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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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22 罪と咎と罰 その2

※  注意  ※


今話は過激な暴行シーンや拷問シーンがございます

苦手な方はブラウザバックでお願いいたします

22 罪と咎と罰 その2



 囚獄ひとや・徹に教えられた獄を認めた芙は身を隠し、獄舎全体を伺いながら暫しの間、人の出入りを探り続けた。


 ――妙だな。

 細めた視界の先では、気配が慌ただしく動いている。確かにあの獄は使用されている。だが、獄内への入室許可その他の記録諸々を確かめたが、大令本人がひとや内に入った形跡はない。

 極秘裏に、という事も有り得るが。

 逆に疑えと言わんばかりの行動を、大令がとるだろうか?

 受けた説明によれば、囚獄という見届人を得、彼らの立会のもとでなければ獄の使用は許されてはいない。あの、一徹そうな刑部尚書や徹が規則を破るとは思えないし、規約に反せよと居丈高に命じられようと屈しなどしないだろう。刑部尚書・平と囚獄・徹、彼らに従う者もまた、命令に背くとは思い難い。

 ――と、なると、大令以外の誰かが勝手に名を騙って、という事か?

 拘囚人に落ちた右丞・鷹を引き取ったのは、真殿への牽制の為かと考えるのが普通だが、本当にそうなのか?

 獄を借りて右丞に刑を与える。

 確かに有効ではあるが、表舞台で権勢を奮い地位も名誉も剥奪した方が、兵部尚書様や真殿には痛手にならないだろうか?

 つらつら考えていた芙は、何時になく頭でっかちに考え込みすぎている自分に気が付き、自嘲気味に短く笑った。


 ――どうにも、堂々巡りになるな。

 気持ちを切り替える為に、軽く頭を左右に振る。肩の上で、長い三つ編みも半歩遅れて揺れた。もう一度、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しつつ獄舎のある敷地内を見渡す。

 本当に、獄舎を使っているのは、繋がれているには誰なのだ?

もしも大令・兆が右丞・鷹を囚獄の見届けなくして罰しているのであれば、死ぬ程では無いが足腰の立たぬ程度の大怪我を負わせるまで傍観してやりたい。共に罪に倒れれば良い気味だ、と思う。が、どうにも大令が右丞を責め立てる構図が想像出来ない。

 ――真殿に意見を確かめられれば楽なのだがな

 基本的に真はこう云う時は断言しない。

 きっと。

 多分。

 恐らく、と推量した中で最も確率の高そうな意見を述べてくる。

 無論、確率の低い別の可能性も幾つか示してくる。

 お陰でこうだ、と決定が下された後も、もしかしたら、という身構えが出来るようにしてくれた。

 自分では何ともならぬ、となれば大丈夫です、と答えを用意してくれる人物が居てくれた。

 だが今、頼りにしてきた人物こそがいないのだ。


 ――考えろ、此処には俺1人しかいない。

 囚獄の敷地内は、先程、一瞬喧騒をみせた。刑部尚書の命令を遂行する為だ。囚獄の人員の殆どを割いて大保の邸宅に向かう、と見せかけて最低限の人数しか言い渡された役には出していない。全く命令に従わなければ其れは其れで疑いの眼を向けられるからでその辺りの采配は流石と云えるが、後の敷地内の人員の流れに首を捻るばかりだ。

 この獄の敷地内全体の守りの動線……おかしくはないか……?

 元々、不自然な程、人の気配が少なかった。が、失った人材の欠損箇所を護持を託された者同士、互助し合うのが当然だろう。だが、抜けた穴を援護し合う様子は見受けられない。

大事を預かる場で?

 徹自身も命令に従ってくれたので安心と言えば安心ではあるが、大保の邸宅に居る真がどの様な扱いを受けるかよりも、こうなってくると大令が求めた獄の拘囚人が誰であるのか、何故獄内が不穏な空気になっているのか、其方の方が気になる。


 ふと、芙は俯き加減だった面を上げた。

 ――彼是考えていてばかりで、埒があくか。

 一刻とて無駄に出来ない、と思いつつも考えに時間を潰すばかりではどうしようもない。


 芙は意を決して獄に向かった。



 ★★★



 建屋内への侵入を果たした、まさにその時。

 四方から凄まじい殺気が芙に迫って来た。

 背後から鼯の様に芙に飛び掛って来た影は、彼と似た様な装束を身に纏っていた。眼だけを剥き出しにする型の覆面で面体を隠している所まで似通っている。素早く、襲撃者たちの人数と手にした武器とを確認する。


 ――5人。

 一組で動く場合の人数まで同じだ。

気合いと共に芙に向かって来たのは、刃の短い鉈を構えた男だった。芙は腰に帯びていた匕首を抜きざまに、短い突き繰り返してくる相手をいなす。

 どう出る?

 と、相手の出方を推し測る必要は無かった。鉈と匕首で対峙し合っている2人諸共目掛けて、飛礫が放たれた。鋭い軌道は空に穴を開け、石の壁に突き刺さった。

 ――弾弓か。

 屋内、特に狭い通路において構造上の欠点の為に弓は使えない。だが、弾弓は所を選ばない上に、弓と同等以上の破壊力を持ち、尚且つ、放つ際の速度は段違いだ。

 雹か霰の様に飛んでくる飛礫を全て叩き落とすなど、出来る筈が無い。芙に向かって来た男は、死人になると自ら決して挑んできたのだろう。でなくては仲間の飛礫に襲われながらも動揺する気配も無く、芙の動きを封じんと鉈を振りかざしては来ないだろう。


 ――味方の犠牲になると言えば聞こえはいいが。

 芙は鉈の攻撃をやり過ごすと、かわした身体を捻りざまに空かさず男の手首を取り捩じり上げながら背後に回った。

 そして男の身体を盾にして飛礫を避ける。

 男の腹と言わず顔面と言わず、全身に、鈍い音を上げて飛礫が次々と食い込んでいく。

 仲間を犠牲にする戦法で芙の動揺を誘い動きを止めるつもりだったのが、見事に目算は躱された。

「貴様!」

じんを盾にするとは!」

 卑怯者め! と、襲撃者たちが芙に罵倒を浴びせる。

 だが芙は、相手に生じた動揺と衝撃、そして怒りにいちいち付き合うつもりも義理もないとばかりに、悲鳴を上げる間も無く眼球を破って脳まで潰された男の喉に、静かに匕首を宛てがった。

 しゅ、と短く刃先が瞬くと、しゅわ、と発酵音に似た音が広がった。

 酸鼻な緋色の飛沫が襲撃者目掛けて飛び散る。

 腕で眼を守る、その一瞬を見逃さず、芙は喉を掻き切った男を突き飛ばした。人形が頽れるように前のめりになる男の背中を蹴りざまに、手から鉈を奪い取ると、一回の跳躍で一気に間合いを詰めた。

慌てて弾弓を構えた1人に鉈を投げ付ける。

 ぶん、と唸りを上げて回転しながら飛んだ鉈は、男の顔面にまるで瓜に包丁を入れた様に突き刺さった。ぐしゃ、と間抜けた鈍い音がして男の頭部は割れ、泥が跳ねるように中身が周囲に散った。

 襲撃者たちの間に更なる動揺が走る。

 硬直した彼らは、その一瞬が勝敗を分けたのだと自らの命を差し出す事で知った。

 たん、と軽やかに芙は地を蹴り、続いて壁を蹴り疾風のように迫った。一気に男たちの背後に回った芙が燕の翼のように手首を翻す。匕首が、きらり、と男たちの首筋撫でていく。輝きが走ると、首筋から迸った粘着質の紅い潮で襲撃者たちは互いの身体を汚しあった。


 紅い流れは濁流となり、その中で叱られるのを怖れて身を縮めている童のように、ぶるぶると震えている。が、やがて潮吹きが収まい始める頃、その内の一人がゆっくりと地面膝をついたのを契機に、次々と前のめりに倒れていく。


 男たちが沈むのを見届けると、芙は振り返りもせずに声を凄ませた。

「……お前か」

 紅い水溜りの中に只一人佇む芙は、背後に新たな気配を感じ取っていた。



 ★★★



 床に俯せに蹲ったまま呻き声を堪え続ける真に、目王を赤く充血させながら鷹は迫った。

並ぶ男たちも、此れ迄はない異様な陰をその背中に感じ取り、思わず知らず額に油汗を浮かべ後退りしていた。


「おい。やけに我慢強いじゃないか、我が異腹弟おとうと殿は。なあ~?」

 髷を結っていた巾は、いたぶっている間にとうとう解けてしまった。髪は乱れ放題のざんばら状態となり、衣服も床に何度も身体を擦る様に打ち付けているからか、解れたり破れたりしている。

長さが揃わないぼさぼさに乱れた真の前髪を、鷹はむんずと掴むと、ぐい、と無理矢理引き摺り上げた。反り上がった真の喉が、ぐ、と鳴る。

「なあ? 気分はどうだ? え? 言えよ! 言ってみろよ! 言え!」

 鷹が見下げる先には、晒された焼印がまだ肉を焼いた臭気を放っていた。

 肌だけでなく肉をも深く焦がしたせいで赤黒く変色し、しかも深い溝が出来ている。

 何をどうしようが、印は生涯消えないであろう事は明白だ。消そうとするなら肉をえぐらねばならないだろう。しかしこの彫りの深さを誤魔化す為に肉を刮げなどすれば、その深さは死に直結するのは素人であろうと一目で解る。


 簾の様に目を隠す前髪の隙間から、真の眼光が覘いた。まだ力強さを失っていないそれは、何も諦めてはいないと告げている様に鷹には思えた。

 途端、脳天を突き抜ける勢いで血が昇るのを鷹は感じた。

 思わず、空いた方の手を床に這わせて砂利を掴むと、焼鏝が彫った深い傷痕に擦りつけた。じゃりじゃりと音を立て、傷口に砂と泥が擦り込まれていく。川魚が水面上に跳ね上がる様に身体を爆ぜさせ、真は目を見開いた。顔面は蒼白になり、大きく口を開け息を吸い込む音が洩れる。

「うっ、がっ……!」

「おぉ、いいぞ! 叫べ! 泣け! 喚け! 今度こそ命乞いをしろ!」

 しかし鷹の期待はまたしても裏切られた。

 ぐぅ、と喉仏を上下させ新たに唇を破って血を流しながらも、真は耐えたのである。

 鷹の顳かみに立った血管は、いよいよ盛り上がりを見せ、ぶるぶると戦慄いた。小鼻が膨らみ、ぴくぴくと跳ねる。

 鷹は、真の衿を掴んで引き寄せた。

 眼と鼻の先にある腹違いの弟の顔は、血と泥とで死人の様に汚れているが、眼光は死んでいない。ぎ、と奥歯を軋ませながら睨んでくる。

 むら、と鷹の眼に更に一段異様な光彩を放つ危険な炎が宿った。衿首ごと投げ飛ばして壁に真を打ち付けると、血走った目で背後の男たちを振り返った。


「おい!」

「へ、へい!?」

「……煮油の用意をさせろ~」

「へ、へぇ?」

梳刑そけいにかける」

 にたり、と口角を持ち上げる鷹の兇悪さに男たちは、げぇ!?と息を飲む。

 そして、背筋に冷たいものが流れていくのを感じていた。

「し、しかしですぞ、右丞様! 囚獄内において拷問は、特に凌遅刑りょうちけいは御法度に御座います! 見届け人なくこれ以上痛め付けては、私怨によるものとして此方が御咎めを食らいます!」

「そ、そそそ、そうです。な、何卒、お考え直しを」

「なぁに、凌遅刑りょうちけいを行う事は、大令様も御赦し下さっているのだ」

「へ、へぇっ!?」

「お前たちは、ただ、私に従っておれば良いのだ! 良いか、私の言葉は大令様の御言葉であるぞ! 逆らえば、其の方らこそ大罪人として共に刑に掛けられるのだぞ、あ~ん?」


 鷹がぐふ、と喉を鳴らし、奥に溜めた唾を気を失っている真に吐きつける。

 眼光には、最早、狂気しかない。

 男たちの内の何人かが、青ざめながらとばっちりを食らうのは御免だとばかりに、慌ただしく飛び出して行った。



 ★★★



 油が煮る用意がなされる迄の間も、鷹は真に一人で殴る蹴るの暴行を執拗に繰り返していた。

 はあ、はあ、と全身を使って息を弾ませていても、鷹は手を止める事はしない。

 やがて、ぬらぬらとした黒ずんだ大鍋が、そして大量の油壺が、慎重に慎重を重ねて運び込まれて来た。部屋の隅にある釜には火が既に起こされており、空気が送り込まれる度に火粉を散らしてごうごうと唸りを上げて薪は燃え盛った。


「どんどん油を沸かせ。遠慮する事は無い。とことん温度を上げろ」

「へ、へい」

 油よりぬめりのある声で鷹が命じると、男たちは怯えを見せながらも従った。

 釜に巨大な鍋が掛けられ、四方から油壺が傾けられる。

 屋根から雨が滝となって落ちる様に、どぶどぶと油が大鍋の中に落ちて行く。大鍋が満杯になる迄注ぎ込まれた油は、瞬く間に温度を上げていった。その証拠に、白い湯気が幾筋も棚引きながら天井に登りだし、油の強い臭気が熱波と共に部屋中に充満していく。

「こ、此れ以上温度を上げては」

 怯えながら注進する男に、鷹はちっ、と短く舌打ちした。

 鷹とても、油の温度が上がり過ぎては発火する位の事は知っている。

 ――真の奴を恐怖に叩き落とし、苦悶の表情で赦しを請わせねば腹の虫が収まらぬ。

 立ち昇る油の臭いに酔いそうになりながら、鷹は壁に背中を預けたままの真に、ちらり、と視線を走らせた。


「奴を起こせ」

 短く命じると、両腕を抱えられる格好で真は水瓶にまで引き摺って行かれた。

衿首を掴まれ、脳天から水底に沈められる。暫し、沈んだ際に起きた波紋が波打っていたが、やがて、がぼ、と巨大な泡が起こり、続いてバシャバシャと水を跳ねさせる音と、脚が砂をじゃりじゃりと飛ばす音とが重なった。

「出せ」

 ごぶ、ごぶ、と慌ただしく底から上がっていた泡がか細くなりかける頃を見計らい、鷹は真を水から引き上げるよう指示を出す。

 再び衿首を掴まれた真は、全身から水を滴らせて水瓶から引きずり出された。服が水分を吸って重くなった分、床に投げ出された真は、どさり、とくぐもった音を響かせた。広がった水溜りの水を瞬く間に土は吸って、色を一段も二段も濃く変えていく。

 激しく咳き込みながら喉の奥に流れ入った水を追い出し、少しでも新鮮な空気を求めてのたうつ真の背中の上に、鷹がどかり、と脚を乗せた。

 かはっ、と乾いた音が真の喉から洩れる。

 折角取り入れた空気が、肺腑から吐き出された音だ。鷹は満足気に目を細めて嗤う。


「どうだ? 痛いか、真。痛いなら痛いと叫べ、喚け、ん~?」

 にやにやしながら真を覗き込む。まだ焦点の定まっていない視線の真の前髪を鷲掴み、鷹は見ろぉ~、とぼこりごぶりと音を立てて油が踊る大鍋を指差した。

「見えるか? あれが分かるか? ん~?」

 腫れ上がった目蓋が視界を狭めてしまっている上に、耳鳴りが鷹の言葉を遮ってしまう。しかし部屋に充満している臭気が、油が熱せられているものだと告げてくる。

ずい、と真の前に、竹製の熊手が差し出された。

「此れが何か判るか? 見えるか、ん~?」

 無言ながらも、真の唇が微かに震えるのを鷹は見逃さなかった。

「そぉだ! 梳刑そけいの為の道具だ!」

 ひっひひひ、と鷹が壊れた笛のような調子外れに嗤う。

「命乞いをするか? する気になったか!? ひゃぁっはははははぁ~! だが頭を下げた処で助けてやると確約はしてやれんがなあ!」


 腹を抱えて哄笑する鷹が、おいぃ!と腕を上げた。

 男たちの中で釜の番をしていた男が、油を掬う柄杓を取り出して鷹に向かって捧げてくる。

 柄杓の柄を握ろうと手を伸ばした鷹が、ふと、眉を顰めた。

 不快感を露わにして沓を上げると、其処に泥団子のような物が転がっていたのだ。



 ★★★



「何だぁ、こりゃ、あ~?」

 摘み上げた鷹は、泥水を吸って汚れに汚れているが、小さなお手玉であると気が付いた。


「何だ何だぁ? 祭国で待つ野良犬の姫が持たせてくれたのか? えらく夫君の為の尽くして呉れる、良妻ではないか。なあ? そうは思わんか?」

 肩を激しく上下させ、喉を晒して益々声を張り上げて嗤う鷹に、男たちもヘラヘラと追従のおべっか笑いを浮かべて身体を揺する。

 にやにやしながら、摘み上げたお手玉に熊手を当てがった。

 か弱い衣は解れて破け、じゃ、と小径に水が撒かれる時に似た音がして、中に詰められていた数珠玉が周囲に散った。さめざめと降る涙雨のように溢れた数珠玉に、醜く折れ曲がった指を伸ばそうとする真の手首を鷹は爪先で蹴り飛ばした。


「こんな物を懐ろに忍ばせていたとはなあ!? お前も存外、愛妻家ではないか、ん~? この点だけは、父上に見習って貰わねばいかんなあ!」

 ひゃははははは! と嗤う鷹の形相は醜怪に歪みきり、到底、人のものとは思われない。

 どぷ、と粘着性のある音がして、柄杓が油の中に深く沈んだ。再び、ごぷり、と音を引き摺り柄杓が現れるとなみなみと油が満たされていた。

「さ~て、真。何方の腕からがお望みだ? 其れとも脚がいいか? んん~?」

 ひた、ひた、ひた、と波打つ表面から溢れた油が地面に落ちる。

 途端に、じゅわ! と蒸気を上げて、砂が焼け真の身体から滴って出来た水溜りが蒸発していく。

 計った訳でもないのに男たちは同時にごくり、と唾を嚥下した。

 尖った喉仏が忙しなく上下する。

「う、うじょう、さま、ほ、本当に、お、おやりになられるおつもり、で?」

かたかたと震えるながら、1人がやっと声を絞り出す。ふふん、と鷹は鼻先でせせら嗤う。

「当然だ」

 男たちが上目遣いをしながら、互いの顔色を伺って覗き見合う。


 鷹が真に行おうとしている梳刑そけいとは、凌遅刑の中でも最も重い刑罰の内の一つだ。

 先ずは煮油を用意し、全身に油をかけて火傷により皮膚を剥がし易くする。

 続いて、熊手で水膨れ状態になった皮膚を刮げる。

 皮膚を剥いだら再び油を掛け、また熊手で今度は焼けた肉を刮げる。

 やがて骨が残るばかりになる迄、此れを繰り返す。

 だが余りの苛酷さと凄惨さに、余程の事が無ければ行われない。

 執行する方も焼け爛れていく人肉の見た目と激臭に耐えられないからだ。其れ故、死罪が確定しているような極悪人大逆罪などに問われた者にのみ、科せられるのだ。


 囚獄の獄内で許されている懲罰を超えている。

 此れは拷問ですらなく、一方的な暴虐を加えて縊り殺そうとしているだけだ。

 況してや、囚獄の立会がない。

 見届人がこの場に居ないのだ。

 此処で行われている暴虐の限りを尽くした惨忍な所行の数々が発覚すれば、取り繕う間も与えられる事無く、死罪を言い渡される部類に入るのは、自分たちの方だ。

 余りにも、危険過ぎはしないか?

 右丞・鷹は、大令の命令と、そしてその権勢に絶対の信頼を寄せている。

 が、果たして此のままで、うじょうの好き勝手仕放題にさせたままで本当に良いのか?


 誰でもが明らかに遣り過ぎている鷹について行けなくなっている。

 意気地を萎えさせ、尻込みし始めていた。

 唯一、鷹だけが場違いである自覚なしに浮かれいる。俯せに倒れ背中を丸めて震えている真を、鷹は蹴って仰向けにすると、柄杓の中の油が跳ねて自分目掛けて飛んで来た。おぉっと! とおどけながら、鷹は飛沫を避けた。

「危ない、危ない」

 蹴られて仰向けにされても、真はぴくりとも反応しない。

 いや……動いた。

 一本一本があらぬ方向に捻れ曲がった指が、ひく、ひく、と動いたのだ。

 その指で、ざりざりと地面を引っ掻き始める。

 そして、集めた土をぶるぶると震える手で掬い取ると、ゆっくりと口に含み始めた。



 ★★★



 真が何を仕出かすつもりであるのかと目を眇めて、一挙手一足を睨め付けていた鷹は、ひゃははははは!と高笑いする。土を口に含み続ける真を前に、ぶはっ! と噴き出した。


「土を喰らうとは! 貴様とうとう気が違ったかぁ!? いやいや、家畜の本性が出ただけか!?何方にしても良いザマだよ、真! だが案ずる事はないぞ? この兄が、生きながらにして畜生に落ちたお前を料理してやるよ!」

 鷹がごぷごぷと踊る油で満ちた柄杓を、真の頭上に掲げた。

 頭から、発火直前に迄煮えた油を回し掛けるつもりなのだ。

 男たちが、ひぃっ……! と息を飲んで、知らず、部屋の隅に逃れていく。


「真。我が弟よ。頭を上げろ」

 鷹が居丈高に命じると、何と真はその命令に従った。

 だが、前髪の隙間から覗く眼光は、油などよりも熱い輝きを放っている。

 鷹は、どきりとした。

 純粋な恐怖、命の危険を感じて血の気がサッと引いていくのを感じた。

 だが、此処で引く事は出来ない。此処で引けば、男たちに示しがつかない。


「死ねぇ、真!!」

 鷹が柄杓を傾けるより先に、真の口先が窄まった。

 フッ!と何か空を切る。

 同時に、鷹が目を押さえて悲鳴が上げる。

「あ、あが、あがが! め!? め!? め、め、めぇ、めがぁっ!? めぇぇぇがぁぁぁぁ! なんでぇ、いたぁぁぁいのぉぉぉぉぉ!?」

 鷹の顔面目掛けて飛んだのは、数珠玉だった。溢れた数珠玉を口に含み、飛ばしたのだ。


「ひぎゃあああああああ、いたぁぁぁぁぁぁっ! いやあぁぁぁ、いたい、いたい、いたい、いたい、いたいの、いやぁぁぁぁぁ!!」


 形振り構わず喚く鷹の手から、柄杓があらぬ方向に飛ぶ。

 ぶち撒けられた油が、四方八方に飛び散った。




 ※ 弾弓 ※


 二股になった、いわゆるパチンコ玉を放つタイプの武器



※ 梳刑そけい ※


凌遅刑りょうちけいの一種 

凌遅刑りょうちけいとは生きながらに肉を削ぎ落として長期間苦しみを与えつつ死に至らしめる刑罰の総称で中国では清代まで続けられていたそうな……?

有名な妲己が考案したとかいう炮烙の刑の後で生き残った者に行われる事もあったそうな……

(……まじ……らしい……)

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