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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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23 合従連衡 その1-3

23 合従連衡がっしょうれんこう その1-3



 芙が戻った翌日。

 剛国王・闘から、是非とも城に来るように、と云う誘いの言葉を手に御使が克の元にやって来た。

丁度、皆で祭国軍と禍国軍との連携強化の為に駒を用いての模擬戦を行っていた処だったのだが、克は一旦場を離れて使者と面会せねばならなくなった。当然、戦の模擬も中断する。

 戻ってきた克は、腕を組んでふ~む、う~む、と唸りっぱなしだった。


「闘陛下がなあ、新米の祝い酒を我々と共に味わいたい、とまあ、こう仰っておられるそうでな」

「で、お声掛け頂いたのですね?」

「まあな」

 面倒臭いお話ですねえ、と真が笑うと克は渋面をつくり、唸りながら寄り目になった。

「克殿の云う通りです。真殿を得たいという、剛国王の目的が透けて見える。行かない方がいい」

「しかし、真殿を得たいと思われているのは分かるが、如何せんしつこい御方だ」

「こっちを誘う時期を待ち構えていたんすかね? いや、気色悪くて敵わないっすね」

 戒める芙の横で克はまだ唸り続け、竹はというと、うえ、と舌を突き出し吐き真似をしてみせる。仲間を見ながら、真当人はのんびりと笑っている。

「真殿、笑っている場合じゃないだろう」

「いえ、しかしですね、実際、待ち構えておられたのだと思いますよ? 此の機に乗じて、句国と契国を手に入れたいと闘陛下も望んでおられるのですからね」

 睨む克に真がまともに答えてみせると、集まっていた仲間は飛び上がった。

「何だと!?」


 驚愕に大口を開けて締りの無い顔をしている面々を余所に、当然でしょう、と言いながら真は薬湯を啜る。

 芙が用意した薬湯は、薙の其れと違い変に煮詰まってどろりと対流を起こしていない。しかし、飲み易くはあるが味が不味いのは変わらない。口元を顰めながら、真はちびちびちと薬湯を啜り続ける。

「初めて聞いたぞ、そんな事」

「ええ、私も初めて口にしましたので、聞いていた、と言われたら其れは其れで怖いですよ」

 やっと薬湯を飲み干した真は、ふう、と肩を上下させる。


「何にしても、闘陛下の眼識は的確だ、と云う事ですね」

「……で、真殿はどうするつもりなんだ?」

「どうするもこうするもありませんよ。良いじゃないですか、闘陛下が勝手にやる気を出される分には、何も困りませんよ。逆に、如何に此方と共闘して頂こうかと頭を悩ませる必要が無くなって楽になります」

「……」

 すら、と言ってのける真を、克は化物でも見るような目付きで見詰めたのだった。



 ★★★



 呼ばれたからには、といやいやながら真も着替えを終えた。

 最も、流石の芙も薔姫のようにはいかない。何とか軍属の長官らしい雰囲気っぽさがある長衣に着替えさせるまでが、精一杯だった。しかし真は、何時までもしつこく膨れっ面でぷりぷりしている。


「いや、こんな処に来てまで正装なんて冗談じゃありませんよ」

「……全く、なんでそんなに着替えというか、正装が嫌なんだ? 俺にはよく分からんよ」

 竹と陸に手伝って貰いながら帯を締めている克が、呆れている。

 克は正規の御使として句国に行っているので、祭国で採用されたばかりの赤い盤領袍ばんりょうほうを纏っている。三品の証である豹の刺繍を誇らしげにしている克と違い、真は腕を組んで唸っている。

「う~ん、嫌と云うよりも……いえ、なんて云えばよいのでしょうかね? 私らしくない感じがすると云いますか。有体にざっくり言ってしまえば、私にはこういう格好は似合わない、と言いますか……」

「俺は似合っていると思いますよ、ねえ隊長?」

 着替えを終えた克に、竹が彼の愛用の剣を差し出した。おう、と云いながら受け取り、腰に帯びる。

「克あにぃも真さんも、格好いいぜ!」

 陸がやんやと囃し立てる。

 そうか? と答える克も、流石に慣れてきているだけの事はあり見た目にも堂々たるものだ。しかし、陸に褒められても真は、はあ、と盛大な溜息を吐く。

「兎に角、しっくり・・・・来ないんですよ」

 芙と仲間の苦労など気にも掛けず、真は彼らが必死で整えた髪を、くちゃくちゃと掻き回して乱してしまう。

 早速、努力が水泡に帰してしまい、ぐったりと脱力していると、剛国からの迎えが到着した。改めて克の天幕を訪れた迎えの一団の長は、斬だった。

 おや此れは此れは、と真も表情を和ませる。


「殿下、御無沙汰しておりました」

「久し振りだ、真殿。息災だったか」

「お心遣い痛み入ります。はい、御蔭様でどうにか。殿下、闘陛下は御健勝であらせられますか?」

「ああ、其れは勿論だ。しかし久し振りに貴殿の顔を見たが、どうした、少々痩せたのではないか?」

「……はあ、其れはまた、お心遣い……」

「そもそも、薬湯を手放せぬ程、身体が弱らしいではないか。斯様な処にいては、痩せ細って、その内に崑山脈より吹き降ろす風に飛ばされるぞ。誰もが陛下より御声を頂戴できる栄誉を賜われるのではない。陛下の御言葉に大いに甘えて城に上がって大事を取ればよかろうに」

 礼拝を捧げながら、おや、と真は内心で目を細めた。

 斬の熱い口調には、最早、少年の其れではなく、漢としての自信が漲っている。口数も増えて、常に目を伏せて控え目にしていた先の戦までとは大違いだ。

 勝利に加え、最近、闘の覚えが良くなり傍に召される回数が増えたせいもあるのだろうが、其れにしても大した変わり様だ。

「まあ、良い。こんな処で私が話し込んで、陛下と其の方の会談の時間が短くなっては申し訳が立たぬ。早々に出るとしよう」

 返事も待たず、斬は気忙しく背中を向けた。

 克と芙は顔を見合わせる。彼らも、斬の変わり様に驚いている様子だった。


 ――烈殿下は、何もかもが気に喰わない、とぼやいておられるでしょうねえ。

 さて、城に上がって何が待ち構えておりますやら。

 ふあ、と真は呑気に欠伸をしながら項を掻いた。



 ★★★



 竹はいざという時の為の指揮官として残らねばならないので招かれても外れねばならないが、その代わりと言っては何だが、芙と彼の仲間が従者として従い、二人を守る事になった。

「宜しく御願いします」

 後頭部を掻きながら、ぺこ、と頭を下げる真に芙は苦笑した。

「ですがまあ、芙が心配しているような事にはならないと思いますよ?」

「真殿は甘い」

「ですか? 芙を信頼しているだけなのですが……」

「そういう考えでおられるから、怪我をなされるのです。先ずは御自身で身の危険を差し迫って感じとって頂かないと、此方が守ろうにも当の本人が呆けていては如何ともし難い場合がある」

 珍しく長舌で答えながら、ちっ、と芙は舌打ちをした。

 克が肩越しに振り返り、おっ? と目を剥いた。芙が苛ついた内面を隠しもせずにいるなど、余程の事がなければ御目に掛かれないからだ。真も此れはまずい、と思ったのだろう、素直に頭を下げたのだった。


 克は愛馬に跨り、真は芙が御者を務める戦車で剛国の王城に上がった。正門前に近付くと、華やか、というよりは勇ましい音楽が流れてくる。

「陛下も到着を楽しみにされておられます、お早く」

 先導役の斬が、笑顔で奥へと案内する。

 萃が克の愛馬の手綱を、蘭が真が乗ってきた戦車を預かって厩へと向かう。一瞬、目配せしあった後、芙と薙、茹が克と真を挟み込むようして従って歩く。


 歩きながら、ぼそっと呟きつつ克は目を丸くした。

「真殿、どうも様子がおかしくないか? 王の気に入りの者だけの気楽な酒宴かと思ったら、ちゃんとした祭りじゃないか」

「いやどうも、どうやらそのようですね」

 真も項辺りをぽりぽりと引っ掻く。

 気軽な気分、と云う訳ではないのだが、闘の気心の知れた者のみに声が掛かっている内々の宴だと思っていた真も、流石に読みが外れた。


 王城までの道のりは、明るい空気が漂い人々は皆、明るい笑顔で浮かれていた。招かれた宴は、どうやら秋の収穫を祝うものらしい。

 剛国の祭礼や儀礼は、どちらかと言えば毛烏素砂漠で生きる騎馬の民との方が似ている。

 縄が張られ、其処に色とりどりの光彩を放つ美しい五色の帛巾が掛けられており、折からの秋風を受けて舞っている。其れだけでもう、剛国中が祭礼に浮かれている印象を受けた。

 城内に入ると、益々、祭り特有の明るい雰囲気が真たちを包み込んで来る。

 まるで馬が嘶いているかのような横笛に、哨吶スナオが空を破かんとばかりに盛大で雄大豪壮な音を奏でる。

 そして此れもまた勇ましい足踏みのような音を発する堂鼓どうこが添い、檀板だんぱん単皮鼓だんひこが其れに高い音で合わせて来て、浮かれて弾む胸の鼓動を更に高めていく。

 胡琴こきんと呼ばれる、騎馬の民が愛用する弓で奏でる方式の二弦や四弦の琴を多様しており、成程、この辺りは根幹を深く伺わせるものだ。

 しかし、銅鑼や鐃鈸にょうはちといったものも取り入れられており、壮烈で雄渾な音の中に華やかさと風雅さが上手く重なり合っていた。


 遠慮せずに入るように、と促された大広間では既に祭礼舞踊が始められていた。

 剛国の舞は、绸舞ちょうまいと呼ばれている。極彩色の衣装を纏い、長い帛巾のようなものを揺らしながら使う舞踏だ。華麗と言うよりは大地を踏みしめるような猛々しさがあり、優美というよりは生命の熱気の溢れるものが感じられる舞であり、肩と背中と腰の動きが独特のしなやかさを見せて動く。

 動物の動きを模したものが多く、特に馬の嘶きや跳躍、鷹の羽撃きが取り入れられている。

 確かに、土着の民と根幹の民の融合があり、禍国などで人気の、甘いながらも壮麗で、典雅でありながらも嫣然とした娼妓たちの舞とは一線を画していた。


「斬殿、今日は只の宴ではないのですか?」

「はっはは。ええ、宴は宴でも、収穫祭なのです。此の夏に得た麦と米が倉庫を満たしたのを神に感謝する祭りです」

 笑いながら、斬が教えて呉れた。元は此の地に土着していた者たちの信仰が根底にあるらしいが、其れが騎馬の民の其れと融合して今の儀礼の形になっていった、と斬はすらすらと答える。

「実は、此の収穫を祝う祭りを城を上げてのものとされ始めたのは、陛下が初めなのです」

「元は豪族たちが繋いでいた祭りを、闘陛下は剛国の伝統として伝え広めて行こうとなされておられる、という訳ですね?」

「はい。戦いばかりで人心を得るのは難しいもの、そんな中、古くから仕えて呉れているうからを当然と見做して無下に扱ってはならぬ、と云うのが陛下の御心なのです」

「成程、一理ありますね」

「騎馬の民にとっての祭りはどちらかと言えば謝肉に偏っておりますが、此度の祭りは平原との融和をいち早く達成した我ら剛国ならではのものです。どうぞ、目で確かめてお楽しみ下さい」


 揚々と声を高めて斬は答える。

 へえ、と真は斬の背中を見直した。全くもって、剛国の城を離れている間の斬の成長は著しい。自分が与えた策を実行して勝利を得た時の斬とは、まるで別人になっている。恐らく、相当に勉学にも励んでいるのだろう。でなくては、先程の真と克の疑問に即答など出来ない。

 ――自信は、こうまで人を変えるのですね。

 其の分、先に闘の寵愛を一身に受けていた烈は面白くない筈だ。

 歯噛みしているだろうが、其れに気が付かぬ闘とも、また思えない。

 つい先程、斬自らが言っていたではないか。

 古くから仕えている者の忠誠心を当然と思っていてはならぬ、と。

 ――随分と、意地悪な事をなされる御方ですねえ、闘陛下は。

 人に愛されてばかりの人物が、だからこそ力を発揮してきた者が、ある日突然、嫉妬の壺に落とされたらどうなるか。想像できない闘ではない筈だ。

 其れなのに目を瞑るには、当然、目論見あっての事だ。

 つまり、斬に嫉妬した烈が、発憤興起するのを望んでいるのだ。烈に対しては、ただ一言、頼りにしている、と言ってやれば事足りるものを。


 ――ああいう御方は下手に刺激しては良くない。

 だが、備国王を相手にする場合、我を無くした烈の部隊は重宝するだろう。戦の間、制せられれば、の話だが。

「闘陛下は……御自分なら烈殿下を制御出来る、と思っておられるのでしょうか、ね……」

 やれやれ、と真は嘆息した。



 ★★★



 王城の奥に通じる通路から、儀礼服に身を包み家臣団を率いた闘自らが出迎えに来た。

 力強く明るい笑顔で此方に手を広げている闘は、騎馬の民伝統の胡服を身に纏っている。

 戰が郡王となる際の式典で禍国を訪れた際には平原式の礼装を纏っていたが、国内での祭典には矢張り、騎馬の民としての根幹である胡服を好むのだと此の数ヶ月の逗留で知っている。


「おう、よく来たな、真」

 気さくに声を掛けて来る闘に、真と克は使者として恥ずかしくない礼節に則った礼拝を捧げる。途端に、闘の顔が詰まらなさそうに歪む。

「陛下、御招きに預かり、罷り越しました。御健勝であらせられましたでしょうか」

 礼拝を捧げる真に、他人行儀にするな、と闘は不敵な声で答える。

「ふん、貴様の其の糞馬鹿丁寧な言葉使いを久方ぶりに耳にして、笑いが止まらんぞ」

「そうですか? 今の陛下の御尊顔には、何だ、詰まらん、と書いてありますが」

「そうか、それは美丈夫でならしておるというのに、台無しになるな。気を付けるとしよう」

 真の冗談に、途端に闘は機嫌を直した。真たちを招き入れながら、くっく、と闘は喉を鳴らし肩を上下させている。赤く日に焼けた肌が、真が城を離れた間、兵馬の鍛錬を怠っていなかったのだ、と言外に知らしめて来る。


 ――成程、此処で陛下は宣言される御積りなのですね。

 流石に、先を読まれる力がお有りになる。

 隙を見せようとしない真を、ふん、と鼻先で笑い飛ばしながら、闘は腰に手を当てた。

「もう少し早ければ、5畜を神に捧げる儀式を見せてやれたものを。惜しかったな」

 毛烏素砂漠で生きる騎馬の民にとっての5畜とは、馬、羊、山羊、牛、駱駝を指す。

 しかし平原には駱駝は生息していないので、剛国では代わって豚を捧げる。豚は農耕民族の象徴であり、土地を得て剛国として定住化した際に得た家畜として尊ばれている。

 だが神の元に贈る儀式、とは聞こえが良いが言ってしまえば家畜を屠る現場を見せてやるという事だから、今の真だったら卒倒しかねない。

 克が芙に、おい、良かったな、遅れて、とこっそりと呟いた。

 真の方も、くしゃ、と前髪を握り潰すようにして顔を隠しつつも、ホッとした様子が漏れ出ている。克と芙は互いに目配せしつつ、こそこそと笑い合う。


「有難い事ですが、其れは、またの機会に」

「そうか。まあ、時間はあるのだろう? 舞や他の儀式を存分に楽しんでいけ」

「はい、有難く」

 ついて来い、と背中を見せる闘に、はい、と真は素直に従う。

 途中、ふと、祭壇らしきものが目に止まった。灰で地面に何やら円状の物が描かれており、其処に5穀と共に蕪が備えられている。祭国や禍国では、見た事がない。此れも騎馬の民特有の儀礼なのだろう。

 しかし、5穀は兎も角として、契国・句国・剛国といった根幹を騎馬の民とする国に本来、蕪は無い蔬菜の筈だ。


 ――おやおや。

 此れはまた、これ見よがしですねえ。

 流石に真も、ぷっ、と小さく吹き出した。

「気が付いたか?」

 にや、と闘も笑ってみせる。

「先に句国へ出張った折、偶然に手に入れた種から実った蔬菜だ。3ヶ月で実る上に土地を選ばん。而も栽培が楽で旨いと来ている。最近、国内で栽培を奨励している」

「そうですか」

 胸を張って堂々と答える闘に、真の方もしゃあしゃあと応じる。

 そう身構えるな、と闘は腰に手を当てて振り返り、苦笑いした。


「私が剛国を継いで後、平原同様、王と家臣は身内として扱っている。隔ては極力無くしている。お前も私に対して壁を造る必要はない」

「恐れ乍ら、陛下」

「何だ、真よ」

「私はいつ、陛下のお身内と成ったので御座いましょうか? 記憶に御座いませんが」

 冷たく、感情の篭もらぬ平坦な声音で痛烈に返す真に、闘は仰け反り、鼻白んだ。

 然し其れも僅かな間の事であり、直ぐに独特な、豪放闊達な笑い声を放つ。

「ふん、ならば此れから私の家臣となればよい。今、貴様たちが身に纏っている礼服は胡服を元にしておるだろう。遠目には此の国の者とさしたる差はない」

どうだ? と顔を覗き込んで来る闘に、真は深い溜息を吐いてみせた。

「丁重に御断り致します。怖くておちおち寝てもいられないような生活は御免蒙ります」

「ほう?」

「下手に陛下のお身内になれば、恨み辛みで背中を視線の矢で貫かれそうですので」

「ほう? 死ぬのが怖いのか?」

 茶化して問う闘に、当然です、と真は胸を張って答えた。


「此れでも私は最近、大いに長生きする気満々なんですよ」

「ほう?」

「私には、歳の離れた妹がおりまして。此れがまた、私に似ずに愛嬌もあって皆に好かれております。此の妹が良き縁を得るのを見届けて、出来れば世話も充分にしてやりたいのです」

「妹の面倒を見てやりたい、か。成程な」

「はい。私などが真当な兄であると威張れるようなものではありませんが、然し、縁あって兄妹として生まれついたのですから。大切に思っている気持ちを伝えてやりたいと思っております」

「ほう、もっと冷めた男かとおもっていたが、存外と一門思いなのだな?」

「そんな格好の良いものではありませんが、目を掛けて相手をしてやっておりました以上は、最後まで責任を持つのは年長者としての責でしょう」

「兄として、か」

「はい」


 成程、と闘は笑う。

 しかし、目は笑っていない。

 此のような場で真が家族、とりわけ兄妹の話を持ち出してくる真意を探っているようだった。

 ――相変わらず、喰えぬ男だ。

 喰えぬが面白い。

 が、喰えぬ男だ、烈の事を当て擦るとは。

 闘が密かに、くっ、と口角を持ち上げるのと、どぉん、と堂鼓どうこが大きく打ち鳴らされるのと、ほぼ同時だった。わあ! という歓声が上がる。


「おお、始まったな」

 堂鼓の音に、闘は目を細める。対して、何だ、何だ? と克が首を伸ばして背伸びするようにして広間を伺う。

 二人の男が、入場してきた処だった。

 丸い飾りが打ち付けられた鞣し革製の裘褐きゅうかつを纏っている。此れの造りは独特であり、前の合わせは無く、背だけがある。首には空を舞う帛巾と同じくとりどりの色彩で豊かに飾られた布を垂らした首輪を掛けている。ゆったりとした造りの白いしゅうをはいて、矢張り革製の長靴を履いている。

 独特の舞を踊う男のうち一人は、烈だった。

 王弟であり郡王である烈の登場に、場が湧くのは当然だろう。


「此れから行われるのは相撲と言ってな。我ら騎馬の民の祭りには欠かせぬ演し物だ。見ていくがいい」

 言いながら、闘はとっとと会場へと向かっている。

 ふと、焼け付くようなひりひりとした気配を感じた真は、首を左右に巡らせた。

 理由は直ぐに分かった。

 自分に気が付いた烈が、鬼のような形相で此方を睨んでいる。


 ――何を企んでおられるのやら。

 闘の背中の後を追いながら、烈の熱い視線に真は短く嘆息した。



※ 相撲の衣装について ※


烈が着ている相撲ブフの衣装は、内モンゴル自治区のウジュムチン・ブフのものを参考にしております。

上着は革製の丈の短いものなのですが、うまい表現が見つからず、裘褐きゅうかつとしましたが正確には違うものです、たぶん・・(いい具合の表現のが見つからないのです革製の短衣、のほうが分かり易いかもしれなかったですね・・

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