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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
二ノ戦 楼国炎上

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5 縛(ばく)

5 縛


 椿姫が、手にした七子銅鏡を、高く頭上に掲げた。

 祭国にて行われる、王の威厳を統べる大地へあまねく広めんとする戴冠の儀式を、堂々と禍国皇帝の前で行う未だ少女の身である彼女に、列席した諸王が度肝を抜かれて息を呑む。

 広間を包む灯火の光を銅鏡は一身に集め、椿姫を綺羅星の如く燦めかせる。

 後光のようなその神々しさを、戰が手に掲げる七曜七支刀が銅鑼と鐃鉢にょうはちの音をも、煌やきに乗せて跳ね返す。 

 祭国を照らし護る、この我れをこそ見よと言わんばかりの戰の威風威容に、皆、見入るしかない。


 改めて、剛国王と露国王とが、戰と椿姫に対して、礼拝の姿勢をとった。 

 王の間に、ようやく諸国王の響めきが大津波となってうねり、走った。

「何れ我らの隣国の王となる御方々、良き治政を共にしき彼の地にて勢力を分かち合おう」

 姿勢を戻し黒馬から降りた戰の言葉に、剛国王と露国王も姿勢を正す。

 互いに、無言のうちに視線を交わすと、二王はそれぞれの席に向かった。


 この喧騒の最中、何時の間に改められたのか、そして整えられたのか。

 否。この喧騒を利用してなのか。

 誰にも気がつかれぬうちに、席次が変えられていた。即ち、椿姫の正面に露国王が、戰の正面に剛国王が座ることとなるように、席が並べて用意されていたのだ。

当然の顔つきで、二人は下がり、己の席に腰を掛ける。

 礼法の作法通りであるというのに、二王の動きは淀みのなさからは、まるで芝居を見ているかのように思われた。



 あまりの事に他の使節団が呆気にとられ呆然としていると、其処で漸く、正しい朗誦しょうろうの声に寄って自国を呼ばれ、はっと正気を取り戻し、皇帝・景の前に進みではじめだした。

 戰の頬に名残惜しそうに頬を寄せていた黒馬は、彼が鬣をかきあげてやるとそれでやっと納得がいったのか、馬屋へと踵、いや蹄を返して歩き出す。途中、ぎょろりとその目玉が回転し、ぶふぉ! という鼻息も荒く、天と乱とを睨みつけていく。踏みしめた弾みで欠けた大理石の床の石屑が飛び跳ね、天と乱とに降り注いで襲う。

 小石に塗れて青褪めてる皇太子・天の横で、乱は顔を赤くして握り拳を硬くして怒りに全身を浸していた。



 ――やられた。

 してやられた。

 戰と椿姫だけではない。

 辺境の塵芥のような弱小国に過ぎない露国と、片田舎の溢れ者の集団のような剛国とにまで、してやられた。

 戴冠の祝賀の式に出ぬと見せかけて、この様な手で来るとは、二王同時の祝辞とあれば何方が上でどちらが下でもない。


 しかも、露国は椿姫のみならず戰にまで貢物を差し出したが、剛国は戰のみに留めた。此れは何を意味するのか。当然、弱小国の露国としては祭国だけでなくこの禍国との誼を通じたいという表れだ。より上位の献物を奉じる行為――あの七曜七支刀に如実に表れている。


 対して剛国は、祭国には3年前の禍根を解く為だけに来てやったのだ、こうして望む通りにしただけ有り難く思えという考えの示唆の元、何も与えず、これみよがしに千頭に一頭生まれれば上等とされる汗血馬を、惜しげもなく戰に贈った。こうして郡王を取り込めば、逆にお前の国など秋風に吹かれて倒れる枯れ草のようなものだぞと言わぬばかりの行動だ。

 それでいて、ただ、禍国に擦り寄るだけではない。稀代の名馬といいつつも、あの馬を乗りこなせた者は剛国王が語ったように今までにいないのだろう。3年前の戦いを、此方も忘れてはいないぞと言ってのけているのだ。


 だが、椿姫も戰も、それをものともせずに場を収めることで、諸王に対して己の力を見せつけた。女王と郡王が治める祭国には、いかなる手立てを用いようとも徒労に終わり、逆に権威を見せ付けられるだけになるぞと、示してみせた。

 そして露国王も剛国王も、一歩引く形を取りながらも互いの体裁を失うことなく、かつ式に堂々と遅れてくる事でこの禍国に容易に取り込まれる辺境の一国家などではないと意思表明をしてみせたのだ。



 なんだ、これは。

 何という茶番だ。

 逆に奴らの華々しい門出の為の見せ場を作ってやったようなものではないか!


「おのれ、おのれ戰め! 貴様如きが! 穢らわしい、濁った血を引く貴様ごときが」

 呪詛の呻き声を上げているとも気がつかずに、乱は親指をがりがりと噛み砕いていた。

「だが、今に見ていろ」

 乱は、怒りを必死で爪と共に噛み砕き胃の腑の奥に押し込める。

 そうだ、見ていろ。此れだけ済むと思っていたのであれば、飛んだ笑いぐさだ。

 戰、貴様が此れまで無傷で来られたのは、あの宰相の息子である『目付』とやらが、要らぬ世話を焼いてきたからだ。奴さえ居なくなれば、貴様なぞ、どうとでもできる。


 見ていろ、そして思い知れ!

 頼りの綱が無残に切り刻まれて、襤褸布のように放り出される様を、見せ付けてくれる!

「その時になって、絶望に打ちひしがれて、せいぜい泣き喚け、戰!」

 乱はがりがりと爪を噛み続けた。



  ★★★



 ふんふんと鼻歌を歌いだしそうな気楽さで、真は王宮内の戰の部屋に留まっていた。ときと別れた後、つたさんと、最後の打ち合わせを済ませると戻ってきたのだ。

 そして先程、仰々しい銅鑼だの太鼓のと言った雅楽めいた音業が流れてきた事から察するに、蔦も時も、上手く手筈通りに事を進めてくれたのだと察しがつく。


 良かった。これで、収まりがつくと良いのですが。

 無論、収まるのは戰と椿姫の周辺だけで良い。

 皇太子・天や兄皇子・乱など、知ったことではない。


 しかし囲ってみて驚いたのだが、蔦の一座の力量の凄まじさだ。

 よくも一国の礼拝雅楽を、楽譜があるとは言え、完全に演奏してみせるものだ。恐れ知らずにやり遂げる胆力もさながら、蔦を信じて付いてくる一座も素晴らしいと思う。

 彼らに楽器や雅服を卒なく提供すると確約した時も、何処にそんな『つて』があるのだと思うのだが、大抵のことは「はいはい、面白そうですな、やりましょう」と言って聞き入れて、そして期限きっちりに仕上げてくる。

 今頃は、時の「ちょっと言う事を聞いてくれるように仕向けるなんぞ、お手の物ですわ」という『技』により、剛国王から戰への献上品である巨大馬も連れ込まれているに違いない。


 剛国王と露国王の顔もたち、何よりも戰と椿姫の立場がいかに重要であるかという事実が否応なしに、諸王諸侯の脳裏に刻み込まれたことだろう。


 ――『祭国郡王・戰、この人有り』と。


 しかし、あの巨大馬をどうやって、剛国から連れてきたのだろうかと、笑ってしまう。面会を求めた時、さしもの豪胆な剛国王・闘も、この黒馬には辟易しているのは事実だと、隠し立てもしなかった。

「真とやら、そいつは見た目通りに、やたらと飼葉を喰らう。餌代がかさむからと、つっ返されて来られても、私は知らんぞ」

 そう笑って身体を揺すり、真の申し出を聞き入れた剛国王の姿を思い出して、つい真も思い出し笑いをしてしまう。


 しかし、と真は指を顎に当て考え込んだ。

 剛国王陛下は裏表のない人物、何事も良くも悪くも印象通りの御方だ。だが、露国王・静陛下せいへいかあの御方は、どうであろうか? 一見したところ、物腰の柔らかな柔和温順な性質の方のようにお見受けするが、果たしてその通りの御方とお見立てして良いものか?


「真とやらよ、椿姫は、変わらず麗しく麗華であられるのか?」

 そう訪ねてこられた折の、妖しい眸の光が気になった。確かに、露国王陛下と椿姫様は遠い御親戚筋に当たられる、国を超えて御身を気になされるのは当然と言えば当然かもしれない。しかし、何故、「健勝であるか」とか「清祥であるか」と尋ねられないのか? 何故、「美しくある」事を気にするのか? 何か引っ掛る。


 銅鑼や鐃鉢にょうはちの音が一段音を変え、風に乗り、式典が進んでいる事を真に伝えてきた。

 良かった。

 大気を震わせる雅楽に聞き惚れながら、目蓋の裏に、戰と椿姫の立派な姿を思い描く。

 真は、遠い王の間に向かい、心を込めて最礼拝を捧げた。



 ★★★



 しかし、真は暇だった。

 何もすることが、ないわけではない。

 しなければならないことが目白押しなのだが、取り敢えず相手が動いてくれなければどうしようもないので、戰の持つ蔵書の面白さに、今は目と心が奪われている真だった。


「一体何方が、読めと与えたのでしょうかね?」

 首を捻りつつ、木簡に視線を落として笑い声を堪える。


 手にしているのは、所謂『備忘録』と言われるものの写しであった。

 備忘録といえば実に体裁の良いもののように聞こえるが、有り体に言ってしまえば『うっかり忘れないように心覚えを書き連ねた内緒の覚書』だ。各部署において、こっそりと先輩から後輩へと受け継がれてきた『代々伝わる秘密の参考書、もしくは虎の巻』とも言えるかもしれない。


 戰と共に祭国の実情から推察しつつ様々な案件について話し合ってきたが、時折不思議に思っていたのだ。どうして『裏作』だの『撒き比べ』だの『専売』だのといった言葉が出てくるのかと。合点がようやくいったが、こんなものを教本にしようなどと、一体全体、どんな師匠だったのだろうか?


「お会いしたいものですね」

 このような面白い視点を持つ人が嘗ての戰の師匠としてついていたのであれば、是非、その人物を再び傍にと思う。自分の知識は、全くの独学だ。独りよがりの知識は、偏りが一番怖いと真は思っている。


 今はまだいい。

 それが露見するような事態にまだ出会っていない、今はまだいい。

 しかし、この先は分からない。と言うよりも、その事態に陥った時、戰を巻き込めない。

 戰のように、政治的な基盤というか、地力も後ろ盾も何も無い人間は、負ける事が即ち死に直結する。他の皇子たちとの政争に負けたという比喩的な意味合いではなく、文字通り、確実なる『死』だ。

 自分程度の知識で何とかなっている間は良いが、この先のことを考えれば、真実に智将と呼べる人物が、何としても欲しいと真は願っていた。


 祭国に向かう前に、是非とも戰様にお師匠さまの尊名をお聞きして、時に探して貰わないといけないでしょうね。

 備忘録を読み耽りながら、真はどんなお師匠なのだろう、今の『あの戰様』の素地を作り上げた方なのですから、まあ相当な変人でしょうと、その人物像を思い描きながら、とうとう、くすくすと笑い声を上げた。



 ★★★



 広げていた木簡の礼を丁寧に束ね直して、元の位置に戻していると、回廊からざわざわとした不穏な空気の塊が伝わってきた。

 おや、やっとお出ましのようですね。

 やがて空気の塊は、波濤のような人熱ひといきれとなって真が居る部屋を取り囲む。


 蟻の抜け出る隙すらない念の入れようは、流石にと思わねばならないのでしょうか?

 がちゃがちゃと甲冑の擦れる音が、やがてはっきりと耳に届く迄になると、真は格子に貼られた障子越しに、殿侍らを従えた刑部省司員外郎一人の姿を確かめていた。冠の色で、六品の位と知れる。

 という事は、この人物が先に書き換えを行った方でしょうか?


「そこに居るのは、分かっておる。兵部尚書にして宰相・優が息子、真であろう。大人しく、郡王陛下の御室から出るがよい!」

「しかしまあ、何とも仰々しい事ですね」

 くしゃくしゃと前髪をいじる。

 全く、側妾腹の子など人間ではないと言われ続けて来たのに、悪人扱いするときだけ立派に人間扱いされるとは。

 少し都合が良すぎはしませんか? と、真は場違いな呑気さでぼやきたくなった。



 真を取り囲む指示を出していたのは、読み通りに刑部省に所属する二十四司員外郎の一人・はくという人物だった。従六品六位下にありながらも、そこそこ有能な人物だったが、一つ難点があった。

 それは『上官は全て正しい』と頭から思い込んで、其処から物事を外して考えるという観念が、まるでないのだった。刑部省に属しながら、直属の判官を飛び越えて命じられた事を、不思議と思わないのも、殿上を許された堂上人とうしょうひと星の位を持つ高貴な方が間違いなど起こす筈がないと、固く信じているからだ。

 全て皇帝陛下の御意を得て、吾国の為に尽くされる方々が、悪事を働く筈があろうか。堂上人とうしょうひとの言われるに反駁する者こそが、悪だ。私は言う事を聞き、正しき道を整える為に働きさえすれば良いのだ。

 刑部省司員外郎・博とは、こうした人物だった。


 真に言わせれば、博は、「能がない人物というより、脳味噌がない人物」だ。

 自分で考えても、何も妙案を考えつかなかったり物事を動かす才能がないのは、仕方が無い事だ。人間、得手不得手というものがある。誰を恨むことも、またそれを謗ることもできまい。しかし、何も考えずに言われる通りにする事に、何らの疑問を持たぬとは、最早それは人ではない。『駒』でしかないだろう。



「出て来い、真とやら。これ以上罪を重ねる前に!」

 また『真とやら』ですか。この間から、やたらそう呼ばれますね。

 全く、人を何だと思っているのでしょうか。

 大声で呼ばわる博の声に、真は戰の机から離れ、格子戸の方へと歩み寄った。両手を広げて何かを放り投げるかのような動きで、すらり・と戸を大きく開け放つ。 途端に、数本の槍が喉元や胸元、背中首筋などの急所を目掛けて構えられ、取り囲まれる。


「良く自ら出てきたな、罪人。それだけは褒めてやろう」

「褒める?」

「ああ、減刑して頂く為に、口添えをしてやってもよい程の潔さとは、認めてやろうと言っているのだ」

「やれやれ……主人あるじの部屋に待機することまでが、罪に問われましょうとは」

 殊更に、真は肩を竦めて首を左右に振った。顳かみに、苛立ちと共にかちんと引っ掛るものを感じたのだろう、博がずい・と真に迫ってきた。


「何を言う。貴様は、側妾腹の出であろう。殿上どころか、宮中に入ることすらも許されぬ、庶人以下の存在ではないか、このような処まで出張ることすら烏滸がましいというのに」

「その庶人以下の存在に、何故、此処まで大袈裟に振舞われるのです?」

「知れたこと、貴様が罪人だからだ」

「では、私は一体どのような罪を犯したというのでしょうか?」

「貴様、自分で自覚というものがないのか?」

「そうですねえ……まあ、正直に言わせて頂ければ、ありません」

 くしゃくしゃと、項あたりを引っ掻き回す真の『癖』に、どうやら苛々が募る神経をもう一押し刺激されたらしい博は、更に詰め寄ってきた。


「貴様、いい加減にせぬか」

「いい加減にして頂きたいのは、此方なのですが。謂われなく、罪人呼ばわりされて、良い気分でいられる人物は、いないと思いますよ?」

 真の言葉に、博は、ふん! と鼻息を荒くした。

「盗人猛々しいというが、罪人も同様らしいな」

「いえ、其方こそ相当だと思いますが」

「何だと!?」

「人を罪人呼ばわりするのでしたら、先ずはその罪状を読み上げ罪を鮮明明快とする事が必定でしょう。ですが、先ほどから貴方がたは、私を罪人呼ばわりするだけで、明確な罪を示されてこられない。何故です?」

「ふん、そんなものはどうでも良い。お前に罪がある故に、引っ立てて来いと申し付けられた、それで充分だ」

「それは可笑しな話です。罪状なしに捕縛する事は、誤認を防ぐ為にも固く禁じられております。このような愚かしい行為を許しては、皇帝陛下の定められし國法に反します」

「ふん、貴様は何も分かっておらんな。その皇帝陛下の御為に全てをなげうち、忠誠の限りを尽くされておられる星の位を持たれる方が、間違いを犯す筈がなかろう。罪状は何れ明かして下さる故、とにかく共に来るがよい」


 支離滅裂だな、と真は呆れて危うく失笑しかけるところだった。

 頭ごなしに自分を罪人と決め付けてはいるが、その罪の所在を明らかに出来ない。それこそが罪であろうとつつけば、罪と定めた殿上を許されし御位の尊い方が間違いという罪を犯す筈がないと言う。

 それならば、皇帝陛下は「おぎゃあ」と産声をあげられてから今日まで、毛一筋程の過ちも、犯されていないという事になりますね。


 馬鹿らしい、と真は思った。

 尊い血筋が全て正しければ、戰様や椿姫様が、あのような不当極まる扱いを、何故受けねばならないのですか。


「尊厳のある御方々が過ちを犯されないのであれば、貴方のような役職の方などまず無用の長物でしょう」

「な、なに!?」

「皇帝陛下が全てお一人でなんでも采配決裁なされればよろしい。この世には、陛下がただお一人のみ存在なされれば、それで良いだけのことになります」

「ぬ、うぬ!?」

「まあ、そこまでは言いますまい。しかし、尊き貴き血筋が全て正しいのであれば、私は私の主人あるじである新たな郡王陛下の御命令に背く訳には参りません故、此処から離れる訳にはまいりません。どうぞ諦めなさって、とっととお下がりを」

「何だと、貴様、愚弄するか! 私に命令を下された御方を何方と心得る!」

「さあ?」

「貴様!」

「貴方に命令を出された方が、何れの御方かは存じ上げませんよと、素直にお答えしているのに、何故怒られなければならないのです?」


「おのれ、愚弄しおって!」

「よく知りもしないお相手を愚弄するほど私は賢くはありませんし、暇でもありません。私は尊い血筋の我が主人あるじの為、私の役目を果たす為に此処にいるのです。どうぞ、お下がりを」

「ふん、何が私の役目だ」

「おや、貴方がおっしゃられたのではありませんか、尊い御方は間違がわれない、と。であるのならば、郡王陛下となられた我が主人あるじの尊意に間違いはありえません。私は此処から離れる訳には、ますますまいりませんよ」

「は! 貴様が如きに果たせる役目などが、この世にあるものか。あるとるのならば、主人あるじの為にとっとと縛につく事くらいだ」

「そうなのですか? それは知りませんでした」

「殿上を許される事のない貴様が、他にどのような役立てるというのか。せいぜい、潔く罪を認めて死ぬこと位だ」

「その罪がいかなるものであるか定かに出来ぬと言われては、罪を認める訳には参りませんよと申し上げているのに、其方こそ、いい加減になさって下さい」

「ふん、いい加減にするのは、貴様だ!」

「はあ」

「罪がなければ、罪を作り上げればよいのだ。最もらしい罪状など、いくらでも考え出して貰える」

「私が無実であろうとなかろうと、関係がないと?」

「そうだ、お前は素直に捕えられて、ただ頷いて受け入れておればよい」

「ありもしない罪を認めて頷きなどできませんよ」

「ああ、なんと理解の遅い奴だ。星の位を持たれる開府儀同三司と同等のお力を持たれる御方が、過ちを犯す筈がないと何度言えば分かるのだ。だから、誤りがあるとすれば、お前のような輩に決まっている。罪がなければ後からいくらでも作り上げてしまえばよいのだ、いつもそうされている、これだけ言って、何故わからんのだ馬鹿者め」


 どちらが馬鹿な話をされているのでしょうか、と真は呆れてものがいえない。

 興奮しきった博が、真にのせられて全てをぶちまけてくれたは良いが、何処まで腐っているのだろう。

 想像通りだったとはいえ、こう明白あからさまに真っ向から言われると胸糞悪いことこの上ない。


「つまり、我が主人あるじの力を削ぐために、私を消し去ろうと、まあそういう訳ですね?」

「そうだ」

「私が、貴方がお仕えする方にとって邪魔な存在であることが罪であると、そういう訳ですね?」

「おお、そうだ、その通りだ」

「で、最もらしい適当な罪状などは後から考えればよいから、とっとと捕まって取り敢えず殺される用意をしろと、そういう訳ですね?」

「そうだ、何だ、分かってきたではないか」

「はい」


 にこにこしながら真が答えると、にやりと博は興奮しきった顔を歪めた。

 勝ちを収めたと確信したのだろう。腕を上げ、真を捕縛せよと無言の指示を出す。

 しかし真は悪びれもせず、にこにこしたまま、彼の後ろに控える人物に声をかけた。


「とても良く分かって頂けたと思います、ねえ、殿中侍御史でんちゅうじぎょし克殿」


 真の呼び掛けと共に、彼に向けられていた全ての槍や矛は、その鋒を博の方へと定めを変えた。



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