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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
三ノ戦 皇帝崩御

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4 新たなる仲間と その1

4 新たなる仲間と その1



 大上王だいじょうおうじゅんは、祭国王城に到着した一行を、先頭にたち両手を広げて出迎えた。しかし中心に立つ娘である椿姫をも含めた全員に無視された。しかも、横を素通りされる。呆然となった。


「つ、椿!」

 縋る様に女王となった娘の名を、必死に叫ぶ。しかし、椿姫を護るかのように傍らに共に立つ戰に、上段からぎろりと睨み付けられた。

「うほっ!?」

 濁流の如きに流れる冷や汗を飛び散らせながら、一気に壁際にまで飛び去る。がたがたと震える大上王・順に、ただ一人居残った真が丁寧に礼を尽くしてこうべを垂れる。

「出迎えご苦労、これ以上は望まぬ、との郡王陛下・女王陛下、両陛下のお言葉に御座います。どうぞ、このままお下がりを」


 はっ・となり、やっと自分を取り戻すも、愛娘・椿姫は戰の腕に守られたまま振り返りもせず、既に背中が遠い。

 3年前、まだ少年の面影を残していた、柔和で穏やかな皇子・戰。あの当時のままの戰であれば、彼の優しさに取り入らんとする大上王・順の目論見は、それなりに叶えられていたかもしれない。

 しかし彼は今、祭国を奪った征服者・祭国郡王として戻ってきたのだと、脳髄のひと雫まで実感させられた。それも、白椿の妖精の如きと讃えられた、美しくも可憐な娘姫ごと奪われたのだ、と。

 共に出迎えた祭国の重臣たちも、順には最早、僅かな実権も残されてはいないのだと、肺腑の隅々に至るまで悟ざるを得なかった。



 王の執務室に入るや否や、椿姫は舎人や判官に命じて、ありとあらゆる書類を差し出すように命じた。漸く追いついてきた重臣たちは、慌てふためく。兎も角旅のお疲れを癒すために休養と、そして心の潤いの為に宴をと申し出たが、厳しい言葉で少女はそれらを蹴飛ばした。


「そのようなもの、無用です。既にわたくしがこの国の至尊の君です。命じた事を、まず実行して下さい」

「し、しかしですな、女王陛下、私どもは陛下の御為を思えばこそ……」

わたくしの為と思うのであれば、仕事をしやすくする為に急いで動いて下さい。それともわたくしの言葉を素直に聞けない、何か疚しいところがあるとでも言うのですか?」


 このように、勝気な態度で強気な言葉に出る椿姫を、彼らは知らない。

一瞬、びりびりと稲光が落ちて電流が走ったかのように、身体を硬直させていたが、彼女の背後を守るように現れた戰の姿に戦慄し、慌てて動き出す。

 執務室の机から床から、木簡と竹簡の礼で埋め尽くされると、椿姫はご苦労様でした、と花の妖精の如くに麗しく、にっこりと微笑んで扉を閉めた。



 ★★★



 山のように積み上げられた書簡を前に、飢えて食べ物を一気に腹に納める獣のような勢いで目を通す男たちがいた。


 一人は、つうという。

 頬から躰つきから痩せ立ちの骸骨のような陰鬱な印象を受ける男だ。

 この男、元々は九寺院管轄の大府寺、即ち交易などで得た利益の計算から、官僚の給与の計算、そして財貨の価値を定める区所に勤めていた。が、その計算能力の高さ故に、職を剥奪されるという憂き目に遭っていたのだった。

 ただひたすらに、金品の計算が合う合わないを計算する能力のみが高い男は、その正確さ故に、不正を働いている吏士や判官たちに煙たがられ、謂れのない罪を被せられ罷免されたのだった。

 しかし通は、何故自分が職を追われなくてはならないのかが、分からない。彼は、ただ数字の計算をしてそれが正確か否かを調べあげるという、まさに天命というべき仕事に、文字通り実直に従っただけであったと言うのに。

 数字の計算をしていれば幸せだった男が、その職を剥奪されて文字通りに発狂寸前になっていたのを、戰が拾い上げたのだった。


 更にまた一人の男は、るいという。

 通とは逆に、小柄で小太りの、子豚のような親しみ易い印象の男だ。ただ、少々閉口することに、汗を年がら年中かいてふうふうと息を途切れさせているのが、鬱陶しい事この上ない。しかし何故か早くに結婚していた為、女房殿は奴の肉が好きらしいぞ、と陰口を叩かれていた。

 彼は、九寺院管轄の司農寺に勤めていた。国庫に収める米などの穀物や貨幣や金などの管理を行う立場にあり、その書類作成を担っていたのであるが、その文面の照合の的確さにおいて他に追従を許さなかったが為、通と同じく職を追われてしまった。

 類には食べ盛りの子供が8人もおり、このまま黙って職を失ってしまえば、忽ちのうちに一家離散の憂き目にあってしまう。赤子を背中に背負った、猪のような風体の妻に尻を叩かれた類は、ふうふうと息を途切れさせながら、不当解雇に異議を申し立てに司農寺に出頭したのであるが、受け入れられることは当然なく、戰の差し伸べた手を掴んだという訳だった。


 そして最後に、もくという武人。

 この男は、真の父親である兵部尚書・優に元々は仕えていた男と言えばわかり良い。そう、楼国が蒙国の手に落ちた責を、一身に負って職を辞した男だ。

杢にとって敬愛すべき上官とは、あくまでも兵部尚書・優だ。数年前の、那国なこく河国かこくとの戦いの際に見出されて後、誰もが羨む程の手を掛けられて、優の持つ全てを叩き込まれてきた。

 だから、今回、優への忠義心故に二の足を踏んでいたもくであったのだが、優に「お前はまだ若い。見聞を広めるつもりで、ついて行けば良い」と背中を押されて、漸く決心をつけたのだ。

 彼は優の縮小版とも言えるほど、軍備に対して明るい。

 どのような戦においてどれほどの人間と武器を動かすためには、どれだけの金がひつようであるのか、また国家守護の為の防人のえきに掛かる費用、新たに武器用具を新調せねばならぬ時期など、軍役に掛かる事柄の全てが頭の中に染みこませてある。3年前の戦のみでなく、5年前の内戦、いやそれ以前にまで遡り、調べていく。

 それを、長く百人隊長として現場にいた克と共に、平時における防人さきもりにまで目を凝らし、照らし合わせていく。書類の不備や納入物品の差異や用途不明金となりそうなものをみつければ、それこそつうるいが、喜び勇んで計算し照合し尽くしていく。



 兎も角、この男たちの手に掛かれば、ほぼ間違いなく不正を暴くことが出来る。しかも、それを喜々として或いは黙々と、そして実に要領よくこなしていくのであるから、傍から見ていると不気味なことこの上ない。

 椿姫に頼まれて、息抜きの為の白湯と花梨の蜜付けを持ってきた珊が、驚いて飛び退る程だった。

「うわっ!?」

「ああ、珊、有難うございます。おやつですか?」

「あ、真、う、うん、姫様から持ってきて・って、頼まれていたからさぁ」

「態々すいませんでしたね。その辺に、置いておいて下さい」

「珊、此方にお願いできるかしら? 後は、わたくしがやります」

「う、うん……」


 真も、木簡から視線を上げずに、何やら必死で文字を追っている。ぐるりと見回すと、全員が無言で、時ににやにやしながら、或いは粛々と、または小躍りしそうな勢いで、書簡に視線を落としている。切羽詰まった雰囲気でいるのに、楽しげなのが不気味で仕方がない。

 穏やかそうにしているのは、珊が持ってきたおやつを配膳する用意に取り掛かった椿姫くらいなものであるのだが、この状況を彼女も変だと思っていないらしいのが気味が悪い。

「気味悪いよぅ。と言うよりもさ、この様子を素直に受け入れている椿姫様だって、おかしいよぅ」

 何やら背筋が寒くなった珊は、別にそんな事をする必要もないのに、抜き足差し足で彼らの背後にまわり、静かに、そそくさと出て行った。



 這う這うの態で部屋から脱出してきた珊がくりやに戻ると、むわっ……とむせ返る蒸気の熱に当てられた。

「うわっ!?」

「あ、珊? 良かった、ちょうど良い所に帰ってきてくれて。はい、これ」

 しょう姫に投げ渡されたのは、帆前掛ほまえかけだった。

「何? これ」

「何って、前掛よ? ほら、早くそれを着て。これから、お夜食を沢山作らなくちゃいけないの。人手がいくらあっても足りないわ」

「ええ?」

 怪訝そうに眉をしかめながらも、珊は帆前掛を手早く身に付ける。よくよくみれば、蔦までもが姐被りの手拭を髪に巻いて前掛をまとい、臨戦態勢に入っている。

「あれ、主様まで? なんか似合うねえ」

「珊、それは言ってはなりませぬよ」

「ええ? なんでぇ?」

「はい、無駄口はそこまで! これから握飯を沢山握らなくちゃいけないから、みんな、頼むわね」

 ぱんぱんと手を叩いて命令をする小さな少女に向かって手を挙げて、はあい! と珊は元気よく返事を返した。



 炊き上がったばかりの飯は、火の中に手を突っ込むよりも熱い。

「あちちちちっ!」

 手の平をひらひらさせて風にあてないと、熱さで何もできなくなる。何度もその行為を繰り返して、握飯を幾つも作っていない珊に、しょう姫が溜息をついた。

「そんなに苦手?」

「うん……姫様、御免よぅ」

「じゃあ、そっちでゆで卵をつくってくれる? そこにある卵全部ね」

「はいきた!」

 握飯を握り続けるより、ゆで卵を作るほうが余程気楽だ。

珊はほっとして、元気よく竈に飛んでいった。幾ら楽な作業とはいえ、水と卵が沈んだ鍋は相当重い。気を付けながら、鍋を火にかける。薪をくべて、空気を送っていると、卵が沈んだ鍋底がぶつぶつと沸騰しはじめて、ぐらぐらと踊りだした。

「お腹をこわすといけないから、しっかり火を通してね」

「ほいきたぁ!」

 頬や鼻の頭を煤で汚しながら、元気よく返事をして火の番をする珊を、蔦が笑いながら見詰めていた。


 大量の握飯とゆで卵とが、ようやく出来上がった。

 厨は、蒸気風呂かと見紛う熱気の只中にある。ふうふうと汗を拭いながら、珊は深鉢にゆで卵を入れていく。

「有難う、珊、手伝ってくれて。一緒に持っていきましょう」

「あいよ、姫様、あ、重いから、あたいが沢山持つよぅ」

「うん、有難う」

 素直に頷いて、しょう姫が大皿に盛られた方の握飯を珊に差し出してきた。お盆を下げて、しょう姫が皿を置きやすいようにしてやる。改めて、取分け用の小皿をのせたお盆を、しょう姫も手にする。

 二人で仲良く並んで執務室に向かうその背中を、蔦が姐被りの手拭を取り去りながら、やはり微笑んで見送っていた。



 執務室に入ると、まだ湯気の登る握飯の匂いに、皆一斉に視線を上げた。

 たじたじとなりながら、必死で盆を支える珊の横で、しょう姫が手際よく取分け用の小皿に握飯とゆで卵をのせて、回し出す。

「握飯もゆで卵も、最初は一人二つね」

 言いながら、しょう姫が真に小皿を差し出した。

 有難うございます、と笑いながら、真は木簡を置いて小皿を手にとった。

 実は、真はゆで卵が好物だった。真っ先にゆで卵を両手にとると、当然のように、ごんごんと額に卵を打ちつけはじめた。


「うえ!?」

 握飯とゆで卵を配りながら、珊は思わず叫び声をあげ、目を剥いた。

 普通、机や皿の横に当てて、殻にひびを入れるものじゃないの? なんで頭なのさ? と、驚く珊を尻目に、もうひとつの卵も、ごんごんと額に打ち付けてひびを入れている。呆気に取られている珊の目の前で、ヒビが入った卵の殻を、かぱっと綺麗に一息に剥くと、真はほぼ一口で、つるりとしたゆで卵を口の中に放り込んだ。


「うええ!?」

 驚く珊の前で、真は栗鼠のように膨らんだ頬をもぐもぐと数回動かすと、一気に飲み下した。大きく喉仏が上下する。

 よく喉に詰まらないよ、と感心している珊の前で、真はもう片方も同様に胃袋に納めてしまう。すかさずしょう姫が横合いから白湯を満たした器を差し出してきた。目を細めて微笑んで、有難うございます、と礼を言いつつ器を受け取とる。

 喉を潤した真は、ふぅ~・と長く息を吐き出して、人心地ついた事を様子をみせてから、ゆっくりと握飯を頬張りだした。その横から、器を受け取りながらしょう姫が顔を覗き込んでくる。


「我が君、ゆで卵、美味しかった?」

「はい、美味しかったですよ」

「良かった。今日のゆで卵はね、珊が作ってくれたのよ」

「そうですか、有難うございます、珊」

「あ、う、うん、いいよぅ、そんなの別に」

 遠くから頭を軽く下げてくる真に、慌てて珊は、両手を振った。

 笑いながら、真がしょう姫の細い手首をとった。


「それでは、この握飯は、姫がつくってくれたのですね」

「……うん」

 小さく、はにかんで答えるしょう姫の小さな手の平は、爛れるように真っ赤に染まってぽんぽんに腫れ上がっている。それを見て、珊は、はっとなる。

「痛いでしょう? ちゃんと冷やして下さいね」

「うん、有難う、我が君、ちゃんと後で冷やすね」


 真は何も言わず、しょう姫の手の平に竹簡の礼を握らせた。竹の冷ややかさで、少しでも熱が拭えればと思ったのだろう。しょう姫も、素直に手に竹の礼を握っており、後から従ってきていた女官たちが微笑ましそうな笑顔を浮かべている。


 敵わないなあ、と珊は肩をすくめた。



 ★★★



 祭国に到着してからの数日間。

 彼らの忙しさは、文字通りに、天と地とが、朝と夜とが、入れ替わる程だった。


 何しろ、予想以上に祭国の国庫が逼迫している――

 と言うよりも、空に近い状態であると判明したからだった。


 特別に狡い輩がいたわけでも、格別に悪党が居たわけもない。

 ただ、国王・順が己に甘いがゆえに、「この程度良かろうぞ」と金に頓着せずに使い続けていた為に、皆も、「この位ならばばれないであろう、この程度であれば役得しても構わないであろう、誰もが皆懐を温めているのだから」と僅か僅かに重ねてきた不正が、積もり積もって此処で大噴出したという訳だ。


 つうるいに全容の報告を受けて、椿姫は自国の状態に呆然自失となった。

 つい先ごろに、米が租税として納められた筈であるのに、これは一体とういう事なの? 春になれば小麦が税として納められるとはいえ、その間を、心許無く過ごさねばならないというの?

 聞けば、兄である覺王子が身罷ってより以後、国庫が心許無く折には隣国の露国に頼っていたのだという。今現在、借用金らしきものはなさげではあるが、それにしてもこの為体ていたらくは、誰をどう責めれば良いのかすら、わからない。


 取り敢えず、どうしたら良いのかと小さくなりながら、戰と真に相談を持ちかける。

 郡王として戰が派遣されているとはいえ、内政の多くを司るのはやはり新たに女王となった自分でなくては、祭国の民が納得してはくれないだろう。

 何よりも、多くを禍国に頼りすぎては、後々、兄の承衣の君と御子を探し出せた時に、『祭国でなくなった祭国』を譲り渡すことになってしまう。

 それは何としても避けたい。

 しかし、これはあまりと言えば余りにも酷い。


「『ざる』どころか、『木枠』のみと言ってよろしいでしょうね。いやその木枠も壊れておりますが」

 流石の真も此処までとは思っていなかった為、つい本音を漏らしてしまい、それを受けて椿姫は益々小さくなった。

 此れでは、何か不測の事あらば、即刻立ち行かなくなる。

 何よりも、これから冬が到来するのだ。雪が余り積もらず寒さのみが厳しい祭国であるが、数年に一度大雪に見舞われ、大寒波に襲われる。祭国において、寒波による春小麦の収穫減からくる餓えは、最大の恐怖だ。

 税の蓄えはそのまま、国民の安寧に直結する。このまま、蓄えなくしてのんびりと構えている訳にはいかないのだ。

 歴代々の宝物品は無事だったが、いざとなればそれをこがねかえて、国を救う為に使わねばならないかもしれない。


 焦りを見せる椿に対して、真はのんびりと返した。先程の言葉は言い過ぎだった、と珍しく反省しているようで、長い前髪をかきあげつつ眉毛を下げる。

「椿姫様、そのように焦りをおもてに出されては行けませんよ」

「でも」

「戰様をご覧なさい。このような場合は、あの方のように、でん、と大らかに構えて居られた方が、何かとやり良いのです」


 真にそう言われて、椿姫はやっと笑顔をみせた。

 確かに、戰はこの事態にも大きくのんびりと構えている。他国の事だから関係ないとしているのではない。

 むしろ、逆だ。

 だが、禍国より派遣されてきた実質支配者に近い自分が、心乱して慌てた様子を見せれば、王城内に仕える者たちは、忽ちの内に恐慌狂乱状態に陥るだろう。


 だが、戰はどうしてか、確証もないのに、自然と思えてしまうのだ。

 何とかなる筈だ、皆で考えれば、必ず。


 その出処のはっきりとしない、だが奇妙な迄の大きな自信に支えられているからこそ、戰は笑顔でいられる。

 戰の、彼の気持ちが今はよく理解できる椿姫は、微かに頬を赤くしながら、真に言われたように大らかに朗らかに、気持ちを整えようと務められたのだった。



 ★★★



 皆で寄り集まり、会議らしきものを開く。

 しかし、机もなしに床に絨毯を敷いた上に、書類を広げ、皆でそれを取り囲むように胡座をかいたり正座をしたりしながら、わいわいと話し合う様子は、重臣会議というよりも近所の若者たちの悪巧み会に、見た目に近い。


 開口一番は、女王として椿姫がとった。

「考えてみたのですが、やはり、不正を行った王侯貴族たちから、今回限りという形で重税をかけては、と思うのですが如何でしょう?」

 戰が、真を振り返る。彼も同様に考えていたらしいが、敢えてそれを口にしなかったのは、弁の立つ真にその考えの急所を突かせる為だった。

 心得ている真が、椿姫の真正面に膝を正して座った。


「確かに、良い手立てではあります。が、惜しいですね、半分正解と申しましょうか。確かに一時、国庫は潤いますが、同時に陛下は彼らからの忠誠心を失います。天秤にかけるようなものではありませんが、此処は堪えられるべきでしょう」

「どうして? 今はそのような事を言っている場合ではないでしょう?」

「この様な時だからです。今は宜しい。自ら率先して悪事を働いていた癖に、いけしゃあしゃあと、これは未曾有の一大事、祖国の為に協力しあわねば・と、気持ちが高ぶっておられますからね。けれど、この情熱が失われた瞬間、陛下は呪いの対象となられますよ」

「――え?」


「半分正解と申しましたのは、彼らとてこの国の惨状に手を尽くさねばとは思っている。しかし、出来るなら己の腹を減らしたくはないのです。寒さを通り過ぎた折に人間が思い出すのは、あの時に辛くても我慢せよと外套を剥ぎ取られた瞬間のみ。その行いで皆がどのように助かったかなど、関係はありません。己の身を切った苦しみのを鮮明に思い出す。人間とはそういうものです」

「でも、でも、そうでもしなければ新たに国庫を潤うすなんて方法は」

「はい、ですから半分は正解です。彼らも言い逃れが叶わぬものに、税をかければ宜しいのですよ」

「――え?」


 戸惑う椿に、真はにっこりと笑いかけた。



 ★★★



 翌日、女王の名のもとに、宣下が下された。

 それは、王侯貴族が申し出もなく開墾してきた私有地に対し、三年遡ってこがねによる税をかけるというものであった。物品ではなく金で収めるようにとしたのは、物品となれば新たに領民が取立てられる恐れがあるからだ。金と限定しておけば、懐深くに隠してきた私財を取り出すほかはない。

 そもそも、私有地を持つためには国に申し出て了解を得、その上で二年間に渡り重徴税を納めて、私有を認めると祭国では定められていた。兄皇子・覺が身罷って以後、彼らはその重徴税どころか開墾をすら申し出ていなかったが為、税金そのものを支払った事がなかった。

 順が無能であったのを良いことに、彼らはそれらをほぼ守らずに、この数十年を過ごしてきたため、相当私腹を肥やしてきたことになる。


 何故、一番古い開拓時期から遡って税を取らぬのかと尋ねる椿に、真は笑った。

「そんな事をしようとしても、彼らはどうせ上手く誤魔化して此処数年の事として申し出て処理させようとするに決まっております。その真偽を確かめる手間を今、此方も持てませんからね。三年と区切ってしまえば「それくらいなら」と彼らも諦めがつくというものです」

「そう……」


「税を収めた者には、その私有地を国にどれだけ差し出すかを自ら選ばせて下さい。元々は国の土地を勝手に己ものを宣言した罪がありますから、ある程度は相応に差し出してきます」

「全てを召し上げるとか、せめて何割と、定めてしまわなくてよいの?」

「いけません。それでは女王陛下が、本当に彼らの征服者となってしまわれます。今のこの状況でそれは得策ではありません」

「でも、それでは……」


「人間、自分で選んだ道は、ある程度仕方ないと受け入れる事が叶いますが、上から居丈高にああしろこうしろと命じられ過ぎると、不思議と腹に据え兼ねるものです」

「そうのような、ものなのでしょうか?」

「ええ恐らく、あのような種類の方々にとっては。ですがまあ、大丈夫ですよ。椿姫様におかれましては、郡王陛下が何故此方にいらしたのか、良くご存知の筈、貴方がたの忠義を信じておりますよ、と微笑んで下さっておられれば宜しいのです」

「そんな?」

「後は、彼方が勝手に勘違いして下さいますよ」

 真はふあ、とあくびをしながら椿姫に答えたのだった。



 言葉汚く、と言うか、飾らず気取らず直裁に言ってしまえば、新国王への忠義心、その差し出した土地で推し量る故、皆励め、と言っているのだ。

 無断開墾した土地には、当然、郡王として派遣された戰が直接支配する地も含まれている。郡王・戰に睨まれるという事は、宗主国である禍国に睨まられるという事だ。そうなる前に、とっとと手放せ、と暗に脅しをかけた訳だ。

 しかし、言い渡される言葉が、まだ少女の年齢の麗しい乙女の必死の笑顔から発せられるのだ。なれば、遅れをとって覚えを薄くする前にと一歩でも早く、と必ず差し出す物は現れる。一人現れれば、我も我もと動くのが、人間の心理というものだ。そうなれば雪だるまが肥太りながら山の斜面を転がるように、競って雪崩を打つのは目に見えている。

 半信半疑であった椿姫であったが、宣言を下したその場で、皆が即座に申し出てきたのを見て、真の言葉の正しさを実感したのだった。


 そしてもう一つ。

 重大な宣下が、同時に下された。


 それは、新女王自らが、領国内を行幸みゆきするというものであった。



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