22 罪と咎と罰 その6
今話は過激な暴行シーンがございます
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22 罪と咎と罰 その6
背後からそくそくと感じる気配は、殺気まみれであった襲撃者たちとは、まるで違うものだった。
しかし、この気配には一度出会ったことがある。
「土蜘蛛、だったな」
芙がゆっくりと背後を振り返ると、鞭状の細縄の先に鏢を付けた不思議な武器を手にした女が立っていた。
いや、今回は鏢ではなく四股の鉤が付いている。四方に皮がむけたように反りくり返っている鉤は、黒々とした禍々しい鈍色だった。鉤の色を見た芙が微かに目を細めると待っていたかのように女が口を開いた。、
「そう云うおのしは芙というたの」
鴻臚館での、炎と煙の只中での対峙の時は互いに面体を覆っていた。
だが、今、女――土蜘蛛は素顔を晒している。
筋の通った高い鼻に細短い眉、切れ長の一重瞼の奥に光る眸は、氷柱のようなきりきりとした冷たい光を放っており、そして薄紫の肉付きの細い唇をきゅ、と固く結ばれている。
だが、意志の強さ、決意の表れ、といった、切羽詰まったものを感じない。
――此れまで相対した敵とは何かが根本から違う。
と思った途端、芙は、土蜘蛛の構えの不自然さに、漸く気付いた。
そうか、恐ろしさを感じない。
今の土蜘蛛からは相手の命を奪ってでも任務を遂行してやるという気がない、迫力が感じられないのだ。鴻臚館での容赦のない攻撃を思えば、背後を取っただけで満足する女でないことは明白だ。
だが土蜘蛛は、武器を手にしているだけで動きを見せない。
「何が目的だ」
「おのしを足止めしてやりたいだけじゃ。此処にこうしておるに、他の理由なぞ考えられまいぞえ」
芙が問いかけながら匕首を構えると、頤を跳ね上げて笑った。
笑い声だけは、あの時と変わりがない。
思わず目を眇める芙を、土蜘蛛はふふん、と鼻で嘲笑う。身構えると、ひゅ、ひゅ、と空を切る音をたてながら鉤を回し始めた。だが矢張、鉤が産む風切り音にも鈍い臭気を撒き散らす鉤にも、殺気は乗っていない。
「土蜘蛛」
「何じゃ」
いっそ楽しげに、朗らかに言葉を返す土蜘蛛を前に、芙は身構えを解いた。
「お前の本当の名前は何だ?」
思ってもみなかった言葉なのだろう、土蜘蛛の細い目が見開かれた。
其処には、轟々と唸りを上げる怒りの渦が見えた。
★★★
「そんなものを聞いて何とする気じゃ、おのし」
「矢張あるのか」
芙が匕首を鞘に戻して肩の力を抜くと、反対に土蜘蛛の背中がまるで攻撃態勢に入った猫のように丸く逆だった。
「儂の名なぞを、何故、気にするのじゃ」
「女に、そんな醜い名前を付けるとは思えなくてな」
再び頤を跳ねさせて、土蜘蛛は笑った。昏い廊下に冷え冷えと谺する。
「では、問うてやろう。どんな名ならば美しいとお前は云うのかえ?」
肌を直接突く氷のような冷え切った声音で芙を刺そうというのか、土蜘蛛はがちがちに力んだ冷気の塊と化している。
反対に芙はそうだな、と首を傾げて子守をするかの様なゆったりとした、静かな声で答えた。
「俺の知る限り、親兄弟に愛されて産まれて来た子供は、皆、温かい名前を持っている」
脳裏には、薔姫や学、類と豊の子である福や大や丸、そして真の妹である娃の姿が浮かんでいた。
皆、明るく朗らかで屈託の無い、そして隔ての無い笑顔を『草』である自分たち一座の者に向けて呉れる。
芙の答えに毒気を抜かれた顔付きで、はん、と土蜘蛛は鼻を鳴らした。
「お前も私とさして変わらぬ身の上であろうが? 親兄弟に塵芥のように捨てられただの、売られただのした身の上ではないのかえ? 仲間内に一人の女子も居らぬのかえ? おるじゃろうが、その娘もお前同様、穢れた仕事を背負う身じゃろうが。名ばかり立派でどうする気じゃ? 所詮は流浪の賤民に過ぎぬさもしい身じゃろうが? そんな『もの』が一端の人間扱いを求めても幸せを得らりょう道理はなかろうがえ?」
珍しく、土蜘蛛は饒舌多弁に捲し立てる。
『もの』か、と静かに芙は呟いた。
確かに自分たちは日陰にしか生きられぬ苔のように這い蹲って生きてきた。
必要な時だけ適当に煽て上げられ、用がなくなれば石塊を投げるように捨てられるのが常の世界に生きてきた。
だが。
「卑賤の身といえども己に正直に生きている女は愛されるものだ」
嘲笑する土蜘蛛に、芙はすらりと言ってのけた。
妹分である珊は、自分の心に素直に正直に、曲がるも捻る事もなく真っ直ぐに克に向かって気持ちを伸ばしている。その姿は清々しい程の生命力に溢れており、儚さや陰に篭る処など一辺もない。
娘として真っ当な幸福を掴めと見守りこそすれ、珊が人として当然の生き方を得られぬなどと、自分も仲間も主人である蔦も、周囲の誰も思っていない。
暖かい眼差しと軟らかな笑い声、生き生きとした伸び伸びとした空気。
珊は其れらに手を伸ばそうとしているから、自然と愛されているのだ。
当然のものとして、名前を呼んで貰えるのだ。
「お前は本当に、その名前のまま陽の下で暮らせるというのか? 土蜘蛛と呼ばれて何も思わないのか? 土蜘蛛と想う男に呼ばれてそれで良いのか?」
そもそも、真たちと知り合い祭国に根を下ろしてからというもの、自分たちは非人扱いされた覚えがない。
「男に名を呼ばれて心が弾む、当り前の事すら経験していないのか?」
土蜘蛛の嘲笑が、ひゅ、と剃刀のように冷たく止んだ。
ぎろぎろと黒目を怒らせて芙を睨んでくる。
いつの間にか、脚を微かに開き前屈み気味になっていた。ひゅ、ひゅ、ひゅ、と空を切っていった鉤が、一瞬身を潜めたかのように静かになる。が、次の瞬間、飢えた熊が爪を飛ばすような鋭さで芙の顔面を目指してきた。
流星の様に刃を瞬かせて芙の匕首が閃き、目を、鼻を、頬骨を、額を、唇を喰わんとばかりに獰猛に突進してくる鉤を阻む。鴻臚館での戦いの折は栗少年を抱いていた為出来なかったが、今回はいとも容易く鉤と縄の結び目を目前で掴んで止めた。
むらむらと怒りの蒸気を発する土蜘蛛に、芙は短く嘆息した。
「臭いな」
言わんとする処が見えないせいか、鉤を引いて戻そうと試みながら土蜘蛛の目が眇められる。
しかし、片手でありながら、ガチリと掴まれ、ぴん、と張り詰めた縄はびくともしない。
雨雫のような、ひや、としたものが顳かみを撫でて行くのを感じながら土蜘蛛はもう一度縄を引く。が、芙に捕らえられた鉤は、矢張びくとも動かない。
「饐えた汗に凝り固まった土埃と腐った血肉の臭いがする」
芙が手首を回転させると、いとも容易く一回転分の距離が縮まった。
ちか、と土蜘蛛の眸に怒気が宿り瞬く。
「其れがどうした。此の武器で、幾人の敵を屠ってきたと思うておるのじゃ。臭って当然じゃろうが」
ふん、と嘲り笑う土蜘蛛を憐れむように、芙はもう一度溜息を吐いた。
「女は、もっと優しい匂いがするものだ」
薔姫や珊、福や鈿の明るさに惹かれ、魅了される若者は多い。
自分に伸し掛る暗さを恨み辛みにして抱き抱えるのではなく、空を見上げて笑いながら跳ね除ける強さは、文字通り、朝露を浴びた野の草花に似た逞しい美しさがある。
椿姫や苑の凛とした、其れでいて全てを赦し包み込む包容力に傾倒する者は後を絶たない。
王宮の中にて保護され花よ蝶よと例えられる麗しの姫君たちにはない、土の匂いと芳しい生命力を感じさせる彼女たちの振る舞いは、陽光の温もりに満ちた安堵感を慈愛と共に与えてくれる。
「幸せを呼び寄せるよう、真心を込めた温もりのある名前を貰うものだ」
腹を使って、土蜘蛛は哄笑した。
心底、芙の言葉を馬鹿にしているのだと証明するかのように、けたたましく笑い続ける。
「真面目くさって何を云うやらと思えば! 戯けた事を! おのしはとんだ莫連者じゃの!」
土蜘蛛の高らかな笑い声に、獄の奥から埃を立てて響いてくる野太い悲鳴が重なった。
★★★
悲鳴を合図に、芙はすらりと匕首を抜き、手首を旋回させて縄を切った。
途端に、鉤は足元に転がり落ちる。
力任せに鉤を引き続けていた土蜘蛛が、ちぃ、と舌打ちをして張りを無くした縄を手元に手繰り寄せる。が、芙は悲鳴の方に意識を集中させた。
――あの悲鳴。
散々ばら聞かされた声だ。聞き間違える事はない。
――右丞……?
奴が居るのか?
真の兄である右丞・鷹が、矢張、此処で罰を受けているのか?
大保の屋敷に奴は向かったのではないのか?
だが、あれは確かに右丞の悲鳴だ。
芙の黒目に疑念の霞が入ったのを、土蜘蛛は見逃さない。
ほっほほほほ、と哄笑し続ける。
「気が付いたのかえ? そう、あれは右丞じゃ」
「矢張、右丞が囚獄に捕らえられ、大令より咎められているのか?」
――ならば、大保の屋敷より戻り直ぐ、捕縛されたとでも言うのか?
芙の考えを先読みしたのか、まさか、と土蜘蛛は唇を尖らせつつ肩を竦める。
今までの余裕が消し飛んだ芙の焦りようが楽しくて仕方がないのだろう、薄い唇には余裕の笑みが艶々と浮かんでいる。
「私の役目は此処までじゃ。後はおのしの好きにすればええわえの」
「何?」
「お前を足止めしてやりたいだけじゃと云うたであろう? 必要がなくなれば引くだけの事じゃわえな」
睨みつつ芙は、人集の気配が即即と近付いて来ているのを感じ取った。
ふふん、と土蜘蛛は勝ち誇る。
「おやおや、やっとお出ましかえ。大保様の御計画に狂いが生じてしまうじゃろうが」
使えぬ奴らを使役するのはほんに骨が折れることじゃ、と土蜘蛛は嗤う。
此方にやって来る気配は、訓練された者ではなかった。全く統一性がなく、乱れに乱れた粗暴な脚音から隠しようがない。
――だが、今度は何処の誰だ?
沓音を確かめて更に表情を強くしている芙を舐めるように見詰め、土蜘蛛はくつくつと含み笑いを零して武器を仕舞う。必死で脚音から相手を割り出そうと意識を集中させている芙に、土蜘蛛は勝者を宣言する勝鬨の銅鑼のように、高らかな笑い声をあげた。
「お前は郡王に仕える男以上に策を齎す者は此の世おらぬと思っているから、其の様に呑気に構えておられるのじゃ。じゃがの、大保様の前では、どんな策士がひねり出した案も児戯に等しいのじゃ――よう、身に沁みて覚えたかえ?」
恍惚となりながら、うっとりと熱を帯びた言葉で綴る土蜘蛛を前に、芙は足元に落ちた鉤に脚をかけた。
カツン、と硬い音を響かせて鉤は跳ね、次の瞬間には芙の手に収まっていた。
己の武器である鉤が敵である芙の手に渡っても土蜘蛛は些かの動揺も見せない。
寧ろ、唸りながら此方に迫ってくる途切れぬ悲鳴にばかりに、楽し気に気持ちを馳せている。
――獄の最奥から轟く悲鳴は右丞のものだと土蜘蛛は言った。
しかし、右丞・鷹は大保の屋敷に向かった筈だ。
その大保の屋敷には真殿が居る、いや、居たのだ。
だがあの悲鳴は右丞のものだ。
もしや、まさか――いや、それならばあの悲鳴の説明がつかない。
どうなっている!?
此の奥に……真殿は居ないのか!? 居ないのか!?
どうなんだ?
「……真殿……」
芙が焦燥感を冷や汗として滲ませると、にや、と土蜘蛛は嗤った。
「貴様!」
叫びざま、芙は鉤を土蜘蛛に向けて投げ付ける。不規則な動きで、しかし確実に喉元と胸元を狙って切先を閃かせる鉤を、土蜘蛛はまるで踊るような優雅な動きで避けてみせた。
「此の奥に……奥に居るのは、右丞と、他に誰が居る! 答えろ!」
「御大層な美しい名前を持つ、おのしの綺麗なお目々で確かめて来るがええわえの」
楽しい光景がおのしを待っていて呉れる事じゃろうよ、と肩を窄めて土蜘蛛がもう一度嗤う。
ぎり、と奥歯を噛み締めた芙は、彼女の喉が跳ね上がるより早く匕首を閃かせる。
だがその時にはもう、高笑いを棚引かせてだけして、土蜘蛛の姿は消えていた。
★★★
土蜘蛛が消えると同時に、獄舎内にどやどやと荒くれた気配が踏み込んできた。
「おぅおぅおぅおぅおぅ! 貴様ぁ、何者だぁ!? 答えろぉ!」
立ち尽くす芙の背中に気が付いた先頭の男が、下品に荒らげた声を上げる。
背後に迫りつつ脅し文句の常套句の能書きを浴びせ続ける男たちに、芙は匕首を片手に背中を見せたまま呟いた。
「お前たちこそ誰の手の者だ? 右丞か? 其れとも大令か?」
目を眇め太い眉尻を跳ね上げつつ、聞いているのは此方だ小僧! と叫びつつ、先頭の男が芙を掴みに掛かる。
古傷に塗れた節榑立った太い指が、芙の腕を掴んだ。
途端に、男は叫び声を上げた。
逆に、がっ、と手首を掴まれたかと思うと、瞬時に自身の背中に腕が捻り上げられていたのだ。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁっ!? ぎ、ぎぎぎ、ぎざ、まっ!?」
鴨が泣き騒いでいるかのような濁声で怒鳴り、男は背後の芙を振り返ろうとしたが、ひり、と首筋に冷たい気配を感じて押し黙る。いつの間にか匕首が蝶のよう舞い、首筋に当てられていたのだ。
「此の奥に居るのは右丞だな?」
ぎゅく、と珍妙な音が、男の喉仏付近であがる。
「では、右丞は誰の命令で誰を責めている?」
芙の声音はだが、数を頼みにしているのか、へっ、と芙の爪先目掛けて唾を吐きかけた。
芙の爪先を汚す事はなかったが、唾はべちゃり、と蛙が投げ捨てられた時のような音を立てて地面に張り付いた。視線のみで唾の行先を追った芙は、唾が猥らに地面に吸い付いた様を見届けると、嘆息するように囁いた。
「そうか、其れが答えか」
言うなり、芙の身体が瞬くように踊った。
男の腕を更に捻り上げ、ごきりと音を鳴らしながら肩を外したのだ。
絶叫と共に姿勢を崩した男の腰に、更に膝蹴りを喰らわせ脇腹の骨を砕く。
白目を剥いて舌を出し、気絶した男に向かって匕首を閃かせ、柄の部分で顳かみを強かに打ち据える。ごっ、と岩と岩をぶつけたような鈍い音が響き渡った。
どさり、と男が地面に崩折れると、彼の背後に従っていた男たちが芙目掛けて飛び掛ってきた。
「てめえ!」
「この野郎!」
「覚悟しやがれ!」
だが、闇雲に互いの連携なしの攻撃を仕掛けられても、芙にとっては児戯の相手をしてやる以下の事だった。
匕首を構え直すと、姿勢を低くする。
一斉に自分に集中攻撃を仕掛ける男たちに、芙は順に掌底を喰らわせて行った。
男たちが姿勢を崩した処で、肩を殴るように打ち据え、前のめりになった処で更に膝に蹴りを喰らわせて膝頭にある皿を砕く。
場合によっては、匕首を使って足首の裏に走る腱を打って、動きを止めた。
殺さず、而して逃げ出せぬよう、併も口を割らせられるように。
一人、二人、三人、四人……と仲間が次々と倒されて、累々と地面に這い蹲らされていくと、男たちの勢いが鈍ってきた。
逃げ腰になり始めるや否や、じりじりと後退し始める。が、芙の勢いは増すばかりであり、都合よく男たちを見逃してやる気などさらさらない。寧ろ、怒りにより人型の旋風と化していた。
――糞!
土蜘蛛の少ない言葉と襲撃してきた男たちから漸く事態が飲み込めてきた、自分の愚かさと迂闊さを呪いに呪った。
大保・受は、弟である大令・兆を利用したのだ。
兆が召抱えた真の異腹兄である右丞・鷹は、其の場其の場の己の気分と欲に酔って動く、到底、同門とは思えぬ低能の人だ。
唯一、人に勝ると誇れるものいえば、そう、肥大した自己と自惚れと自尊心であろう。
その鷹は、祭国にて栄達を始めた異腹弟である真を、女が悋気焼きするように恨んでいる。
実力もない癖に郡王陛下の義理妹姫を娶った、ただ其れだけの事実に寄りかかり、あろう事か賤民の身でありながら、厚顔にも身内面し、剰え能もないのにのうのうとのさばっているのだ――と。
異腹弟を恨みに恨んで恨み抜いている右丞・鷹の異常性を利用して、大令・兆は真を貶めんと画策暗躍しているが、大保・受は、異様なまでの嫉妬心を晴らそうとしている、その同腹弟を利用したのだ。
――簡単な事だ。
ほんの一言二言、大令の耳元で囁けば良いだけだ。
右丞・鷹に真殿を襲わせればよい。
祭国にて、右丞は郡王陛下と妃殿下との間にお生まれになられた皇子様の血筋を疑う発言を後主の耳に入れて扇動した。
その罪を隠しつつ、積年の妬み嫉みをおおっぴらに発散できる。
事後処理と隠蔽工作はしてやるから心配するな――
こう囁かれれば、右丞の為人ならば確実に喰らいつく。喰らいつかずにはいられまい。
土蜘蛛の態度から、兆に煽られた鷹が真を捉え拷問にかけたのは、もう間違いない。
聞こえてきた悲鳴が右丞のものである処から、考え難いが真が反撃し、奇跡的に其れが図に乗ったというか成功したのだろう。
だが、右丞が一人であるとは此れもまた考えられない。
自分を大きく見せずにはいられぬ鷹の事だ。
数を頼みに真に暴行を加える姿こそ右丞には似合いであるし、必要以上に周囲に人を置いているに違いない。
そうなれば、喩え真の反撃が上手くいったとしても其れは鷹に対してだけの事だ。
今は既に別の騒ぎが起こって気配が騒然としてる。真の声が、気配がない以上、先に周囲に居る輩にどうにかされている可能性の方は高い。
そして土蜘蛛は、獄舎に必ず自分が忍び入ると確証していたからこそ、時間を指定して男たちに踏み込むように指示しておいたのだ。
右丞が、真殿を、と其処まで考えて芙は、糞! と唸りながら悍ましい予測を追い払うように、激しく首を左右に振った。
――一刻も早く踏み込まねば。
気持ちばかりが逸る。
「糞ぉ! 其処をどけ!」
暴風雨により、年輪を晒して木々が道々に倒れるように、男たちは芙に叩きのめされて丸太のように地面を転がっていく。
其れでも、芙の気は済まない。
――どうして気が付けなかった!
大保の手の上で、何程踊らされているんだ、俺は! 俺たちは!




