21 魔窟 その5-2
21 魔窟 その5-2
「――叔父上!」
大司徒・充が付き従う二位の君・乱が叫び、其の母である貴妃・明は金属片を擦り合わせるかの様な悲鳴をあげる。
「お許し下さりませ陛下! 叔父上様におかれましては、在りし日の麗しい兄妹愛があれば故の甘えが呼び込みし無礼にて! 何卒、何卒、寛大な御心にてお赦し下さりますよう、貴妃・明、此処に伏して願い奉ります!」
大仰な身振り手振りを交えて、どたどたと貴妃・明は飛び出すと、言葉通りに、どす、と音を立てて膝を付いた。其のまま、袖を大きく翻して平伏する。
芝居掛かった貴妃・明の言動に充は、ちっ、と舌打ちしつつも己れの失策を素直に認めた。間髪入れずに詫びを入れようとすると、安は鷹揚に手を振った。
「よい、よい、今更の言い訳なんぞ、どうでもよいわえ。いかな大司徒と胸を張ろうとも、所詮は一門の血に己を大きくするその程度の漢という事じゃ」
「――聞き捨てなりませんな。私はこの国の礎を築きし一門の長として、長き年月をこの禍国に身を捧げ魂を削る思いにて仕えて参りました。大司徒という三公の長としての重責を担う様になっては言わずもがな。この忠義に疑心を抱かれては黙ってはいられませぬ」
「ほうぅ?」
語尾をあげ、目を眇め、袖に顔を隠している安は明白に挑発している。
何時もの充であれば、何程の事があろうかと意に介さぬであろう。
若しくは、安如きの戯言に付き合っては居られぬとせせら嗤う処であろう。
だが一度は持ち直した筈の充は、珍しく再び興奮していた。
皇子たちの序列に続き一番の声を得たのが戰であった事実が、大司徒・充を此れまでにない混乱に陥れていた。焦りから自分を見失わせる程に。
――この場にて安の奴が迂闊に次代の皇帝の名を宣する前に、郡王を倒さねば!
元々の計画では、視告朔の場にて査問を行い郡王・戰を糾弾し、目障りな兵部尚書諸共に、息の根を止める筈であったのだ!
えぇい、其れを己の気紛れにて狂わせた大躻め!
代帝なんぞと尊大に踏ん反りかえっておるが、其の方が頼る相手とは父が身罷り久しい今、必然的に兄であるこの大司徒・充をおいておらぬのが解らぬのか!
二位の君・乱が皇帝として即位する道が開けると踏んでいたものが、根底から覆された怒り、しかも一門の恥であった安如きに! という憤りが充の中で一気に噴出した。
「陛下におかれましては、臣の言葉に疑念を抱かれておられるご様子」
「そうじゃな、妾は其の方の言葉を何一つ信じておらぬのじゃ」
「……宜しいでしょう。我が息子に二心有りと御注進なされた御方が如何に私情と私憤により真実を歪めておるか、陛下もこの場にて包み隠さずお話あれば、皆にも知らしめる事と相成りましょう」
「話して良いと、申すのじゃな?」
「後ろ暗い処など此の私に限り、有り得ませぬ故。――さて、先ほどの話の種の出処とは、我が息子に嫁下されし染姫様に御座いますかな?」
安の鼻の穴が2倍に膨れ上がった。それ見ろ、と言わんばかりに充は口元を歪める。
「大方、夫婦生活が円満に行かぬ鬱憤による嘘八百、母親に甘えたいが故の娘の愚考の果ての妄想の産物でありましょう。嫁した以上は元皇女殿下とはいえ、里帰りは良人の許可なく行うものではなく、控えて当然。其れを泣き喚きに雲上するとは……何ともはや、些か躾が足りぬのではありませぬかな?」
朱泥の如きに赤くなった安の顔ばせが、今度は墨のようにドス黒くなる。充の言葉が痛いところを突いたのだと知れ渡った。
――それ見た事か。
此れだから嫉妬に塗れて狂った女は碌でもないのだ。
充はここぞとばかりに、はっ! と肩を揺らして嘲り笑う。
――やはり、白豚姫の泣言を其のままなぞっただけか、この戯けめ!
恥かき子の戯言を鵜呑みにし、恥をかく前にとっとと皇帝を定め、退がるがいい、莫迦者め!
誰のお陰で、その肉の詰まった首を繋いで来られたと思うておる!
「大年増の悋気焼きを鵜呑みされるとは……娘も娘ですが、娘可愛さに盲になられるとは母親も母親としての質が知れようものですな」
胸を張る大司徒に向けて、安は、喉を鳴らして痰を掻き集めると、べっ、と音を立てて吐きかけた。
べちゃり、と痰が混ざった唾が、潰れた蛙のように充の眼前に広がった。
★★★
異様な甘い香りは、彼女が直前まで何かしら口にしていたからだろう。臭気を放つ唾の塊を前に、充は怒りに眼前が赤黒くなるのを感じた。
――此奴!
充が礼節も何も忘れて、袖を奮って仁王立ちになる。
「我が息子が糞生意気にも偉ぶる阿呆間抜けた行いをし、二心有りと言われる証拠があるのであらば其れは其れでよい! 一門の長としていかな罰も受け入れよう! だが先ずはこの場在る者を断ずるがよい! 神聖なる帝室を穢しこの王の間にしたり顔で居座る、赦されぬ慮外者を糾弾すべきであろう!」
大司徒、充は腕を振り上げ皇太子、天に付き従う先大令、中を指差す。
礼拝の姿勢を崩す事無く、代帝・安に畏まる充の弟である中は、指差され痛罵されても微動だにしない。逆に、何を愚かな、と呟きを態とらしく漏らして、付き従う皇太子・天にちらり、と視線を送る。
うらぶれて荒れていた筈の皇子とは思えぬ態度で、巨体を揺すり、畏れながら、と皇太子・天は立ち上がる。
「畏れながら陛下、ここな場に控えし者は代帝陛下の信を失い大令の任を解かれし中として居るのではありませぬ。我が臣、帳内・中に御座います」
「何だと!?」
「故に、我に従いて王の間に入るは当然の事。代帝陛下、何か問題がありましょうや?」
此れまで聞いた事もない、澱みない皇太子・天の奏上に、ないない、ないわえ、と安は愉しそうに手を振る。
帳内とは、皇子たちが己の権限と采配を持って私的に任命するを許されている所謂、資人の様な存在であると云えよう。だが品官の低い資人と違い、帳内は後宮に蔓延る宦官と同様に、皇子たちの懐刀として動きを見せる。また厄介なのは、宦官たちと違い、品官を定めるのは皇子自身なのだ。無論、3品三位以上の身分は名目上は与えられない。だが、実質的な地位は兵部尚書である優に迫るものなのだ。
――おのれ。
大司徒・充は歯噛みする。
してやったりと含み笑いをし、天と中と寧、主従そして母子揃って含み笑いで此方を舐める様に眺めている。その余裕たっぷりの態度は、充の神経を逆撫でするに充分過ぎた。
――おのれぇ、おのれ、おのれ、おのれ中め!
弟の分際で!
寧もだ!
我が娘でありながら父を裏切るとは!
天の奴もだ!
叔父上、叔父上と甘えるだけ甘え倒しておきながら!
一門の長たる私の顔に泥を塗るとは!
何たる不孝! 何たる不悌だ!
充は脳が消炭となるまで焼き尽くされる怒りに、憤然となる。
「大司徒様」
「何だぁ!」
脳が割れそうな怒りに身を浸す充に、中が、すすす、と進み出る。
充より一寸ばかり背が低い中は、微かに顎を上げた。
「この場に居られぬ、帝室に叛きし愚か者は、さて、果たして何方でありましょうな?」
中は自信ありげに口元を歪める。
――此奴、弟の分際で兄である私に何という口をきくのか!
だが、この時初めて充は、中の余裕は何処から来るのかと言う疑念に、ぞわりと背筋を波打たせた。
★★★
「何が言いたい!? どういう意味であるのか、はっきりと申せ!」
堪らず叫ぶ充を前に佇む中は、背後から天に粘ついた声音で命じられる。
「帳内・中よ。其れでもまだ、大司徒の地位に在る者だ。礼節を欠くな」
すると中もまた、粘度のある視線を天に返し、はは、と頭を下げる。
「先のお言葉でありますが……証拠、でありましたら、我が眸がなりましょう」
「何っ!?」
「実は先般、大司徒様の御子様、長子であらせられし大保様におかれましては、私めを邸宅にお招き下さいまして」
「何ぃ? 受の奴が、貴様を招いただと!?」
叫ぶ大司徒の横で、戰、優、克の視線が絡み合った。
――兵部尚書
戰の視線をを受け、優は目蓋を軽く伏せる。商人、時が出資しているぎかんで御職を張る、白という芸妓は、自分たちが呼ばれた宴にて確かに先大令、中が主賓として招かれていたと明かした。
この時に、先大令・中が邸宅内に彼の花を認めたというのか?
確かに中は、戰の母親である麗美人と代帝、安、そして皇帝、景との間に生じた確執が何を齎したのか、備に見ている。証言者としてたったとしてもおかしくはない。
戰たちの疑念は、直ぐに本人により肯定された。
「はい。過日、雲上の中枢より弾かれし同族同士、親睦を深めるのも悪くはなかろうと、大保様より直々に暖かいお声掛けを頂戴致しました。久方ぶりの同門のみ宴、気兼ねなく愉しめる席となる筈に御座いました。が、何と、我の目の前にて皇女、染姫様が激しくお嘆きおむずがりに遊ばされまして、惜しくも宴は取り止めとなったのです」
「其れが――其れが」
「そうです大司徒様。染姫様は、大保様が庭にて、後生大事に長春花を飼っておられる愚行に御怒りを見せられたのです」
赤黒かった充の顔色が、青白くなるのを確かめると、中は礼拝の姿勢の袖に口元を隠してほくそ笑む。
「だ……だが帳内・中よ。染姫様にどやされ追い出されたのであれば、其の方とてその眼に映ったは一瞬の事ではないのか? よもや見誤りは許されぬぞ?」
「ほぅ? では大司徒様におかれましては、我が言に信をおけぬと申されるのであれば益々もってお確かめあらねばなりますまい」
「何ぃ?」
「当然に御座いましょう。今の大司徒様の云われよう、成さりようは、正しく権力を傘に来て不安定な要素を廃そうと画策しておられるようにしか映りませぬ。此れを払拭するには、最早、御子息の邸宅を探索する他御座いますまい……私の言は何処か間違うておりますかな?」
うぐ、と充は顎を引く。中は逃すまい、と更に被せるように言い放つ。
「安陛下への大罪を犯せし咎が真実として広まれば、贖えぬ大罪に御座いますが……よもや、御一門の権勢をかさにきて有耶無耶になど為さいますまいな?」
瘡蓋の様にくっつき合う唇を無理に引き剝がして話している為か、中が言葉を切る度ににちゃ、にちゃ、と嫌な音がたつ。
「何を戯けた事を! 私が何を恐れねばならぬと言うのか! 我が一門には、毛筋ほどの過ちも無い! 後ろ黒い事など何一つない! 其の方の戯言に付き合ってなどおられぬわ!」
充は出来るのであれば唾を吐き捨てたかったが、この先、乱が皇帝として即位した先々を思い、漸く耐える。
――奴らめ。
皇帝となる為に遅れをとっている分、何でもよい、此方を追い詰めたいだけであろう。
彼奴らの図に乗り、踊ってやる必要はない。
落ち着くのだ、私は誰だ?
そう、大司徒、充だ。
我が権勢無くして禍国はあり得ず成り立たず、故に、私を完全に追い落とし貶めようとは、景皇帝陛下ですら、決断なされなかった。最後まで踏み込もうとなされなかったのだ。
――落ち着くのだ。
突き出た腹を軽く上下させて、充は息を整える。思いの外、興奮して息と共に気持ちも思考も乱れに乱れていたのだと痛感させられる。
「良かろう。其処まで言うのであれば私としても、事の白黒をつけてもらわねば気色が悪い。刑部に間に入って貰い、確かめ様ではないか」
望む一言を兄である充より引き摺り出した中は、してやったりと内心で蔑みながら薄らと笑った。
★★★
「ほ~う、そうかえ。ならば、公正をはかる為にも刑部に出張って貰うとするかのう?」
「其れが宜しいでしょう。陛下の御手をこれ以上煩わせる訳にもまいりませぬ故」
したり顔で中は頷き、充は舌打ちの音を隠そうともしない。
安が鷹揚に腕を振るうと、何故か髭を生やした宦官がくねくねと腰を振り、何かを捧げながら傍に寄ってきた。直筆の勅を認める為の文箱と紙、そして印璽である。
うきうきとした様子で筆にたっぷりと墨を含ませる安を睨みながら、充は目を眇めた。その様子を眺める中の、踏ん反りかえった態度がまた気に入らない。
――言い掛かりをつけ其れが詐称であった場合、罰せられるのは奴らの方の筈。
なのにこの余裕は何だ?
しかし、中も、天も寧も――勝算ありとしているからこその、この態度なのだ。
脚元を掬われる事のないよう気だけは張っておかねばなるまい、と、充は気を引き締める。充の気を知ってか知らずか、中が礼拝を捧げつつ更に一歩、進み出た。
「恐れながら申し上げます。皇太子・天殿下が臣、帳内・中、安代帝陛下に奏上致したき議が御座います」
「何じゃ、許す故、申すがよい」
筆を滑らせつつ尊大な態度で顎を刳る安に、中は有難き幸せ、と畏まる。
一拍、大きく息を吸い込んでから、中は平伏した。
「畏れながら申し上げます。実は嘗て大令を務めておりました縁により、礼部より急ぎの案件が滞り、難渋しておると相談を受けておりまする」
「何じゃと?」
安も初耳なのだろう。耳朶をびくびくと揺らす。
「どう言う事じゃ? 何があったと申すのじゃ、許す故、仔細を申せ」
安に命じられても、中は勿体振って沈黙を守る。
此処で礼節を見せた処で、関心を深くするのは安と充位なものだ。
実際に、淑妃以下の妃の腹出である皇子たちは、延々と茶番に付き合わされているこの現状に辟易を通り越して怒りすら抱いている。
――何が次代の皇帝を定めるだ!
――巫山戯るな! 只の一門同士、兄弟妹感の醜いばかりの我の張り合いではないか!
――神聖なる帝国の玉座で、何をやっておるのか!
――一臣下に過ぎぬ一門の恥部が曝け出さされているだけではないか!
――延々と此の醜態が演じられるだけで良いのか!?
鬱憤が溜まりに溜まった皇子たちの、殺気を宿した視線に気が付きもせず、安は宦官が用意した筆を動かし続け、呑気に刑部への勅を認め終えた。満足気に鼻息を荒くした安が書き上げた直筆の勅は、高杯に鎮座し恭しく掲げられて去って行く。
くねくねと不気味な動きを見せる宦官を見送りながら、優は大保の屋敷に赴いている最中である、息子の真を思った。
この流れで刑部が大保宅に改めに押し入った場合、かの屋敷を訪問している息子を認めた場合、どうなるか。
――上手く口先で逃げ延びるだろうが。
腹の奥底で呟けば、当然でしょう、見縊らないで下さい、と云う態とらしい嘆息が聞こえてきそうだ。
そう、何時もであれば容易に浮かぶ。
なのに、今回に限っては、腹立たしい位に鷹揚に構えた息子の姿が思い浮かばない。
――馬鹿息子め、こんな処でまで心配をかけるな。
苦虫を噛み締めながら優が嫌な焦りのようなものを感じていると、上擦った声が響いてきた。
「其れでは、申し上げます。実は、此処におわす郡王陛下にも関わりのある御話に御座いますれば、陛下にも御許可を頂戴したく」
★★★
――来たか。
肩を動かした戰の背後では、蓮才人も愈々、と固唾を飲んだ。
戰は礼拝を一旦解き、中に向き直る。
「私にも関係がある、か。丁度良い。私も、陛下に上奏せねばならぬ議がある。帳内、中よ、では許す故、其の方より陛下に申し上げるがよい」
立場からすれば、戰こそが先ず言上すべき処を譲られた中と、そして天は、戰の余裕を嘲り笑う。
――阿呆めが、何の余裕を見せておるのか。
待ってるがいい。
その綺麗なだけが取り柄の顔を、直ぐに醜怪に歪ませ、吠えずらをかかせてやるわ。
ぎろぎろと光る中の目玉は、泥に沈み汚泥の闇に紛れて獲物を待つ鯰のようだ。
咳払いをする筈が、異様に絡んだ痰のせいで、ごぶり、と嫌な音が中の喉でたつ。失笑が、皇子や王子たちの間で起こった。中が何を目論んでいるのかは知らないが、郡王に対抗できるだけの、いや、彼の立場を揺るがす手札があるとは思えないからだ。
ごほん、と痰の絡んだ咳払いをして敢えて注目を促しつつ、中は安に礼拝を捧げた。
「郡王陛下におかれましては、先年、領国となる祭国女王陛下を正妃と成されましたが」
「……そうじゃったな」
妾が許したのじゃ、と安が顔を顰める。
花弁を綻ばせたばかりの白椿の妖精の如くに可憐にしてあえかな美貌の少女の姿を思い出す。
戰の母、麗美人と似ているのは姿のみならず、花に例えられる麗しさもだ。
只、気質は違う。麗美人は只管に、陽光すら恐れて影に隠れ、微風にすら倒れんとする儚い印象そのままに命の灯火を消していった。
だが、椿姫は違う。自らの身一つでかこくに乗り込み、舞をもって己の喉元に刃を突き立てた。国一つを背負うと言う点でも同じであるが、麗美人は嘆き哀しむ姿で皇帝を操ったが、椿姫は戰と共に女王として表に出、祭国の国政に自らの信念を持って関与し続けている。
「其の椿姫が何としたというのじゃ」
面白くもない、と紅を大仰に塗りたくった唇を曲げる。安が明白に臍を曲げたのを見たから、中は勿体振って実は、と切り出した。
「郡王陛下の正妃椿姫様が、実は御懐妊なされ、先頃、御子を御出産成されました」
「な、何じゃとぉぉ!?」
中の言葉に、安は鼻息荒く立ち上がった。
「そ、其れは誠か! わ、和子は一体、何方なのじゃ」
「其れは――」
中の言葉を遮って、戰が進み出る。
「過日、夏の終わりに我は妃の間に、和子を授かりました。我が父、偉大なる帝室の血を引く、立派な御子です。細くか弱い身体つきながら、我が妃は大業を成し遂げました」
何卒、我が妃にお褒めのお言葉を、と戰は頭を垂れる。と同時に、項に先程まで煌々と火を点けていた火鉢の中身をぶちまけられたかのような、鋭くもキリキリとひり付く痛みのある視線を感じた。
「どちらじゃ! 皇子か!? それさも姫か!? どちらじゃ! えぇい、何方なのか申せ、早う申さぬか!」
興奮して叫ぶ安に、中の粘っこい視線と戰の涼しげな声が重なった。
「我が妃・椿は禍国帝室の繁栄に尽くし、最大の功を上げてくれました」
安の顔がこれ以上はない程歪んだ。
帝室繁栄の最大の功――
と言えば、皇子出産しか有り得ない。
「そ、其れで! 妃は!? 妃の産後の肥立ちはどうなのじゃ!?」
「頗る、健勝にて。逆に乳が豊か過ぎて体調を崩す有様で、領内の子らに分けてやっている程です」
誇らしげに戰が答えると、安の言葉にならぬ凄絶な金切り声が王の間を駆けて行った。




