22 屍山血河 その9-3
22 屍山血河 その9-3
現れた大軍旗の端を持ち上げながら、うぬ、と優は唸った。
まさか句国王の軍旗が、此のような形で手に入るなどと思いもしていなかった。
――確かに、此れは大層な口をきけるだけの品だ。
だが、と優は句国の武人を、ちらり、と見やる。
「一つ聞くが。其方、句国と句国王陛下が辿られし道を知っておるのか否か」
「……は……?」
武人は消え入りそうな声で、おどおどとした視線を優に向けてくる。この短い遣り取りで、優は哀れにも武人が祖国の命運を未だに知らぬままであると知った。
肺の臓が空になる程、大きく優は息を吐きだした。一旦気合を入れて構えねば、平然と伝えられるような事実ではない。
「備国の前に、句国は敗れた。句国王陛下は捉えられ、処されたそうだ」
句国の武人が息を呑む。瘧に罹患したかのように、身体がわなわなと震え出した。
「そ、そんな……そんな、馬鹿な! 我が句国は句国王陛下は備国などに破れはせぬ!」
すっくと立ち上がり、剣の柄に手を掛けながら武人が叫ぶ。
「たとえ禍国随一の武人と名高い兵部尚書であろうと、我が王を悪し様に云う輩は赦しはせぬ!」
しかし、膝ががくがくと震えおり定まらない。
国王・玖を逃すさんと、彼も仲間も必死だった。が、その必死さこそが、句国が備国の前に屈服する最大の要因であったのだ、と身に沁みてした。
優は無言で、胸元を探ると木簡を差し出した。
武人は一瞬、鼻白んでみせた。が、引っ手繰るようにして木簡を手にすると背中を丸めて貪り読む。見る見るうちに、武人の双眸に涙が溜まり、嗚咽が漏れ出す。かと思うと木簡を握り締めて、突然突っ伏し、号泣しだした。
暫くの間、優は武人のしたいように泣かせるだけ泣かせていた。やっと、袖で涙を拭い取るまで、二刻余りが経過していた。
「落ち着いたか」
己の中で国の滅亡と王と王妃の崩御、仲間たちの全滅、共々を納得させたのだろう、武人は無言で優に木簡を差し出した。
申し訳御座いませんでした、と武人は優に礼拝を捧げる。
「陛下の最後を知り得ただけでも、私はまだ幸せでした。……死んでいった仲間の為にも、私は陛下の御無念を晴らさねばなりません」
優は無言のまま、軍旗を丁寧に畳むと包みの中に戻した。
そして、武人の方へと押しやる。怪訝そうな顔付きで、武人は優を見上げた。
「斯様な質入が無くとも、同盟の友である句国王陛下の御無念は郡王陛下が晴らして下さるだろう」
何か叫びかける武人の前で、優は手を振ってみせる。
「此の大軍旗、其方が持っておるがいい。句国王陛下も其れを望んでおられよう。郡王陛下が雪辱を果たされた時にこそ、其方が自らの手で、自らの言葉で思いを綴り、お見せするがいい。御盟友の御為である。郡王陛下は必ずや、句国再興の為に尽力して下されるだろう」
武人の眸に、じわり、と涙が浮かんだ。
★★★
武人は趙と名乗った。
句国の大将軍・姜の配下で百人隊長を務めていたのだと云う。
匿われていたとは云え、伐の邑にも他所者を養ってやれるだけの蓄えなどない状態だった為、数週間ですっかり痩せ衰え弱りきっていた。頬が痩け、双眸が落ち窪み髭をまだらに伸ばしている姿からは分からなかったが、年齢的には克や杢、そして芙らと同年代のようだった。
「芙、この男を陣に連れて行ってやれ。軍医に診せてやるといい」
「はい」
芙に肩を借りて趙は袖で目を隠して、嗚咽する。
「……妃殿下……姜殿も……祭国に無事に辿り着いたものとばかり……」
趙の肩を叩いて慰めつつも、芙は暫しの間、好きにさせておいた。
泣きたい時に存分に泣いておかぬと、いざというという時に感情が固まる。
心と感情が固まった人間は、時に戦場で迷いを見せる。
其の迷いは生命に関わる。
心の中の膿は、吐き出させてやるのが一番なのだ。
嗚咽が落ち付きだすと、芙は優に一礼して趙を担ぐようにして外で待つ荷車の方へ向かった。空になった荷台に、趙を乗せていくつもりらしい。
趙が非れもなく涙をみせる姿には、労りの視線を注いでいた優だったが、くるり、と伐の方を振り向いたときには厳しい光が宿っていた。
優は数々の戦を掻い潜ってきた歴戦の勇士だ。幾ら伐に仲間を一言で屈服させる迫力があろうと所詮、地として持っている迫力が違う。
伐を始めとする大の男たちは青くなり冷や汗を垂らし、うぐ、と息を呑んで後退る。
「句国の方は、まあ、よい。だが其方らの問題が片付いておらん。何故、我ら禍国に組みし、国と王とに反旗を翻そうとする」
答えよ、と睨む優に、邑の男たちは殆ど腰を抜かして小さな悲鳴を上げた。
しかし、伐だけは何とか踏み止まっている。
「……前、皇子様が契国に攻めて来た時と、同じ気持ちだからさ」
「何?」
「此の邑を見た時、親父さんよ、どう思ったよ? 貧しいだろ?」
伐は顎を刳った。
昇る白く細い筋は、粥を炊いている竈から上がっているものだ。
「こんな風によ、飯炊釜からまともな煙が上がるなんざ、久し振りなんだよ、本当に。殆ど水を沸かしただけのもんを啜らせていたからなあ」
伐の言葉に、男たちの怒り肩が下がっていく。互いに顔を見合わせて、唇を噛み締めた。
「けどよ、何も今年が特別なんじゃあない。俺らは、何時もこんなかつかつの暮らしをしてんだよ」
子供の笑い声が風に乗って流れてきた。明るい声が幾つも幾つも上がり、女たちが窘める声が続く。
「良いもんだよな、子供の笑い声ってのは。そうは思わねえか、親父さんよ」
「……ああ、思う」
へえ? と伐は肩を竦めた。まさか同意を得られるとは思っていなかったらしい。
へっへへ、と鼻を鳴らすと、身体を反らせた。
「前に皇子様が攻めて来た時によ、あん時によ、俺たちは郡王さまに直談判しに行ったのさ。今の王様をぶっ倒して、俺たちの王様になって呉れ、此の契国を救って呉れ、ってよ、王様の前でな」
伐は肩を揺らして笑う。
何処か自嘲気味というか、情けない気持ちを隠しているような、いい加減な笑い方だ。
「俺たちの国を攻める前の年によぉ、皇子さまは句国を攻めていながら、結局、あの国を救っただろ? けどよ、俺たちは一応、名目上は勝ったってのに、何も無しだ。それ処かよ、其れでなくてもきつい生活が、もっと締め付けられてくばっかりでよ。惨めに死んでく為に生きてるようなもんだ」
蜂蜜を啜らせてやった少女を思い出し、優は溜息を吐いた。
「なら、分かるだろ? 俺たちは生きてえ。まともに生きてえんだよ。前の時は、王様が俺たちと頑張って下さる、って誓って下さった。だから堪えた。けど、あの後もなんも変わりやしねえ。腸煮え繰り返ってたけどよ、一年二年じゃどうしようもねえ、と俺らは自分たちを無理矢理納得させて、厳しい税の取り立てにも我慢してきた」
「……」
「けどよ、もう駄目だ。相国様は王様を裏切りやがったし、王様は王様で、とっ捕まったまんま、何もしようとしねえ」
伐の声音が、どんどんと興奮に上ずっていく。
仲間たちの落ち窪んでいた眸にも異様な活力が漲り始め、ぎらぎらと輝き出した。
「王様を信じてきた俺たちを、王様も王様の家来も皆して裏切りやがった! 何が、いい国にしてえ、だ! 彼奴ら、自分たちにだけ都合のいい国にしてえだけじゃねえか!」
「そうだ! その通りだ!」
「よく言った、伐!」
「結局、俺たちを虫螻だと思っていやがるんだ!」
男たちの間から喝采が上がる。
「俺たちの爺や婆のその爺婆の其のまた上の爺婆たちが血反吐吐きながら切り開いてきた、俺たちの国だ! 俺たちの爺婆は、俺たちの国を自分らの手で掴んだんだ! なら俺たちが、俺たちの国の王様を俺たちの手で選び取って何が悪い!」
握り拳を作り、伐は唾を飛ばして叫ぶ。
「其れの何処が悪い! 此処は、王様や貴族どもだけの国じゃねえ! 俺たちだって生きている! 俺たちの国だ!」
興奮に顔を赤くしながら、はあはあと息を切らしている伐の顔を、じ、と見据えていた優だったが、青白く、血の気が無くなるまで固く握り締められている伐の拳に、己の手を重ねた。
「よく分かった。自らの未来を勝ち取る為、己の主を己の手で選び取る。其の気持ち、私も良く分かる」
★★★
伐たちと正式に『手を組む』と決めた優に、芙の方が驚きを示した。
「どうした? 意外そうだな?」
「……はい、正直な処、兵部尚書さまは素人を戦に関わらせる御方ではない、と思っておりましたので」
「そうか。存外お前も、正直な奴だな」
楽しそうに応える優に、芙は益々解せない、と言いたげに目を細める。
「お前が正直に云うのであれば、私も正直にならねば公平性に欠くな。実を言えば、私も彼奴らを使うのは気が引ける。と云うよりも、はっきりと足手まといになりかねんからな。扱い難い厄介な御荷物を抱え込んだか、と云う気持ちがあるのも事実だ」
契国の地図を机の上に広げながら、優は独り言のように抑揚のない声音で零す。
「だが、お前も真の元に居たのであれば理解くらいはしておろう。此度の戦は、只の戦ではない。いや、只の戦で終わらせてはならぬ。天涯の主たる天帝の意を平原に齎す王として、郡王陛下が名乗りを上げる千載一遇の機会、而も此れきり後にも先にも起こり得ぬ。逃してはならん」
「――はい」
「だからこそ、だ。現国王・碩陛下でもなく、相国・嵒殿でもない。郡王・戰陛下こそが、契国の新たなる御世を開く王である、と領民が認めたのだと内外に知らしめねばならん。特に、禍国で踏ん反り返っておる色惚け皇帝にはな」
「しかし……」
芙の言葉を、優は手を振って遮った。
「お前の心配は分かる。下手に領民を戦わせて負けでもしたら、逆効果だからな」
芙の懸念を、優はズバリと指摘した。
其の通りだった。
勝てば良い。
だが伐たちは所詮素人集団でしかない。
そんな彼らを利用して契国軍を叩いた処で埃も出まい。
一度や二度の失敗を怖れてどうこう、という訳でなく、そのただ一度の蟻ほどの小さな汚点を指を突っ込んで押し広げて騒ぎ立てるのが禍国の王城に居る魍魎に等しき輩だ。
「大保なぞは、さぞや喜ぼう」
此処ぞとばかりに禍国本国、と云うよりは戰と優の責任を大保・受は追求してくるだろう。
だが戰は、自分が責められる分に対しては、怖ろしい程我慢強い。軟弱とも取れる戰の態度の方に、此方が逆上して大立ち回りを演じたくなっても平然と構えていられる。
そして敵対する相手に対しては、とことん甘い。大保相手であろうとも、何時か分かってくれればよい、で済ましてしまう恐れがある。
しかし受は、容赦無く多方面から剣山で突くように攻めるに違いない。
祭国と、そして国に残してきた椿姫と御子たち、そして少年王・学に累が及ぶとなればどうなるか、大保の方が戰という人物を知り尽くしているとも言える。
追い詰められ雁字搦めにされた戰が、彼らと共に作り上げた祭国の為に決起するように仕向けられて行く未来が、優には目に見えるようだった。
「何れ郡王陛下がお立ちになられる契機となる戦いになるには違いない。だが、だからこそ大保に関わせてはならん。あれに絡め取られては、陛下が歩まれるべき王道が、思わん横道に逸れる」
戰こそが覇道を往くべし、と思いを賭けている者にしてみれば、手段や切掛などどうでも良い、郡王・戰を戦いに引っ張り出してしまえば良い、結果、世の流れが覇道に集約されるのであれば意味は同じではないか、という受の考え方は、到底、受け入れられるものではない。
そうではない。
郡王・戰が覇王として歩むべき道は、綺羅星を惹き寄せるものでなくてはならない。
最後に平原の主として、天帝の和子として立っておれば良かろう、何を外面を気にして格好を取り繕う必要があるか、という受の道は邪道なのだ。
「では、伐たちは、戦に出さない御積りなのですね?」
其れは其れで、彼らを言い包められるだろうか、と芙は首を捻る。
だが優は、にや、と笑ってみせた。
「誰が彼奴らに手出し無用と云う、と言った?」
「……は?」
「まあ、見ておるがいい。彼奴らには彼奴らなりの戦い方があるのだと、教えてやればよい。其の上で、陛下に障り無く役に立つように仕向けてやれば良い。味方になりたい、という願いを適えられる道を開いてやる事こそ、我ら陛下に仕える将の仕事の一つだ」
机上の地図に視線を落とすと、優は何やら指を彼方此方となぞらせ始めた。
……そんな処は、矢張り真殿と親子だ、と思いながら、芙は微かに唇の端を持ち上げたのだった。
★★★
「何だと、もう一度言ってみよ!」
思わず、激昂したまま怒鳴り散らした嵒は、言い切ってしまってから、しまった、と舌打ちをした。
思った通り、周囲の空気が寒々としたものになっている。
態とらしく大きな咳払いを何度もし、手を後ろで組んで歩き回りながら杣人の邑に動きがあった、と伝えに来た斥候に声を掛け直す。
「声を荒げて済まなかった。今の一報、詳しく述べよ」
「は、禍国が王都の包囲を解かず、我々も籠城戦を続けているのに兼ねてより不満を募らせておりました領民どもが、王都に対して攻撃を仕掛け出しまして……」
改めて耳にしても、ぐぬ、と嵒は呻かずにはいられなかった。
禍国との先端が開かれたのは、稲の刈り入れが早い契国がちょうど稲刈りを始めるかどうかの時期だった。
禍国との国境に近い県は兎も角として、禍国から遠く離れた王都から南東向きの地域では、普段よりも早く稲を刈らせて王都に納めるようにと、嵒は命じていた。優が、嵒が籠城戦に持ち込んだのを不思議がっていたが、彼は一足先に手を売っていたのだ。
そして兵役に就いている者にも絡繰りがあった。
王都には、煤黑油と瀝青を造る為に雑徭として駆り出された人々の邑が点在している。
嘗ての余りにも人を人と扱っていない悲惨な頓は流石に碩が国王となって直ぐに改めた。河国から瀝青が交易品として引き合いが出るようになった為、雑徭として王都に上がる人々は実は増加の一途を辿っており、時期も早まってもいたからだ。
嵒は此の、雑徭として王都に入った者に、其のまま兵役義務を課して残したのである。
嵒たち武人からすれば、国全体からすれば数千人の規模であるし、其れでも居ないよりはましという程度の安心感しか得られないのだが、此の際形振り構ってなどいられない。
しかし、雑徭に親や良人や息子を取られた女や老人たちは仰天した。
幾ら何でも非道すぎる、男たちを帰して呉れ、と入れ替わり王都へ嘆願の群れが押し寄せた。だが彼女たちは捕らえられた上に厳しく折檻され、虚しく追い返された。
こうなると、男たちも黙っていられないのは当然の流れだ。
徒党を組み、見張りの兵士たちを襲い脱走を企てる者らが続出していた。勿論、計画段階で発覚した場合は重い拷問を加えられ、且つ出身地の邑には重い税を上乗せするようにした御蔭でか、最近は目に見えて減っていた。
が、其れが油断に繋がっていたのだ。
脱走に成功した者たちがそんな大それた行いに及んでいたとは、嵒は想像もしていなかった。
「其れで、何処まで探れておるのだ?」
「……此処に」
何処の邑の何者か、と木簡を掴んだ嵒は、書き連ねられている邑名と人名を目で追った。
そして、とある処で、ぴたり、と動きを止めて呻いた。
伐、という名には覚えがある。
――此奴、何時ぞやの。
国王陛下を前にして郡王・戰に国を滅ぼせなどとほざきおった、あの男ではないか。
腸の温度がぐん、と上がったように感じた。めらめらと音を立てて、怒りが湧き上がってくる。不用意に口を開けば、罵詈雑言が飛び出してきそうになるのを、嵒は必死で耐える。
「どの様な動きを見せておるか」
「はい、其れが、その……」
急に言い淀む斥候を前に、嵒は目を眇める。
「何だ、何があった。言わねば分からぬ」
「はい、その、あの……」
斥候は、視線を彼方此方に彷徨わせて長く言い倦ねていたが、遂に意を決したのか、実は……、と切り出した。
「口で云うよりも、現場を見て頂いた方が宜しいかと」
「何?」
嵒は片眉を跳ね上げた。
★★★
斥候に案内されたのは、王都に繋がる西門を守る兵営附近だった。
「此処が攻められたのか?」
「いえ、はい、その……此処だけではないのですが……奴らの攻撃は、その、繰り返し行われておりますので……」
説明の言葉を濁す斥候に、自らの目で見て確かめよと云う事か、と嵒は納得した。
立腹はしているが、だからと言って此の程度の事でいちいち非を咎めていては、人材があっと言う間に枯渇する。其れでなくとも籠城戦に持ち込んでしまった以上、人員確保が出来なくなってしまったのだ。でなければ、雑徭に駆り出した領民まで兵役に転じさせはしない。
――其れに、あまり戦を長引かせる訳にはいかない。
禍国軍も、よもや此の地で冬を越しはすまいが、相手は歴戦の勇士と名高い兵部尚書・優だ。
小競り合いの最中に負ける事はあっても、彼は最終的には勝利を収めて来た。だから平民の身でありながら、武人としての最高位まで上り詰められたのだ。
どんな策を用いて来るのか知れたものではなく、気が抜けない。
もしも禍国軍に此の地にて春を迎えられてしまうと、来年の田仕事に影響が出るようになる。
そうなれば、流石に形勢が逆転する。
幾ら租を先に納めさせているとはいえ、此れも限度がある。来年の今時分まで到底保てるものではない。領土が広い禍国は、来年に持ち込み新たな租が納められれば何とかなる目算の方が高いし、いざとなれば同盟国から兵糧を強制的に接収出来る。
亀の子のように守りに徹しすぎたのは否めない。が、此れ以外に禍国をこうまで追い詰める策も無かったのも事実だ。
今更どうにも出来はしないのだから、此方の食料が尽きる前に地の利と気候の利を活かして何としても禍国軍を攻め滅ぼさねばならない。
「領民どもは、何時、どの様な攻めを行うのだ?」
嵒の問いに斥候は、ふいっ、と空を見上げた。
空は一段濃い茜色が差し始めており、棚引く薄雲も紫色に染まって来ている。
「もうそろそろです。宵が深まってから動き始めます」
「夜襲を仕掛けて来るのか?」
はい、と斥候は短く答える。
成程、領民どもにしては頭が回る、と嵒は呟いた。
まともな武器を持っていない彼らに、完全に武装した兵と渡り合える訳がない。
其れに何処に同郷の者が居るとも知れない。
顔見知りでなくとも、何処かで繋がりがある。
身内同士で戦える胆力がある筈もない。
となれば、夜襲を仕掛けるとは大仰で、脅しをかける位なものだろう。
「分かった。では、今夜は私も此処に潜むとしよう。領民どもが如何なる手段を使うのかを、とくと此の目で見定めてやろうではないか」
昏く迫る宵のような不気味に低い声で、嵒は宣言した。




