22 屍山血河 その9-2
22 屍山血河 その9-2
優は芙を伴って天幕に入った。
駐屯地の騒ぎは、まるで戦勝祝い宛らの大盛り上がりを見せており、誰も芙を咎めようとしない。
椅子に腰掛けると、早速、兵站部の兵が食事を載せた盆を持って現れた。食欲をそそるというか、胃に直接、喰え! と命じてくる匂いが堪らない。
「其れは?」
「はい、先程、郡王陛下より賜りました蕎麦を調理してまいりました」
「ほう?」
「教わった通りに調理致しましたが、お口にあいますかどうか……」
「郡王陛下より賜りし蕎麦に、そんな勿体無い言葉を吐く奴があるか、莫迦者が」
優がぎろりと睨みを効かせると、兵は小さくなりながら優の前に土鍋と小鉢を置いた。
土鍋には青菜の粥が満たされており、傍にある小鉢からは塩分を含んだ濃い味噌の香りが、ぷん、と立ち上がり鼻の奥を通り抜けて胃袋を刺激する。
「緩めの甘味噌にて煎り付けた蕎麦の実を練りました。どうぞ、粥の上に乗せてお食べ下さい」
蕪菜入りの3分粥に、匙を使って蕎麦の実味噌を乗せてから口に運ぶ。一口噛むと、口の中で蕎麦の煎った香りが甘い蜂蜜と味噌の味と共に広がる。蕎麦の実がぷちぷちと踊るように弾ける食感も、また堪らない。
「うむ、旨いな。此れは実に旨いものだ」
「はい、此の蕎麦の実味噌の調理法は、実は姫奥様と好様が御考案されたもので」
「何!? 好が!?」
「はい、戦地でお疲れであろう兵部尚書様に、せめて食事くらいは愉しんで頂きたい、と申されておられました」
「そうか好がか。成程、其れは旨い筈だ。流石に私の好だ。遠く離れておっても一心に私を想って呉れておるか」
惚気ながら、旨い旨いぞ、流石に好だ、と称賛しつつ優は豪快に粥を掻き込んでいく。
無意識でありながら、一目憚らず嫁の料理自慢をするのは矢張り親子だな、と呟く芙の前で優は粥をあっと言う間に平らげた。盛り付ける前よりも綺麗になった椀を前に、笑顔なった兵は、優に礼拝を捧げて下がっていった。
腹が満ちると、供された麦湯に手を伸ばして喉を潤し、本当の意味で一息を入れる。
さて……、と優は片膝を付いている青年に視線を向けた。
真が腹違いの長子・鷹から、生きるか死ぬかまで追い詰められる程酷い折檻を受けた時、助け出して呉れた男だ。其れに、郡王・戰が立つ戦場には必ず真の言に従って動く影働きに徹している男でもある。
その男が、こうして自分に会いに来たのだ。
相応の理由が無ければ逆におかしいだろう。
「芙だったな」
名前を呼ばれて、芙は驚きを隠すのに苦労した。芙の中では、喩え真の父親と云えども、優は所詮、門閥を形成する貴族の男、という認識だった。いけ好かないとまでは思わないが、彼が己の身分に執着して仕来りのままに不出来な長男に目溢しなど与えねば、真はあのような怪我を負わずに済んだのだ、という気持ちは拭い去れずにいた。
身分により差別を行うのを批判するつもりはない。もう、この平原の国々ではそれは息を吸うよりも当然で自然な事だ。祭国に生きていると忘れかけるが、彼の地が異様なのだ。
戸惑いから無言を貫いている芙の前に、優は笑顔になる。
「陛下の命令を良くぞ遂行して呉れた。御蔭で我が軍は生き返った。先ずは、礼を言わねばな」
無言のまま頭を垂れた優だったが、芙が返答する前に、ずい、と身を乗り出した。
「しかし、万の兵を養う此の兵糧。どうやって捻り出して来た?」
蕎麦や干し肉などは祭国王・学からのものだとしても、米や粟など穀類は、幾ら金を積まれてもそうそう簡単に差し出せないだろう。
行軍中も優は気にはなっていたが、確かに今年は極端な涼しさだ。曇天続きでありながら降雨が少なく、何処の国も凶作は免れないだろう。
其れに、西から露国、東から東燕が虎視眈々と祭国を狙っている。彼の地でも、どう、戦が展開するか先が読めぬ今、到底、此処までの米や穀類を貸しにする余力はない。
となると、一体何処の国からか?
「遼国王陛下が出して下さいました」
「……そうか、遼国からか」
確かに、遼国王が統べている河国は今回の冷害の被害は少ないだろう。
手に入れた那国は、年に二回、米が収穫出来る。
今回の兵糧を貸しても、国を傾けるような事態にはならないだろう。遼国王自身も戰とは胸襟を開く仲であるし、商人・時は遼国王とも懇意にしている。
言われてみれば、納得だった。
「で、陛下は此の先、どうなされるお積もりなのだ?」
芙は胸元を探って木簡を取り出し、優に差し出した。
閉じてあった紐を解き、神妙な顔付きで優は読み進める。
先ずは句国王と句国についての情報、そして遼国王・灼と陽国王・來世と協力しての那国戦の様子が具に記してある簡を熟読する。
そして次の木簡に視線を移した優の眉が、ぴくり、と動いた。
――陛下が紅河を登って援軍として契国に来られる、というのか?
★★★
契国の相国である嵒は、優とほぼ同世代の漢だ。
戦場でも幾度か敵として戦った事がある。
勇猛では在るが向こう見ずではなく、果敢ではあるが直情的ではない。
己の力を発揮できる時節が到来するまで、じっと堪える胆力の持ち主であるが、臆病風に吹かれている訳ではない。
何よりも忠義に厚く、蛮勇に走る訳がない。
況してや、私利私欲に取り憑かれるような浅ましい漢ではない。
そんな漢が、あれ程忠節を誓った亡き兄王の跡目を継いだ国王・碩に反旗を翻すのも信じられなかった。
が、だからこそ、攻め倦ねてもいた。
相手は嵒だ。
兵力が拮抗している現状では、到底、勝利は望めない。
今、こうして兵糧を手にして兵馬が精神的に生き返りはしたが、兵の総数が増えたのではない。
無理に攻城戦を仕掛けても後が続かない。
出来るなら、僅かな綻びを見せた虚を突いて確実に攻め込みたい。
が、戰が総大将として祭国軍を率いて駆け付けて呉れる、というのであれば、話は別だ。
援軍となる騎馬軍団は2万5千。
この3年間、何度も祭国に通った優は祭国軍の騎馬の実力が禍国に迫るものであると知っている。
――実に心強い。
意気揚揚としている優に、芙が、恐れ乍ら、と冷水のように落ち着いた声を掛けた。
「兵部尚書様。此度率いておられる禍国軍の総数は?」
「総数4万。騎馬が1万、歩兵が3万だ」
総数4万は決して少なくない軍勢だが、騎馬が1万という規模に芙が珍しく首を傾げた。
平原一と恐れられる強国の禍国、その軍部の頂点に在る兵部尚書が率いる軍勢としては少なく過ぎはないだろうか、という疑問が浮かんだのだ。果たして、芙を前に優が唸る。
「本来なら騎馬は3万は用意したかったのだが、金不足が酷くてな」
騎馬の数を抑え、歩兵を多くした。与える食事の回数を減らし量を減らしし、其れでも総数4万が動かせるぎりぎりの軍勢だった。
此れが戦を知らず物見遊山程度の認識しかない、初陣の皇子たちであれば、6万7万の兵馬を平気で動員しただろう。
だが優としては、此れ以上の兵馬を率いる気にはなれなかった。
何よりも、手塩に掛けて育ててきた軍馬が哀れだった。下手をすると戦う前に食料として潰してしまわねばならぬ可能性もあった。出兵時点で、其れ程、禍国の兵站の窮状は酷いものだったのだ。
其れに加えて、実質問題、禍国本土が背後から備国に攻められる可能性も大いにある。
動員できる軍の全てを率いるのは、物理的にも状況的にも到底不可能だ。
軍議の場でもっと大軍勢で攻め入るべし! と声だけは高く叫んでいた貴族の子弟らは、では何事かあらん場合は、貴殿らが皇帝陛下の肉の盾となりて忠義の厚さを見せ付けて散れ、と云う優の一言で押し黙ったものだ。
「だが、陛下が2万5千騎を率いて下さるのであれば話は別だ」
優の声音は明るい。
而も此度は、目をかけてきたあの杢が大将として従っても来るという。
――杢が来るか。
苦しかったろうが、良くぞ此処まで回復してみせた。
河国での戦以来となる、嘗ての愛弟子との共闘を目前にして、優の胸には感動が怒涛のように渦巻いていた。
★★★
「しかし……紅河を遡上して来られるとはな。全く、陛下は面白き策を選ばれるものだ。契国の頑迷固陋な嵒なんぞには、予想だに出来まい」
くっくっく、と喉を鳴らして優は楽しげに笑い、はい、と芙も何処か誇らしげに答えた。
優も、もしも戰が那国との戦を終えて河国から駆けつける可能性があるとしれば、陸路を直線距離で駆けて 来るものとばかり思っていた。
先の河国戰でも、相国・秀の度肝を抜いたが、此度も契国側は腰を抜かすに違いない。
――常識を覆す策の出処は、矢張り、馬鹿息子か。
戰が大勝利を得る、という前提でのみ成り立つ策は、実は下策中の下策だ。
――だが、実に面白い。
しかし、新時代を創り上げるのは、こうした下策が必中して、他を圧倒する勝利を轟かせた時なのだ。
禍国の成り立ちからしてそうだった。
今また、郡王・戰により其れが成されんとしているのだ。
「面白い……」
軽く握った拳を顎に当て、眸を鋭くさせた優が、何やらぶつぶつと呟きだした。
自軍の策を練って、反芻しているらしい。
芙は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
ああでもない、こうでもない、と何やらぶつぶつ呟きながら策を捻り出す様子は真と同じだ。いや、真が同じなのか。
ともあれ、姿は似ていなくても、ふとした仕草などは、嫌という程に『親子』だと言い募っている。指摘すれば、互いに「巫山戯るな」「勘弁して下さい」と同時にさけぶであろうが、と芙は込み上げてくる笑いを何とか飲み込んだ。
「よし、分かった。陛下の軍と連携を取る為にも、其方にはもう一踏ん張りして貰わねばならぬ。頼むぞ」
「はい」
木簡を手にした優は、ぶらぶらと芙の目の前で振ったかとおもうと、その先で、ぽん、と芙の肩を叩いた。
「だが、一つ気になる事がある」
「――は?」
「兵糧を記した此の木簡には、塩が記載されているが、実際の荷にはなかった。どうなっておる?」
禍国軍では、米や粟、麦に豆など、袋を開けずとも色や形で何が入っているのか一目で判別可能なように定めてあるが、其れを制定したの優なのだから、当然と云えば当然だ。が、兵士たちが浮かれ騒ぐ中、優が運び込まれた荷を識別しているのは流石だった。
「どうなっておる?」
人一倍食い意地が張っており、戦場における食事の大切さを知り尽くしている息子が、不可欠である塩を寄越して来ないのにも、また理由が無くばおかしい。
一刺しで魂を抉る優の鋭い眼光を、芙は怯む事なく真っ直ぐに見返す。
「はい。塩についてですが、兵部尚書様にお話が御座います」
「ふむ? 何だ、言ってみよ」
「はい、実は、陛下と真殿と旧知の方に、お会いして頂きたいのです」
ほう? と軽く眸を細めた優は身体を話した。
「誰だ? その、旧知の人物と云うのは」
「はい。前回の契国侵攻の折に陛下に瀝青炭の存在を教えて呉れた、伐、という男が居ります」
「ふむ?」
「山造に関わる、杣人の長として統率力がある男です。この伐ですが先の戦の折より陛下に心酔しており、此度、是非とも兵部尚書様にお会いしたい、と申しております」
「良いだろう、会おう」
即断した優は、既に立ち上がり、出口へと向かっていた。
★★★
山造とは、所謂、林業に携わる者たちの総称だ。
特に契国では、伐採に関わる者たちが杣、切り出された木を材木として形造る者が木挽と言われている。杣は国によっては先山とも呼ばれているが、契国では先山とは、石炭を掘り出す際に先に山に入る者を指しているので、山造の場合は杣人や杣工などとして区別されている。
芙の案内で、優は部下たちに荷車を一つ引かせ、その山造の邑の一つに入った。荷車に積んでいるのは、五穀と干し肉、そして蜂蜜だ。
邑の入口附近には見張り男が数人で立っていた。
粗末な手製の槍を手にしているが、明らかに使い慣れていない。格好を付けるにしても、もう少しましな武器を用意すればよいものを、と優が呆れていると、芙が見張り一人を手招いて声を掛ける。
「伐はいるか?」
「……待っててくれ」
荷台の麻袋をちらり、と横目で見た男が、ごく、と喉を鳴らす。見張りの男たちが固まり、何やら話し合っている。
「……通って呉れ、伐は奥で待っている」
砦門と云うには余りにも粗末な扉を開けて、男たちは優たち一行を邑の中に迎え入れた。
邑に踏み入れるなり、貧しい、と先ず思った。
貧しいと言うよりも困窮疲弊しきっている。
山肌にしがみつくように建てられた掘っ立て小屋に近い家は、正直な処、禍国では厩以下の粗末さだ。
誰も彼もが痩せ細っており、子供は特に顔色も悪く身長も低い。
大人は男の数が圧倒的に少ない。残っているのは年寄りか、障碍を得た者ばかりだ。そして大人も子供も、皆揃いも揃って、虚ろな目をしている。
――こんな土地では、作物の収穫高など高が知れておるだろうに。
租税として米や麦を収めた後に兵糧として、手元に残った雀の涙の稗や粟まで接収されたのか。
兎も角、此の土気色の顔色と力の無い目から察するに、禄に食べていないのは確かだ。
男と女の比率のおかしさは、身体が動く男衆は根刮ぎ、兵役にとられていったのだろう。
見張り役などをして残っている男は、どうにかして兵役から逃れて舞い戻った者たちに違いない。とどのつまり、脱走兵かなにかという訳だ。
――しかし、何という怖ろしいまでの貧しさか。
自分たちが侵攻してこねば確かに、此の娘たちはまだ其れなりに生きる手付を得ていたのだろうが、其れも、相国・嵒が国王・碩に反旗を翻し周辺諸国に乱を起こすべしと激を送らねば、起こり得なかった事だ。
嵒がどうこうなろうと、其れは手前勝手が招いた自業自得でしかない。
――だが、国に生きる女子供、年寄りどもを苦しめて何が国の為か。
他国の事ながら、怒りがふつふつと湧いてくる。
芙と、胸をむかつかせている優と共に進む荷車に揺られている袋に、物欲しそうな視線を向けながら、女や子供たちがぞろぞろと付いて歩いてくるのも切なさを煽る。
「よお、芙の旦那。元気だったか」
地を這うような低い声が、背後から掛けられた。
優と芙は、ゆっくりと振り返る。
身構える必要もなかった。男からは殺気は感じられないし、何よりも生気が薄い。声が低いのは、必死になって絞り出しているからだろう。
背後には、目玉ばかりがぎょろりと異様に目立つ男が槍を杖代わりにして立っていた。
「伐、例の物を持ってきた」
「本当か?」
「ああ、検めて呉れ」
何処か、ほっとした様子で芙が話し掛ける。
ふと、虚ろな眸をしている少女に裾を引かれた優は、眉を寄せた。
丁度、娘の娃を同じ年の頃であろうに、肌には張りがなく頬は落ち窪み、髪もぼさぼさと先が切れて何よりも表情というものがない。
愛娘の、はちきれんばかりにぷくぷくと膨らんだ桃色の頬に、さらさらと音を立てて流れる黒髪と、そして喜怒哀楽のままにくるくるとよく変わる表情豊かな目の色を思い出して、胸の奥が擦り切れんばかりに痛む。
――こんな小さな娘まで苦しめるとは。
部下に命じて蜂蜜が入った壺の封を開けさせると、優は少女を抱き上げて荷車に近付いた。
そして、驚き恐怖に声も出なくなり固まっている少女の小さな細い手に、蜜を絡めてやった。
「……おじちゃん……? ……これ、なぁに……?」
「舐めてみるがいい」
鼻先を擽る甘い香りに、少女は素直に、こくん、と頷いた。
おずおずと指先を口の中に入れると、途端に、ぱあ、と瞳に光が宿り笑顔が溢れる。
「……あまぁい……」
其の後は、夢中になって指先をしゃぶる。其れを合図にして、子供たちが、わっ! と荷車に寄って来た。我先にと手を差し出して、蜂蜜付けて呉れるように強請ってくる。
「慌てるな、そう簡単に無くなりはせん」
優の部下たちは苦笑いしつつ、子供たちの指に蜜を落としてやる。彼方此方で、ちゅっちゅ、と手を啜る音が尾を引いた。
荷台に置かれた穀物も降ろされ、女たちが群がりだした。
どの顔にも、此れでやっと息を繋げられる! という感動と感謝の気持ちが涙と共に浮かんでいる。
子供たちの笑顔に、険しい顔付きをしていた男がやっと表情を和ませた。
「芙の旦那、恩に着る。こっちも、頼まれてた例の物を出させて貰うぜ」
「例の物?」
優が少女を降ろしてやりながら振り返ると、此奴だよ、と伐が白っぽい握り拳大の石を差し出してきた。
「此れは……岩塩か?」
にや、と笑って、そうさ、と伐が答えた。
「塩の岩だ、幾らでも持っていきな、親父さんよ」
★★★
兵糧のほんの一部を伐の邑に贈り、引き換えに足りなかった塩を手に入れた優だったが、真の本当の目的は塩を手に入れさせる事ではない、と見抜いていた。
――此の男に会わせたかったのか。
じ、と優は伐の顔を睨む。
「しっかし、一目で岩塩と分かるたぁな。流石に、あのお目付けさんの親父なだけはあるか、なあ?」
背後の男たちを振り返りながら、肩を揺すって伐が笑う。
違えねえ、と誰かが囃し立てると、しゃがれた笑い声が後を追う。男たちの手には、麦と米を半々に入れた5分粥を満たした椀がある。糊状になるまで柔らかく炊かれた粥を、伐の仲間たちは、ちびりちびりと、一口一口、丁寧に運んでいる。
「お前ら、ちびちび喰ってねえで、がっと行け、こう、がっ! と。熱いうちに喰わねえと不味いだろうが」
「いやでもな、伐、その、久々の米入りの粥なんだぜ?」
「そうとも、椀の底が透けて見えるような薄い水みてえなのじゃなくて、ちゃんとした粥なんだぜ?」
「味わって喰わねえと勿体無えだろ?」
「へっ! 何時おっ死ぬか分からねえんだ。死ぬ寸前に、ああ、あん時、一気にかっ喰っておきゃ良かった、とか思いたくねえんなら、思う存分、喰っとけよ」
違いねえ、と男たちの間に笑い声が満ち、匙を動かす音が急に早まった。見てくれは粗野な男たちであるが中身は純真純朴其のものだ。
男たちが粥を食い尽くすのを、優はじっと待つ。
最後の一粒まで丁寧に匙で寄せて口に運び終えると、やっと、伐を先頭にして男たちは優の前に平伏した。
「みっともねえ処をお見せして済まねえ」
いや、と優が手を振ると、伐は平伏したまま声を張り上げた。
「あんたが、皇子様のお目付けさんの親父さんだ、って見込んでこうして頭を下げさせて貰う。頼む! 俺たちも、王城を攻めるのに協力させて呉れ!」
矢張りそう来たか、と優は腕を組んだ。
「ただで、とは言わねえ! 此の塩の岩だけじゃねえ! こっちもあの皇子様にとって其れなりの見返りになる物を出す! だから頼む! 俺たちも戦わせて呉れ!」
「皇子様にとって見返りになる?」
優は微かに片眉を跳ね上げた。
「随分と大それた口を利くでは無いか。郡王陛下の御役にたてると自惚れるのも、其処まで行くと可愛げがあるな」
ふっ、と短く笑うと、伐の背後で男たちが色めき立つ。
「止めねえか!」
振り返りざま伐に怒鳴り付けられ、男たちは一瞬で萎んで小さくなる。
成程、其れなりの統率力と人望は在るらしい、と優は腹の中で満足そうに呟く。
やる気だけがあったとしても、足手まといなりでもしたら大事だ。僅かな躓きから何がどうなるか解らない。戰にとって今回の戦は、何があろうと完全勝利、いや絶対的な大勝利で無くてはならない。
仲間の無礼に対して、伐は殊勝にも頭を下げた。
「済まねえ、俺たちゃどうにも口より手が出て身体が動く質なもんでな……だが」
しかし、すぐに身体を起こすと、おう、連れてきてやれや、と顎を刳った。男の一人が、いそいそと立ち、何処かに下がって行く。
首を捻る優の前で、にや、と伐は余裕のある笑みを浮かべる。
程無くして、武人らしき男が連れられて来た。手に、何かを後生大事に抱え込んでいる。
優の目が、ぎらり、と光る。
連れて来られた男は、備国により滅んだ筈の、句国式の甲冑を身に纏っていたのだ。
「其方、句国の者か?」
「はい……」
武人は、震えながら優の前に平伏する。
そして、手にしていた包を優の前に差し出した。
「どうぞ、御改め下さい。そして何卒、我が句国王陛下の御為に力をお貸し下さいますよう! 何卒、何卒! 伏して御願い申し上げます!」
優の視線を受けた芙が、静かに進み出て、包みを広げる。
そして、異口同音に、おおっ! と声を上げていた。
包みの中から、句国王のみが所持を許される大国旗――大軍旗が姿を現したのだった。




