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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
一ノ戦 祭国受難
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1 商人・時(とき) その2

1 商人・ときその2



 その後、約6年間は(真にとっては)とりたてた大事もなく、ゆるゆると時間は進んだ。

 父・優は宰相の地位を重ねて賜った事により、軍人畑のおとことしては最上位の地位にまで登りつめ、実に精力的な毎日を忙しくてかなわんと嬉しそうにぼやく日々を過ごしている。

 また商人・時は、河国との戦に際しての尽力が、優の口添えも過分にあったとはいえ認められ、宮殿内に深く食い込む機会を得、此方も忙しく大金小金を貯め込む事に余念のない毎日だ。無論それは、優が時を使って、後宮の妃たちを首謀とした権力争いを未然に防ぐための情報収集をさせるためでもあったのだが。


 父・優と商人・時の充実した張り詰めんばかりの日々を送っている様子を、少年・真はふ~ん……と、頭をかきながら欠伸をし、呑気に眺めるばかりであった。

 だが真にとっては、ずっと続く筈だと思っていた呑気な日々を打ち破る不穏な影は、結構遠慮もなく、突然にやってきた。



 ★★★



「来たか、時よ」

「はい、はい、宰相様」

「今日は、どのような話か?」

「はい、はい、宰相様におかれましては、少々、頭の痛きお話になりますか」


 宰相・優の前にあっても平伏すらせず、商人・時は手を揉んでいる。しかし、優は時の勝手にさせていた。この数年の付き合いで、時が持ち込む『話』を無視してはならぬと身に染みているからだ。

 果たして時は、隣国、祭国さいこくが更に奥地の剛国こうこくの後ろ盾を得て、禍国かこくに歯向かう姿勢を見せ始めたという情報を披露した。折れ曲がった腰を更に屈折させて平身しながら手を揉みつつ、宰相・優にその旨を告げる。ふむ・と聞き入っていた優は、それで、と言葉を繋いだ。


「今回は、誰が騒ぎ出しておるのか?」

「恐れながら、安皇后様あんこうごうさま寧徳妃様ねいとくひさま明貴妃様めいきひさまのお三妃方に御座いますれば」

 揉み合わせていた手を離し、商人・時はつるりと皺にまみれた顔をなで下ろした。


 皇后・あんは言わずと知れた、皇帝・けいの正妃だ。

 その御位は皇帝と同等である。


 が、惜しむらくは彼女の腹出の御子に、皇子はいなかった。彼女そっくりの、青白い癖にぼってりとしたおちょぼ口が特徴の、皇女が一人いるばかり。皇女が皇后腹出である・という事実を最大限に活用し、どんなに贔屓目に見たとしても、ぶっちゃけて言ってしまえば『可愛い』とは到底言難い、小太りの姫君だ。

 一族を賭けて皇后として嫁ぎ君臨してきたが、皇子を産めなかったというこの一点においてのみ、彼女は『出来損ないの腹袋の女』の烙印を押されて干されていた。


 それだけでも屈辱だというのに、皇后・安の一族は彼女の年の離れた兄、大司徒・じゅうに代替わりするや直様、娘を後宮に送り込んできたのだ。それが徳妃・ねいだ。彼女の腹からは逆に3名の皇子が誕生し、その長子は皇太子として擁立されている、皇子みこてんだった。


 更に一族の為として兄の弟にあたる叔父、大令・ちゅうまでもが、娘を入宮させてきた。それが貴妃・めいであり、彼女はなんと皇子と皇女をそれぞれ2名づつ懐妊出産にこぎつけていた。ちなみに、徳妃・寧と貴妃・明のそれぞれの皇子・皇女の容貌はというと……。

 皇帝・景の血などよりも、彼ら同族の血の威力は凄まじいようだ・とだけ、述べておこう。


 さて、それぞれの背景を後ろ盾として権力を振る同族の妃の中で、最も御位みくらいの高いはずの皇后・安の地盤は、既にヒビが入り、立つことも覺束おぼつかぬほどであった。焦る皇后・安が考え出したのは、彼女の姪にあたる徳妃・寧の腹出である皇太子・天の追い落しだ。

 丁度良い頃合に、愚か者としてつとに有名であった祭国が、隣国・こうの助力を得て楯突いてきたという話を耳にした。これを利用し、皇太子・天を追い落とすべく、何か策を練れば良い。


 しかし、一体どのようにすれば良いのか……。

 皇后・安は部屋の中をうろうろと猪のように歩きまわり、遂に、はたりと手を打ち合わせた。そうだ、『あれ』がおるではないか。皇后・安の指すところの『あれ』とは無論の事、皇子みこせんの事であった。


 皇子・戰の母・麗美人れいびじんは既に身罷り、彼女の母国・ろうは属国扱い。皇子に、さしたる力があるわけではない。だが、皇子・戰の持つとかいう、天性の――覇王の宿星とやらを利用せぬ手は、ないではないか。

 皇后・安は、にたりと口角を持ち上げた。戰を総大将とさせ、手柄を立てさせよう。その折には、わたくしが後ろ盾として奴の手柄を大仰に持ち上げ、陛下に認めさせよう。さすれば、皇太子・天の覚えは悪くなる。


 戰を己の政争の小道具にと画策しだした皇后・安の動きを察知したのは、実は貴妃・明であった。彼女とても、己の第一皇子・らんを皇太子にしたい。大年増、いやばばあの域にある皇后・安を追い落し、自らも皇后・明として輝きたい。

 しかし、皇后・安と徳妃・寧の存在がその全てを邪魔してくる。そこで貴妃・明は子飼の宦官を利用して、皇子・戰を総大将にと皇后・安の進言を受け入れかけていた帝・景に、少しずつ毒を注いだのだ。

 覇王の星をもつ皇子・戰に、たとえどのような小さな戦であろうとも、手柄を立てさせてよいものか? 覇王とは、全てを追い落とす星、つまりは皇帝陛下をも討ち取る宿星ではありませぬか……? 


 皇后・安と貴妃・明の暗躍を知った徳妃・寧はせせら笑いつつ、二人の動きを見守っていた。どうとでも動くが良いわ。我が皇子・天はどのような乱世においても、動じることのなしという宿星に護られておるのじゃ。如何に皇子・戰が覇王の星を輝かせようと、その光が届くことはないのじゃ。

 しかし、徳妃・寧の父である、大司徒・じゅうがそこに絡んでくる。先の河国との戦で一気に頭角を現してきた、兵部尚書でもある宰相・ゆうが、彼には煙たくてならない。


 剛直一本の宰相・優は、これまで大司徒・充を中心にして作り上げてきた諸侯・貴族を中心とした政治の在り方に、真っ向から対峙する厄介な存在となりつつあったのだ。王族・諸侯や門閥貴族の出身ではなく、剣技による忠誠を貫く宰相・優。一本道の誠意でもって突き進み、政治の中央に食込んできた優は、才能がありながらも芽を潰されてきた下層階級につとに人気がある。奴らを相手にするなど汚らわしくも甚だしいが、不穏な材料となるものは、早めに叩き潰すに限る。


 そこで目をつけたのが、宰相・優が娶ってから既に20年近くもたつというのに未だに入れ込んでいるという側室の存在だ。確かその側妾腹の息子を、宰相・優は持っているはず。その小坊主を使って、奴の向う脛を思い切り叩いてやろうではないか。



 ★★★



 商人・時から入手した事の仔細を聞いた優は、暫くの間、腕組をしたままであった。が、徐に立ち上がると、窓ベリに静かに歩み寄った。窓からは、彼の側妾腹の息子・真が篭る書庫がよく見える。


「時よ」

「はい、はい、宰相様なんなりと」

 一気にまくし立てて喉が渇いた時は、椀に注がれた冷たい井戸水を、一気に喉に流し込んでいる最中だった。

「真の奴は、上手く立ち回ると思うか」

「はてさて、それはどうですか。わたくしには何とも言いようが御座いませんが……」

「が?」

「恐れながら、息子君むすこきみ・真様に此処は賭けてみてもおよろしいのでは?」

 ふむ・と優は頷く。商人・時に、その言葉を期待していたというのがありありとわかる態度であった為、彼も調和して彼の欲する言葉を用意した。


 しかし、とにもかくにも面倒くさいというのが理由で、本を読む以外の事柄全てを後回しにする、厠に行くのさえ粗相ぎりぎりまで耐える、あの真という少年が、何処まで踏ん張りをみせるものであろうか? 


 時は手を揉みだした。

 齢70を超えて、人生の最後に際において実に面白くなってきたものだわい。好き勝手し、美酒・珍味を喰らい、悪どい事も嗜み、女も楽しみ、金儲けもした。なかなか良い人生の部類であることは、この長寿を保っている事を見ればわかる。だが、胸が躍るような局面に出会ったことは、終ぞなかった。

 そんなものは、どれだけ金を積んだところでてにはいるものではない。しかし今それが、無造作に彼の目の前に転がっているのだ。手を伸ばさずにいる馬鹿がどこにいるというのだろう? 

 自分には家族と呼べるものはなし、たなは有望な奴に譲れば良い、残りの人生を楽しむだけに生きてみても、もはや『バチ』は当たるまい。


「時よ」

「はい、はい、宰相様」

「皇子・戰様の率いる部隊に、お前も同行せよ。金で何とかなる事柄であれば、助力してやってくれ」

 はは・と恭しく平伏しつつ、時は少年のように心が躍っている自分が楽しくて仕方が無かった。



 ★★★



 かくして皇子・戰の戦に同行した時は、少年・真の立案した作戦が実行されて、敵味方の一兵卒たりとも欠けぬ勝利を得るまでを、まざまざと見せつけられた。

 いや、それだけではない。少年・真に命じられるままに動かした自分の金が、この戦局を作り上げていく様子を、魅せてもらえた。


 通常、相手の補給路を絶っての持久戦になった時に、実質的な敵は味方といえる。即ち、兵士の自制心を如何に統制するか。ただこの一点に、作戦の成否がかかっている。戦場に赴いて勝ちを得て凱旋し、たとえ微々たるものでも恩賞を手に帰る事ができるからこそ、歯を食いしばって兵士は戦うのだ。

 しかし、此度の戦いは戦わない。兵士たちは当然、不安に駆られる。

 たとえ戦に勝ったとして、恩賞は手に入るのか?


 ざわめく兵士の心を宥め・心安んじたのは、真に命じられるままに、裏で時がばら撒いた金の威力ちからだった。毎日を無事に過ごせば、その日の日当としての賃金を渡し、望む者は祖国への送金を許した。かえり馬には、祖国から家族の安堵と感謝の手紙が積まれていれば、兵士たちは戦わずとも心を強く保っていられた。

 何をしても良いと皇帝・景に許されてはいたが、それを可能にするだけの財力を戰は与えられてはいなかった。時の金の威力をまざまざと見せつけられた戰は、蔑むところか、にこにこと屈託のない笑顔で称えてきた。


「今回の勝ち戦は、真とお前あってのものだね。礼を言うよ、ありがとう」

 平伏しながらも、時は皇子みこせんの笑顔に痺れるように実感した。己の金が、戦を左右したのだ。この戦に参戦した確かな証が、この皇子の笑顔、そして勝利なのだ。胸が踊らずにいられようか。

 しかし、心躍るのはそればかりが理由ではなかった。


「面白いのう、面白いのう、実に面白いのう」

 部屋を出、手を揉みながら、時はにやにやが抑えられない。鯰の触覚のような髭を指先で紙縒こよりながら、ほうほう・と梟のように笑う。

 常の王侯貴族というものは、商人の稼ぐ金に群がるくせに、金を転がしてより大きな金を得る商人を、蛇蝎の如きに嫌い、肥壷のように穢らわしい存在として嘲り嗤うというのに。


 しかし、この皇子・戰様は違う。素直に金の威力を認められ、それを練りだした己の手腕を認め、讃えてくれている。側妾腹の少年・真もそうであるが、彼や自分のような身分の者を、丸ごと受け入れている皇子・戰の存在も面白くてかなわない。何という御人なのか。


 この先はどのような流れになるか知れないが、此処はお一つ、皇子・戰様と真様に、この皺枯れじじいの人生の全てを賭けてみようじゃないか……。



 ★★★



 王都に戻り、真が戰の義理妹いもうとしょう姫を娶った祝いに駆けつけてから3年。商人・時は彼らに食い込もうと挨拶周りを欠かさない。いつの間にか、真はその終の棲家と定めた大切な書庫に、皇子・戰のみならず商人・時までも出入りさせ、その懐から出される棗菓子を受け取るまでの間柄になっていた。


「ああ、でも今日も本当に何も起こらないね、良いことだ」

「ですね」


 のんびりした口調の戰に、蔵書から顔も上げずに真は適当に答える。ほっほっほ・と、時は笑いながら懐紙を解いて、干し棗の菓子を戰と真に差し出した。

 



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