16 燃える山河 その1-1
16 燃える山河 その1-1
「何だとぉ!?」
内官から知らせを受けた飛燕は、王座の代わりとしている黒貂の毛皮をふんだんにあしらった椅子から憤怒の表情で立ち上がった。
「其れは誠か!?」
「はっ、燧煙が伝える処によりますと、昨日の内に我が領内の郡府は陥落したとの事。郡王以下、主たる将軍及び名だたる騎長らの首が取られまして御座います」
ぐぬ、と呻きつつも、武具の用意をせよ! と飛燕は怒号を発した。偉力にその場にいた者が次々と平伏する。彼らの間を縫って、怒り肩をびりびりと震わせながら飛燕は大股で部屋を出て行く。そのまま、王の武具の安置させている部屋へと大股で闊歩する。
「相手は!? 攻め入った国は!?」
飛燕は内官にぎろりと一睨みを効かせる。
「そ、其れが、その……剛国王……」
「剛国王!? 闘の奴めが!」
頭に血を登らせつつ握り拳を作り歯軋りする飛燕の隣で内官は、いえ、その……と言葉を繋ぐ。
「剛国王の王弟の一人、烈に……」
ひたり、と飛燕の脚が止まる。飛燕の背後から黒炎のようなどす黒い気が、ぶわり、と一気に立ち上る。ひぃ! と息を呑み内官は後退りするが時は既に遅かった。がしり、と襟首を掴まれた
「何だと! 今、何と云うた!? 誰が何処に攻め入ったと申したか、もう一度云え!」
飛燕の語尾が、ぐらぐらと煮え滾る油のように上がる。
苦しい、と異議を申し立てる事も出来ず、ただ飛燕の暴挙に耐えていた内官は、突然、白目を向いてがくり、と首を真後ろに倒した。首を締められて昏倒したのだ。慌てて背後に控えていた殿侍たちが内官に寄り介抱しだす。
だが、飛燕は内官一人如きに構ってはいられなかった。
再び足早になり、武具庫に駆け込む。成人を迎えた折に時の王であった父から贈られた甲冑一式を前に、暴れ牛のような鼻息で飛燕は肩を怒らせた。
――尻に殻を乗せたままの雛が粋がりおって!
今に見ておれ小僧!
その鼻っ柱をへし折って呉れるわ!
「本営を開け!」
飛燕が腕を振るって命じる。
「此れより剛国の阿呆どもに我が燕国の力を見せ付けるべく、戦を起こす! 剛国本国に知らせを入れると共に、王弟の烈が開いた郡府に攻め入る!」
漸く追いついてきた舎人と内官たちに向かい、飛燕は声を張り上げる。
は、と王と共に意気を高揚させつつ礼拝を捧げる臣下たちの前で、だが飛燕の心の片隅が冷えていた。
――我が国の大国旗……あれを何故、奪って来なかったのか。
印璽が幾らあろうとも、戦場において己が存在を示す大国旗を失くしたまま戦うとは、大勝利を得たとて璃燕率いる一団に何と揶揄されるものか知れたものではない。
悔やまれる事ではあるが、今更嘆いても仕方が無い。
部下たちの戦意は高まっているのだ。
要らぬ水を差すよりは、火に油を注ぐように戦場に追い立ててやらねばならぬ。
大太刀を手に取ると、飛燕は些か芝居掛かって抜き身として振り翳した。
「戦だ! 剛国に仕掛けるぞ!」
おお! と幾本もの声が飛燕の号砲に応じた。
尻の青い雛め!
目に物言わせて呉れるわ!
騎馬の民の戦とは如何なるものか、とくと教えてやる!
産毛を全て引き抜き、代わって矢尻の毛を生やして呉れる!
「開戦だ! 矢衾の的とすべき憎き敵は只一人! 剛国王弟・烈! 皆、心せよ!」
おお! と呼応しつつ硬い拳が幾つも振り上げられた。
★★★
「烈の辿った道は知れておるのか?」
早速開かれた大本営にて、飛燕王は目の間に広げられた帛書に描かれたまだ新しい平原の地図に見入った。王都を出奔する形で飛び出して来た為、大国旗共々、王者として手にしておらねばならない戦用の帛地図を飛燕は有していなかったのだ。
まだ墨の色の変色もない地図の上には、各国の名と国境が記されている。剛国・露国・燕国は互いの領土が入り組んでいる。
特に歴史の古い露国は事ある毎に古地図を持ち出しては、厭らしく自国領であると主張してくるのだ。古地図を有している露国に理路整然と云い立てられれば、歯噛みしつつも新興の勢力である諸侯豪族としては引き下がるしかなくなる。
無論、其れを良い事に、剛国王・闘も露国領内に攻め入るようになったのだから、飛燕王にすれば武力外交に及べぬ碌な兵馬も揃えられぬ国が口先のみで立ち会おうとするからだ、と嘲笑うしかない。
恐れながら、と一歩進み出た部下が、朱墨を含ませた筆を地図に走らせる。
筆が滑る様子に食い入っていた飛燕は、最後に筆先が烈が開いたばかりの郡府に篭ると、ほう? と眉を跳ね上げた。
「烈の奴は、未だ闘の奴から命じられた郡府に篭っておるのか?」
「はい。ですが斥候からの知らせでは、開戦の準備に余念なく動いておるそうですが」
「兵の総数は?」
「大凡、五千であろうかと斥候は申しております」
ふん、と鼻で嘲笑いながら飛燕は郡府に向かって剣を突き立てた。
「良いか! 烈如きに恐れをなして追撃の手を遅らせたと謗りを受ける気など、この飛燕、毛頭ない! 青い尻の雛を焼鳥にしてくれよう!」
剣を滑らせれば、帛書がぴりぴりと音を立てて裂けていく。
「先ずは烈の奴が開戦の準備を整える前に、出鼻を挫く! 急ぎ2万の兵馬を整えよ!」
倍どころか4倍に値する数で郡府攻略に当たると宣言する飛燕の言葉に、王の本気の度合いをしった臣下たちは跪く。
「幸いにも、いや、天帝の思し召しであろうな。この数日の曇天を見れば、粗忽者の集まりの剛国の事だ。雨や近し、と此方が動くとは思わず気を散漫にさせておろう。戦の準備を進めると云えども、集中はしておるまい」
「はい」
「この戦、故に如何に早くこの郡府を叩くかに掛かっている。一刻一瞬とても無駄に出来ぬ」
目尻をギリギリと釣り上げながら、飛燕は尚も言葉に力を込める。
「露国王に密かに連絡を取れ」
「……は?」
臣下の先頭に立っていた界燕は下げていた頭をゆっくりと上げた。
「陛下、露国と手を結ぶと申されるのですか?」
「手を結ぶ、とまではゆかぬな。此度はこちらが烈の奴を懲らしめてやる間、露国が出しゃばらずにいて呉れればよい」
「となれば陛下、露国よりは寧ろ、祭国と誼を通じるべきではないでしょうか?」
いや、と飛燕王は頭を振る。
「お前を派遣した祝の帰路で此れであるのだ。祭国が何処の国と通じているか、判ったものではないだろう」
「はい、確かに……陛下のお言葉は理に適っておられますが……」
飛燕に言われるまでもなく界燕も案じている事であった為、言葉を尻窄みにさせた。
確かに、後宴の席次を見れば、露国を歓待したのは王妃である椿姫と少年王・学だ。
美しいだけの妃と小僧でしかない王、あの二人に深い政治の話向きを成り立たせるなど到底出来まい。
ただ、根幹を同じくする梔姫を持て成しただけだろう。
となれば、祭国との間に小細工が成されていない安全圏にある国は露国のみ、という事になる。
「剛国の雛の兄王が一度使った策を此方も使ってやろう」
「陛下?」
飛燕は嘯きながら、ぎらり、と目の縁に怒りの輝きを放った。
「何、簡単な事だ、界燕よ。露国から安全を買うのだ」
――烈よ、精々、露国が剛国と親しいと油断しておれ。
その間に、我々は其方の郡府、蟻の子一匹抜け出る隙間も無い程に包囲してくれよう。
ふふん、と鼻で嗤いながら、飛燕は地図の上にある剛国本土を何度も剣の鋒で突きまわした。
★★★
季節外れの涼しげな風が、豪奢な調度類に囲まれた部屋を通り過ぎていく。
夏至を迎えたばかりであるというのに曇天続きの日和が続いているせいか、風が奇妙に涼しい。
しかし璃燕は、かえって好都合とばかりに胸元を緩めて女性特有の熱を奪わせ、涼を楽しんでいた。
ゆったりと長椅子に横になり、翡翠製の柄で押し玉が水晶と真珠で造られた最上級の太平車で頬や首筋を丹念に按摩させ、指先や脚を丁寧に推拿させて寛ぐ。
この時間だけは璃燕が唯一、政治を忘れて女人として過ごせる貴重な刻だ。
目蓋を閉じて施術を受けている璃燕は、時折、艶冶な吐息を薄く吐く。その細い息の筋すら甘い香りが漂っており、施術中の女医たちも、ほう、と感嘆の溜息をつく。
「どうじゃ、妾は美しいか?」
「はい、王母様」
「当然に御座います」
「地にも天にも、王母様の絶対の美貌は知れ渡りっております」
「何れ天帝より正妃としてお仕えするよう御使者がまいるやもしれませぬ」
薄目を開けて戯れに零した問いかけに、女医や女官たちは先を争って答える。
「よいよい、分かった分かった。皆、正直者の愛い奴らよの」
璃燕は笑い、再び目を閉じる。
太平車で頬に圧力を掛けられ、爪の先から足の裏に至るまでじっくりとつぼを刺激される動きに恍惚となっていたが、しかし、そんな璃燕の優雅な一時を無粋不躾な脚音を響かせて宦官が駆け込んできて破った。
「陛下、一大事に御座います」
「何じゃ、妾のこの愉しみを奪おうという輩となるからには、相応の覚悟があろうの?」
じろり、と璃燕は宦官にひと睨みを呉れる。目尻に入れた朱色の額紅が一際煌々と紅みをを増した。
怯みながらも、恐れながら、と宦官は片膝を付いた。そして、木簡を差し出しながら文面を諳んじてみせる。
西燕が剛国王弟に強襲を受けたとの報告を宦官より受け取ると、璃燕は眦をますます輝かしい緋色にし、目を弓なりにしならせて大いに哂った。
「そうか、遂に剛国の王弟が動きおったか」
開けていた衿を正させながら、璃燕は足元に跪いて推拿を行わせていた女医たちに手を振り、下がらせる。
知らせを齎した宦官のみが部屋に残ると、璃燕は手を振って寝そべっている長椅子の程近くにまで呼び寄せた。
「業燕よ」
「はい、殿下」
「其方の意見を聞きたい。遺憾無く申せ」
はい、と頭を垂れる宦官・業燕に璃燕は鋭い眼差しを向ける。
肘置に背中を置いて寝そべり直すと、璃燕は両手を延ばして爪の先にしげしげと見入る。丹念に時間をかけて真珠の粉で磨かれた爪は熟れた桃のように艶やかに光っている。満足の証の意気を一つ吐くと、璃燕は今度はごろりと寝返りをうち、肘置に腹を預ける形の俯せに姿勢を変えた。
「妾でなくとも、剛国の王弟・烈の構える居城に一時でも早く仕掛けるべきであると読むであろう。恐らく、飛燕の奴もな。だがその際、我が夫・飛燕は単独で動くと思うか否か?」
「恐れなが申し上げます。飛燕王のご性質なれば、より安全を期すために露国に話を持ちかけられるものと思われます」
「そうか、其方もそう視るか」
ふむ、と璃燕は細い顎に綺麗に整えられた指先を当てた。
「露国王は飛燕の話に乗ると思うか?」
「はい、彼の国の王は即位以来、戦の嵐を回避すること10年に近く、此度程度の些細な諍いに出しゃばる気は毛頭ないでしょう。其処に金を呉れてやるといわれれば、遠慮なく、と答えるのみでしょう」
「ふむ、露国王なれば、そうくるだろう」
もう一度、璃燕は業燕を手招きする。
「で、我が夫と剛国の王弟と、何方に勝利は転がり込むと思うか?」
「それは、剛国の王弟かと存じあげます」
間髪を容れず答える業燕に、ほほほ、と璃燕は明るい笑い声を零した。
「業燕、どの様な策を用いるのか判ってもおらぬのに剛国の勝利を宣言してはならぬ」
はい、と俯きつつも業燕は非を詫びようとはしない。璃燕としては、彼女の望む未来を口にした業燕の忠心は嬉しく思いつつも、何がどうなって剛国の勝利となるのか解らねば意味がない。
「まあ、剛国には精々、発奮して貰わねばならぬな」
「はい」
身体を起こした璃燕は、今度は肘置に腕を預けて寄り掛かった。
「万が一我が夫が戦に倒れでもすれば、我が燕国の一大事となる故のう」
にやり、と璃燕は口角を持ち上げる。
璃燕の夫である飛燕が戦場にて命を散らせば、彼女は再び寡婦となる。
王室内でも、弟を夫に迎え王座に据えるという前例を作った今、飛燕が儚くなれば璃燕が選んだ漢こそが時期国王という事になるのだ。
知らず、ごくり、と音を立てて生唾を飲み込んだ業燕は、璃燕の妖艶なる嫣然一笑をうけ、額を床に打ち付ける寸前の勢いで平伏した。
潤いのある香の気配を含んだ甘い息が、その業燕の顳あたりを、ふぅ……と撫でていく。
★★★
「業燕」
「は、はい、殿下礼儀を弁えぬ我が身の振る舞い、命を投げ出しても足りるものでは御座いません。この上は殿下のお気が晴れるまで此の身に存分に罰を」
「ほ! そうくるか? 其れは殊勝な事じゃな」
ほろほろと哂いながら、璃燕は業燕にその場に仰向けに寝るように命じた。首を傾げかけるのを堪えながら、業燕は璃燕が寛ぐ長椅子の前に上向きに寝そべった。
命令通りに横になった業燕の姿に、璃燕は頷きながら立ち上がる。
そして、ゆっくりと片足を上げた。すらりと伸びた脚、きゅ、と締まった足首、つるりとしたひび割れのない踵が裳裾の間から覗いて見える。胸の鼓動が早くなるのを感じながら、業燕は不敬を重ねまいと身体ごと捩って視線を外した。その業燕の腹の上に璃燕の脚が落ち、つつ、と臍の下を超えて下がってゆく。
「殿下、一体何を……ふおっ!?」
「静かにおし」
璃燕の脚の指が、業燕の股の間を弄りだしていた。必死に声を漏らすまいと身悶えする業燕を、まるで転げ回る仔犬を見て愉しむかのように璃燕は目を細めて哂う。執拗に業燕の股の間で脚を捏ねくり回し続けていると、遂に業燕は上気させた頬と同じ色の吐息を漏らし始めた。
「業燕」
「は、はひぃっ!」
「おのれの股座にある、此の棒きれは何じゃ、ん?」
深く陰に篭った声で凄まれた業燕は、ぎくり、と身体を強ばらせる。
「何じゃ、と聞いておる」
「ひゃ、ひゃいっ……」
「随分と熱く滾っておる棒きれを股に飼っておるのう」
「そっ、そひ、そりはっ……はうぅっ!」
声を潜めながら璃燕は脚の指の間を広げ、業燕の股座を揉みしだく。恐怖と、そして其れを上回る圧倒的な愉悦に、業燕の声が裏返る。
「羅刹となりしは虚偽であると気が付かぬ妾であると思うておったとは、随分と嘗められたものよ」
「ひ、ひぃれんはっ……! わ、わらひはっ……ふ、うぐぅっ……!」
「よいよい、苛めたくなるほど其方は愛い奴じゃ、と云いたいだけじゃ」
必死になって弁明しようとしつつも股から這い上がってくる快楽に抗えず悶える業燕の姿に、璃燕は可笑しくてたまらぬ、とほろほろと声をたてて嗤う。
「業燕」
「は……はひぃぃっ……」
「其方、妾の三人目の夫になる気はあるか?」
「……ひゅぅぅっ……!?」
業燕は涎の泡を吹きながら目を剥いた。
其れこそが、彼の臨む処だったのだ。
だからこそ卑しい宦官の振りまでして璃燕の傍に侍り続け、顔と名前を売り込み続けてきたのだ。
「その気があるのならば、一つ、使いに走っては呉れぬかの?」
「お……ひ、ひれんか……、ひ、ひじゅこにひぃ……」
「決まっておる。禍国にじゃ」
「は、はほく……、に、れすは……?」
「そうじゃ。皇帝・建にの、ちと、頼み事があるのじゃ。やってくれるか?」
こくこくと業燕は何度も頷いた。
「では、頼むとしよう。だがの」
にんまりと哂いながら、璃燕は漸く、股座の上に乗せていた脚を微かに持ち上げた。思わず、ほっ、と息をついた業燕は、今度は悲鳴と共に白目を剥いた。璃燕の踵が、勢いよく股の間に落ちたのだ。
「失敗すれば、其方を本物の羅刹にしてくれるゆえ、心せよ」
叫び声をあげつつ転げ回る業燕を残して、璃燕は哂いながら、ぺたぺたと素足の脚音を残しつつ部屋を出て行った。
★★★
璃燕が新たに作らせた布を手にして出来を見定めていると、不意に、娘特有の甲高い叫び声が聞こえてきた。怒りに任せて声の主が腕を振るったのだろう、宮女の叫び声と張り手の音、そして人が崩折れて倒れ込む音と悲鳴とが、其処に幾重にも重なる。
「なりませぬ! 何卒お引取りを! 妃殿下は只今御政務を……!」
「おどき!」
宮女の必死の呼び掛けは娘の怒りの炎に油を注いだだけのようで、喚き声は一層高くなり、再び乾いた音が響く。
「何事じゃ」
刺繍糸の不始末を見付けた璃燕が視線を上げもせずに戸口に声を掛ける。
興奮に、はあはあと息を荒げ髪を踏み出した娘が飛び込んできた。汗で化粧がや崩れ襟や裳までが乱れているが、一向に構う様子もみせず、娘はつかつかと璃燕の傍に駆け寄った。
「御姉様! 聞きましたわ! 一体どういうおつもりなのです!?」
「どう、とは?」
微かに飛び出た糸に眉を跳ね上げた後、璃燕は娘の方に身体ごと向いた。娘は自分の振る舞いに眉を顰めたと勘違いしたのだろう、璃燕よりも眉をぎりぎりと高くする。
「良いか、朱燕。妾は確かに其方の姐であるが、今此の場には燕国の政治を担う王妃として王母として在る。控えよ」
「御姉様!」
「下がるがよい。妾は忙しい」
にべなもなく言い放つ璃燕に、朱燕、と呼ばれた娘は逆につかつかと歩み寄る。
「知っておりますのよ!? 御姉様の命令で、妾の似姿図を禍国に送ったそうですわね!? どういうおつもりなのです!?」
「妾は政務を執り行っておる。玉体に対して不敬不忠を問われ誅されたくなくば、下がっておれと申しておる」
「御姉様!」
黙れ、と璃燕は凄む。
「此れ以上言わぬ。下がれ」
喚き散らす朱燕を、煩い、とばかりに璃燕は睨み据えた。
びくり、と朱燕が身体を引き攣らせた次の瞬間、彼女の細身の身体が爆ぜた。璃燕に頬を叩かれた朱燕は、悲鳴をあげて床に転がる。あられもなく裳裾を広げる朱燕の醜態に、璃燕は深く嘆息した。
「御姉様! 御姉様が! 妾、妾の頬を叩くなんて! 妾の頬を御姉様が叩いた! 叩いた、叩いた、叩いた!!」
涙目になりながら、闘争心剥き出しでぎゃんぎゃんと吠える小型犬のように喚く朱燕を、璃燕は冷たく一瞥すると再び布の出来に没頭し始めた。
細かく指示を出しながら、言い放つ。
「其方にも、もう少し政治を教えておいてやるべきであったな」
「お、御姉様……?」
「良いか、暫し待て。其方にしか出来ぬ主命を申し付ける」
素っ気ない口調の中に、含みを感じ取ったのは同族故か、其れとも、女としての本能であるのか。
朱燕は其の後は大人しく口を噤み、璃燕の政務が終わるまでその場に慎ましやかに立ち尽くしていた。
※ 太平車 ※
いわゆる、ローラー型の美顔器です
 




