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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
三ノ戦 皇帝崩御

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1 母子(おやこ)  

1 母子おやこ


 とうとうと言うべきなのか、やっとと言うべきであるのか。

 出立当日がやってきた。

 幸いにして、秋の快晴。絶好の日和である。

 

 しかし何と言おうか。

 正直、しょう姫よりも真の荷物の方が格段に多いのは、どうしたことか。元来、女性の方が無駄な荷物が多いものと相場は決まっているのであるが、この夫婦の場合は完全に逆転していた。

 徐々に祭国に運び出していた筈なのに、この本の量はどういう事なの? と、手伝いながらしょう姫が疑いの目を夫である真に向ける。が、真はにこにこする事で誤魔化す事ができた……つもりのようだったが、逆にそれで、ばれてしまった。

 とどのつまり、隙間が空いたので、再び買い集めていたという事実が明るみに出てしまった訳だ。山積みにした本や木簡竹簡で、荷車を何台も埋めるに至り、腕組をした真はう~んと唸った。


「いや、すごいですね。この狭い部屋に、一体どうやって詰め込まれていたものなのでしょうか?」

「我が君、変な感心していないの」

「いやでも、姫、本当に凄いと思わないですか? これはもう、一種一つの奇跡と言っても過言ではありませんよ、う~ん、素晴らしい」

「はいはい、我が君、何か言う事は?」

「はい、調子に乗ってしまいました。申し訳ないです、すいません、謝ります、御免なさい、許して下さい」

「最初から、そう言えばよろしいの。でも、我が君」

「何ですか?」

「もうしません、は?」

「言いませんよ。そんな、確約出来るはずもない事を誓って、自らの首を絞めるような馬鹿ではないですよ、私は」

「もう、威張らないの。仕方ないんだから」

「そうですか? こんなに扱いやすくて可愛げのある良い夫は、この世の何処を探しても居ないと思いますよ?」

「はいはい」


 12歳も年下の妻に呆れられ、適当過ぎるほど適当にあしらわれながらも、真はそれでも自分の蔵書量に、感動を覚えずにはいられない。

 書庫は本を守るために採光用の窓はなく、風通りを良くする為の小さな小窓しかなかったというのに、本棚があったところとそうでないところの日焼けの差がくっきりと残っているのだ。しかも、年々増えていった事を示すように、年代の古い箇所程、色が白い。


「もうこうなると、年輪ですね」

「我が君、何をそんなわくわくしているの?」

 手の平で床板をなぞりながら、真が嬉しそうに言う。

 幼い妻の方は、やっと空になった部屋を少しでも小奇麗にしようと、小さな身体を仔栗鼠こりすのようにくるくると忙しく動かしているというのに、夫の方は至って呑気なものだ。

「いや、だって面白いじゃないですか」

「後で沢山、思う存分、面白がって。今はお片付けのお時間よ、我が君」

 言うなり投げつけられた手拭を、おっと、と言いながら真は受け取った。



 何だかんだと言い合いつつ、結局のところ時間が足りず、埃だけを集め取るくらいの、いい加減な掃除を終える。

 大体掃除どころか本の運搬作業も、出立当日にやる事ではない。実は真が、最後まで書庫に、でん、と居座っていた為に出来なかったのだ。


 しかし、ちょっとだけれど、しょう姫は、そんな真の気持ちが分かるような気がしていた。

 祭国に向かったら、今度はいつ此処に戻ってこられるかわからない。

 真が居なくなれば、真の母親は今度こそ独りきりになる。いくら父親が愛してくれていようと、川面に浮かんだ浮草のような不安な立場は変わりない。そして、息子がいるからこそ耐える事ができた、此れまでとは違う。

 それはどうしようもなく、言葉では言い表せない感情だろう。

 だから、真は此処に、残しておきたかったのだと思った。


 本棚の日焼けの跡。

 蔵書の為にろくろく掃除ができず、くっきりとこびり着いた汚れ。

 少し黴臭い、鄙びた木や竹の礼の匂い。

 そして明らかに、其処に彼がずっと座り続けていたのだという、床の軋み。


 これら全ては、彼が確かに此処に居たのだという、あかしだ。

 自分が居なくなり、母親がその寂しさや悲しみに耐えかねても、此処に来たら少しは、本に埋もれてあれやこれやとのんびり思案を巡らせていた息子を、感じとってもらえるかも知れない。

 真にとって、唯一の家族である母親に、その存在を残していけるといえば、この書庫だけだから。だから真は、逆に跡を拭い取らせない為に、掃除をさせたくなかったのだと、しょう姫は思っていた。それに、これからしようとしているちょっとした計画を思えば、その方が都合が良いようにも思われた。


「行きましょうか、姫」

「まって。まだ」

 ちょいちょいと、手で懐を指し示すしょう姫に、真は、ああ……と微笑んだ。自分で言い出しておきながら、忘れていたらしい。

「すいませんね、姫。お願いします」

頭をぼりぼりとかく真に、仕方ないの、と踏ん反りかえってしょう姫が偉そうに胸を張った。そして、どちらからともなく、くすくすと笑い合う。


 共に外に出ると、二人は手水をとりあい、手を清めあった。そしてしょう姫が、自らの懐に手を入れる。

 出てきた小さな手には、彼女の手の平にすっぽりと収まる位の大きさの、朱色の縁飾りを施した菓子器、懐紙に包まれた包とがそれぞれ握られていた。

 それらを手にして部屋の真ん中に行くと、菓子器の上に包を静かに恭しく敬意を込めて置いた。

 そして二人は、菓子器に向かって、最礼拝を施したのだった。


 まだ埃臭い部屋をそのままに、しょう姫は書庫の格子戸をそっと閉めた。そして離れの自室に向けて、二人は仲良く歩いていった。




 流石に、祭国の女王と郡王と共に行列に加わって下るのに、何時ものような『如何にも地位も名誉ない庶人でござい』という格好のままでは、いられない。

 しょう姫は自分の身支度を手際よく済ませると、真の着替えの間に駆け込んできた。手には、化粧用の鏡箱を持っている。

「どうしましたか?」

「ああ、やっぱりなんだから。ほら、我が君、早く座って! そのもさもさの鳥の巣頭のままじゃいけないでしょう?」

「鳥の巣頭って……そんなに酷いですか?」

「うん、すごく」

 真の肩を押さえつけて椅子に無理矢理座らせると、正面に鏡を置いて、しょう姫は真の髷を結わえている被と布をとり、櫛を入れ始めた。


 最近とみに、真は頭をごりごりもしゃもしゃと引っ掻き回す癖が強くなってきていて、そのせいか髪の毛の飛び跳ね具合も半端ない。真面に櫛が入らずに、しょう姫は力任せにぐいぐいと櫛で髪をけずっていく。

「い、いたたたたたた、痛いですよ、姫」

「痛いくらい、我慢して、我が君。もう、何なのこの癖毛」

「いや、姫、適当でいいですよ、適当で。髷が結えていれば誰も文句なんて言いませんよ」

「そんな事ないわ、ちゃんとしなくちゃ」

「大体、私の格好なんて、誰も気になんてしませんよ。いい加減でいいんです、いい加減で」

「そんなの駄目!」

 しょう姫は必死になって、櫛でぐいぐいと髪を力任せに引っ張る。痛みで思わず身体を反らせながら、真は涙を浮かべる。


 ――と。

 ぶちっ! という音が部屋に響いた。流石に堪えきれず、真が暴れ出す。

「いたー! 痛いですって、姫! それに、い、今、ぶちっ! って!! ぶちっ!って、何だかすごく良い音がしませんでしたか!?」

「気のせいよ、気のせい! 聞かなかった事にして、我が君!」

「聞かなかった事にってことは、聞こえていたって事で、それはつまり気のせいではないという事で、あ、あいてててて!」

「もう、黙ってじっとしていてっ・てば!」

 鏡の中で、ぐいぐいと髪を引っ張りながら癖毛と格闘するしょう姫は、ただ真の為に、一生懸命だ。真は涙目になりながらも、仕方ないですね、と早くこの拷問が終わる事を天上の神に祈ったのだった。勿論ついでに、禿げない事も。



 何とか『一応それなりに見られる貴公子風』の体裁に仕上がったのは、偏にしょう姫の努力の賜物だろう。ふぅ、と偉そうに満足気な息をつく幼い妻に、真は苦笑する。

「似合うわ、我が君」

「そうですか?」

 幼い妻に請われて、両手を広げてぐるりと身体を巡らせてみる。嬉しそうに手を合わせてはしゃぐ幼妻を前に、真は複雑そうな笑みをこぼした。


 言ってしまえば正直なところ、真はこう言う格好が似合わないと自覚している。なんというか、借り物で全身を慌てて埋め尽くされたようで、落ち着かないでいるせいもあるのだろう。何時もの褲褶コシュウの方が、断然しっくりくる。燕服という深衣しんいに身を包んでも、中身が伴っていないので服だけが一人歩きしているように真には思えるのだった。が、真の思惑はどうであれ、しょう姫は着飾った夫の様子に嬉しそうだ。

 そうこうしている間にも、出立の時間が迫って来ているのを、下男が告げにくる。慌てて二人は、ばたばたと足音も高く母屋に向かった。

 出立前に、真としょう姫は母屋にある先祖の廟に詣る事を、父・優から許されていたのだ。


 当然、これに正室であるたえ夫人は、猛然と反駁した。

「側妾腹の子如きに、栄誉ある宰相の祖先を誉たる霊廟を詣らせるなんて」

 汚らわしい、と侮蔑を込めて、吐き捨てる正室・妙を、優はぎろりと睨む。

 優は、しょう姫の身分を逆手にとって、妙夫人の不満を許さなかった。

「旅立ちに際し、先祖への礼節を怠る事ほど、不義理な事はない。それにより、道中に何事かあれば、どうするつもりだ。お前は皇族の姫君に恥をかかせるつもりか」

 このように王女であるしょう姫を盾に強気に言われれば、引き下がる他はない。このあたり、親である優の方が、息子の真の口調を真似てきている。

 ぎりぎりと分厚い唇の端を噛み締めつつ、妙夫人は従った。


 真としょう姫が婚姻以来初めて廟に入り、そして出立の報告を先祖に告げる。一通りの儀礼を済ませ、背後で控えていた父親にも礼拝をと振り返った真は、ふと、長く伸びる影の存在に気がついた。

 髷の形から女性だと知れる影の正体など、一人しか思い浮かばない。

 真は父・優が何故、名門の出の正室の不評を買ってまで此処に呼んでくれたのか、気がついた。無骨で不器用な父の気遣いに、珍しく真の目頭が熱くなる。


「此れまでの生、辛き事もそれなりにありはしましたが、この世に生まれた事を感謝こそすれ、恨みに思った事も自らを恥とも哀れとも思った事はありません。実に面白き生を送らせて頂いておりますし、これからもそれは揺るがないでしょう。どうぞ私が去りし後、涙など流されませぬよう、お心健やかに穏やかにお過ごし下さい」


 真の言葉に、影が小刻みに震える。聞こえないようにと押し殺した嗚咽が、空気の揺らめきになり、風にのって流れてくる。

 影に向かい、真は最礼拝を捧げた。



 ★★★



 しょう姫と連れ立ち息子が家の正門を潜るのを見届けると、優はこうに許しを与えて、真が愛用していた書庫へと向かわせた。しょう姫に部屋の掃除と片付けを、頼まれていたからだ。

 正室のたえ夫人が、ここでもすかさず嫌味たらたらの嘴を挟んできた。

「立つ鳥跡を濁さずと申しますのに、己の住の後始末すら真面に出来ぬような者が、郡王陛下のお役になどたてるものでしょうか」

 しかし流石に優も、今回は引かない。

「郡王陛下に請われての出仕である、我が家の家門の誉である者をそのように謗るとは何事か」

 遂に、雷を落とす。

 こう出られては、妙も何も言えなくなる。

 彼女の産んだ子らは皆、一様に凡庸で、未だに5品以上に出世できずにいるのだ。煮えたぎる苛立ちに影まで揺らめかせて、妙夫人は優の前から引き下がった。



 好は、掃除に見合った姿に着替えると、格子戸を、からりと音良く開ける。

 そして思いの外狭い部屋の中央に、ちんまりと置いてある、布巾の存在に気がついた。歩みより、布巾を取り除いて確かめてみると、朱色の縁飾りも美しい菓子器の上に、懐紙に包んだ包があった。

 手にすると、かさこそと懐紙は乾いた音をたてた。

 開かれた包からは、柿を使ったお菓子が二つ、現れた。


 思わずこうは、手で口元を覆って鳴き声をあげてしまうのを、堪えた。

 既に癖になっている。側室は、どのような時にも感情を表にだして、正室を煩わせてはならない。涙声を漏らしては、ならないのだ。

 暫く肩を震わせていた好の背後で、からりと格子戸が開く音がした。

「どうした?」

 後からやって来た優の胸に、好は包を握り締めながら、飛び込んでいった。



 ★★★



 出立はまず、夕刻に王宮を出る。

 そこで一旦、別の屋敷なり離宮なりに入り、翌日から数日後に改めて、目的地に旅立つのだ。

 だから出立というよりは、正式には『出立式』と言うべきであるのかもしれない。

 これは古来よりの占いにより、方角や日時などを調べ、最もよい運気に乗って目的地に向かう為だ。

 戦地に赴く場合などでも、それを主に行う役目があるほど、禍国では重要視されていた。


 戰の場合は、使用したことはないが、一応彼の母・麗美人の為に、皇帝・景が用意させていた離宮に一度入り、翌日改めて、正大門よりの出発と占われた。


 此れは、皇帝とほぼ変わり無い出立と言える。

 この占いに、皇太子・天と兄皇子・乱が烈火の如く怒りをみせた。

 彼のような、身分の低い皇子が正大門より出立など有り得ないとして、何度も月読や星占師らに占いをさせ直したのだが、現れる結果は全て同じであった。

 いや、それこそ逆に、占えば占うほど彼の為に華々しく出立を行うべしと告げてくる。そこで遂に二人は占い直す事を諦めた。


 何処まで行っても目障りでしかない弟皇子、戰。

 彼が騙し討のように郡王の位に就いた事を皮切りにして、天と乱は怒りに任せて暴れまわる頻度が上がっていた。

 いやそもそも、全ては3年前から始まっている。3年前の祭国への出兵からこちら、戰は何かと良い運気ばかりを呼び寄せている。


 これは奴の実力ではない。

 奴の運気の強さこそが、このような幸運を奴に注いでいるだけだ。


 そう思おうとして、今度は逆に怯える事になる。

 戰の運気。

 それは詰まるところ、『周星天意』と謳われた『覇王』の運気だ。

 運気が本格的に廻りだしたという事は、とどのつまり、彼が『覇王』となるべくして動き出したという証なのだ。


 天と乱は、戰が遠く祭国という鄙びた国へ落ちるようなものだと思い込む事で、何とか己を保っていたのだった。



 ★★★



 戰は、部屋にある母・麗美人の廟に詣っていた。

 今日で長き別れとなるのであるから、当然といえば当然であるのだが、何とも言い表しようのない感情が押し寄せてくる。

 朧げな記憶さえない母だ。

 果たして、『母』と呼んで慕って良いものかどうかと躊躇すら覚えてしまう程、遠くに感じる事も、ある。

 だが、この女性なくして、今、自分はこの世にこうして存在し得ない。

 そう思うだけで、自然と尊敬と思慕の情が湧いてくる。


 ただ、一歩下がった位置で、共に礼拝を捧げてくれている椿姫の存在を、母に正式に告げる事なく此処を去るのだと思うと、それだけがどうにも情けない。

 一歩下がった位置に彼女を置くのではなく、共に並びたって、母の霊廟に出立の報告をしたかったのに、己の不甲斐なさにひたすら泣けてくる戰だった。



 先日、漸く熱の下がった真がやって来た時に、どうした話の流れからか椿姫が兄である皇太子・天の魔の手から、逃れて来た折の話となった。

 どうも、その辺から自分を見る舎人とねり殿侍とのはべりや宦官たちの見る目が違っているのが、妙に気になっていた戰だった。


 何というのか。

 ある者は「ああやっと」という安堵の表情をしてみせる。

 ある者は「やはり皇子様も人の子であられたか」という好奇の目を向けてくる。

 ある者は「なぜ自分ではない?」と責める様な詰るようなしなをつくって物陰から、じぃっと睨み付けてくるのだ。

 正直、鬱陶しい事この上ないし、何をこのように構われるのか、原因すら思い至らない戰は、困惑の極みにいた。

 一部始終を改めて話して聞かせた戰の前で、真と蔦が顔を見合わせる。


「……戰様」

「なんだい、真」

「そのですね……、何故、寝台の脇に晒が置いてあるのか、ご存知ないのですか?」

「ん? ああ、そう言えば、都合の良い事で助かったよ。椿姫の、汚れを拭えるものがあって」

「何故、蜂蜜が用意してあるのか、本当にご存知ないのですか?」

「蜂蜜湯で温まって、気持ちを落ち着かせてあげられたが、別に何か意味があるのか?」

「はい、蜂蜜は、その、滋養強壮の為ですが」

「滋養? 強壮? 何処の? 何の為の?」


 頭を抱える真の横で、蔦が顔を背けて必死になって笑いを堪えている。流石にむっとして、戰は二人に迫った。

「どうしたというのだ? どういう意味があるというのだ?」

「皇子様、寝台の脇に晒が置いてあるのは、確かに汚れを拭う為のものではありますが、そのような汚れを払う為に置いてあるのでは御座いませぬし、蜂蜜の使い方も全く作法に許りまするよ」

「んん?」


 これ以上は声高に話す事ではないので、蔦がすらりと椅子から立ち上がり、戰の傍に寄ってしめやかに耳打ちをした。

 そして聞き入るにつれ、全身を真っ赤に染め上げて、茹蛸状態となる。実にわかり易い反応だ。

 戰は初めて知ったのだった。

 寝台に置いてある晒は、部屋において『事に及んだ』際、娘の初めての証で敷物を汚さぬようにという気遣いの為であるという事も。

 机の上の蜂蜜が、『達する』為の滋養強壮用に用意されていたという事も。


「し、しかし、どうして周囲に何かあったのだと知られたのだ?」

「そんな事は簡単です。その晒は所謂『承衣しょうい』と同じなのですよ。お手付きになった宮女が、己の純潔の証だてをする為に、手渡された晒は必ず持ち帰るのが礼なのです」

「……えっ……」

 そう言われてみれば、椿姫は晒をしまっていたような。

「し、しかし、私たちの間には何も、な、なかったぞ!?」

「そんな事は問題ではありませんよ。晒が消えて蜂蜜が使用されたという、物的証拠は揃っておりますからね。お相手が椿姫様と、彼らは知らぬ事とはいえ、お仕えする者たちの、豊かすぎる想像力が生み出す、逞しい妄想が何処に行き着くかなんて事は、勝手ですからね。戰様には、手出し不可能なことですよ」



 どうりで晒を手渡した時に、椿姫が奇妙な顔をしていた筈だ!


 深い溜息をつく真の横で、全身を真っ赤に染め上げた茹蛸の戰が、のたうち回らんばかりに、頭を抱えて苦悶していた。





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