22 罪と咎と罰 その1-1
※ 注意 ※
今話は過激な暴行シーンや拷問シーンがございます
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22 罪と咎と罰 その1―1
真が連れ去られた後の対屋は、まるで嵐にあったのかと見紛う惨状であった。
駆け抜けた暴風の爪痕の只中で、白は茫然自失の体で佇んでいた。いつに間にか、指先には濃い血が滲んでおり、其れはまるで化粧のように赤々と映っていた。
が、白は痛みなど感じていなかった。
かたかた、かたかた、と小鳥が餌箱を唾む様な音が聞こえたような気がして、白は虚ろな目に力を取り戻して持ち上げた。
「真さん!? 真さんやの!?」
しかし、何の影の見えない。
――何や……気のせいなん……。
もしかしたら、真が半分照れた様に半分は困り果てて、何時ものように項辺りを掻きながら戻って来たのでは、と期待した自分の愚かさに、奇妙な笑いが込み上げてくる。眸には涙の薄霞がかかり始めた。すん、と鼻が鳴る。
受には見せまい、気付かせてなるものか、と顔を背け掛けると、今度は門前で、何か激しくやり取りしているような険しい声が聞こえてくる。
白は眉を顰めつつ、ゆっくりと門の方へと白粉の剥げた首を巡らせた。
暫くすると、規則正しい足音が迫って来た。
がちゃがちゃと武具同士が擦れ合う硬い音が沓音に重なり、庭の敷石を踏み締め音が遅れて続き、荒ぶる息遣いが被さる。
やがて一つの塊となった音が、廊下の向こうに姿を現した。
「上意である! 大保・受! 代帝陛下への叛意有りとの嫌疑により、此れより屋敷を改める。主人である大保・受をはじめ、邸宅内にある者は一歩も動くでないぞ!」
意を示す戦扇を振るい、対屋処か屋敷全体に響き渡る大声で声を張るのは、刑部尚書・平に命令を受けた囚獄・徹であった。
「改めよ!」
戦扇が一際大きく振られ、持ち手に結わえられた組紐がぶん、と唸って空を切る。
其れを合図として、背後に従っていた部下達が一斉に動き出す。公奴婢や下男下女たちの悲鳴が母屋の方からも上がる。
「今度は何や! 刑部やて!? 一体、何がどうなってまったのや!?」
目紛しく反転変容する情況に、心も頭もまるで目眩を起こしてしまったようで、ついていけない。
叫び声も擦り切れて最早枯れ果てた白は、虚ろな表情で刑部の規律ある動きを、ただ、ぼう、と見ているしかなかった。
次々と起こる出来事に心も頭も身体もついて行けないのは、屋敷内で働く公奴婢や下男や端女、女童たちも同様らしい。其処彼処に一塊りとなり手を握り合ったり腰を抱き合ったりして縮み上がりながら、悲鳴をあげるばかりだ。
邸宅内はまるで戦場と化している。
ありとあらゆる物に探索の手が伸びた。
とうとう、白が持ち込んだ茶道具にまで刑部の手は及んだ。
徹の無骨な手が納敬に伸びると、白ははっと目尻を裂いて怒りを顕にし、自分を取り戻して叫んだ。
「何をするのや! 其れはうちの商売道具や! 勝手に触らんとって!」
白の凄まじい剣幕に、平の手が止まる。怒りの塊となった白が、威嚇する猫の様に鼻息を荒げて納敬ごと茶器をひったくった。
無礼も無礼、白の身分からして有り得ぬ行いに、徹は目を眇めた。
強面の徹の一睨みは、大の男でさえも心胆を凍えさせる迫力がある。
だがしかし、キッ! と白も睨み返して一歩も退こうとしない。
「止めておくのだな。其の茶道具一式、其方の一生分俸給を注ぎ込んでも手に入らぬ逸品、朝貢品にもなろうかという最高の品だ。欠けでもして、弁償しろとでも妓館から訴えられでもしたら、其方の孫の時代まで借用金返済に苦しむ事になるぞ」
凭几に片肘をつきながら、受が含み笑いをする。
どんな大金が掛かるのか、と徹が、ぎょ、となり、あたふたと手を引っ込めた。徹の無骨な手の甲を睨んだまま、白は茶器を胸に抱え込む。
罰が悪そうにする徹の背に、部下の声が飛んだ。
「徹殿! 此方に!」
良い具合に声を掛けられた徹は、ほっとした様子を隠そうともせず大保に軽く一礼を残して場を離れた。
部下の元に向かった徹は、砂利に膝をついた。何かを、探っているらしい。そして其れは、地面に散った赤い花弁を自ら拾い上げているようだと知った白は、小首を傾げた。
――あれ……。
徹のごつごつとした岩のような手に乗せられた花弁たちは、晒の敷かれた白木の箱に収めていく。白は、ぎらぎらと目を剥いて最後の一片まで仕舞う徹の動きを凝視し続けた。
横倒しになった植木は、部下が持ち込んだ荷車に乗せられた。壊れた鉢の欠片の一片も、丁寧に拾われて横に納められていく。
全てを見届けた徹は肩を大きく上下させ、白はわなわなと身震いし始めた。
★★★
「大保様」
「何だ」
「此方の花が何という花であるのか。御承知の上で、鉢植えにされておられたのでしょうか?」
「無論だ」
切り出しにくそうにしている徹とは裏腹に、受は眉一つ動かさず、あっさりと答える。
「その長春花は私が長年探し求め続けたものだ。近年、念願叶って苗木を手に入れる事が出来た。今年になり、漸く花を付け出したのだ」
「……左様に御座いますか」
淡々と答える受に、徹は分厚い胸を上下させる。
「此の花が、何故、入手し難い希少なものであるか。大保様におかれては御役目がらと御血筋から深く御存知の筈。其の上で、の行いでしょうか?」
「無論だ」
「では……では何故、其処までして入手された大切な長春花を斯様に哀れな姿に変えられのですか? よもや、我々が来たと知り隠滅しようとなされたのか?」
「其れを探るのは、刑部にて正式な手順を踏んだ後であるべきだろう」
受が凭几を押し退けつつ、何を間抜けた事を、刑部も然程真面に機能しておるとは言えぬな、と短く溜息を吐いた。徹は眉を跳ね上げた部下を丸太のような腕を張って抑えならがも、ぬ、と言葉を失う。
確かにそうだった。
受の邸宅内にて口頭で済ませるべきではない。
自分たちの迂闊さと仕事に対する落度を認めざるを得ない。
徹は衿を正し帯の位置を直した。
「では、大保殿。刑部にて審査致します故、御同行願います」
承知した、と呟き受は立ち上がる。
徹の背後から一人の男が、拘束用の縄を手にして受に近づいた。よい、と手を振り掛ける徹に、受は甘いな、と眼を細める。
「私が大保の地位にあろうがなかろうが、拘囚人には変わりない。刑部において囚獄という重責の任にある者が自ら規律を破って如何する」
縄をかけよ、と受に凄まれた男は、思わず後退りする。
一瞬の逡巡の後、では、と徹は部下から縄を奪うようにして取ると、受の背後に回る。
「此方の御屋敷には、兵部尚書様の息子君、真殿が訪ねておられた筈。何処におられるのか?」
声を忍ばせたて問う徹に猫のように飛び掛かかり、袖を、ぐい、と引く者があった。
白であった。
★★★
「その花の植木を壊したんは、大保さんやない! 右丞はんや!」
「何? 右丞殿?」
徹は語気を強めた。
右丞・鷹は、自分が郡王陛下自らの命令により、囚獄としての任を受け祭国から禍国までの道程を運んだのだ。
そして右丞・鷹は、今朝方に共に王城に入った。
刑部の獄内に入れられたばかりであり、罪の判定はまだ下されていない筈。
――王都の正大門を拘囚人として、此の囚獄・徹の監視下に置かれたままくぐったのだ。
罪状は兎も角として祭国郡王・戰陛下の名の下に捕らえられた右丞殿が、何故、自由の身となっている?
――誰だ?
誰が右丞殿を自由の身としたのだ?
ぐるぐると疑念が渦巻き硬直した徹の腕を、白は更に強く引いた。
「大令はんの命令で来た、云うて右丞はんが大暴れしてったんや! そんで、実の弟やのに真さんに乱暴働いて連れて行ったんや!」
何だと!?と、徹の太い眉尻が持ち上がる。
「女、間違いはないのか。確かに右丞殿は、郡王陛下の御身内である真殿を捕らえたのか?」
「うちには、白、いう名前があるんや。女、云うて馬鹿にする者に答えたるような義理も何もあらへんわ」
腰に手を当て、はん! とそっぽを向く白に、徹の部下が怒りを見せる。
威嚇のつもりか、腰の剣に手まで伸ばす者までいる。ちら、とその様子を横目にした白はまた、はっ! と盛大に息を投げ捨てた。
「芸妓の言葉なんか聞いてられへんいうのか? なら、うちの事、如何するつもりや!? 斬るんか!? 上等や! やってみい! 武器も何も持っとらん女1人手打ちにするなんか、簡単なもんやろう!? さ! やってみたったらええ! 如何したんや! 斬ってみい!?」
バン!と胸を叩き張って啖呵を切り、ずい、と迫る白の声は芝居掛かっている。
が、その分、歌を吟ずる様によく通る。
「其方らの負けだな。生半可な心構えで御職は張れん。一国の主と同等の気概がなければ、どのような世界でも頂点に君臨などできぬのは、芸妓の世界とて同じ事だ」
う、と鼻白む男たちに、受の薄い笑い声が遠慮なく注ぐ。面木を失った男たちが肩を窄めて互いの顔を見合わせる中、徹が、ごほん、と態とらしく咳払いをして場の空気を変えた。
「では、大保様。此の芸妓の申す事に嘘偽りはない、と?」
「其れも王城に戻ってから確かめるといい」
「……承知致しました」
役者の違いを感じとったのだろう。
徹は受に対してそれ以上何も言わず、大罪を犯して獄につく者にのみ使われる縄を部下に押し付け直し、拘束せよ、と命じた。
「大保はん」
唯々諾々として縄を受ける受に、つ、と白が歩みよった。
恨み辛み込めて受を睨む。
「あんたさん、こうなるて、分かっとったんか? 最初から、真さんをあんな目に合わせるつもりやったんか?」
後ろ手に縄を繋がれた受は、白に、ただ、笑ってみせた。
★★★
頭から水甕に突っ込まれても直ぐには意識が戻らない程、真は疲弊しきっていた。数瞬、間を要してから漸く息苦しさを感じた。
新鮮な空気を求めて口を開けた真の喉の奥目掛けて、ごぼりごぶり、と音を立てて大量の水が待っていたと言わんばかりに雪崩れ込んできた。眼を開けようにも、腫れ上がった目蓋は言う事を聞かない。
何とか水甕から脱しようと、はみ出している脚をばたばたと動かすが、沓先は地面を引っ掻くばかりだ。
丸まった真の背中に嘲笑が幾つも突き立つ。
不意に、髪を無造作に掴まれ水甕から引き摺り上げられた。
肺の腑にまで滲みた水を絞り出そうと咳き込んでいると、首筋に重い衝撃を喰らった。棍棒か何かで殴られたのだ、と意識するのと同時に砂利混じりの地面に額から倒れる。濡れ鼠の姿で横たわり、合間合間にぜいぜいと喉を鳴らすのも大仰な作業になりつつあった。
咳をしつつも重い身体を起こそうとすると、今度は顳かみに硬い痛みを感じた。沓の裏で押さえ込まれたのだ。
「いよ~お、真。いや、真殿。戦に真面に出張った事がない癖に常勝を誇る優男だったが、なに、なかなか如何して、好い男ぶりになったではないか。父上もさぞやお喜びになられることだろうよ、ん~?」
砂利を付けた沓裏が、じりじりと擦り付けられる。
苦い土と塩気のある鼻水と粘度のある血が混ざり合った、おどろおどろしい不気味な味が口内を支配していたが、其処に沓の味まで加わって意識が混濁する。
しっかりしろ、と叱咤しても目蓋は微かにしか開かず、視界は朧げだ。
更に、キンキンと剣を打ち合わせているかの様な高音と、土砂が崩れる直前の地鳴りの様な、ごぉんごぉんという低音が同時に耳孔内で響き続けている。
――……ここ、は……いったい……どこ……なのでしょうか……。
分からない。
菰に包まれて拐かされるように獄に連れ込まれるまで気を失っていたから、余計に周辺がどうなっているのか、此処までの距離感も無い。
連れ込まれて、先ずは洗礼とばかりに菰に包まれたままで殴る蹴るの暴行を受けた。忽ちのうちに皮膚が裂かれ、流れ出た血の色に衣服が染め変えられていった。
血を失い過ぎたのと、殴られ過ぎて熱を持ち出して意識が朦朧とし反応が鈍くなると、先程の様に水甕に容赦無く沈めらる。
此れを幾度繰り返したか、もう数える気も失せていた。
しかし幸か不幸か、耳鳴りが激しくとも今の処、小声でなければ何とか聞きとれていた。
痛みに耐えながら、多くの下卑た笑い声の内から兄の声を探る。恐らくは大令の私邸だろうと予測し耳をそばだててみたのだが、手掛かりになりそうな情報は得られなかった。
然し。
此処が何処であるのか場所が判明した処で、誰に助けを乞えというのか。
考えろ、其れしか自分には出来ない、と必死に鼓舞する。
が、全身を支配する痛みにより思考には重い霧がかかり、何も浮かばない。
★★★
突然、前髪を掴み首を捻られた。
「今頃、王の間では郡王陛下が苦境に立たれておられる事だろうよ。自慢の脳で役に立てず、さぞや口惜しいだろう、なぁ?」
砂利が入り込んだ頬が脈と同じ調子で、じんじんと熱を発する。
いや、頬だけでは無い。
殴られ、蹴られ、打たれし続けたせいで全身に波打つ脈は、どくりどくりと音を立てて痛みを運ぶ。表情を変える事すら難しくなる程腫れ上がった顔を、真は微かに歪めた。ぎ、と更に力を込めて髪を引っ張られたからだ。
「な~あ真よ。臣下でありながら、主人である郡王陛下のお役に立てぬとあっては、心苦しいだろう? ん~?」
兄・鷹が腰を屈めて真の顔を覗き込んできた。無惨な姿にしたのは己であるのに、ケタケタと高い笑い声を上げて弟の姿を滑稽だと嘲る。
「なぁ~に、心配せずとも直ぐに役立つ身体にしてやるよ」
鷹が背後の男たちに向かい顎を刳ると、節の処理もしていない竹を組んだだけの長掛けと薪にする前の切り出した高さ12〜13寸程の丸太状の物、そして木槌が持ち込まれてきた。
腹に鷹の蹴りを喰らい飛ばされた真は、ごろごろと床を転げ回った。爪を立てるようにして動きを止めると、男たちの一人に腕を掴まれた。
膝から頽れかける真の腕を背後に捻り上げて、男は無理矢理、真を歩かせた。
浅い呼吸で霞む意識では、何が起きようとしているのかも探れない。
すると突然、捻り上げられていた手首を離され、両膝が地面に落ちる。前のめりに倒れると、竹製の長掛けに胸部を強打した。
「――かはっ!」
腹の底から悲鳴が出掛けるが、辛うじて飲み込んだ。
鷹に従う男たちは真の不格好さを笑いながら、手際良く丸太の上に右手と左手を固定した。まだ靄のかかる視界の端では、兄の鷹が木槌を用意させている。
「おい」
呼び掛けられても、声を出してやるものか、と必死に息を飲み込む。実際の処、掠れた呼吸を絞り出すのがやっとなのだが、其れでも相手の、特に兄・鷹の思い通りになどなるものか、という最後の抵抗、真にできる唯一の意思表示だった。
むかむかとした苛立ちを隠そうともせず、そんな真を鷹は睨めつける。
「父上から聞いているぞ? お前、天候が崩れる前になると折れた骨の古傷が滲みる様に痛むそうだなあ?」
――……父上にそんな話をしただろうか?
ああ……もしかしたら、母上が手紙の隙間埋めの話題にしたのかもしれないな、と妙にのんびりと思う。
「骨一本折るだけで忠臣面出来るのなら、もっと多くの骨を折って忠義立てをするがいいぞ? 兄が手伝ってやろうじゃないか、ん~?」」
息苦しさに喘ぎ、言う事を聞かない目蓋をこじ開けても薄目にしかならない不自由さの中で鷹を見上げる。
兄上、と真が言いかけるのと、やれ、と鷹が居丈高に命じるのとは、ほぼ同時だった。
鷹の顎がしゃくられると、男たちは待ってましたとばかりに手を揉み合わせ、舌舐めずりせんばかりになって木槌を構えて振り下ろした。
★★★
丸太と木槌に挟まれた手の内側で、ごきり、ぼきり、と何かが折れ、潰される音が響いた。
其れが、自分の両手の骨が粉砕された音なのだと理解したのは、呻吟せんばかりの痛みが襲ってきてからだった。
――叫び声など上げてやるものか!
唇を破る程強く噛み締める。
しかし痛みに対して身体が反応し、悶絶するのは止められない。長掛けから転げ落ち、砂埃を上げてのたうち回る。耳に届くのは、脈拍音に重なる耳鳴りと騒音の様な兄・鷹と男たちの笑い声だ。
煙霧のようにぼんやりと揺らぐ視界には、あらぬ方向に捻じ曲がった指10本の指と拉た手の甲がある。
痛みの塊となった手をついて身体を起こせないので、腕と肘を使って腹を持ち上げる。此れまで執拗に打たれてきたせいで臍に力が入らないが、僅かばかりに身体が持ち上がり四つん這いの格好となる。
地面との隙間に何かが差し込まれてきたが、視線が狭く追い切れない。
何が、と思う前に吹き飛ばされた。
鷹が沓先を突っ込んで蹴り飛ばしたのだ。
まるで波が引く様に男たちの人垣が割れ、真は壁に背中から後頭部に掛けてを打ち付けた。抵抗する余力も最早ないのか、真の身体はそのまま、ずる、と壁伝いに崩れる。
「はっははぁ! いい様じゃあないか、なあ、真よ! まるで躾を受けている家畜の様だぞ!?」
嘲笑し続ける鷹の目が弓形になる。
何処か女性めいた高い笑い声が、獄内に反響した。
★★★
悲鳴を堪えて喉の奥で唸り続ける真の様子を楽しみながら、家畜、家畜か、と自らの呟きに鷹は、にやり、と目を細める。
「おい、焼鏝を持って来い」
「は。どの様なものを御望みで?」
鷹が何をしようとしているのか薄々感じ取って居るのだろう。男たちは態とらしく、にやにやしている。鷹が、ふ、と鼻でせせら嗤うとやはりか、と言いたげに男たちが肩を竦めたり首を振ったりする。
「決まっているだろう?」
「へい」
ねっとりと口角を持ち上げてにやにやする鷹に、へらへらしつつ男の一人が鏝を取りに出て行った。
残った男たちは部屋の隅にある竃に細々と灯っていた火に薪をどんどん焚べていく。竹筒を使い空気が送られると、あっという間にか細い火は炎に、そして暑熱を発散させる焔へと姿を変貌させた。
「此方の品で宜しゅう御座いましたか、右丞様」
疎らな髭をがさがさと猥らに動かし男が下卑た笑みを浮かべながら、家畜の尻に烙印を押す為の鏝を持って来た。
「おお、そうだ。此れだ。此れでいい」
満足気に鷹は頷き、腕を伸ばす。
恭しく差し出された鏝の柄を掴むと、バチバチと不穏な音を立てて爆ぜる焔に近づいた。焔に突き込まれた鏝は、瞬く間に芯まで緋色に姿を変えていく。
「真よ」
鷹が背後を振り返ると、男たちは真の肘辺りに腕を絡ませ動きを封じてきた。
「元々、お前は我が家門所有物に過ぎない身の上だ。身分を忘れぬよう、似合いの印綬を呉れてやろう」
じわじわと熱波を放つ真っ赤に焼けた鏝を手に、鷹は殊更ゆっくりと真に近付いていく。
焼鏝を、真の鼻の先でぶらぶらとさせると真の膨れ上がった頬が、ひくり、と動いた。
真が反応を示した事に大いに満足した鷹は、男達に首を巡らせる。
「弟よ、お前には随分と過分な、立派過ぎる印綬ではないか! なあ、そうは思わんか!? ん~?」
鷹の嘲笑に男たちも追従する。
「確かに。身に余る光栄と平伏せねばなりませぬな」
「それならば、とうに、何度もしておられるぞ?」
「それもそうか」
おべっかを使われる心地良さより、しかし鷹は、苛つきの方が優っていた。
――畜生、此奴!
ひくひくと、眉尻が痙攣を起こす。
此処まで執拗に打ち据え殴り付け蹴り飛ばし、遂には両手の骨まで砕いた。
流石にもんどりうつ際に呻き声が時折、洩れ出る事はある。
しかし此処まで痛め付けてもまだ、真は命乞いはおろか、恐怖に引き攣った叫び声の一つも上げない。
――可愛げのない!
赦しを乞えばまだ、手心加えてやらんでもないものを!
――矢張り下賤の血筋は争えん。
鷹の顳かみに太い青筋が走る。
うねうねと捻じ曲がった筋道は、彼の性質を現しているかの様に醜悪だった。悪寒の様にそくそくと背筋を登る怒りに、鷹は抗う事はしなかった。寧ろ、身を委ね、おもむくままに手を下した。
脚で真の腹を押さえ、鏝を持たぬ方の手で衿を開けると、懐に仕舞ってあった小さなお手玉が、しゃらん、と数珠玉の音を棚引かせて転がり落ちた。
――あ、となった真がお手玉を拾おうと身を捩りかけると、容赦なく腹に踵を突き込まれて壁に背中を押し付けられ動きを封じられた。
「ほぉ~ら、よ?」
真の胸の中央に、焼鏝が押し当てられる。
じゅう、と音が走り周囲に人肉が焼け焦げる臭気が充満した。




