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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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22 屍山血河 その6-2

22 屍山血河 6-2



「い、行け行け、行けぇっ、突っ込めぇ! いいぞ、其処だ、やってしまえ!」

 厚ぼったい唇を尖らせて突き出しながら、乱は興奮のままに腕をぶんぶんと頭上で振り回す。

 川の流れの力に乗り果敢に攻めていく闘艦の姿は、まるで葦が生い茂る足場の悪い沼地をものともせずに踏破していく牛の群れのようだ。

 対する河国の小型船と中型船はどうだ。ちょろちょろと無計画に動き回っている様は、まるで山鼠と土竜のようではないか。


「勝てる! 勝てるぞ! はーっはっはぁ! どうだ! 見たか、戰!」

 しかし腕を回し続けていると、甲冑の重みが思いの外全身に響く。

 而も、興奮の為か体温も上がり内部が以上に熱く、しかも汗ばんで湿気が酷く、粘ってくる。チチチッ、と乱は舌打ちをすると、背後に控えていた兵をじろりと睨む。

「おい、貴様ら」

「――は? は、はい!」

「暑くて敵わぬ! 甲冑を外せ!」

 流石に兵らは目を剥き、顔を見合わせて命令に従うのを躊躇する。が、乱は素早く動かぬ兵に腹を立て、脚をじたばたとさせて床板を鳴らした。

「えぇい! 何をしておるか! 最早、戦の趨勢は我が軍の大勝と決しておる! 糞重い甲冑を身に着けておる意味が何処にある! さっさと脱がさんか!」

 地団駄を踏んで悪態をつく様子は、我儘放題に育った悪童の駄々其の物だ。

 兵たちは上目遣いで互いの心情を読むと深い嘆息を零し、おずおずと手を伸ばした。正直な話し、乱に喚かれると頭痛が起こる。静かにさせる為には云う事を聞き入れてやるのが最も手っ取り早いと学習してしまっていた。

 渋々、兵たちは乱の周りに集まり、甲冑を解いて行く。其の間、乱は常に騒ぎっぱなしだった。河国の軍船をいとも容易く抜き、大将船目掛けて進む勇姿に自らを重ね合わせ、気を昂ぶらせる。


「いいぞ! いいぞ! 戰の奴に思い知らせてやるがいい! 此の私の力を!」

 やっと身軽になった乱は、楼閣の柵に手をついて身を乗り出して叫んだ。

「調度いい! ほれ、小蝿のような河国軍の小型船を叩いて潰してやれ!」

 戦況が動く様に齧り付いて見入る。胸の高鳴りが極限を迎えようとしていた。

 ――とうとう此の時が来た!

 生意気にもしたり顔で異腹弟おとうとつらをする戰を打ちのめしてやれるのだ!

 正当な血筋を引く者の力とは如何なるものかを、敗北を以て知るがいい!


 乱の命令に従った訳ではなく、闘艦の方も小型船の動きが目障りだったのだろう、此の際とばかりに沈めに掛かる。いよいよか、と舌舐めずりをする乱の眼の前で、ちょろちょろとした動きを見せていた小型船が一斉に規律ある動きをみせた。

「ええいっ! 小煩い奴らめ!」

 小型船は闘艦の左右の船腹に並走すると、巨大な鉤縄を繰り出して櫓を絡め取った。

 櫓を奪われた闘艦は動きを封じられて軋んでいる。一艘だけなら兎も角、突き出した位置にある闘艦は全て似たような状況下に陥っていた。

 其れがまた、乱の癪に障る。

「何をしておる! そんな小型船など、乗り込んで奪ってしまわんかあっ!」

 顔を真っ赤にして乱は叫ぶ。声が届いた訳では無いだろうが、闘艦から梯子が降ろされた。わらわらと兵が小型船に乗り移る。

「よぅし、いいぞ、いいぞ! やれやれ! やってしまえぇい!」

 柵に齧り付いて、乱は叫ぶ。


 興奮は頂点を極めていた。

 その時だった。

 離れた場所を文字通りに徘徊していた中型船が、闘艦に向けて猛然と突っ込んで行った。



 ★★★



「うぼぉ!?」

 乱の奇声が周囲に響くのとほぼ同時に、中型船は闘艦の船腹に体当たりを喰らわせた。

 一艘だけならまだしも、次々と同じように体当たりが行われている。

「お、おおおおおっ、うほぉぉぉぉぉっ!?」

 乱は柵から身を乗り出した。

 中型船の大きさからも船体の形からも、闘艦が転覆するような穴は開けられない筈だと、その程度の事は乱も知っている。

 だが、闘艦は大きく傾いで揺れている。濁流に、木の葉が心許無く浮かんでいるかのようだ。

 ぎょく、と奇妙な音を立てて乱は生唾を飲み込んだ。

 粘っこい汗が脂肪でつるりとした曲線を描いている背中を伝う。心の臓が鳴らすばくばくという音が胃液を吐く時のように迫り上がって来ており、まるで喉から飛び出してきそうな勢いだ。

 乱にじくじくした汗をかかせたのは、嫌な予感がしたからだ。そしてその予感は、間を置かず直ぐに的中した。


 揺れる巨体が起こす波を被った小型船が、沈み出した。

 いや、波を被ったからではない。

 明らかに、船底の板を抜いて自ら沈めに掛かっている。

 闘艦が体当たりを喰らう様を目の当たりにして魂を抜かれたもう同然に動きを封じられ呆然とするしかない那国兵を余所に、河国兵は中型船にとっとと乗り移っていた。最後の兵が飛び移り間際に、舟板に穴を開けて行ったのだ。

 其れでなくとも乗船可能な人員を遥かに超えて攻めて来ていたのだし、小型船が瞬く間に船体に水を呼び込み、ずぶずぶと河底に落ちていくのは当然だった。

 乱の眼の前で、小型船は那国兵を載せたまま消えて行く。怨嗟の声は鎖のように伸びて、乱の耳にまで届く。乱は蒼白となった。膝頭が滑稽なまでにがくがくと震える。


 河国軍の目的が、戦に疎い乱にすら、はっきりと分かった。

 彼らは、那国兵が小型船と中型船を主流に押し立ててくる河国軍を侮ってくると踏んで・・・いたのだ。

 乗組員が少ない小型船程度、乗り込めば奪い取るなど容易い、と高を括ってくるものと読んで・・・いたのだ。

 この小型船は彼らにとって、最初から捨て石・・・だったのだ。


 那国兵を川底に誘う為の小道具に過ぎないのなら、張りぼてであろうと河に浮いてさえいれば構わない。

 よく考えれば、誰でも簡単に思い付きそうな策であり、小細工に近い。

 しかし、侮りさえしなければ、何か策略が仕掛けて在るのかもしれない、と身構えるのが当然だ。

 だが、其れを成さなかった。

 前後無く猪突した結果が、此れだ。

 敵は読んでいたのだ、敵は、自分たちの動きを完全に先読みし尽していたのだ。


「……こんな……馬鹿なっ……!」

 呻く間に、闘艦は梯子を掛けられ中型船から兵の侵入を許していた。

 其処からの戦況の変化は、燕が空を飛翔し餌を捕るよりも早かった。

 白兵戦が展開されが、兵役で集められた領民たちは戦いを放棄して、河に身を投げ遁走していく。

 1人が逃げ出せば3人が倣う。

 倣った者1人に対して5人が続く。

 将棋駒を用いた駒倒しの遊びのように、次々、といった具合に兵は逃げていく。

 船がひしめいている河に落ちて逃れようとしても、船体と船体に挟まれて潰される確率が高い。

 若しくは、河国兵に脳天を矢で射抜かれるのがおちだろう。

 其れでも、戦場を放棄する方を領民たちは選んだ。

 民兵が逃げた後の為体ていたらくは目を覆うばかりだった。将兵たちも己の生命を惜しんだのだ。

 翻っていた軍旗が引き摺り下ろされていく。


 闘艦が次々と乗っ取られて行く姿を、乱は茫然自失の体で見ていた。

 魂を抜く衝戟に視線は定まらず、恐怖から身体は震え、喉の奥が戦慄き続け、とうとう意味不明の引き攣れた悲鳴が漏れ出た。

「えぇ、糞! こうなったら、乗っ取られた闘艦ごと河国軍を沈めてやれ!」

 乱は闇雲に叫ぶ。

 ぎょ、とした顔で周囲に居た兵が目を剥いて乱を見る。

 見る間にそのには憎悪の念が溢れ出した。乱には彼らの目の色が腹立たしい。

 敵も船を沈めて那国兵を大量に屠ったではないか。

 ならば、我らも同様にして何が悪いというのか。


「何をしておるか! とっとと旗を振らぬかあ!」

 腕を振り回して、乱は命令する。兵たちは、呪詛を込めて乱を上目遣いにする。

「先ほど、旗信号を送る兵は討たれました。陛下も見ておられたのではありませぬか?」

「そんなもの、幾らでも代わりがおろうが!」

 血走った目玉が零れ落ちそうな程、くわ! とひん剥いて乱は叫んだ。

 那国兵は興奮した乱の前に、口を固く閉ざすと礼も捧げずに、ふい、と背中を見せた。将も名乗れぬ程度の兵の無作法に、乱はまた脳天を焼く怒りを発した。


「待て、待たんか貴様!」

 怒鳴ってばかりで喉が痛む。

 しかし、乱は自分の存在意義を那国兵に知らしめんが為に怒鳴り続けた。


「ならば闘艦を沈めずに河国軍を撃退してみせよ!」



 ★★★



 乱の罵声に気圧された訳では無いだろうが、那国軍は奪われた闘艦を見捨てた。

 いや、正しくは奪われてしまった以上、此の闘艦に長く関わっている場合ではない、と見方を速やかに切り替えた。

 船の上で行われた白兵戦の優劣を、ひっくり返すすべはない。

 闘艦を数隻失ったとは言え、未だに数と川上を制している自分たちに利は在る。其れに、奪ったばかりの闘艦を、那国軍が直ぐに操舵できるとも思えない。

 逆に、動きが停滞している間に、隙間を突いて乗っ取られた闘艦を挟み撃ちにする方が理に適っている。若しくは、闘艦の脚力を活かして今度こそ那国軍の先鋒と正面切ってやりあえばよい。

 船の厚みでは、那国軍の方こそが勝利を得て当然なのだ。不必要に恐れを抱くべきではない。其れこそ、敵の術中に嵌る事になるだけだ。

 其れだけの読みを即座に判断してみせた現場を預かる将兵にこそ、称賛の言葉は与えられるべきだろう。然し、乱はただ汚く罵るか、或いは部下の手柄を我が物とする以外に口は開かないし、当然の事ながら、物事が見えていない。ただ、前進が開始されるのを、今か今かと焦れながら待ち侘びるだけだ。


「全軍、全速前進!」

「了解! 前進!」

「前進! 前進あるのみ!」

 誰のものであるかしれないが、発せられた手旗の命令に那国軍は従った。

 巨体から伸びた長い櫓が、紅河の水面を叩く。

 闘艦は速度を上げ、河国軍目指して突き進む。その勢いは水音すら断ち切つ程であり、まるで山から切り出された岩盤が河の上を滑っているように見える。

 未だに船を奪われまいと奮戦している仲間の船もあった。すれ違う瞬間、戦っている那国兵の顔ばせに力が宿る。此の程度の、局地的な負け如き何するものぞ、だ。

 戦は、終わってみなければ勝利は何方の手に握られているのものかなど、分からないのだ。

 ぐんぐんと速度をあげた那国の闘艦は、河国軍を弓の射程距離に収めた。


「矢を!」

 命令が手旗信号で各船に飛ぶ前に、那国兵は準備を始める。

 数隻ではあるが、闘艦には投石器を積んだものもあり、那国軍は其れを中心にして展開していた。矢による応酬を続け、河国軍が油断した処で投石をもって河国の船を沈めていく戦法だ。

 河国軍が投入してきた軍船は、投石器を積みこめるだけの大きさがない。相手からの投石器による攻撃を心配せずにいられるだけ、那国軍が有利なのは揺ぎ無い事実だ。

 正気を取り戻した那国軍の動きは早い。

 水上戦においては後の先は有り得ない。

 先手こそが勝利を我が物とする。


「番え!」

 短い号令が飛び手旗が振られる。那国兵は一斉に従った。

 其処へ、再び河国軍の中型船が姿を現した。

 先の中型船とは形が違い、細長い型の船だ。

 那国兵たちの顔が、ひくひくと怒りで引き攣った。

 先程、仲間の船に体当たりを喰らわせた成功例を見た河国軍が、凝りもせず同じ戦法で来たのだろう。然し、同じ手を何度も喰らうほど那国軍は愚かではない。


「標的を変えるぞ! 中型船を狙え!」

 旗が忙しなく振られる。

 だが、命令を受け取った那国軍は、すわ、と更に矢を大量に用意させた。

 仲間が苦戦を強いられる姿。

 そして果てに水底に哀れにも沈んで行く様

 其れらが切々と胸と脳裏を焼く。

 河国軍にも同じ思いを味合わせずにおられようか!


 集中豪雨であっても、此処までの猛烈さはあるまい。

 圧迫感すら感じる勢いで、矢が河国の中型船を目掛けて飛んで行く。

 夥しい数の矢を受けた中型船では、凄惨な状況が展開されるであろう、と那国軍の誰もが息巻いた。

 だが、河国軍は物ともせずに船を進めている。

「どういう事だ、此れは!?」

 身を乗り出すようにして中型船の姿を確かめた那国軍は、呪詛の言葉を幾重にも重ねて吐いた。

 敵は、分厚い牛の皮を天幕のように張り巡らせて矢を防いでいたのだ。

 奥歯が欠けるまで歯軋りしつつも、那国軍は投石器を用意させた。矢は防ぎきれても、投石を幾度も受ければ重みで船は揺らぐ筈だ。


「投石器を!」

 旗がまた振られ、投石器を積んだ船がぎしぎしと音を立てながら先頭に躍り出た。

 其の時だ。

 河国の細長い中型船が猛然と突撃を開始した。

「構うな! 追突された処で、奴らの船に此方を沈めるような威力はない!」

 衝突される衝撃にさえ耐え抜けば、寧ろ、懐に飛び込んできた彼らを投石で沈めるのは容易い。


「進め! 速度を落とすな! 奴ら程度の船に何程の事が出来る!」

 飛んで火に入る夏の虫とは此の事だ、と那国軍は舌なめずりする。

 だが、彼らの想像通りにはいかなかった。


 

 ★★★



 尋常ならざる速度を保ったまま、河国の中型船は那国の闘艦目指して突っ込む。

 激突される直前、那国軍は河国の中型船の先端が、異様なまでに突出した形をしており、そして太く尖っている事に気が付いた。

 まるで鏃、いや、宮殿を建てる際に地中に埋め込む杭のような形をしている。

 形を認めた那国兵は、瞬間的に、ぞわり、と全身の毛が恐怖、いや生命の危険を察知して逆立つのを感じた。


「方向転換! い、いや、後退! いや違う、駄目だ、船を止めろ!」

 無茶な要求だ。

 だが、悲鳴に近い大声で叫ばずにはいられなかった。

 河国の船を見ていない兵が、怪訝な顔をする。今更、何を恐怖に身を竦めているのか、と味方の意気地の無さを冷笑する。

 途端に、晴天の最中に落雷と竜巻が同時に起きたかと紛う轟音が響き渡った。

 河国の中型船の、杭のように尖った先端が、見事に闘艦の船体を突き破ったのだ。


「な、何っ!?」

「うおお!?」

 闘艦が一気に傾ぐ。

 真っ当に考えれば容易に思い付く、そう、小賢しい、小細工に近い策だった。

 先の中型船の体当たりは、河国の中型船には闘艦を沈めるだけの威力はないと思い込ませる為の目眩ましだったのだ。

 ただ、小型や中型の船しか揃えられなかったと嘲る前に、何故、其の大きさなのか、形なのか、と特色について注意を払うべきだった。

 まるで鳥の嘴のように飛び出た船の先は、闘艦の腹を突く槍の役目を担う、其れだけに特化した形だ。

 飛翔していた鳥が水中に獲物を認め、高みから一気に急降下して餌を仕留めるのと同じように、中型船は船の先をぶつけて来たのだから、闘艦が傷を負うのは当たり前だった。


 悲鳴と怒号が同時に上がる。

 船腹を破られた闘艦は、瞬く間に船体に水を飲み、どんどんと傾いていく。傾いた闘艦同士がまた衝突しあい、間を抜けようとしていた船が更にぶつかって河幅を狭めていく、という絵図が其処彼処で起こり出した。

 獲物に矢を突き立てた形となっている中型船の乗組員は、しゃあしゃあと脱出しており、衝突寸前に仲間の船に小型船に拾い上げられていた。小型船の脚は驚く程早い。隙間を突いて、まるで鼠のように走り回っては、何食わぬ顔で中型船の背後にぴたりとつく。そして味方の兵を掬い上げて別の中型船に届けると、また何処かへと走っていく。


「おのれえぇぇっ!」

「糞ったれが!」

 河国軍に手玉に取られっぱなしだ。

 何とかして立て直し、此の旗色が悪くなった戦況を打破しなくてはならない。

 然し、味方の船がまるで池に隙間無く浮かぶ水草のように縺れ合っている。

 此れを何とかせねば前進は不可能だ。


「投石用意!」

 旗が振られた。

 ぎょ、となりつつも指示に従う。

 何方の船に、など聞く必要もない。

 邪魔をしている、行く手を阻んでいる船を、薙ぎ払う。

 其れだけだ。


「放てー!」

 号令と共に、投石が開始された。

 闘艦から、闘艦へ。

 今、救いを求めている味方の息の根を止める石が、発射された。



 ★★★



 横木の陣形を布いている、つまり横一列に船を並べた状態を連ねて分厚い層にしている那国軍は、先頭にある船と最後尾とではそれこそ10丁位上も距離が離れている。

 最後尾に位置している楼船から眺めている乱くらいしか、正しい戦況は見えていないだろう。手旗での連絡は繋がっているようだが、味方を轟沈させたなどとは流石に伝えられまい。


 渦が弱まりを見せると、投石を行った那国の闘艦が、渦など眼中に無いとでも云うように前進を始めた。味方を見捨てるだけでなく息の根を止め、その船の哀れな姿を乗り越えるという、無慙酷薄な人道に反する行いに恥を感じていないかのようだ。

 船に設置してある投石器とはいえ、飛距離も威力も、常日頃、戦場で使用しているものと変わり無い。

 弧を描いて飛んだ巨大な石は、過たず先を塞ぐ闘艦を撃った。

 木端を煙のように巻き上げながら、ごうごうと爆音が響き渡った。

 此の攻撃が決定打となり、傾いでいた船は自ら渦を起こして河底へと巨体を沈めていった。

 彼方此方で起こる渦は、まるで炎が互いに手を繋ぎながら大きくなっていくように、勢力範囲を広げていく。そしてそれは、那国と陽国の間に無情に横たわる潮の渦よりも強烈な吸引力があった。

 潮の渦を冷ややかに眺めながら、那国軍は全く手助けをしない。

 酷薄だの冷徹だの何だのと謗られようがなんだろうが、味方を大事にする余り、戦に勝てねば意味が無い。


 今、此の場で愚かにも調子に乗っている河国軍の、いや烏滸がましくも郡王などと名乗る戰の鼻柱を圧し折ってやらねばならない。

 自軍の勝利の為ならば、兵は喜んで己の生命を差し出すものだ。

 此の犠牲の上に輝く勝利を、河の底で彼らも自らを誇りに思っているに違いないのだ。

 乱は楼閣から那国軍の動きを見詰めながら、心の臓がきゅうきゅうと捻れる感覚に身悶えしていた。

 那国軍がどれだけ窮地に立たされようとも、那国兵がどれだけ残忍非道な術で屠られようとも、そう、味方に殺されるという恐るべき事態に陥ろうとも、知った事ではない。

 其れにどうだ。

 味方を沈めるという戦法を、奴らは自ら選び取ったではないか。

 完全にぶら下がる勝利と生命という欲求に、勝るものはない。


 ――そうとも、勝てば良い。

 戰を討てれば良いのだ。

 勝利こそが正義だ。


 河国軍憎しに身を燃やしている那国軍が三度仕掛けていく様を、乱は発情中の豚のように息を乱し涎を垂らしながら見入っていた。



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