され、ついでに家財道具で価値のありそうなものも奪われていく。

 領民たちも兵士たちも、青白い顔をしながらも口を真一文字に結んで備国軍の横暴な振る舞いを睨み付けていた。


「おいこら、貴様らぁっ!」

「何だぁ!? 其の反抗的な目付きは!」

「まだ自分たちの立場が理解出来ていないようだな、ああっ!?」

 脅され、威嚇され、居丈高に凄まれ、物に当たりながら怒鳴り散らされても、誰の瞳にも、子供たちにすら恐怖の色はない。

 押し黙り、息を潜めつつ、上目遣いにじっと睨む。

 まだ無邪気に笑って虫を追ってみたり花を摘んだり過ごしているべき童のような幼子でさえ、ある種の覚悟しているのだ。

 こんな風に一枚岩の結束力を見せ付けてくる句国の兵と領民に、備国軍が苛立つのは、当然と言えよう。彼らとしては、畏れ慄いて泣き叫び喚き散らして、死の恐怖に暴れ狂って貰わねば面白みに欠けるのだから。


 ふん、とせせら笑いながら、ある備国兵がずかずかと人垣に近寄ってきた。そして、年の頃がまだ12~13歳の少女の細い腰に腕を回すと、肩に担ぐようにして抱き上げた。

 少女が狂乱状態になって、助けを求めて泣き叫ぶ。

 少女の親らしき女と男が、やはり泣き喚きながら飛び出してきた。必死に追いすがり、少女を奪い戻そうと腕を伸ばす。両親に救いを求めて、少女も腕を伸ばし身を乗り出した。

 見計らったように、にや、と笑った兵士が剣の柄に手を掛けた。

 腕が翻り、ほぼ同時に野太い声で悲鳴が上がる。

 いや、甲高い悲鳴と、絹を裂くような悲鳴も其処にかぶさった。

 備国兵が手にした剣が赤い色でべっとりと濡れている。男の両の腕が斬り落とされたのだ。


「はっはぁ! 流石にまがねの剣だ! 人の骨も大根を切るようなもんだぜ!」

 備国兵たちのどす黒い笑い声が渦巻く中、どすり、と鈍い音が響き、男の両の腕が地面に落ちて転がった。

 飛び散る血飛沫の中で額に脂汗を滲ませを血走らせてのた打ち回る男に、女が叫びながら抱き付いた。

あんた・・・!」

「馬鹿野郎、俺なんかより娘の方を……!」

 苦悶の表情を浮かべながら、連れ去られようとしている娘に無くした腕を伸ばす男の肩に、女が泣きながら縋り付く。

 其の、布越しにも痩せ衰えた女の背中に、男の血で濡れたままの剣がずぶり、と音を立てて沈み込んだ。

おまえ・・・!」

 男が叫ぶ。はっ、と息継ぎをするように薄く息を吐き出した女はしかし其のまま、糸の切れた人形のように地面に倒れ伏した。

 少女の悲鳴が、一段高くなる。

 しかし、女はぴくりともしない。


「お父ちゃん! お母ちゃん、お母ちゃんが! お母ちゃん、いや、やだ、いやだ、お母ちゃん! 起きて、起きて、お母ちゃん! 起きてぇ!」

「喧しい、此の糞餓鬼ぁ!」

 備国兵が剣の柄で、少女の横面を張り倒した。

 担ぎ上げられていた肩から吹き飛ばされた少女の身体は、地面を暫く滑ってからやっととまった。

 白目を剥いて半開きの唇から舌を出して気絶している少女の顔の半分が、見る見るうちに赤黒い痣で覆われていく。

 一箇所に集められていた句国の領民たちと兵士たちが、騒然となった。備国兵に罵倒の言葉を浴びせ掛ける。

「貴様ら! 何と言う事を!」

「何と非道な! 許せぬ!」

「到底、人間とは思えぬ!」

「娘を離せ! 此の外道!」

「畜生にも劣る者どもめ!」

「去ね! 鬼畜どもめが!」



 ★★★



 しかし、備国兵は痛罵の豪雨に晒されても一向に構わない。

 せせら笑いながら、少女の髪を無造作に掴み上げて身体を持ち上げた。

「おい、何時まで呑気に気を失ってやがる。起きろ」

 そして、浮き出た痣も痛々しい頬に、容赦なく張り手を打った。痛みに絶叫しながら少女は目覚め、暴れ狂う。


「おい、糞餓鬼。よく見ておけよ」

 備国軍は、ごろごろと音を立てて大きな壺を幾つも引き摺って来た。

 異様な光景に、句国の領民と兵士たちは一瞬、静かになった。

 備国軍は、彼らに向けて壺を蹴り飛ばし始めた。

 ごろごろと音を立てて、壺は句国の領民たちに向かって転がった。其の内の一つが地面に埋もれていた石に当った。

 がちゃん、と音を立てて割れると、中身が一気にぶち撒けられた。

 酷く質の悪い油のようで、誰もが思わず、鼻を覆い隠さずにはいられない、耐え難い臭気が充満する。

 子供や女たちを中心にして、凄まじい臭いに目眩を起こしてふらつく者や吐き気をもよおす者が次々と現れる中、次々に壺が割られ、油が地面に飛び散り染みを作る。

 句国の兵士たちは、備国軍の思惑を悟り、叫んだ。


「女子供を背後に逃がせっ!」

「逃げろ! 早く逃げろ!」

 逃げ場が一体何処にあるというのか。しかし兵士たちは必死になって怒鳴り、男たちは声に従い、子供の襟首を掴み妻の腰を抱き、年老いた母親を背負う。

「少しでも、臭いから離れろ!」

「領民は後ろに回れ!」

 兵士たちが漸く快方へと向かいだしたばかりの傷付いた身体に鞭を打ちながら、前方に陣取り出す。

 武器になるものは何も無い。

 そもそも、此れから備国軍が行おうとしている毒悪非道な所業に、人が盾になったとてどれだけ役にたつものか。


 だがせめて、備国軍に蹂躙されながらも此処まで自分たちに尽くして呉れた領民たちの恩義に報いねば、武人としての名折れだ。

 いや。

 人として、同じ句国の民として、見捨てるなど有り得ない。

 人外非道な備国軍に、自分たちは確かに負けた。だが、精神は屈してはいない。

 自分たちの道義心が、許さない。


 一体となって動く句国兵たちと領民たちを、備国軍は指を指しながら嘲り笑う。

「はっはぁ! 馬鹿な野郎どもだ!」

「逃げろ、逃げろ、逃げ惑え!」

「貴様ら野良犬にはそんな姿こそが似合いだ!」

 泣き叫ぶ少女の顎を備国兵が掴んだ。

 そして、ぐ、と前方に突き出す。

「よぉく見ておけよ。此の世に奇跡なんて物はよ、ありゃしねえんだ」

 にや、と備国兵が笑った。少女は、涙に潤んだ双眸で、備国兵を睨む。

「おっほ、怖え怖え。そんなつら構えしてると嫁の貰い手がなくなるぜ」

 おどけながら、備国兵は用意された松明を手にした。

「だが、其の強がりが何処まで持つか、見ものだな」


 言い終える前に、少女が口を窄めて備国兵の頬に向かって唾を吐いた。

 滑りけのある唾液の筋が、備国兵の頬をゆっくりと伝う。

 を細め、手の甲で唾を拭い取った備国兵は、深呼吸を一・二度してから再び少女の横っ面を張り倒した。

 地面に投げ出されて小さくなりながら呻く少女の背中を踵で何度も踏み付け痛め付ける。

 其れでも少女は歯を食いしばって耐え抜き、悲鳴を上げなかった。

 肩で息をしながら、備国兵が少女をもう一度蹴り飛ばした。

「糞餓鬼! よ~く見ておけよ!」

 気を違えた不気味な哄笑を上げながら、備国兵が松明を放り投げる。


「ひゃ~っはははは!」

「お父ちゃん! お母ちゃん! 邑令様、みんな!」

 少女が叫ぶのと、松明が地面に落ちるのは、ほぼ同時だった。



 ★★★



 松明の炎は地面に広がっていた油に一気に燃え広がった。

 ごおっ! と空気を唸らせて赤い壁が幾つも出来上がる。


「お父ちゃん! お母ちゃん! みんなぁっ!」

 必死になって起き上がった少女が炎の海に両親を求めて駆け込もうとするが、枯れ木のように細い脚を備国兵が横から蹴り飛ばした。

 顎から地面に叩き付けられた少女に、熱波とともに嘲笑が浴びせ掛けられる。

「どうだ! 見えるか!? 見ているか!? 目を逸らすなよ! そして覚えておけ! 貴様らの王様は、句国王は死にやがったんだよ! 貴様らを置いててめえ一人でとっとと死にやがったんだよ! 助けに来ちゃくれねえんだ! だから貴様らは此処で揃って丸焼きになって死ぬんだよ! 見ておけよ! 親父やお袋がどうやって黒焦げの丸太ん棒になってくか、よおく見ておけよ! そして恨むんなら、俺たち備国軍に楯突いた馬鹿な貴様らの王様を恨むんだなあ!」

 ごうごうと音を立てる炎は、まるで竜巻のようなって空を紅く照らし始めた。

 備国軍の嘲笑いは波濤となって重く熱い空気と絡み合う。


「どれ、ただ、親父たちの丸焼きが出来上がるのを待つのもなんだ。まだ餓鬼だが、女として役立たずって訳ではないだろう。楽しませて貰おうじゃねえか」

 備国兵の言葉の意味は分からなくとも、身の危険を察知した少女は四つん這いになって逃げかける。

 しかし、幾重にも伸びてきた腕が、其れを許さない。髪を、腕を、腰を、手首を、肩を、脚を、掴まれる。

「お父ちゃん! お母ちゃん! や、いやっ、嫌だあっ!」

 少女が叫ぶが、熱の塊となった灰混じりの風を吸い込んで激しく嘔吐いてしまう。

 しかし備国兵は構わず、寧ろ、にやにやと下卑た嗤いを浮かべながら少女の肩の当りの布を無理矢理引き千切った。

「やだぁ!」

 剝き出しになった骨ばった肩は、先程蹴られて出来た赤や青の痣が幾つも浮かんでいた。

 炎の熱が性欲を高めもしたのだろうが、其の様が異様に扇情的且つ蠱惑的で、備国兵たちの劣情を煽った。

 仔兎目掛けて牙を剝き出しにする狼宛らとなって、備国兵は少女に飛び掛かる。

 少女は炎に向かって喉を枯らして叫びに叫ぶ。


「お父ちゃん、助けて! 誰か、誰か助けて! 助けてぇっ!」

「煩えっ! 誰も助けに来ねえって言ってんだろうが、此の糞餓鬼ぁっ!」

 苛ついた声で怒鳴った備国兵が少女の頬を打とうと腕を振り上げ、ひっ、と息を飲んだ少女が目を閉じて身を竦めた、其の時。

 炎の奥から、地鳴りのような音が近付いて来た。


 

 ★★★



「な……な……ん、だ……?」

 備国兵たちは亀のように首を伸ばして巡らせる。

 地鳴りの音は、今やはっきりと誰の耳にも届いていた。


「こいつぁ……」

 ごく、と喉を鳴らしながら生唾を飲み込み、ついでに有り得ない、と出かかった言葉も飲み下す。

 しかし備国に生まれた男が、赤子の頃から慣れ親しんだ音を聞き違えるなど、恥でしか無い。

 だが、どうして?

 何故、此処にこんな?

 どうすれば信じられる?

 そして意味が分からない。

 何故だ、何故!?

「何故だ……何故、ど、どうして……馬蹄の音がする……んだ……?」


 腕を翳したまま、備国兵が呟く。

 そう、地面を揺るがしながら近付いて来る音は、馬蹄の音だ。

 而も、鍛え抜かれた選りすぐりの軍馬のものだ。

 今や煮え湯よりも熱い空気が、ひゅ、と音を立てて裂けた。

 隙間から何かが、そう、獲物を目掛けて飛翔する隼のように素早い何かが飛んで来た。


 どす、と鈍い音が備国兵の腕に突き立った。

 一瞬の間を置いて、血飛沫と共に非れもない悲鳴が四方に響き渡る。

 裂かれた布を胸元で手繰り寄せならが後退りする少女は、しっかりと目にした。

 備国兵の手首に太い矢が深々と刺さっているのを。

 そして、巨大な炎の壁を突き崩して、巨大な黒い馬が姿を表すのを。


「何っ!?」

 熱と煙で、頭がぐらぐらと揺さぶられ常に殴られているよりも痛い。

 しかし、少女は必死になって目を見開いた。

 巨大な雲が空を駆けているようにな黒い塊が、ぶわ、と風を打つ音とともに少女を飛び越えたのだ。


「……おうさま……おうさまの、はた……はただ……」

 見開いている少女の瞳の中に、句国王のみが持つ事を許される大軍旗が大きく翻っているのが写り込んでいた。



 ★★★



「句国王の大軍旗だとっ!?」

 備国兵の怒号と悲鳴が飛び交う中で放たれた其の一言は、仲間を恐慌に叩き落とすに充分過ぎる威力を持っていた。

 そう、馬上の偉丈夫は信じられない物を――句国王の大軍旗を手にしていたのだ。

「句国王だと!? 馬鹿な、い、生きていやがったのか!?」

「馬鹿野郎! あいつは陛下が討たれた筈だろうが!」

「そうだ、其れによく見ろ! あれは禍国式の甲冑だ!」

「だ、だが、あれ・・は、あれ・・は確かに句国王の……!」


 兵の一人がぶるぶると戦慄きながら指差す先には、確かに句国王・玖の名を記した大軍旗が翻っている。だがしかし、此の男の出で立ちは異様極まりないものだった。

 巨大な黒馬に乗った偉丈夫は、右手に黒光りする巨大なまがねの剣を持ち、左腕に軍旗を片掛けにして持っているのだ。

 纏っている甲冑から、男は恐らくは禍国の武人であり、而も相当に名があるが身分が高い貴人であるのは間違いなかった。

 禍国の武人が句国王の大軍旗掲げて馬に跨る。

 有り得ない。

 有り得ない事実が、だが目の前に、炎を突っ切って現れ、此方を睨み付けている。


「王様の、旗!」

 残されていた力を振り絞り、旗を指差しながらあらん限りの声で少女は叫んだ。

 少女の声が届いたのか、黒馬に跨っている立派な身体つきをしている男が振り向き、場上から微かに少女に向かって微笑みかけた。

 異様な空気の中、巨大な黒馬が首を空に向かって巡らせ雷鳴の如き嘶きを発した。

 嘶きを合図として、黒馬に跨っている偉丈夫は手にしていた軍旗を天に衝き上げる。


「進め!」

 命令が飛ぶと同時に、炎を突き破って騎馬軍団が姿を現した。

 怒涛となった騎馬軍団は、勇ましい雄叫びを上げて偉丈夫の命令を忠実に実行に移す。

「ゆ、弓を! 弓を構えろ!」

「矢を射かけろ! ありったけ射掛けろ!」

 備国軍の何処かから、声が上がる。

 しかし、矢を番え狙いを定める前に距離を詰められ騎馬軍団が振るう剣や槍の餌食となっていく。

「備国軍を許すな!」

 句国王の大軍旗を掲げて戦う騎馬軍団から、声が上がる。

「討て! 討て!」

「一兵も逃がすな!」


 目の前を駆け抜けて行く黒い塊が疾駆する様を、少女は呆然と見守るしか無い。

 ふと気が付くと、丸太のように太い黒い馬の脚が眼前に迫って来ていた。

 見上げると、炎を背中にして、句国王の大軍旗が熱波に煽られながらはためいている。

 馬上から大きな手が、ぬっ、と自分に向かって差し出される処を見た少女は、絶叫を上げた。

 そして、前のめりになって倒れたまま、動かなくなった。



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