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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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3 水揚車

3 水揚車



 荷物を乗せた荷台を馬に引かせて、真と薔姫は並んで歩く。

 荷台の背後からは、芙がついて歩いていた。

 真の怪我のうち、脚の方は幸いにも・というのも何か変であるが打撲と捻挫が主だったので、後遺症的な障りは比較的少ない。だから今日、芙がついて来ているのは、別の理由があった。


「よぅい、大将! お早うだぜえ!」

「お早う御座います、琢」

「お早う、琢。今日はお願いね?」

「任せておけって!」

 へっへへへ、と鼻の下を指で擦りながら、琢は荷台に擦り寄る。

 口で何と言おうと、琢の視線は薔姫お手製の弁当を求めて荷台の上を彷徨っていた。大きめの葛篭が荷台の隅に置かれて居るのをしっかりと認めると無精髭だらけの顎を撫でながら、にんまりと笑う。そして、中身は何だろうか、あれかなこれかな、と子供じみたほくほく気分を隠しもせずに、真に寄ってきた。


「何時かの時みてえだな、なあ大将?」

「ですね」

 今日は城で、長らく懸案中であった道具のお披露目があるのだ。

 この3年で、嘗て大氾濫を起こした例の河川の護岸灌漑工事を行った。

 祭国の国力を思えば無謀とも言える大改修だった。

 然し、技術力云々だけを言えば、祭国は禍国を始め、平原列強に然程劣るものではない。

 寧ろ、この工事を通して飛躍的に上がったといえた。

 河川を二股にする灌漑用水路としての活用法を活かす為には、河口側である燕国の協力も必要不可欠だ。先に護岸工事を進める間に、国王である学と戰を中心として禍国とは別の、祭国独自の国交開いて協同に出るよう働きかけたお陰で当初の予定よりも早く工程は進んでいる。

 この分ならば、もう2年もすれば完成するだろう。

 護岸工事が一段落したのは今年の早春。

 田植え前に合わせてだったのだが、此処で一つ問題、というよりも彼の地を治める邑令から悲鳴に近い上訴がなされた。



 ★★★



「高台となりました地にも水を引きことが出来ますれば『田植え』とやらは可能となるので御座いましょうが……此のままでは、先祖伝来の土地を放棄せねばならぬ者が続出致します」


 報告を受けた学と戰は、顔を見合わせた。

 確かに、燕国側に位置する土地は王都側と比べて高い。

 祭国は禍国同様に、沼田に籾を直接振り歩く直播き栽培だったのだが、此れが実は収穫の効率的には実に悪いものなのだ。

 其処で、句国式の田植えというものを徐々に取り入れ始めているのである。

 畦という小さな小道のようなもので田をしっかりと区切り、地面をおこしてから水を張って泥濘ませ、別所で育て上げた苗を植えるのであるが、この3年、飛躍的な速さで祭国内で広まった。苗を均等に育ててから水を張った田に一本一本、植えていくのは確かに相当な手間ではある。だがその分、刈り入れは株を順に追っていけるし、何よりも種籾から芽吹かせる事ができず、結果、貴重な種も土地をも遊ばせてしまうという弊害が起きない。膝下まで沈む泥田の中に浸かりながら、牛に引かせての田おこしの重労働を思えば、乾いた田を犂を使っておこすのは、苗を育てて植える手間も、ものの数ではなかったのだ。

 此れは良い、とばかりに各所で令の号令のもと広まっている。


 然し、対岸側の土地は、高さが障害となって田が作れないのだ。

 此れまでは、溜池と田と水路とが渾然一体化している状態だったので無理矢理水を引き、何とかなった。土地の所有者名は邑令に登記してあるのであるが、明確な所有者区画割が出来ない土地柄である為、有名無実化していた。一族内での共同作業を行い、収穫は均等に割り振る昔ながらの遣り方が特別に許されていたのだが、此れからは田は田、池は池、とそして登記してある通りに畦を作り、土地を区画化していかねばならなくなる。

 となると幾らかの段差、1尺から下手をすると2尺近いの落差ができる。

 水を流せる場所に田があればよい。

 だが池から遠い為、水が流れてこない場所は、どうすればよいのか?

 貯められた水を池より上の土地にある田にどうやって満たすのか?

 いちいち桶に水を汲んで田まで運ぶのか?

 其れこそ戯けた総力戦であり、たまったものではない。

 そんな事に労力を費やすのであれば、此れまで通りでよかろう、とする領民の上訴があったというのだ。


 心情的にも実質、農民たちの作業に掛かる力量を思えば当然である。

 が、彼らとて収穫量と生産能力が上がるのはやぶさかではあるまい。


 諸問題、いや一点、水の理という問題さえ解決出来れば、彼らも新しい作付方法に飛び付く筈なのだ。



 ★★★



「真、何とかならないかい?」

 戰から相談を持ちかけられた真は、家に帰るなり書棚にある本や木簡を掘る勢いで落としては読み漁り始めた。散らかり放題の部屋の中で、うんうんと唸ってはみたものの、此れといった妙案は浮かばない。

 遂に大の字になって書簡の海に寝そべっていると、薔姫が様子を見にやってきた。

 手には、乳餅の皿を乗せた盆を持って、である。部屋の惨状に呆れつつも、にこにこと笑いながら、おやつにしましょう、と薔姫は寝そべっている真を起こす。自分独りで起き上がりにくい癖に、うだうだといじけてしまった罰の悪さも手伝って、真は素直に頷いた。

 手際よく、散らばった書簡を積み上げて盆を置く広さを確保する。正座した真の膝の上に、乳餅の皿を載せてくれた。すみません、と頭を下げつつ、先の割れた匙に乳餅を指す。柔らかな感触が、指にまで伝わって来る。


 持ち上げて口に運び、もそもそと咀嚼するのだが、何時もなら甘い蜂蜜も、甘さを引き締めてくれる岩塩も、ただ、苦いばかりだ。うっそりとした表情で食べ進める真の前に、程良く冷まされた麦湯がさしだされた。匙を更に戻して器を受け取る。ふう、と息を吐きながら、一口含む。香ばしい麦湯の味が口内に広がる。が、やはり苦い。

 苦虫を潰しまくって眉と眉の間に深い溝を作っている真に、どうしたの? と薔姫が尋ねる。

 一瞬、逡巡してみせたが、真はあっさりと薔姫に悩み事をぶちまけた。


 高低差のある田をもつ領民たちにとって、田植えは凶の目が出てしまった事。

 解消する為に、何か良い手立てはないものかと調べているのだが、何も思い浮かばない事。

 このままでは、彼の地では米ではなく麦や蕎麦しか育てられなくなる事。

 ぼつぼつと語られる言葉に、薔姫はうんうん、としっかり相槌を打ちながら聞き入る。


 自分が手を上げれば、何百何千という領戸が新しい米作耕作法を放棄せねばならなくなってしまう。

 数年のうちは目立つこともないだろうが、やがて収穫量の格差は目に見え始める。

 其れは土地の地力格差として周知される。現在建設中の灌漑施設が完成しても恩恵に預かる事がないとなれば、益々加速するだろう。

 そして徐々に領民たちの間に格差意識は浸透していき、やがて軋轢を生ずるだろう。

 邑令が悲鳴と共に奏上したように、土地放棄も起こりかねない。

 流石に薔姫も事態の重さに、そう……と言葉少なに首を傾げて見せるくらいしか出来ない。


「困っているのです」

「……う……ん……。……それは……困ったわね……井戸の水を汲み上げるようには、いかないものね……」

 ぽつり、と薔姫が呟く。

 其れを聞いて、真は、ハッとした。再び寝転んで不貞寝していたのだが、閉じていたを開けて、ガバッ! と起き上がり、薔姫の肩を掴んだ。


「ひ、姫! い、いま、今何と言いましたか!?」

「え……あの、我が君と一緒で……困ったわね、って……」

「その後です! 何と言いましたか!?」

「え……? あ、えぇと、井戸の水を汲み上げるようには、いかないものね、って……」

 薔姫の言葉を聴き終えるや否や、其れ! 其れですよ、姫! と真は叫んだ。

「何だってこんな簡単な事を思いつかなかったのでしょうか? いや、流石に姫です! 有難う御座います!」

「う、うん……」

 叫びざま、真はしっかと薔姫を抱き締める。

 と、思うや、今度は眼を丸くして竦む薔姫を突き放すようにして、積み上げられた本の山に飛び付いた。

 あれ、あの本、何処に置きましたっけ? とぶつぶつ言いながら不要な本を彼方此方に放り投げつつ物色し始める。

 そんな真を呆然としながら見ていた薔姫だったが、何事か、と様子を見に来た芙と彼の仲間に、いいの、と手を振って笑った。

「今夜は、久しぶりにお夜食の握飯が必要みたい」


 その日から数日の間、真は登城もせずに自宅に引き篭り、散らかし放題の部屋の中央に戸板程の大きさの図面引きに没頭した。

 この時代、紙は貴重なものなので、身分がら、真もおいそれと下書きようになどに使用出来ない。

 心得ている薔姫が芙に仔牛のなめし皮を用意させると、礼もそこそこになめし皮を奪うが早いか、脱兎の勢いで部屋に持ち込んだ。左腕を吊っている紐の間に必要な木簡を差し込んで運び、背後にずらりと並べると、筆を口に咥えて墨をする。すり終わると、膝の上に資料となる木簡を開く。

 筆の柄でごりごりと頭を掻きつつ、なめし皮の上に左腕をついて四つん這いになると、ぶつぶつ呟きながら筆を走らせ始めた。何度も皮を取り換えつつ、其れでも表面が真っ黒になって何が書いてあるのか判読不能となるまで書き換え書き直しを繰り返して、やっと満足がいって部屋の中から出てきた時は、頭を掻き過ぎて髪が爆ぜていた。


「わあ、お兄ちゃま、頭が鳥の巣さんみたい。探したら、卵があるんじゃないかしら?」

「ねえ、本当に。幾つ卵があるか、娃ちゃん、探してみる?」

 娃と薔姫に誂われて、真は面目ないです、と小声で謝ると帛書はくしょを求めた。

 はくとは絹の事であり書面を認める為の絹布を帛と言うのだ。勿論、絹も朝貢品として祭国の一等品に位置づけられる品だ。だから普段はこうぞや藤などを使った太布たふを用いる。


 楮製の帛が持ち込まれると、真は薔姫に墨をすってくれる様に頭を下げた。

 片手では、やはり時間が無駄になってしまう。今までは集中する為に人を寄せ付けなかったが、今は一寸でも早く仕上げたい。

 実に男の身勝手さ溢れる真の願い事だが、薔姫は笑って許して硯の横に座った。

 そんな事をしているから、婿殿がつけ上がるのですよ、と母親である蓮才人が見たら嘆きそうな一齣ひとこまであった。



 ★★★



 王城の門の前まで来ると、薔姫だけが荷車の一行から離れた。

「では、虚海様と椿姫様に宜しくお伝え下さい」

「うん、我が君も、しっかりね」

 手を振って、王城の隣にある施薬院の敷地内に薔姫は入っていく。

 今朝も矢張、下腹が痛むので虚海に診てもらう事にしたのだ。

 施薬院の正面玄関に、薔姫の姿が吸い込まれて行くのを見届けてから、真たちは再び荷車を押し、王城の奥にある菜園を目指し始めた。



 城内にある菜園に到着すると、戰と学、そして杢と克と竹が準備を終えて今か今かと待っていた。

 記録を取る為に類と通も居る。


「真、此方だよ」

「何ですか、戰様。約束の時間よりも随分とおつきが早いではないですか。浮かれ過ぎじゃないですか?」

「そう言う真たちこそ、早い到着じゃないか」

 荷車を引く真たちに気が付いた戰が、笑い声を上げながら手を振る。子供持ちの癖に、屈託のなさはまるでやんちゃ盛りの実子・しゅん以上だ。

 克と竹が真っ先に駆け寄ってきて、荷車の端に手を掛けた。

 むしろが被せてある荷車はかなり大きい。以前、真が開発した犂と同程度はあるだろう。


「こりゃ相当でかいな」

 驚きつつ、克は筵が外される時を、今か、今かと待ち侘びている。竹青年も、克の肩の奥から背伸びしつつ興味しんしんで覗き込んでいる。

「では、お願いします」

 真が掛けると、任せとけって! と琢が拳で勢い良く胸を叩いた。

 げほげほと嘔吐えずく琢を横目でみて苦笑いしつつ、芙が筵を捲り上げる。

 ばさ! と鳥が羽ばたいた時のような音がして、筵が外された。


「うおぉ!?」

「ほぅ?」

「へえ?」

 皆、一斉感嘆の声をあげる。

 荷台に乗っていた『』をみて、次いで生唾を飲んだ。

 初めてみる形に、何をどうするのか分からないが兎に角も何かやってくれるんだろう、という期待感を大いに煽る、異様な形状をしている。

 姿を現した『』は、水を送る水路となる部分であろうか。

 細長い箱の中に、まるで何かの骨のように羽根板が斜めに幾つも取り付けられており、しかも均等に並んでいる。

 片方の端には回し手だろうか、取手のようなものが左右についている。

 少ない労力で大量の水を一気に汲み上げる事が出来る長さ5尺程もある水を汲み上げる装置。

 水揚車である。

 此れこそ、大切に運ばれてきた『』の正体だった。


「へっへへへ、どおでぇ?」

 得意気に、琢が胸を張る前で、克と竹と芙の三人係りで荷物が下ろされた。

 仮に作られた段差に、水揚装置を設置する。

「真殿、角度は此れで宜しいでしょうか?」

 類と通が寄ってきて水揚装置に寄ってきた。

 はい、大丈夫です、と真が答えると、早速、通が何やら懐を探り出した。

 取り出して来たのは角度を示す道具のようで、水路に仮定してある側と田に想定してある方との両方を行ったり来たりしている。後をついて歩く類は、ふうふうと息を途切れさせつつ、木簡に怖しい速さで筆を滑らせている。

 真が嘗てのように書簡を作れなくなってから、薔姫も手伝ってはくれているが、矢張、類には敵わない。通の呟きを尽く拾い集めて書き記していく。


「では、動かしますよ?」

 通と類の動きが一段落したのを見届けてから、真が右手で回し手を動かし始めた。

 串木がぎしり、と音を立てる。

 と、同時に、鎖状に連結してある羽根板が、がたんがたん、と快い律動感を伴う音をたてながら、ぐるりぐるりと動き始める。

「おおっ!?」

 克が身を乗り出した。

 何処かの悪餓鬼が、興味に引っ張られて我を忘れているのかと見紛う顔付きだ。

 板と箱の隙間に入り込んだ水は、ごぶり、ぼこり、とあぶく(・・・)と音をたてて送られて行く。

 そして、順調に回し手の反対側から、小さな滝となり、綺羅綺羅と水の飛沫を飛び散らせながら零れ落ちる。


「おっ!? お、うおおおお!? や、やった!? やったぞ!」

 興奮して叫び、田を想定した方に走り流れ落ちる飛沫を顔面に浴びて笑う克の横で、また……と言いたげに竹が半歩下がった。が、流石に竹青年も好奇心に勝てぬのか、身を乗り出してきた。

 戰と学も興味深けに、右に左に忙しなく歩き回って様子を確かめる。流れ落ちた水を甕に受け止め終えた通は、升を持ち出して運び込まれた水量を測りだした。

 真は取手を回し続ける。

 板は一回転し終え、また、同じ動作を繰り返す。

 稼働し始めた水揚車は水路から順調に水を汲み上げて、田側に大量の水を送り出し続けていく。

 一回転毎に通は水量を計測し、類はそれを書き記して行く。



 ★★★



「真、どうだい? 疲れないかい?」

「はい、其れはそれなりの動作ですから。でも、子供でも動かすのは可能ですよ?」

 真が回し手から離れると、学が進み出て取手を握った。緊張した面持ちでぐるり、と取手を回すと、真の時と同じように串木は動き、羽根板は軋み音を響かせて水を汲み上げた。

 わあ、と学の顔ばせが少年らしい感動の輝きに彩られる。

「通、此処までの水量はどうでしょう?」

 そうですね、とぶつぶつ呟きながら、通は懐から愛用の十露盤を取り出した。目にも止まらぬ速さでぱちぱちと珠を弾いて行く。

「この水揚車に限ってですが、半時辰じしんで最低でも60斗になりますか」

 60斗!? とその場にいた全員が頓狂な声を上げる。普段は寡黙でならす杢ですら、目を剥いている。


「この計算は、飽くまで試算であり、しかも最低ですので。大きさによりけりですが、運搬を頭に入れず据え置きにしてしまうのであれば水量は倍以上も可能でしょう。そうなれば、1時辰じしんも稼働させれば、基準としている田の範囲であれば、充分すぎるほど潤うでしょう」

「凄いな……此れで問題は解決できそうじゃないか?」

「はい、期待できそうですね」

 上がる語尾は、この先の展望の明るさ故だった。素直に喜びを表現する戰に、真も笑う。

 薔姫が溢した一言。

 井戸の水を汲み上げるように、という一言で閃いた真は絵図を一気に描きあげた。

 要は、地面の底深くを掘った井戸から、滑車を使って桶を下ろして水を汲む作業を縦から横にしただけだ。

 連続して水を組み上げる時、縄にの両端に桶をつけて、一方が上がれば一方が井戸の底に沈むようにする。

 その動きを連続で行えないか、と知恵を絞った処、縄を串木の組み方でどうにか出来るかもしれない、と目星がついた。

 だが無論、それを現実のものにしてくれたのは琢の大工としての工作能力の賜物だ。


「戰様、褒め言葉は、想像図に過ぎなかった物をこうして造り上げて呉れた琢に言ってあげて下さい」

 素晴らしいよ、琢、と改めて戰に褒められた琢は、へっへへへ、と自慢げに鼻の下を指で擦る。

「真、この水揚車の材質は?」

「一応、水気に強いひのきを使ってます」

「けどまあ、ちょっくら心配な部分もあるんだがよぉ」

 寛げた衿から、臍の辺りが見える。ぼりぼりと腹筋の窪みを引っ掻きながら、琢は申し訳なさそうな口調になった。

「心配? 何かあるのかい?」

「ここの動きを見て下さればお分かり頂けると思うのですが……」

 真が片膝を付いて水を汲み上げる部分を指し示した。ふむ? と首を傾げながら、水路に見立てた水に浸かっている回し手側を覗き見る。暫く動きを追っていたが、成る程、と頷いた。


「摩耗か」

「はい」

 構造的には至極簡単な造りであるのだが、如何せん、其れだけの重さの水量を運び上げる事を思えば、摩耗は相当に激しく早々に使い物にならなくなるだろう。

「その辺の改良は、今後の課題としよう。今は、此れで充分満足出来る」

「はい、後は……」

「土地を改良したは良いですが、収穫量の差により揉め事が起きねばよいのですが」

 真が言葉を濁すと、その後の言葉を学が引き継いだ。

 戰と真は、互いに目を細め合う。


「そうだ。此れまで、血族内で分け与えあっていたものに、突然線引きがなされて差別化されるのだ。隣の方が良く見えるのは人の心の常というもの、紛争の種にならぬようにせねばならないだろう」

 はい、と学が戰を見上げながら、気を引き締めつつ頷く。


 この3年で成長したのは、薔姫だけではない。

 学も、内面も見た目も、ぐんと成長した。

 顔付きも引き締まり、子供らしさが抜けかけている。

 声は一段低くもなった。

 身長は6寸以上も伸びており、真と目線が随分と近付いた。

 父王子のかくは、戰ほどではない体骨格の良い人物であったという。きっとこれからも背は伸びるだろう。小柄というほどでもないが、体格が良いとはお世辞も言えぬ真は、もう1~2年もすれば、背丈も手足の大きさも学様に抜かされてしまうだろうな、と思っている。


 ――その前に先ず、として、抜かれてしまうでしょうね……。

 3年間。

 学は少年の身でありながら国王としての重責に耐え、立派に王座に有り続けた。


 最早、少年王と侮りをもって彼を呼ぶものはいない。

 感嘆、嘆賞をもって、少年王、と呼ばわれている。


 同年齢当時の自分など、恥ずかしくて比較対象になどして欲しくない、というのが真の率直な心情だった。




※  水揚車の説明について ※



竜骨車を参考にいたしました

一応、中国の漢代には既に完成していたという事です

日本でも近代まで使用されており、やがて踏車にとって変わられていくのですが民俗資料博物館などでは写真に収められているので、かなり直近まで使用されていた地方もあるようです



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