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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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22 屍山血河 その4-1


屍山血河4-1



 祭国郡王・戰が、禍国本土の命を受けて那国と戦うべく、河国に向かっている。


 河国王・灼から話しを聞かされた杢と吉次は、知らぬ間に戰の元に行く許しを求めていた。

 指摘されるまでもなく、河国も今、禍国からの勅を受け、戦の準備を整えている最中だ。まるで国中の天地が反転したかのような、大騒動の只中に河国はある。

 灼としては、幾ら開戦はしておらずとも、戦慣れしている彼ら二人に一時的にとは言え此の場を去られるのは厳しいだろう。

 だが本来、杢も吉次も彼の部下ではない。

 戰の部下だ。

 いや、此度の戦は実質的に戰の私怨を晴らす為のものであるのだがら、彼ら二人が河国の為を思い無心で尽力するのは当然と云えば当然だ。

 しかし、灼は笑って手を振った。


「何卒、御許しを、陛下」

「何を遠慮などしているのかよ。とっとと郡王の処に行けば良かろう。主ら二人は、郡王の身内であろうがよ」

「……では?」

「其方らの言葉使いは丁寧過ぎるのでな、聞き過ぎては身体中が痒くなってくる。われの身体が引っ掻き傷だけになる前に、早く行くがいってしまえ」

 普段の杢や吉次であれば、灼に此のような言い方をされれば逆に逡巡する。

 しかし跪いていた二人は、ではお言葉に甘えて、と頭を軽く下げ、立ち上がりざまに灼に背を向けた。

 そして王の間を、殆ど駆けるようにして去っていく。ぽかん、と見送らざるを得なかった灼は、二人の気配が完全に消えてから、彼らしい豪放な笑い声を王の間に響かせたのだった。



 城から出ると、時が待ち構えていた。

「御二方、待ちくたびれましたぞな」

「時殿、頼んでおいた品は?」

「もう積み終わっております」

 にこにこしながら、時は答える。

「あちらに馬車を用意させております故、お確かめを」

 済まぬ、とやっと硬い頬を和らげた吉次を、処で、と時が下から見上げる。


「まさか、このじじを置いて行く御積りではありませぬわなあ?」

 ほっほほ、と梟のように時は楽しげに笑う。んっ? と目を瞠る吉次の顔を、年老いた商人の笑い声が撫でていく。

「強行軍となる。失礼ではあるが……」

「良いではありませんか」

 てっきり同意してくれるものと思っていた杢に助け舟を出され、うぅむ? と唸りながら吉次は腕を組んだ。

「ほれほれ、吉次殿。杢殿もこう言われておられますしな。じじもお邪魔致しますぞ?」

「……楽しそうにされても困るのだがな、お爺さま」

 強行軍になる故、御老体には些か堪えるであろう、止めておかれよ、と止める前に先んじられた形となった吉次は諦めたのか、やれやれ、と肩を竦めつつ笑う。

「皇子さまの大戦おおいくさ。恐れ乍ら、皇子さまの金庫番を自負させて頂いております此の時に、漸う巡ってきたほまれある出番に御座いますぞ? 動かず騒がずの隠居じじぃ宜しく、縁側でのんびり陽を浴びて居眠りをこいて・・・なんぞおられませぬわ」

 ほっほっほ、と景気良く時は笑う。

 口は悪いが、確かに時のこがねの力が無ければ戰は初陣を勝利で飾れもしなければ、此処まで生き延びてもいられなかっただろう。

 そう云う意味では、時は戰の生命の恩人だ。

 其の分、一商人では考えられぬような莫大な儲けも確かに手にしているが、時にとって、残り少ない生命の灯りで面白可笑しい世を見せて呉れる若者たちとの交わりの方が遥かに価値のあるものなのだった。



 ★★★



 厩に辿り着くと、既に杢と吉次の愛馬は旅に耐えるだけの用意がしてあった。

 二頭から僅かに下がった処に、時が用意させた馬車もある。

 しかし、手綱を握り興奮しつつある二頭を静めている人物を目に止めた杢と吉次は一瞬、どう反応して良いものか解らず、たじろいだ。二頭の馬を御していたのは、相国・燹だったのである。


「燹殿、痛みいる」

 恐縮している杢に、燹は手を左右に振る。

「礼などよい。我が国としても、郡王陛下に協力を仰がねば何処まで戦い抜けるものか、心許ないのが実情だ」

「……」

 杢と吉次は押し黙る。

 河国軍の備え、特に剣は飛躍的に向上した技術力により心配は殆ど必要ない。

 元々、河国で生産されてた刀剣類は多いないが、大まかに二種類に分けられる。地上戦に向いた剣と水上戦に適している刀である。

 簡単に形状的な特徴差を説明すると、刀は剣よりも短く、そして片手でもより扱いやすく振り回し易い斬撃系の武器、と云えるだろう。

 河国はその領土の特徴から、剣よりも刀をより多く産出していた。

 一本造の剣と刀の出来の良さと生産量は、銅と錫の産地を抱えている河国のならではであった。


 しかし、灼が国王となってより後は、質は兎も角として武器の種類に関してはその限りではない。

 様々な形状の武器が考案され、試作されている。

 一つには、戰や真が後に必ず訪れるであろう大戦に備えて、状況により適した武器で戦に臨めるようにとの考えがあった。

 無論、灼も其れには大いに同意する処である。

 何しろまだ大河を挟んだ向う岸には乱を密かに抱えている那国がおり、何よりも背後には禍国本土が構えている。

 ――今更、他国の思惑になぞ振り回されてたまるものかよ。

 煌々爛々と輝く怒りは、特に遼国の民に多い。

 が、本来の河国の民とて、禍国本国の気まぐれ一つでどんな因縁や難癖を付けられ、国を荒らされるか、知れたものではない。

 必ず到来する危機に対して一致団結した遼国と河国の民は、鉄器の開発と改良、そして量産体制の強化などに寝る間を惜しんだ。彼らの尽力は良い方向に報いられており、戦が決定した今、更に勢いを増して続けられている。


 だから心配事としてば、軍の備えというよりも別の処にあった。

 河国は現在、本来の河国の地と、そして国王・灼が有していた遼国の地、二つの国の連合軍と言って良い状態だ。

 今は危機管理体制を一丸となって整えているという興奮作用が働いている為、誰も深く問題視していない。

 しかしこの二国は、元は宗主国と属国という形で存在していたのだ。

 其れが、4年前の戦で立場が逆転したのである。

 灼が国王となった当初、河国の本来の民は大いに怖れた。

 遼国の民の間には、何世代に渡り蓄積された怒りがある。

 嘗て、自分たちがしてきた仕打ちが今度は自分たちに降り掛かるのか、と。

 だが、遼国の民は煮え滾る怒りを噴出させる事なく、河国王となった灼の命令に従い、手を差し伸べてきた。

 以来、流石に時折、小さな諍いが何処かで起きはするが、国を揺るがすような傷や、互いの間に禍根を残すような大きな呻りとなる衝突は今迄の処はない。

 其れは、王である灼の態度も然る事乍ら、相国・燹の手腕に依る処も大きい。

 確かに、小さな確執は未だに各所で燻っている。

 然し捕らわれてはいけない。

 互いに思う処があると其ればかりにを向けて、唾を飛ばして叫んでばかりいては何も成せない。

 其の先を見据えて行くのだ。

 未来を手繰り寄せ、子らの世代に継いで行くのだ――という燹の信念が、確実に伝播しているのだ。


 然し、こういった切迫した状況にあると河国と遼国の間に隔たりを作り上げていった、長年の鬱屈した情念というものは噴出し易いものだ。

 小さな不満を堪らえようと、矛先が他に向く、その鉾を避けようとして更に……といった具合に。

 雪原を転がりだした当初は小さな塊であった筈が、転がり続けるうちに巨大な岩石のような球になって襲い掛かってくる――

 印象としてはそんな感じだ。



 ★★★



 杢に目配せした吉次は、思い切ったのか、先に頷く。


「燹殿、実は」

「うむ?」

「戦に投入する剣についてだが、一つ、提案したいものがあるのだ」

「ほう?」

「もしかすると、燹殿の懸念が一掃出来るやもしれぬ」

 何っ? と燹の顔が輝いた。

 河国の民と遼国の民の間に軋轢あつれきが生じるとすれば、正にこの剣にある、と燹は見ていたのだ。


 河国の開発力が産んだ剣が禍国との戦いで大敗する要因となったのは、幼い頃の真が看破したように、刀身の部分と柄の部分を後で繋ぎ合せている点にあった。

 幾ら、錫の含有量をぎりぎりまで上げて作り上げた堅牢堅固な刃であっても、この繋ぎ目は衝撃に対して脆かったのだ。今は一本造方式に完全に転換したとはいえ、此の大敗は今も尚、彼らの脛の傷として傷みを引き摺らせていた。

 一方の遼国の民はと云えば、新たな武器である鉄器の生産の技術力に関しては中華平原の何処の国にも追随を許さぬという自負がある。

 確かに、河国の炉の前で奴婢同然として生命が擦り切れるまで働かされていた経験が産んだとはいえ、契国から仕入れた瀝青が出す高熱に耐えうる炉の温度の上げ方や鉄の反応を見切る方は、遼国が独自に見出したものだ。

 だが其れも、紅河こうがという好立地を抱えている河国があればこそ成り立つものでもある。


 2国間の技術者が、今、戦を前に腹の底で衝突を繰り返しているのを、燹は懸念している。

 河国の民は、契国から新たな瀝青が入れぬ以上は鉄器に固執し続けるよりは、此れまでの技術を用いようとしている。嘗て自らの剣を打ち負かした陽国産の其れと同じく、刃から柄までを繋げた一本造で作り上げていけば良い、という意見に流れ始めている。

 何しろ、河国には原材料となる銅と錫は唸る程あるのだ。鋳型を使い大量生産も容易い為、長期の戦になるであろう此度の戦に於いては、彼らは自国の領土を護るという観点からも此方を用いるように主張してきた。

 だが、遼国の民は違う。

 飽く迄も、扱い易く、軽く、頑強な新兵器である鉄の剣を推している。遼国の民こそ必死だった。此処で負けを被れば、自分たちは国ごと奴婢に堕ちるかも知れぬ、冗談ではない、という意識がある。其れは先祖から引き継がれた血と魂に書き込まれた恐怖と憎悪が複雑に編まれた感情だ。


 いよいよ、郡王・戰が河国に入国したとなれば、何方の国も彼の口から『此の剣を採用する』という言葉を捻り出そうと躍起になるだろう。

 そして、何方が選ばれても、以後の行動には不協和音が響くのは必定だ。


 ――其れはならぬ、断じてならぬ。

 燹は夜もまともに眠れぬ程、頭を悩まし続けていた。

 2国間の摩擦が産む熱は、言葉通りに国を燃やす原因となる。

 何としてでも止めさせ、尚且つ、河国と遼国が互いを必要としあい、元のちぐはぐさから良い意味での張り合う精神である状態を保っていかねばならない。

 此の先も共存していく為に、一歩下がれば手を握って歩き易いのだ、と思い出させねばならないのだ。

 ――どうにか出来る、だと?

 そんな美味い話があるのなら、此の際、毒でも何でも喰らってやるぞ。


「其れは、是非とも知りたいものだ」

「では、郡王陛下の元に行こう。先ずは、其処からだ」

 身を乗り出しながら頷く燹は、既に腕を振って馬番に己の愛馬を引いて来るように命じていた。



 ★★★



 連射された矢のように、凄まじい勢いで馬が街道を駆けて行く。

 砂埃が隠してしまっているが、先ずは杢が先頭に立ち、吉次と燹が続いて並び、最後尾に時が乗った馬車が続いていた。


 何の此れしき、と顔に書いて必死で喰らいついていくのだが、此の速度でも杢が遠慮しているのは火を見るより明らかだ。元々武人である燹は兎も角として、武人ではあっても職人寄りである吉次、そして馬車の御者は杢の速度について行くのが精一杯だった。

 吉次と御者は、己の腕前の情けなさに傷付くよりも、杢の手腕に呆れ返っていた。

 普段、杖を使っている男が将軍職に就いている、と杢を冷笑する声が禍国内で上がっているのを、吉次も燹も、商人・時や彼の仲間から聞いて知っている。

 杢がどんな重傷を負い、此処まで回復するのにどの様な辛酸を舐めたのか。

 もう二度と剣を握れぬ身体のままかまもしれない、という恐怖の中、其れでも歯を食いしばり前を向き続けていたのだ。

 心身を襲う気が狂わんばかりの傷みに見事に耐え抜いたからこそ、今、こうして彼は馬を駆っているのだ。

 知りもしない癖に口裂がなく罵り、悦に入っている禍国の奴らに、此の颯爽とした杢の姿を見せ付けてやりたくなる。杢がそんな事は望んでもいないと知りつつも、どうだ! と言って、様を見ろ! と気分を晴らしたくなってくるではないか。

 

 ――素晴らしい腕だ。

 燹も内心で舌を巻いていた。

 兵部尚書・優の秘蔵子であった、とは先の戦で療養していた時に聞いていたが、こうしてまざまざと見せ付けられると興奮を覚えずにはいられない。

 ――成程、此れでは武人であれば目を掛け愛さずにはいられまい。

 馬本来の資質も然る事乍ら、愛馬の鍛錬を怠っていないのであろう。

 が、其れ以上に、此れが戦で両の脚を痛めた男の手綱捌きとはとても思えない。身体の機能を障碍の身となる以前のようにするのは不可能だ、と完全に割り切っているからこそ、出来る事は他者の完全の其の上を行く、という執念に近い気迫を感じた。


 ――我が陛下にも、こういう人物が傍に仕えて呉れれば……。

 他者の配下の者をこうまで羨むのは、自身が結局は人を育てて来なかった結果だからだろう。

 そして此の先、自分がこうした人物を育てられるのか、其の時間も手間もあるのか、と云う不安感を露呈させられた。自分が使える時間を全て灼と国に傾けた事を後悔はしていないが、灼も時折気に掛け、零していた人物の無さに対して、もっと頓着すべきだった。

 自分さえしっかりとお仕えすれば良い、と常に気を張り、考えに忠実に動き続けてきた。

 だが、其の自分とて不慮の事態に巻き込まれぬとは限らない。

 そして自分はもう、何時までも肉体の限界を感じずに動ける年齢でもない。

 ――自分が居なくなったら、陛下と、生まれ来る和子様方と、我が国は誰が御守りすると云うのだ……?


 不意に、燹は己の老いと共に、灼に仕える事こそ至上として周囲に目を配らなかった至らなさに気がつかされて唖然とし、ぶるり、と身を震わせた。



 ★★★



 飛ばしに飛ばして、杢たち一行は3日目にして戰と合流した。

 関所で休息を取っている戰たちと会えたのは、実に幸運だった。


 馬を降りた杢の元に、彼の部下たちが走り寄って来る。

 杢が何も命じずとも、其々の馬の轡を取って厩に向かう者、そして時の馬車から荷を降ろすのを手伝う者、彼らを戰の元に案内する者、途中の間に、杢の耳に此れまでの経緯を簡潔明瞭に説明する者、と素早く分かれる。黙々と、そして粛々と杢の部隊は動く。常に騒々しい克の部隊とは正反対の性格で、実に好対照と言える。


 説明の為に傍に寄って来た2~3歳年下と思しき男に、あまね、来たか、と杢は声を掛けた。中肉中背、特に武人らしい体型という訳ではもなく面構えも厳つくない、何方かと云うと文官のような印象を与える男なのだが、細面に収まる静かに収まる眼には周辺を油断なく目配りし続ける光が宿っている。

「陛下が私の為に率いて来て下さった兵は?」

「は、5千騎に。克殿の元には竹殿が矢張り5千騎を率いて行かれました。陛下御自身が指揮される兵は2万、祭国には1万の兵を残してあります。杢様と克殿から残された合計1万の兵は蔦殿が率いられます。屯田兵を基本とし、自発的に兵として名乗りを上げた祭国の民は其のまま学陛下の兵に組み入れ、虚海殿が鍛錬を行うとの事」

「此の関には何故留まっておられた?」

 確かに理由も無く、一カ所に留まるのはおかしい。

「は、実は。時殿が禍国に広め置いた草どもから、どうやら兵部尚書様が率いられる契国攻めの軍に由々しき事態が起きたと知らせが入りました」

「何?」

「禍国の国庫には、兵部尚書様の軍に回せるだけの金がない、と」


 杢も吉次も、途端に不機嫌そうに押し黙る。

 時から大凡の事情は聞いてはいたが、実際には其処まで……と高を括っていたのは否めない。差し迫って捉えていなかったのだ。

 ――よもや、私ども一行と共に時も此方に向かっているとお知りになり、待機されておられる程であろうとは。

 なれば相当な苦境であるに違いない。

 無言となった杢に遠慮せず、あまねは続ける。


「兵部尚書様の御気質故、陛下にはお知らせせず、時殿にも頼らずに何とかしようとされておられるようなのですが、如何せん……」

「そうか、分かった」

 陛下の御下に急ごう、と洽に伝えると、以後、杢は戰が休んでいる邸宅まで無言を貫いた。



 ★★★



 杢と吉次に時が到着した、と洽が伝える前に、杢! と喜色満面の笑みを浮かべて戰が飛び出してきた。こういう、飾らない気質は子供を得た後でも変わらない。寧ろ、加速しているようにも思える。


「杢、良く来て呉れた。吉次に時、息災無事だったか」

 一頻り、部下と懐かしい顔触れの仲間との再会を喜びあった戰は、表情を改めると三歩ほど下がって控えていた燹に近寄る。

「久しぶりだ、河国の相国よ」

「久方振りに目通り叶い、恐悦至極に存じ上げます、陛下」

 礼拝を捧げようとする燹に手を差し伸べ、そんなものは良いから、と戰は笑う。

「兎に角、話が積もりに積もっている。部屋の中に入って呉れないか?」

 戰自ら縁側から部屋に上がり、手招きする。呆れ返りながらも、杢たちはやっと人心地がついたかのように、吐息混じりの苦笑を零しあったのだった。


 部屋の中に入ると、時は部下に命じて持って来た品を戰の前に差し出させた。戰だけでなく、杢や吉次、そして燹、あまねにも手に取らせる。

「時……? 此れは?」

「陛下、まあ、先ずは御覧下さい」

 首を捻りながらも、戰は柄を握って剣を抜く。

 美しい輝きを放つ刀身が現れた。

 色は、黄金に輝く陽光に近い白金色だ。


「……此れは……もしや、青銅製の剣か?」

「はい」

 てっきり、鉄の剣が収められていると思っていた戰は、何故今更? と首を捻る。

 契国から瀝青が手に入らなくなった以上は、鉄の剣は一体何処まで生産可能なのか、其の辺りの話だとばかり思っていたのだ。

 戰の疑問にはまだ答えず、吉次は前に進み出る。

「陛下、どうか続いて此方を御覧下さい」

 吉次が平伏を解いて腕を振ると、時の背後に控えていた部下が、一つの箱を持って進み出た。

 戰の前に置かれた箱の蓋を、吉次が開ける。

 中には、鉄の棒と、工程途中と思われる剣が数本、収まっている。


「陛下。今、陛下が手にしておられるのは、我ら河国の民と遼国の民の技術があってこそが開発が可能となりました剣に御座います」

 うん、と頷きつつ、戰は箱に躙り寄る。

 戰だけでなく、燹も寄って来ていた。

 もしかしたら、解決の糸口となるかもしれない、と聞かされていたくだんの品が目の前にあるのだ。

 格好を取り繕っている場合ではない。


 箱の中には、此れは芯か何かだろうか、鉄製の真っ直ぐな棒がある。

 続いて、一目では分かり辛いが刀身と思しき形がその芯に巻き付くように型が取られている。

 三本目ともなると、一本目の鉄の棒は芯にしてあるのだとはっきりと分かる。

 一本造の剣の様相を成してきている。

 四本目は、立派な剣となり、五本目は仕上がりの研ぎが施されていた。


「中心に鉄の芯を使用致しました、一本造の青銅製の剣に御座います」

 時が鯰の触覚のような髭を紙縒りつつ笑っている。

 得心が行ったのか、戰はまるで子供のように顔ばせを輝かせながら、うん、と何度も頷いた。

 が、燹は手にした剣と箱の中身を目にして凝り固まっている。

「河国の技術者とて那国を支援した禍国に敗れて以後、手を拱いていた訳ではありませんので」

 吉次が燹に声を掛けても、彼は唸って剣を凝視するばかりで答えられない。興奮に、息が止まりそうなのだ。 

 本来であれば使い捨ての砂の鋳型を使っていた処を、石の鋳型を作る事で再利用を可能とし、生産の速度を上げたのは河国の力だ。

 勿論、生口として使役され続けた遼国の民の存在があればこそ、驚異的な速度で技術が発展を見た。厳密に言えば、河国だけでは此処までの一本造の剣は作り上げられ無かったかも知れない。

 しかし其れは、現在、鉄器に取り組んでいる遼国にも云える事だ。

 此の剣は双方が腹を割り、己の技術を惜しげも無く曝け出し、手を携え信頼しあわねば完成を見ない品だ。

「強度は?」

「はい、陛下と燹様が、河国の相国であった秀殿と戦われた折に河国兵が手にしていた剣とは、雲泥の差に御座います」

 控えめな答え方だ。

 吉次としては、故郷である陽国産の鉄の剣が最も強く美しい品であると今でも信じて疑っていない。

 だが、技術を持っているからこそ分かる。

 開発時に置ける、河国と遼国の技術者たちの着眼点と発想力と独創性は、相当なものだ。


 ――成程、此れならば……!

 ごくり、と音をたてて燹の喉が大きく上下した。




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