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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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22 屍山血河 その6-5

22 屍山血河 その6-5



 宿敵の片割れを遂に討ち取った戰の昂奮が収まらぬように、愛馬・千段の興奮もまだ冷めやらぬらしい。

 ぐわっ、と目玉を剥き、ガチガチと歯を鳴らして威嚇し続ける。

 いや、此れでは到底足りぬ、熱く滾る血潮のままに暴れたいとでも云うように、前脚を跳ね上げさせながらの鋭い嘶きを繰り返す。


 気勢を揚げる愛馬を宥める事もせず、戰は砦の扉に声を張った。

「我が名は禍国皇子にして祭国郡王・戰! 那国兵に告ぐ! 扉を開いて砦を開放し、全ての武装を解き投降せよ! 降伏、恭順の意を示せば、我が名において生命を保証しよう!」

 ドカッ、ドカッ、と黒馬は蹄の音を響かせる。

 前脚が地面を一蹴りすると、忽ち地面はめくれ上がって飛び散る。石ですら、まるで木端のように楽々と砕けさせる馬の脚力に見張り用の狭間から様子を伺っていた那国兵は、ぞ……と背筋に冷たいものが走るのを感じていた。戦慄するとは此の事だろう。


「但し! 長く時間を与えてはやれぬ!」

 戰の背後に騎馬が一騎、駆け寄ってきた。

 杢だ。

「那国兵どもよ、聞け!」

 杢が声を張り上げると、どお! と歓声が上がる。橋頭堡に詰めている那国兵は一斉に震え上がった。砦の扉など、1万5千騎の兵馬の気合のみで破れてしまいそうだ。

「那国王への忠義を示して此の地で果てるか! 其れとも郡王陛下の慈悲に縋り生命を拾うか! 二つに一つ! 早々に決するがいい!」

 砦の内側の彼方此方で、人の塊が出来始めた。

 どうにかして外に飛び出して投降の意思を示して助かりたい、という者と、何としても彼らを留めおかんと鞭と居丈高な態度で締め付けようとする者と、でだ。


「今、降伏すれば領土は焼かぬ! 実りを奪うこともせぬ! 国元に逃れる事も許そう! ただ、この砦を開放し我が軍に明け渡す! 其れだけでよい!」

 那国兵たちの限界は、直ぐに訪れた。

 元々、彼らは土地の領民らだ。重い税の上に無理矢理に兵役で狩り出された彼らには、将兵たちのような忠義心と言うものはない。彼らが二の足を踏んでいた理由は、自分たちの邑がどうなるか、という一点のみだ。故郷で待つ家族の為にも生き延びたいのは山々である。

 然し、此処で投降して生命を拾ったとしても、米を奪われ土地を焼かれ邑を失っては意味が無い。

 が、郡王・戰は其れらを己の名に賭けて保証しようと申し出ている。


「……お、おい……郡王・戰の申し出は信用出来るのか……?」

「……出来るんじゃあ、ねえのか?」

 恐る恐る、兵たちはお互いの腹の底を探り合う。

 黒目が忙しなく右に左に揺れ動く。

「何しろ、あの河国でさえも許したくらいだからな……」

「そうだ、禍国からの横槍を躱して乗り切っていたじゃないか」

 ――其後の3年間、隣国はどんな姿になった?

 確かに、遼国如き国の王を崇めねばならなくなった。

 だが、屈辱的な行為を河国の民に強いるような事は一切なかった。


 郡王・戰は此れまでの戦において、決して条約を違えた事はない。

 寛大過ぎる程の施政を布いている祭国とよい、句国、契国、河国と、そのどの国を見ても、彼が手を掛ける以前より国力は増し、政治は安定し、領民の生活は飛躍的な向上を見せている。

 ごくっ、と何処かで喉が鳴る。

 互いの瞳には、混乱状態に陥りながらも生命永らえる為に模索を続ける仲間の姿がある。隣同士であったり、親戚であったり、仕事仲間であったりするその顔の一つが、決意を込めふっきった表情に変わる。すると、あっと言う間に其れは兵たちの間で伝播した。


 兵たちの間の空気が変わったのを感じ取った将兵が、焦りながら怒鳴り付ける。

「貴様ら! 惑わされるな! 良いか、此れより狼煙を挙げて王都に連絡を入れる! 増援が来るまで僅かな辛抱だ! 我々は籠城を……ぐわっ!?」

「喧しい!」

 だが、逆効果だった。

 兵たちは、わあ! という声を上げると将兵に向かって突進した。

 剣を奪い、軍扇を奪い、軍旗を奪う。

 身包みを剥いでほぼ丸裸にされた上に猿轡を噛ませてある散々たる姿で一塊にされた将兵たちは、兵たちが王都に向けて上げた狼煙を消し、代わって降伏の印である白い旗げるのを悲痛な思いで見た。


「門を開けるぞ!」

「おお、開けるぞ!」

 砦の扉は、内側から大きく外に向けて開け放たれた。



 降伏と恭順の意思を示した砦を守っていた兵士たちに対して、戰は馬上より宣言した。

「皆、よく決断した。此のまま砦を去り国元に戻りたいというのであれば、止はしない。我らが此の砦を去った後、荷を纏めて出て行くがいい」

 兵士たちの間に、安堵の表情が広がる。

「但し」

 ギロ、と一纏めにされている将兵たちを睨む。

「立ち向かう勇気と気概が残っているというのであれば、話は別だ。一時でも時間は惜しい。が、正々堂々たる勝負を申し込んで来る将には、尊敬の念を以てして相手をせねばならぬ」

 将兵たちは、ひぃ! と短く叫んで互いに身体を寄せ合った。

「どうする?」

 間髪を容れず激しく首を左右に振る将兵たちに、杢が眉を顰めた。

 確かに彼らに戦意がないのだし、自分たちも拘わるつもりもない。


 ――それにしても、此れが兵卒を預かる将兵の姿なのか?

 嫌悪感を隠そうともしない杢の肩を戰が苦笑いして軽く叩いた。

「行くぞ、杢。戦意を喪失している者を相手に時間を割く余裕はないからね」

「……はい」

 頷くと、杢は部下を数名呼び出して、砦の蔵に蓄えてある食料や財の開放を命じた。

「蔵の中身を兵らに均等に分け与え、国元に帰してやるといい。其の間、将兵たちの見張りを怠ってはならぬ。良いな?」

「は、御任せ下さい」


 共に王都に攻め込みたいだろうに、損な役回りを心を殺して引き受けた部下の心情を思い、杢は短く詫た。

「済まぬ。だが、お前たちの腕ならば必ず陛下の御下に追いつくと信じているぞ」

 こう言われては、部下たちは堪らない。喩え不平不満を抱えていようとも、感動に振奮せずにはいられようか。

 はっ! と頭を下げつつ興奮に頬を赤くした。


 こうして、扉を籠絡せしめた戰は、今度こそ那国の王都目指して進軍を開始した。



 ★★★



 那国の城は、天地が返されたかのような騒ぎの只中にあった。

 戦場となった紅河に最も近い砦から狼煙が上がり、総大将の死と敵の襲来を告げてきたのだ。

 大将の死、と云うからには、十中八九、禍国の廃皇子・乱を指しているのだろう。小蝿のように集りに来る無能で無策な他国の皇子がどんな末路を辿ろうが知った事ではない。寧ろ、後腐れなく厄介払いが出来て清々した、やっと死んだか、どうでもいい、というのが乱を知る者の本音だった。


 だが、敵の襲来、というのが気になる。

 敵、とはつまり、乱を破った河国の水軍が上陸したのか?

 其れとも、救援に来た祭国軍なのか?

 何方にせよ、差し迫った事態であるには変わり無い。

 那国王・敏は既に大軍を率いて海を渡っており、潮の流れを上手く捉えていれば河国に上陸するかしないか、といった頃だ。王都を護る為に取って返したくとも出来ないのだ――物理的にも距離的にも。

「皆さま、落ち着かれますよう。河国水軍が上陸したとて、騎馬足りません。此の王城に到達するには一両日を要しましょう」

「だが、祭国軍の1万5千の騎馬軍団がある」

 宦官らしい、のっぺりと表情の薄い顔でしゃあしゃあと言い放つ根雨に、流石に留守を預かっている兵部の将兵たちが眉を顰めた。

 そういう油断が、戦場では最も恐ろしい事態を招くのだ。事実、郡王何するものぞ、と息巻いていた廃皇子・乱が倒されているではないか、と冷ややかな態度だ。

 だがそんな兵部の言い分を、小馬鹿にしたように根雨は、ふ……、と女人のように笑い捨てた。


「此れはまた、些か何とも、はや……国王陛下より武人の誉たる王都の護りを一任されておられる猛者の方々とは思えぬ小心小胆、いやはや……此れでは、一物を無くしている私などよりも、方々のもの・・は小さく縮み上がっておられると見えますな」

「何ぃ!?」

「宦官如きが何を出しゃばりおるか! 控えよ!」

 ふふ……、と鼻先で笑いつつも此れは失礼致しました、と根雨は涼し気な声で応える。しかし口先だけで全く礼を払おうとしない根雨に、将兵たちは色めき立つ。

「1万5千、1万5千、としつこく仰られておられますが……たかが1万5千騎が然様に恐ろしいのですか? 国王陛下も斯様に情けなくも頼りない方々に良くぞ御国をを任せようなどと思い立たれましたもの」

「貴様!」

 掴みかかろうとする武人の腕から、根雨は薄く笑ったまま、スルリ、と身を交わす。つんのめり掛ける将を、根雨はますます目を細め、侮蔑の色を顕わにした。


「喩え祭国軍が上陸したとしても、精々が先陣が到達した程度で御座いましょう」

 将兵たちは顔を見合わる。

 常識的に考えれば其の通りだ。

 だからこそ那国王は、乱を贄にしたのだ。

 河国の注意を奴に向けている間に河国の背後を取るのだ、と。

 計画よりも早すぎる乱の敗北であるが、だからと言って、祭国軍が渡河するのに要する時間までが短縮される訳ではない。

 1万騎を超える兵馬を対岸から対岸へと送り続けるには、全軍が紅河を渡り切るには時間が掛かり過ぎる。


「其の程度、我々が気が付かぬとでも思っているのか」

「そうだ、相手が郡王・戰であるからこそ、我々は……」

 郡王・戰の名が出た処で、根雨は身を捩る。まるで芸妓のような身振りだ。

「貴様、宦官程度の身で我らを笑い、愚弄するか」

 将の一人が、腰に帯びた剣に手を伸ばした。細い視線を流しながら、とんでも御座いませぬ、と根雨はしおらしく身を縮込めた。

「申し訳御座いません。卑しき身の上でありながら、出過ぎた真似を致しました。何卒、お許し下さい」

 尤もらしく礼拝を捧げてくる根雨を、武人立ちは野良犬を追い払う時のようにぞんざいに手を振った。

 分かれば良い、と言うよりも、戦のなんたるかを知らぬような者に出しゃばられるより、とっとと追い払った方が軍議が進む、其れだけの理由だった。


「此度の難局を乗り切られましたならば、国王陛下の覚えは一層深まる事に御座いましょう。陛下の御愛情は益々以て盛んになられ、御栄達への路が開かれたも同然。我ら宦官には永劫に届かぬ目も眩む境地、いやはや、羨ましき限りに御座います」

 明白なおべっかであるが、兵部の男たちの表情は明るくなった。

「此の先は、黙っておれ」

「そうだ、宦官如きが武張った処で何の特があるというのだ、しおらしく、下がっておれ」


 だが根雨は、自分を無視して軍議を再開した卓上を、じ……と油断のならぬで隠し見ていた。



 ★★★



 軍議が再開され、誰を総大将として那国王が帰城するまでの間の籠城戦を戦い抜くのかという議題に入った。

 皆、誉れ有る役目を虎視眈眈と狙っている。

 順当に行けば品官の上位者から、若しくは年功序列であるのが当然だ。

 一応、那国王から直々に大将各は指名されてはいる。

 が、国の一大事を乗り切れば栄達は思いのままに、という先程の根雨の一言がまるで後から痒みに気が付いた蚊の指口のように、じわりじわりと効いていた。

 自分こそが、という逸る気持ちが抑えられなくなっている。

 軍議の場は、どうでも良いことで揚げ足を取ったり言葉尻を捕らえて追求したりと、軍議の場が苛立ちと焦燥に急にもたつきを見せ始めた。


 纏まりが失せつつたる軍議の場を、根雨はひっそりと後にした。

 ――阿呆が。郡王が来るのであれば、早かろうが遅かろうが、貴様らごときが幾ら会議を開いた処で何がどうなるというのだ。

 根雨は肩を竦める。

 言葉を交わし合うだけで敵が倒れてくれると信じているとしか思えない、那国将兵のざま・・に根雨は呆れ果てる。

 廃皇子とかいう乱といい。

 全く、おめでたい奴らばかりの巣窟だな、此の国は。

 だが、此れでよい。

 灼陛下が攻め込みさえすれば、時をおかずに奴らは自滅する。


 嘲り笑うのを堪えるのは、腹が捩れて痛んで仕方が無い。

 其れをまた無表情に押し包んでおかねばならぬのだから、根雨の苦労は並々ならぬものだった。だが、其れすらも今の彼は嬉しんでいた。



 那国村の仲間の元に戻ろうとした根雨は、自分よりも下士である宦官が青い顔でばたばたと走って来るのに気が付いた。

「どうしたというのだ?」

 不作法を咎める為に呼び止めると、宦官は真っ青だった顔を真っ赤にして、ぶわ、と涙を吹き出して泣き出した。

 ぎょとする根雨に、こ、此れ、此れをどうか、何卒、どうか! と涙と涎と鼻水と吃逆に塗れて小さな木簡を根雨にぐいぐいと押し付けて来る。気持ち悪さに仰け反り、後退りしながらも根雨が木簡を受け取ると、宦官はぎゃあぎゃあと喚きながら走り去っていった。

 根雨は、ちちちっ、と小さく舌打ちしながら視線を宦官から木簡へと走らせる。

 木簡の仕様から、どうやら早馬が齎したものらしい。文面を一気読みした根雨は、くわっ、とを剥いた。


 痺れたように思考が止まり、わなわなと身体が震える。

 手渡された木簡を、ぐ……と根雨が握り締めるのと、王城の中に今、掌に移されている文言が飛び交い始めた。


「祭国軍が王都に攻め入って来たぞおー! 逃げろ、逃げろー!」

「祭国・郡王が攻めて来るぞ!」

「逃げろぉ! 皇子・戰が騎馬軍団で攻めて来るぅ!」



 ★★★



 耳を劈く歓声と罵声と咆哮が、王城内を支配していた。

 然し乍ら、郡王が王城に攻め入ったからではない。

 城を預かる文官、武官、双方が右往左往しているのだ。

 特に文官や内官たちは、城の財産を守る為と称して財宝が収められている宝物庫に殺到していた。早い話が火事場泥棒である。

 根雨のような宦官たちは、己が仕えている後宮が貯めた私財から、ちょりとお零れを懐に入れつつ、陛下が愛でられた美姫を敵の手に渡してはならぬという名目を翳して、逃げ出す準備をも怠らない。


 叫喚の渦となった那国の王宮の中で、根雨は呆然と立ち尽くしていた。

 ――どういう事だ、此れは!?

 何故、こんな短時間で祭国軍が王都までやってこられる!?

「おい! 貴様!」

 走り抜けようとする資人の衣を纏った少年の襟首を、むんずとひっ掴む。つんのめって転びかけた少年は、まだ声変わり前の甲高い声で悲鳴を上げた。

「祭国軍が騎馬で攻めて来たというのは本当か!?」

「は、はい、どうやら……で、でも其れ以上の事は、何も……!」

 両手を組んで、お助け下さい、と唱えながら、

 少年は根雨の形相にガクガクと震えている。ちっ、と舌打ちしつつ根雨は少年を、どん、と突き放した。どうやら誰も、攻め入ったという以上の情報は得ていないらしい。


 ――騎馬を運ぶのに一体どれだけの船と時間を要すると思っている!?

 河国が繰り出してきた水軍程度の軍船が、万を超える騎馬を運べる筈がない。

 常識的に有り得ない。

 考えられない。

 ――えぇい、祭国郡王は魔障の類か、其れさも悪鬼か!?

 解らない。

 どう考えてみても解決策など思い浮かばない。

 冥府に住まう霊鬼どもに全軍を運ばせたのか、としか思えない。


 ぞ……と、気味悪い程冷たい汗が背筋の骨の窪みを伝って行く。

 根雨は当初、確かに那国王都を討たせるつもりだった。だが其れは、河国王となったまことの主たる灼が成すべきものだった。

 灼が那国を手に入れば、どうなるか。

 遼国・河国・那国の国領を合わせると、なんと、宗主国である禍国に迫る事が出来る。

 領土の広さ、産出物の豊かさ、技術力、そして動員できる兵力、即ち軍事力。

 どれをとってみても遜色無いものとなる。

 其れに気が付いた時、禍国の王城内で踏ん反り返っている皇帝がどう出るか。

 慌てふためき、そして他の強国、そう例えば剛国などと手を結び挟み撃ちにされぬように平身低頭、此方に礼を尽くしてくるに違いない。


 ――自分たちを不当に貶めて来た禍国に、思い知らせてやるのだ。

 我らが王、灼陛下が、陛下こそが。

 中華平原に号令を発するに相応しき御方であるのだと。

 其れには、兎にも角にも、郡王・戰が邪魔だった。

 初陣から今に至るまで常勝、奇抜な才が振るう策により不敗を誇る皇子・戰。

 彼に傾倒している以上、灼の輝かしい未来は絵に描いた餅も同然だった。

 ならば、此の世から消してしまえばよい。

 陛下を惑わす者は害悪でしかない。

 此の世に在るべきではない、いや、存在するなど許されない。


「素直に消えてなくなれば良いものを……皇子・戰め!」

 ぐ、と作り上げた根雨の握り拳が、此れ以上無い程、真白になっていた。



 ★★★



 王都の正大門は、今、混乱の只中にあった。

 いや混乱しているのは、那国軍だけだ。

 攻めている祭国軍は整然とした動きを保っている。


「投石準備!」

 杢の命令が飛ぶが早いか、数十名が騎馬を降りた。

 那国の砦から押収した僅かな品のうち一つが、此の投石器だ。攻城戦にはどうしても欠かせないものだけに、砦に残しておくのも危険であるし王都の攻略にも不可欠となる。

 杢自身も馬を飛び降りると、石を運び始める。上官がどうだとか言っている場合ではない。間一髪の兵力しかなく、瞬きするような僅かな時の差で勝利を逃してしまうのだ。寸暇を惜しんで兵が動く。


「大門を打つぞ!」

「おお!」

 杢が叫ぶと、同時に狙いが定められた。慎重に、そして正確に放たねばならない処であるが、其れよりも攻撃速度をとった。石が設置されると、一気に投擲が行われる。

 ぶん! と空気を切って巨石が飛び、那国の兵器がその王都の正大門を盛大に撃った。

 王都を守護する将兵たちにとっては屈辱であろう。

 しかし、祭国軍も嵩に懸かって連続して投擲は出来ない。流石に連射出来る程、投擲用の石は運び出せなかったのだ。一つには、王都への進軍を最優先させたからでもある。投石は、防壁の破壊というよりは寧ろ敵を惑乱させ、且つ誘き寄せるのが目的だった。

 と、大門が大きく開け放たれた。

 那国軍が祭国軍の図に乗って、一か八かの賭けに出たのだ。

 わあ! という掛け声が那国王都を守る城壁に当たる。


「出て来たか――望む処だ」

 戰も剣を抜き放つ。

 総大将でありながら、先陣に立つ戰は敵の格好の的となる。

 彼らが生命と引き換えに、と奮って突撃を仕掛けてきてもおかしくはない。

 だがそんな彼らにすら、黙ってやられてやるような戰ではない。

 無論の事、彼の愛馬もだ。

 打って出て来た那国軍の歓声に、千段が嘶いた。

 馬ではなく紅河から這い上がって来たみずちの如く、那国兵の生命を欲して嘶きを繰り返す。


「迎え討て!」

「おお!」

 戰の命令が下る。

 祭国軍は、那国兵に向かって騎馬を駆けさせた。



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