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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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23 合従連衡 その2-3

23 合従連衡がっしょうれんこう その2-3



 闘と真の遣り取りを棒立ちになって見ているしかなかった斬だったが、己の名を兄王に口にされて慌てて平伏した。そして、興奮に息が荒くなるのを必死で押し留める。


 ――一万の兵馬を率いる? わ、私が!?

 此の間のような、たった200騎の兵では無い。万の兵士を率いる将軍として、自分をひき立てて貰えたのだ。

 眼の前が、一瞬にして綺羅に包まれたような感覚に襲われる。膝頭ががくがくと震え出すが、止められない。何と云うみっとも無さだ、静まれ、と己を叱責するのだが、どうにも収まりそうにない。

「陛下、恐れ乍ら申し上げたき儀が御座います」

 興奮の坩堝に飲み込まれて冷静に頭を働かせられなくなっていた斬の耳に、嫌に低く冷たい烈の声が突き刺さった。

 ――烈兄上? 一体、何を?

 普段、熱血漢である彼からは、到底、想像もつかない冷徹な声音だ。

 そもそも烈は、兄王・闘に心酔しきっている。

 何であろうと兄王の決定に、をよしとすし、反駁を唱えるような漢ではない。

 其れなのに、何を言い出すつもりなのか。

 烈の目は血走っており、其の癖、呼吸は全く乱れていないという奇妙な冷静さを併せ持っている。斬は、初めて見る兄・烈の姿に恐怖を覚えた。

 知らぬ間に斬の額には冷汗が浮かび、ごくり、と喉が鳴っていた。


 闘の方も、烈の変化を感じ取っていた。

 しかし、彼は異腹弟の変わり様を楽しそうなで眺めている。何をしでかすつもりでいるのか、とわくわくすらしているようだった。

「何だ? 許す、申してみよ」

 許しを与えた闘に、有難き幸せ、と言い置くと、烈は大きく息を吸い込んだ。

「私如き臣に対して万騎を与えて下さる此の誉に、感動に顫えるしかありません。然し乍ら陛下、私は己より格下の者と共に戦場に立つ気は有りません」

「――ほう?」

 闘の語尾が面白い、と言わんばかりに上がる。

 肘掛けに肘を置き、手の甲に顎を乗せて寛いだ姿勢を取ってみせた闘だったが、だがは笑っていない。逆に、黒光りするまがねの剣のように、ぎらりと輝きを放っている。

 闘の眼の輝きに力を得たのか、烈は何時もの彼を取り戻した。胸を張って仁王立ちになると、びしり、と真を指差す。


「斯様な、大将でも何でもない漢と轡を並べて戦場に立ち、剰え彼の口から繰り出される言葉に踊らされるなど真っ平・・・御免である、と申しているのです」

「ほう?」

「そもそも、此の漢は戦場に不吉を呼び込むと呼ばれておる障碍者です。剛国に負の星を呼び寄せる事になりましょう。斯様な、旗印も持たぬような下品の漢と、陛下を同等の位置に共に戦場に送り出すなど有り得ません。家臣として、断固として許す訳には参りません。何卒、御再考を」

 恭しく締め括った烈が、闘に礼拝を捧げた。

 流石に、闘は不機嫌そうに顔を顰めている。

 だが、烈の進言は至極真っ当だった。

 障碍は魔と鬼を呼び寄せる、不吉な存在だ。剛国だけではなく、武人は基本的に戦場で傷を負った者は勇者と見做して褒め称えるるばかりで、寛大な態度を取るが、其れ以外の障碍に関しては手のひらを返して冷たく、徹底した蔑視を送る。

 烈の主張は最もな、いや、唱えられて当然、進言されなければ忠節を誓った家臣に有るまじき醜態、と言えるだろう。


 其れに、克は将軍職を郡王・戰の名で得ているが、真は違う。

 敢えて役職を上げるのであれば『目付』が生きていると云えなくもないが、文字通りに名ばかりの実態の無い職でしか無い。

 無位無官無職の漢と一国の王が轡を並べて立つなど、剛国でなくとも武人として許し難いのは当然だろう。

「しかし烈兄上、先の戦で私が勝利を得たのは……」

「黙れ斬! 策を弄した上での貴様の勝利など、勝利の内に入らぬ! 控えよ!」

 横から口を挟もうとした斬を、ぐわ、と目を剥いて烈は怒鳴り付けた。

 胆力と迫力の違いに、斬は気圧され、ぐ、と息を呑んだ。

 意思に反して身体が硬直して動かない。闘が王として即位する前から彼に従って駆けていた漢と、戦闘とも呼べぬ戦いしか経験した事のない違いが、少年を激しく打ちのめしていた。


「烈殿下」

 餌を前に興奮し牙を剥いて牽制し合っている最中の狼のような烈に、真は飽く迄も静かに声を掛けた。

「では、どうあれば私を御認め下さいますか?」

 ぎっ! と奥歯を噛み締めて、烈は真を睨む。

「貴様を認めるなど、陛下の御為を思う家臣として有りえん。だが」

「はい、ですが?」

「郡王の家臣としての証を持って来い。さすれば、少しは認めてやろう。どうだ?」

「家臣の証――ですか」

 そうだ、と応じる烈の口調は、真を追い詰めてやったぞ、という揚揚した成分が含まれている。


 ――やれやれ、また面倒臭い事を考え付く御方ですねえ。

 真は内心で肩を竦めた。

 郡王・戰の御使として此の剛国にやって来たのだから、身は保証されてはいる。

 が、確かに言われてみれば、今、真が身に纏っている衣服も、正式には祭国郡王・戰の家臣であるという証にはなってはいない。

 先の斬の初陣の時と今回は、戦の意味も規模も全く違う。

 官位の無い者の策に乗って一国の王が動いたとあれば、剛国としては立つ瀬が無い、と云う主張も頷けるものであるし、そして此の烈の指摘を、闘は王者であるが故に無碍には出来ない。


 ふう、と真は息を吐いた。意識してか知らずうちにか、左腕を軽く擦る。

「判りました。では、烈殿下。私の官を詳らかにするものがあれば宜しいのですね?」

「証明する物が在るのならばな。今直ぐ、此処に示してみせよ」

「今直ぐ、ですか」

「そうだ、直ぐに、だ。今、此処で証明出来ぬとあらば、同盟など到底認めてやれぬ」

 低い声で言い放つ烈を前に、真は後頭部をぽりぽりと掻く。

 此れはまた、小忙しい事ですねえ、とのんびりと呟く声は、怒りの沼地に引き摺り込もうとしている烈の眼光にも、全く堪えていない軽さを持っていた。其れがまた、烈には面憎い。


「判りました。では、烈殿下に納得して頂けるだけの証の品を、逗留地より持って来させましょう。其れで宜しいでしょうか?」

「我々を納得させられるだけの品であるのならば、な」

 してやったり、と言わんばかりに、にやり、と烈は笑ってみせた。



 ★★★



 一先ず、克がくうを従えて、逗留地に戻る事になった。

 祭国郡王・戰が禍国兵部尚書・優と共に句国領内に到達する、という真の情報が正しいのかどうかの審議を先ずすべく、真は質として王城に留まる事になったのだ。

 進言した通りに郡王・戰が国境線に現れれば良し。

 もしも謀ったのであれば真の身柄を剛国王の名に置いて処するものとする、と烈が一方的に押し付けた。

 真の余裕ぶりを演技と捉えているのだろう、烈の眼光には、勝った、と書いてある。


 ――やれやれ。本当に素直な反応を示される御方ですねえ、烈殿下は。

 言葉による争いは、闘によって止めるかとおもいきや、烈の此の言い分をにやりと笑って許しを与えただけだった。

 何方にどう転んでも真を手元に置いておけるのであれば、別に途中経過など気にする必要など無いし構いもしない、と言いたげだった。

「大体、同盟を組むとして、郡王の味方をする利が此方にどれだけあるというのか。其れを先ずは示して欲しいものなのだがな」

 ぎらぎらとした烈のが、言い逃れは許さん、と語っている。真は肩を竦めた。

「確かにそうですね。旨味も無いのに當たら疲弊するだけと判りきっておりながら自国を弱める可能性を無視して大切な兵力を投入するなど、王者としては正に愚の骨頂と言えましょうし、指摘して止めぬ家臣は更に己の無能無策を内外に知らしめてしまう事になりますし。烈殿下は流石ですね」

 軽口風に隠しながらも、さらりと毒をも含ませて言ってのける真に、御為ごかしはやめろ、と烈は凄んでみせる。


「どうなのだ、郡王に味方し備国を下したとして、我が剛国にどれだけの利がある。答えよ、真とやら」

「さて、どうお答えしたものでしょうか?」

 のんびりと真は答える。

「有る、と云えば確かに有りますし、無い、と云えば無いのでしょう、としかお答え出来ません」

「何だと!?」

「つまり、此方が幾ら玉石の原石を御見せして此れは相当に価値あるものですよ、と真実を申し上げたとしても、其れは只の石ころだろう、と言われてしまえば其れまでだ、という事です」

「貴様っ……」

 ふあ、と呑気に欠伸をしてみせる真に、烈は目の縁を赤くして躙り寄る。


「止せ、烈」

 闘から以前のように気さくに声を掛けられた烈は、其処で動きをぴたり、と止める。おやおや、と真は内心で目を細めた。

 ――恫喝と懐柔、硬軟の織り交ぜ方が本当に絶妙な御方ですね、闘陛下は。

 烈だけでなく、彼の兄弟たちからの闘への服従心は最早、天帝への信仰心と同等以上の価値あるものとして烈の中には位置付けられているのだろう。

 だが、こうした絶対的で盲目的狂信的な信心は、一度、黒い疑念を抱いたが最後、坂道を転がり落ちる巌よりも早く転落し、そして砕け散るものだ。

 ――果たして、闘陛下は烈殿下の御心を御しきれるのでしょうか?

 御自身の能力を信用されるのは御立派ですし、其れに見合う力を有しておられますが、烈殿下と斬殿下、御二方を同等に扱いきれるとお思いなのでしたら其れは少し虫が良すぎるのではないでしょうかね?

 ……最も、私がそんな事を闘陛下に進言する義理も何もないので黙っておりますけど。


 真の内心を知ってか知らずか、真よ、と闘は楽しそうに声を掛けてくる。

「貴様が云う処の、玉の原石とやらは、一体何だ? 申してみよ。今の我が剛国にとって、平原に出る道を確保する以上の玉石はないぞ? 貴様は理解しておるだろうに、其れ以上に価値あるものなどあるのか? どうだ、此の私を納得させるだけの答えなのか?」

「さて、其れはどうでしょうか?」

 のんびりと真は答える。

「下手に私から答えを強請り取られぬ方が、宜しいのではありませんか? 聞いた傍から、気に入らぬ、と烈殿下が私を討たれでもしたらどうなされる御積りなのです?」

「確かにな。烈が貴様を討てば郡王に我が剛国侵攻の口実を与えてしまうな」

「おやおや。其れを恐れるような陛下では御座いませんよね? 陛下の事ですから、祭国をも手に入れられる、と内心で喜ばれておられるのでは?」

「ほう、良く見抜いておるな」

 くっくく、と喉仏を上下させて闘は楽しげに笑う。

「良いだろう、真よ、今は問うまい。だが、私の尊厳の為に無位の者に従えぬと申した我が家臣の言も最もだ。故に、貴様の身を詳らかにする品を、いや、貴様が郡王が率いている軍勢すら動かしうるだけの力を有しているのだよいう証を見せてみよ」

 全ては其れからだ、と闘は云うと腕を振って謁見の終わりを告げた。



 王の間から出ると克は直様、馬の用意をさせた。

 跨る直前、ぐるり、と踵を返すと、にこにこしている真の腕を引っ付かんで引き寄せた。ずい、と覆い被さるようにして真に迫る。

「大丈夫か、真殿」

「はい、まあ平気だと思います。其れよりも、克殿、宜しく御願いしますよ?」

「俺よりも、自分の身体を心配しろ」

 軽い口調の真に、克は唇の先を尖らせて、むっとした様子を見せた。

 一応、芙が気を利かせて1日分の痛み止めの薬湯をこっそりと用意してきて呉れたから良かったようなものの、無ければ痛みにのた打ち回らねばならない処だったのだ。


 ――王の間で闘陛下と遣り合っている最中も、左腕を気にしていただろうが、全く。

 呆れて言葉も出てこないが、放っておけば真は何処まで無茶をするか分からない。克は芙を手招いて、こそこそと耳打ちした。

「芙、真殿を頼むぞ。どうも真殿はどんなに切羽詰まっても、おやおや其れは大変ですねえ、とか何とか言って頭を掻いてそうだからなあ」

 克にしては上手い事を言う、と内心で吹き出しながらも、芙は力強く頷いてみせた。

「任せておけ」

「本当の本当に頼むぞ? 真殿の事だ。俺が居なくなったら、のんびり湯を飲んで、其のまま床に大の字になって昼寝しだしそうで適わんよ」

 蘭が手綱を取ってくれている馬に跨りながら、克が溜息を吐く。

 ああ確かに目に見えるな、と苦笑しながら芙は克の愛馬の尻を叩いてやった。短い嘶きを放ち、克の馬は素晴らしい脚力を見せて飛び出した。


「いいな!? 頼んだからな!?」

 背後を振り返って、もう一度だけ克は叫ぶと、其れ以後は矢のようになって馬を駆けさせて芙の視界から消えていった。



 ★★★



 克を見送った後、真たちは嘗て与えられていた部屋に通された。

 一応、整えてはあるが案内した内官の態度はとてもではないが歓迎しているとは言い難いものだった。しかし部屋に入るなり、真は布団の上に身投げするように突っ伏した。


「真殿!?」

「いえその……気が抜けたら、少々、疲れが出まして……」

 驚く芙の前で、真は情けないです、と呟きながら全身を使って息を吐いた。

 額にじわりと脂汗を滲ませて、苦悶の表情を浮かべている。安心するや否や、痛覚にのみ全身を支配されたらしい。

「少々なものか。相当に痩せ我慢をしていただろう、克殿も倒れ込むのではないかと心配していた」

「……ははは……其れはまた……克に見抜かれてしまうようでは、私も焼きが回りましたかね……」

 図らずも、ほぼ克の予言通りになったしまった自分を揶揄するように、真は薄く笑う。芙は肩を上下させた。

 ――全く、克殿程度に見破られていては駄目だろう。だがまあ、無駄口や軽口を叩く元気があるらまだ大丈夫か。

 とは云うものの、早急に薬湯をいれて飲ませないとまずいだろう、と芙は立ち上がった。


「真殿、急いで薬湯を用意してくる。もう、克殿並に頭を空にして静かに横になっていてくれ」

 克が前に居たら酷いなそりゃ、と言いそうな事を芙は平気で口にする。うとうとしながら、ははは、と真は力の入っていない笑みを返してきた。

「はい……申し訳ありませんね、芙。手数を掛けますが、御願いします」

 ぐったりしつつも、まだ答えられる気力のある真に、芙は安堵の嘆息を吐く。

 しかし真はもう、軽い寝息をかき始めていて此方の言葉など半分以下にも聞いては居ない。

 やれやれ、と呆れながらも、真をしっかり見ているように、決して起き上がらせないように、と芙はすいに命じると、薬湯を用意する為に部屋を出た。



 ★★★



 薬湯を淹れようと竈を借りに廊下に出た芙は、背後から呼び止められた。

 早速来たか、と態とらしく嘆息する。


「……あ、あの……芙……様……私の事を、覚えておいで……に御座います……か……?」

 びくびくおどおどしている声の主は、烈の王妃である瑛姫の女官として契国時代から仕えている、照のものだった。

「照殿」

 短く答えると照は胸元に手を当てて、ほぅ、と短い安堵の息を吐いて見せた。

 珍しく、頬に赤みがさして輝いているようにも見えるのだが、芙は肩を使って深く長い溜息を吐いた。

 途端に、照の顔ばせが曇った。其れを目にすると、目を眇めてしまう。すると照は益々萎縮して、肩を窄めて小さくなった。


 どうにも、彼女のこの、うじうじ・・・・とした態度を見ているのは腹がむらむらしてくる。

 そして加虐性嗜好がある訳でもないのに、人の目と態度を深く気にする彼女を見ていると、どうした事か、きつい言葉を投げ付けてしまうのだ。仲間も克も、芙らしからぬ態度を気にしているが、芙自身が一番戸惑っていた。

 ――何という為体ていたらくだ。俺らしくもない。

 として生きる者が、敵の陣中に入り込みながら常に感情を露わにするなど、己の首を絞めるようなものだと主人である蔦に強く戒められて生きてきた。

 ――5人の仲間の内、俺が最も主様の教えを正しく実行出来ているからこそ、仲間の頭目たり得ているというのに。

 自戒せねばと思う先から、だが、上目遣いで顔色を伺う照を眼の前にすると、そんな思いも吹き飛んでしまう。

「……あの……芙様……」

「何か? 薬湯ならば、俺が用意する。照殿の手を煩わせはしない。下がって呉れて結構だ」

 我ながら餓鬼のような突っぱね方だ、と呆れた思いを抱えながらも、擦り寄ってくる照を邪険にしてしまう。其れでも、照は芙から離れようとしない。


「いえ、違うのです」

 不意に、此れまでとは一変した強い瞳で照は芙を見据え、袖を掴んだ。

 口調も、今までのおどおどとしたものではなくなっている。あまりの様変わりに驚く芙の前で、照は、きゅ、と唇を固くして決意を露わにしている。

「芙様」

「……」

「芙様、郡王陛下が契国の内乱を鎮められた場に共にいらっしゃったのでしょう?」

「……あ? あ、ああ、そうだが……」

「父は」

 戸惑いから言葉を詰まらせる芙に、照は毅然とした態度で、ぴしりと言い放った。


「父は? 父はどうなりましたか? 知っておられる範疇で良いですから、お教え願えますか?」

 声にはしっかりとした強い意思が感じられる。

 覚悟はできている。

 どんなに悲惨で酸鼻な答えでもいい。

 真実を聞き、胸に納めたい、という強い意思が。


 そうか、と突然、芙は理解した。

 ――今までは瑛姫を守る為に、道化を演じていたのか。

 照がおどおどと消極的な態度を取り続けていたのは、主であるえい姫の為だろう。

 祖国で乱を起こした父・嵒よりも、照は介添として付き従った瑛姫を選び取ったのだ。


 父と自分は違う、とばかりに毅然とした態度を取り続ければ、瑛姫は彼女をどう思うだろうか。

 幾ら乳兄弟として育ち、生まれた時からの仲であろうとも、平然とされていたらどう思うだろうか。

 恐らく、己の父が契国を手中に納めるものと信じていると思うに違いない。

 そしてもしも、嵒が王位を簒奪したとしたら、唯一の娘である照は継次の御子となってしまう。

 そうなれば、剛国としては瑛姫と血を結ぶ意味が無くなる。

 瑛姫から王妃の地位を奪い、代わって照に与えるかもしれない。

 いや、照が自ら剛国王に色仕掛けに及ぶかもしれない。

 事に拠れば、剛国に父・嵒の檄文に呼応せよ、と談判に及ぶかも知れない。

 甘やかされてきた瑛姫でなくとも、許さないだろう。


 ――だから、頭の弱い馬鹿な小娘になりきっていたのか。

 父の所業に怯えるばかりの自分になどに、霞ほどの価値もない、という振りをし続けてきたのだな。

 悪意ある人の目は何処にどのように隠れているか知れず、目に触れたが最後、どのように瑛姫に吹聴されるかも分からない。

 だから照は其れを逆手に取って、常に小さくなり続けていたのだ。

 得に、照の良人おっとである烈は真を嫌い、常に見張りを立てている。真の周辺で、鬱陶しいばかりの醜態を晒せば、王妃である瑛の耳にも入るだろう、と目論んだに違いない。

 ――どう表現すべきたぐいの忠誠心なんだ、此れは。

 惜しみ無い賛辞を送るべきなのか、其れとも、心の底から馬鹿にすべきなのか、迷う処だ。


 しかし今、照は、全てをかなぐり捨てて真実を問うている。

 父親の嵒の進退去就、如何に寄って己の未来も、いや、主である瑛姫の立場が変わってしまう恐れがあるのだ。

 必死になるのは当然だろう。


「御願いです、芙様。どうか包み隠さず教えて下さいませ。父は――」

「死んだ」

 一言で、芙は真実を伝えきった。



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