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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
三ノ戦 皇帝崩御

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2 目指す先

2 目指す先



 一行は、静かに離宮へと入宮を果たした。

 主人あるじの為に、遂に使われる事のなかった離宮である。

 ここは、戰の母・麗美人の為にと、ただ彼女への思いを込めて皇帝・景により造られた離宮なのだ。それだけの事はあり、小さくはあるがすっきりと趣味の良い宮であった。

 息子である戰が一応形式上、引き継いではいるが、彼は此処に住まいを移す事は結局なかった。無論のこと、義母として彼をの保護後見役に立ってくれた蓮才人と義理妹のしょう姫を守る為だ。そして何よりも此処には、母の霊廟がなかったという事も、大きな理由の一つであった。



 日が西の彼方に落ち、宵闇が静かにその帳を下ろしてきた。

本来であれば、此処で、また別れの盃を捧げに来る者との最後の晩餐の宴となる。


 であるが、それは戰が笑ってやめさせた。

 己の元々の身分不相応であるとして、別離盃は不要としたいと天に申し出たのだ。実際のところ、彼も殆ど見ず知らずの者と別れの盃など交わしたくはない。

出来るならこの出立の喜びを、まこと心許せる者同士だけの集いにしたかった。

 蓮才人と宰相・優のみを招いて、小さな宴の席を設けたのは、そんな戰の気持ちの表れだった。


 これに心救われたのが、意外にも皇太子・天や兄皇子・乱ではなく、刑部、戸部、吏部の各尚書の各面々だ。


 実際に、戰の立場をみれば、大っぴらに彼の元に馳せ参じるのは、真の父親である優を筆頭とした兵部省の面々位のものとなるだろう。

刑部、戸部、吏部の各尚書は、先頃それぞれ戰の側に立つと意を見せたとしても、 ここは表意はしたくない。

 彼らとて、流れには乗りたいのだ。

 いざという時の為に、皇太子や乱皇子に乗り換える事のできる余裕は持っておきたいのだ。

 より大きな権力を握るもの方へ、擦り寄りたい。

 はっきりとするまでは、いずれの味方とも取れる態度に。

 それが彼らの、偽らざる本心であり本音だった。



  ★★★



 宴は楽しく進んだ。

 蔦の一座の奏でる曲は異国情緒に溢れていながら何処か可笑しみと滑稽さを含んでおり、曲の流れにのって細身の身体をひらりひらりと舞わせる珊の舞は、見事だった。男物の胡服を纏って男装している珊の、はち切れんばかりの魅力が爆発し、人々の笑顔を引き出していた。


 楽しいばかりの時間は、何故かあっという間に過ぎ去るものだ。

 夜半の一刻前あたりで、宴は漸く、お開きとなった。

 明日から本格的な長旅となるのであるから、気を使って当然ではあるのだが、蓮才人は実に名残惜しそうに、疲れて寝入ってしまい、夫である真の腕に抱き上げられた愛娘の小さな手の平を握り、胸に寄せて抱きしめた。


「婿殿、どうか私の可愛い娘を宜しくお願い致します」

 そう言いつつ、娘の豊かな前髪をかきわけて、額に頬にと唇を寄せる。

どれほど母の愛情を示しても、足りないのだろう。

 例え娘を助ける為とはいえ、真に嫁ぐ事を許したのは、彼の人物を見込んだ戰の推薦である以上に、まだ、会いに行ける位置に娘が居ると思えばこそだった。

 このような、まだあどけなさの残る幼気いたいけな童女を、遠く祭国にいかせねばならないとは。

 真という娘婿と、戰という義理息子の存在が、彼女を慰める要因としてあるとしても、簡単に割り切れる程、娘を持つ母親というのは、物分りが良くないのだ。


「お任せ下さい、と言うには、私は武術に対して明るくはないので、確約できないのが情けないのですが」

「良いのです、そのような事、最初から婿殿に微塵も期待しておりませんから」

 あっさりと切り返されて、流石に真も苦笑いするしかない。

「けれど、婿殿のところに嫁いでから、しょうは本当に変わりました」

 蓮才人はまだ、しょう姫の前髪を弄っては撫でている。


 王宮をに居た頃、しょう姫も、姫らしく可愛らしくはあった。が、それは何処かで『可愛い王女様』を演じているのだと、母親である蓮才人は見抜いていた。

 持って生まれた宿星が『伴侶となったどのような男の運気をも一蹴し、反転させ転落させる』という、所謂『男殺し』の相であったが為、幼い頃より奇異な視線を向けられて育っていたしょう姫だった。

 それが歪みに発展しても可笑しくはない。

 どうせ真面に嫁ぐことはできまい、お可哀相な姫君様だと事ある毎に指さされれば、母親である蓮才人が悲しむと幼心にも気が付くもの。しょう姫は「可哀相なんかじゃないもん」と、殊更に明るく振る舞い、そして我儘をしてみせた。そのような宿星に産んだ母親が悪いのではなく、我儘王女である自分が悪いのだと、余人に思わせたかったのかもしれない。

 だが、余計に娘の作り笑いの多さが、蓮才人の胸を深く抉っていたのだった。


 しかし、真の元に嫁いで初めての里帰りした折に、蓮才人は驚いた。

 娘がこのように、心底から明るく笑うところを見た事がなかった。

 しかも、今まで途中で放り出していた、王女として身に付けなければならない様々な作法や教養も、その立ち振る舞いからきちんと椿姫から習っている様子を伺わせた。それでいて、子供らしく、転げまわるようにくるくると快活に動き回るし、そこに嫌味も暗さもまるでない。


 夫である真を、自然に『我が君』と慕っている。

あんな事があったのよ、こんな事もあるのよ、我が君はそんな風に言うのよ――と、時間が足りないとばかりに、喋り詰めに語り続ける。


 きらきらした娘の表情をみて、蓮才人は悟った。

 ああ、娘は哀れみや同情心などからではなく、本当に大切にされているのだ。

 『男殺し』の宿星を持つ王女として、腫れ物を扱うように相手をされているのでも、同情や憐憫から構われているのではないのだ。

 真っ向から、『しょう姫』という一人の娘として扱って貰えているのだ。

だから、見る者の心を捉えて離さない、豊かな心を持った少女となって、娘は戻ってきたのだ、と。


「本当に、此処まで娘に良くして下さって。母として、歓喜に耐えません。婿殿、どうかこのまま、わたくしの可愛いしょうを大切にしてやって下さいませ」

「はい」

 別れ際に、もう一度、蓮才人はしょう姫のふくよかな頬に唇を寄せた。

そして、愛用の香の香りをたっぷりと染み込ませた手巾を、そっと娘の手に握らせたのだった。



 幼い妻を抱えて寝室に連れて行き、女官たちに着替えを頼んで出てくると、父・優が壁に背中を押し付けて腕組みをし、でん・と待ち構えていた。

「うわあ!?」

「喧しいわ、姫君様が起きてしまわれるだろうが、静かにせんか」

「はあ……と、言うよりも、如何されましたか? まだお帰りになられないとは」

「それが父親に向かって吐く言葉か」

 憮然としている優に、はあ、と真は頭をかく。

こうが喜んでおったぞ」

「はあ」

「それだけを伝えにきた」


 父は息子である真の前でさえ、未だに母を『好』と呼ぶ時がある。

 正室の妙夫人の事は『お前』だの『おい』だの『こら』だの、下手をすると言葉すらかけずに『顎をしゃくる』事で済ませるというのに、母は違う。それだけ、母を『女』とみなして愛しているのだろうが、いい大人の息子の前で過剰な愛情表現をされてもなあ、というのが真の本心だ。

 だがまあ、夫婦仲が良いのは良きことか、と最近は思い始めている。20年以上も連れ添いながら、未だに新婚の頃の想いを残して母を愛してくれているのだ。息子としては、感謝すべきなのだろう。


 ふん・と踵を返した父・優の背中に、これまでにない気概に溢れているように、真は思われた。

 祭国にどれほどの間、戰が留まる事になるか、まだ明瞭とした答えはない。

 が、恐らくは皇帝・景が薨る迄である筈だ。

 その間、この禍国においての戰の地盤を磐石にせねばならぬという目的が、父をあのように強くしている。

 そしてそれを支える役目を担っているのは、正室である妙夫人ではなく、母・好だ。それである以上、母はきっと、立場がどうであれ、幸せなのだと思いたい。


「父上」

「なんだ」

「母上を、宜しくお願い致します」

 深く腰を折って礼儀を尽くす息子を、腹下しにでもあったかのような奇妙な視線を向けながら、優は、ふん・と鼻息を荒くした。

「生意気をぬかすな。こうは誰がなんと言おうが、私のさいだ。妻を大切に愛するのは夫たるもの、当然だろうが」

「ですか」

 姿勢を戻した真は、脳天に鉄拳を喰らったかのような顔つきで、ぼりぼりと項をかきあげた。



 ★★★



 宴が引けて部屋に戻り、ついてきていた女官たちにも休むようにと命じて、椿姫は下がらせた。と、もじもじと珊が擦り寄ってきた。

「どうしたの?」

「ん? あの、あのさ、ちょっと、ちょっとだけでいいからさぁ、姫様のお傍から離れてもいい?」

「良いけど……どうして?」

「うん、ちょっと」


 今日、久しぶりに真に会う事ができて嬉しかった珊だったが、宴の間に、ふと見せる表情が気になっていたのだ。

 軽業女かるわざめの技を披露している間も、楽しそうに見えて、その実頭の中では、何か別の考え事がぐるぐると蠢き回っているような。

 気になる何かに心の中を、漫ろ乱されている。

「そんな感じだったから、気になって」

「そう……」

「大丈夫だよぅ。誰にも迷惑はかけないからさ」


 椿姫が気にしているのは、真の妻であるしょう姫の存在だと、珊にも察しがつく。

しかし、真に想いを寄せてはいても、それはそれこれはこれで、別段彼の家庭に波風をたてようなとどは、珊は露ほども思っていない。と言うよりも、小さな奥方であるしょう姫を、珊はいたく好ましく思っていたのだ。


 小さな身体をいっぱいに使って、くるくると元気よく動きまわる様子は、まるで仔栗鼠こりすのようだと思った。何よりも、感情を隠そうとしないのが、いい。

 真の事が大好きで、真の為に何でも一生懸命こなそうとしているのが、何より良く分かるのが、可愛くて堪らない。できれば、『可愛いよう!』と叫んで、ぎゅう! と抱きしめて、頬ずりをしてあげたいと思っている。一途に何かや人を想う事ができる子が、珊は好きだ。だから、このしょう姫という童女の事も、見て一発で好きになった。


「一生懸命で、可愛い子なんだよぅ。お友達になりたいよぅ」

 素直な気持ちを飾らず蔦に話したら、一座の主人あるじはころころと鈴の音のような声で笑った。

「貴女には、敵いませぬなあ」

 強大な帝国の、仮にも王女を捕まえて、近所のわらわが可愛かったから妹分にしたいな、と告白しているような気軽さだったからだ。

しかし蔦は、この珊の惚れっぽさというか、人の良い所を見抜いてだれかれ構わず好きになる性質は悪い事ではないと思っている。それこそが、彼女の魅力だとも思っている。しかし、戰の味方が増えるにつれ、それが負の方向に働きはしないかと危惧もしていた。



 話がそれた。

 真と、真を想い合う妹分と勝手に思い定めているしょう姫の為にも、なにか憂いがあるのなら、取り除いてやりたい。珊は純粋に、それだけを望んでいた。

 彼女の必死な様子に、椿姫は頷いた。

「分かったわ」

「有難う、姫様、流石だよぅ!」

 与えた許しに何度も大袈裟に礼を言って、珊は姿を消した。



 ★★★



 探し回り出してすぐ、真の姿は見つかった。

 大体、彼の考えている事は、分かるようになってきているつもりだった。

 玉砂利の枯山水の庭に、ざくざくと木の枝を突き刺しながら、何やらぶつぶつ呟いている。

 妙なもので、本好きなのだからひどく几帳面なのだろうと思われがちなのだが、真はこれで結構、いや相当に散らかし屋なのだった。もっと言えば、ぴしりと整った物を見ると、敢えて乱したくなる性質なのだ。

 だからこそ、このように口が悪くなったのかもしれない。


「真!」

 大きく手を振って声をかけると、ふい、と真が視線を上げた。眸が弓なりに、優しくなる。こういう時の真の表情が、珊は特に好きだった。

「どうしましたか?」

「うん、何かさ、真が悩んでるみたいだったから、気になってさあ」

 よっこらせ、と言いながら珊は真の隣に腰を下ろす。う~ん、と唸りながら、真は頭をぼりぼりと引っ掻き回した。折角整えてもらったしょう姫自慢の髪が、元の木阿弥になっている。これは明日の朝、再び一大激闘が二人の間に生じるに違いない。


 さて、珊に顔を覗き込まれて、真は腕を組んで座り直した。

「ばれていましたか?」

「うん」

 実は、宴の最中にも、集中していない事を度々、しょう姫に視線で訴えかけられてきた。しょう姫が何も言わなかったのは、声をかけて欲しくない事なのだろうと、思いやってくれていたのだと気が付いている。

 姫にそんな気を使わせておいて、珊にまでもですか。情けないですね。組んだ腕の中に、顎を納めて仏頂面をする真に、珊は笑顔で話し続ける。


「何をそんなに、考え込む事があるのさ?」

「ええ、その……」

「何? 祭国に行ってからの事?」

「まあ、そんな感じです」


 実の所、真にはさっぱり見えてこないのだ。

 戰が祭国の郡王になった。

 それは良い。

いよいよ王として、曲がりなりにもその道を歩み出すのだと思うだけで、自分のような頼りない者でも、血が沸き立つのを感じる。

 しかし、その道の目指すべき行先どころか道程すら、見えてこないのだ。


 戰という人物の不思議なところに、全く『欲』を感じさせない。

 その為に逆に、彼が欲する世界が見渡せないのだ。

 恐らくは、戰自身も、それは自覚している事だろう。

 自分の目指す国作りとは、いや、目指すべき国とは、一体何であろうかと。


 突発的に、文字通りに偶然降って沸いた、祭国郡王という地位である。

そして、戰にその自覚も覚悟も、此れまで全く出来上がっていなかった事を差し引いたとしてもだ。

 戰も真も、戰こそが、いや、戰でなくてはうち立てる事ができない『国』というものが、明確に思い描けないでいた。


 なにも、確実な立体像でなくてもよいのだ。

 朧げな、輪郭であって良い、戰こそが成しうる『国』を、見つけたい。

 しかし、見つからない。

 もどかしさを抱えたまま、祭国に向かわねばならない。

 悔しくて、情けなく、不甲斐なさしかない。

 

「難しいのです、なかなか」

「ふ~ん」

 真の癖を真似てか、珊もぽりぽりと髪を引っ掻いた。

「でもさあ、あたい、皇子様も姫様も、頑張っていると思うよ? あんな風に思って貰える国に住めたら、素敵だなあって思うよ? あたいも一緒に、皇子様や姫様と頑張りたいって思うよ?」

「そうですか?」

「うんそうだよぅ。祭国の人たちって、幸せだよ。あたいも祭国の人間に、なれるもんならなりたいくらいだもん」

「そうですか? そんな風に思って貰えているのなら、嬉しいですが」

「うん、あたいたちはさぁ、色々な国をまわってきたけど、正直、お姫様や皇子様みたいなお偉い人っていうの? 見た事ないもん」

「え?」



 ★★★

 


「だからさ、あっちこっちの国に行って、色んな王室の偉い人ってのを見てきたけど、皇子様たちみたいな人なんて、知らないんだよぅ。キーキー叫んで占いする、がりがり痩せた見た目の悪い巫女様だったり、野太い声でなんか唱えてる、如何にも悪巧みしてる怪しいおっさんだったり、厭らしい目で損得勘定する爺さんだったりでさ」

「はあ」

 珊の表現は開けっぴろげなだけに、容赦がない。思わず、真は吹き出した。


「でもさ、そんな色んな王様や巫女様がいたってさ、あの人たちの言う『民』の生活てのは、基本的に何処の国も、全然変わらないんだよねぇ。お偉い人がどんな偉そうな事を言ってもさ、蓋開けたら一緒なんだよ」

「そうですか」

 何となく、珊の言わんとする事は分かる。庶民の生活などは、その様式が違うだけで、大国であろうが弱小国であろうが、実質的には大差ない。

それは彼女が見て感じた通りに、事実だろう。


「うん。だいだいさ、その王様とか皇帝様とか巫女様とかがさ、また言う事一緒なんだよ。大変だとか苦しいんだとか、こんなに一生懸命になのにわかってもらえない、貴女たちは気楽でいいわねとかさ。そんなの、言われたってぴんとこないって言うんだよぅ」

「え?」

「何ていうのかな? 何かって言うと『民』の為にとか言う割にはさ、租税は多いし防人のえきはあるし、それを真面に納める為にさ、子供売ったり爺婆捨てたりしてまでしてるのに、何をそんなに苦労してるのさ? お金溜め込んで綺麗な服きて、美人な娘を侍らせてあっちこっちに子供つくって、美味しものをたら腹食べるのが苦労?」

「はあ」

「そんな王様や巫女様の生活の為に、死に物狂いで苦労してるのは、その民の方だよ? それなのに、お偉い人たちは何かって言うと『民の為~民のためぇ~』。自分たちは民の幸せの為に、犠牲になってござい・って面付きだろ? 本当に? おかしいでしょその考え方、って思っちゃうんだよ」

「うん……なる程……」

「本当に民の事を真面目に考えていてくれるんなら、ボロボロになるまで租税を搾り取ったり、一番畑仕事にでられる男たちを防人の兵役につけたり、何で出来るの? 苦しがってるの、知ってる癖に平気で出来るなんて、それが政治だとか言われたってさ、そんなの頭狂ってるとしか思えないよ」

「……」

 珊の言葉は的を得過ぎているが故に、辛辣だ。真は言葉を無くすしかない。


「戦争で国が負けたら皆殺しにあったりするし、戦争がなくても下手に天災でもありゃ飢えて死ぬし。そういう心配をなくしてくれるんなら、別にそれが巫女様だろうと王様だろうと皇帝陛下だろうと、誰だって構わないんだよね」

「誰だって……構わない?」

 真は、珊の言葉に、はっとなった。


 誰だって、構わない。

 皆、為政者が誰であるのか、見ていない……?

 見ているのは、では、一体何処の誰だ?

 見たいと願うのは、誰だ?


「そう。偉そうにふんぞり返ったり、こんなにもしてやってるのにとか押し付けがましくされたり、どうして自分だけ犠牲にならなきゃいけないのとか勝手に涙目になられたりしたってさあ、だから何? としか、思えないよ。そんなに嫌なら、王様やめなよ、巫女様なんて放り出しなよ、自分も民になって、租税を納めて戦争の真っ先で槍もって戦えば? って言いたいよ」

「……」

「それに大体さ、あたいたちみたいな根無し草な生活してても、生きてるじゃないさ? それなのに、どうして王様とかが必要になるの? 王様や巫女様を敬わなくちゃ生きてちゃいけないなら、あたいたちは死人? そんなの可笑しいよぅ」


 けらけらと珊は笑う。が、真は笑えない。

 自分も人間扱いされずに育ってきてはいるが、蔦や珊たちは、自分などの比ではないだろう。

 芸能を司る者、彼らのような流浪の民は、この世にあってこの世にあらざる、不浄な生業を成して生きるやからなのだ。自分は財産扱いだが、彼らは『不浄物』としてみなされ、物以下の扱いを受けても文句は言えない国柄もある。


 だが、彼らも自分も、確かに人間だ。そして逞しく生き抜いている。

 そうだ、王や巫女などなくとも、人は生きてゆける。

 それなのに、何故、人は、その集団の頂きに立ち登り、冠を抱く人物を欲するのか?


 何かが、心の中で弾けたように感じた。

 まだ霞の向こうの、光明にすらなっていなさそうな小さなものであったが、真には充分だった。


「有難うございます、珊。貴女と話せて良かった」

「そ? なら、良かったよぅ」

「はい」

 真の屈託のない笑い声に、珊も満足気な笑顔で頷いた。




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