21 魔窟 その1-1
21 魔窟 その1-1
大きく銅鑼が打ち鳴らされると、王城の南側に位置する大正門の護りを固める兵衛が手にした矛を一斉に蒼天に掲げた。
渡り鳥が一斉に翼を広げて大空に羽撃くが如きの音が、空を満たす。
最後に、護国の象徴である大軍旗が高々と掲げられ、風に舞う。
「祭国郡王、皇子・戰陛下の御帰国である!」
優の宣言を受け、兵衛たちがまた一斉に掛け声を上げ、王城の南大門が大きく開け放たれていく。
戰の帰国は兵部尚書自らが王都の正大門に赴いての、凱旋に近い形式である。
がしかし、左右に並んで出迎ええる雲上人のうち文官たちの姿は疎らだ。武官の足並みが揃っている分、その異様さは不気味である。
内官たち、文官と宦官たちが出迎えを拒否する理由は、言われずとも戰にも分かっている。
視告朔の最中を告げる銅鑼の音が、朗々と響き、たなびき続けているからだ。
★★★
戰が亡き父帝より賜り誕生の時より使用している居室に入るや、優は先ず、兵部尚書として、禍国の雲上に彼らに郡王陛下の帰国を告げる事、そして朝議に参加出来る支度が出来るまで全ての儀を留めて郡王陛下を迎え入れる為の儀を執り行うように、と命じる。
が、対応の為に現れた内官はびくびくしながらも、其れは相成りませぬ、と撥ね付けた。
「何だと!?」
眉を捻り上げる優の凄まじい憤怒の表情とそれに負けぬ怒号に、内官はひゃ! と女性的な甲高い声で叫んで飛びあがり、怯みと怯えを見せる。実際に、内股を摺り合わせてガタガタと震える様子は、女童が牙を剥く大型犬を前に道が渡れない、と泣いている風情そっくりだ。
だがしかし、優のような武辺一辺倒な武張った漢には、今にも粗相しそうな内官の怯えようはただただ、癇に障ってしょうがない。苛立ち紛れに嵩に懸かって怒鳴りつけようとした優の肩を掴む者がいた。
戰である。
「止さないか、兵部尚書」
「しかし陛下」
戰に対しても不満を隠しもしない声音だが、優も分かってはいる。
低い品官の内官なのだ。采配が許されるような身分ではない上に、着用している衣服からして大司徒の声が掛かっている彼らには、どうしようもこうしようにも答える言葉など元よりない。
何が出来ようか?
何も出来ぬ、素直に一言一句違えず伝えるのみ。
それが彼らの正直な答えであり、唯一できる仕事だ。
優とても重々承知している。
嚇怒した鬼の如き優の前にて、ただ、ただ、只管に平伏して詫びを入れるしかない内官たちに罪はなく、これ以上責め立てする事もかなわない。だが、だからと言って、いやだからこそ、やり場を失った怒りは膨れ上がる一方で、其れ故に、彼らが手出し口出し出来ぬ相手を送り込んできた相手への苛々はいや増していく。
克が内官たちに下がるように促さなければ、文字通り、怒りの矛先が具現化した物が、彼らの体内に沈んで血の花が咲いていたかもしれない。
「分かった。下がり、承知した旨を伝えるがいい」
戰の言葉に心底ほっとした表情をした内官は、最礼拝を捧げ終えるや脱兎の如くに退室した。内官とは思えぬ余りの逃げ足の速さに、一瞬、優は虚を突かれてぽかん、とした。が、其れがますます怒りを煽る。
「無礼者めらが」
内官が姿を消しても、怒髪天を衝く勢いで顔面に血の気を集めた優は、もうもうと立ち上る蒸気のような熱い憤怒を隠そうともしない。
「少しは堪えるのだね、兵部尚書」
「は……しかし陛下、此れでは御立場というものが……」
「なに、元より私の立場など大したものはありはしないよ」
「……陛下」
言葉を濁す優に、戰は爽やかな笑みを返してみせる。
――その様なお顔をされては、私が引き下がらねば馬鹿のようではありませぬか、陛下。
笑顔ひとつで己を封じ込める戰に、優は頼もしく思いつつもこの優しさが徒にならねば良いが、と密かな危惧を抱いた。
★★★
本日早々に郡王・戰皇子が帰国するという正式な申し出は、優が雲上した際に上げてある。
帰国が目の前に迫っているとなれば、最低限、己の有利に回るよう足場を整えねばと泡を食うのは人の常というもの。つまり、暗に視告朔を行い公事の中に勘会を盛り込むように仕向けたのは優だ、という事になる。
戰たちも、先制攻撃や変則的な動きで敵を翻弄し主導権を握ろうと狙っている。
彼らとて、この時宜を逃す筈がない。
今頃、勘会の場にての査問という名を借りて、思う様、戰を甚振り、嬲り、酷遇に耐え切れぬまで追い詰める事が出来る公の場を作り上げんと、血眼になっている事だろう。
しかし勘会は、相手にとっても諸刃の剣ではある。
もしも公の場である勘会において、戰が彼らの言い掛りを撥ね退け、捩じ伏せれば、それは公文書として永久に残される事となるからだ。
戰の勝利、正しさが、後々の世まで悠久の時の中に記し残される。
正に戰と真が狙っているのも、実はその一点にある。
敵も其れを許したが最後であると理解している。
戰こそが皇子にあるまじき、そして郡王として領地を統治する能力に欠けた無能・無才の不佞の王として烙印を押され、恥辱に塗れた者として帝国の歴史に名を刻ませねばならない。
その為に、躍起になっているとはいえ、しかし、よもや視告朔の場から頭から締め出されるとまでは、優は思いもしていなかったのだ。
仮にも郡王という立場にある皇子に対して、其処までの暴挙に出るなどと優でなくとも誰が思えよう。
不逞の輩と断定され、帝室への叛意有りとされたとしても、弁明のしようがない行いであると、誰も気が付かないのか?
だが、視告朔は強行された。
という事は、実行者たちは、帝室への背信棄義であるという声を押さえ込めるだけの力がある、と信じているのだ。だからこその行為であると見るべきだろう。
逆に言えば敵は、此れを絶好の好機と捉えるだけの力量が己にはあるのだ、という絶対の自信、自恃を持っている。
公の場で切り捨てられる場を自ら用意せよ、という戰からの宣戦布告の意であると受け取り、ならば此方も受けて立つ、剴切な場を提供しようという腹つもりなのだろう。
何が何でも、本日この場にて勝利をもぎ取らねばならぬのは、お互い様だ。
故に、王城内の複雑怪奇に絡み合った利害を一旦は横に置き、戰を敵とみなす輩同士手を組み、示し合わせを行いたいのだろう。
朝議の場をより有効に活用し、効果的に戰を苛み、徹底的に帝室の全ての場より戰を締め出し、そして事実上の死を宣告せんが為に。
だが、先にも述べたが、視告朔の場から郡王の立場である戰を締め出すなど、言語道断。
決定し、命じた者は其れだけで大罪となりうる。
いや、郡王である戰だけでなく、兵部の頂点に立つ優も朝政にて公事に携わる一員でもある。
彼ら二人の存在を無視してまで性急に事を進めようとしている裏にあるのは、勿論、皇帝の座を巡る権力争いからの脱落、及び勢力争いからの失墜を目論んでいる輩の暗すぎる程黒い暗躍があってこそ、だ。
――踊っておる者は誰だ。
優は珍しく、顳に焦りを滲ませながら低く唸った。
代帝・安が命じねば、視告朔の場に自分たちは入れない。
それを耳打ちしたものは、大司徒・充か、其れ共、大令・兆か――
しかし今の優にとっては、その何れであろうとも、最早関係がない。
無礼千万な輩めらが! と再び怒髪天を衝く勢いで顔面に血の気を集めだし、憤怒の形相を隠そうともしない。
その優の肩を、戰は軽く、ぽんぽん、と叩いた。
「陛下……」
驚きに目を見張り、そして感激に胸を詰まらせながら振り返る優に、戰は笑いかける。
「向こうはまず、私たち、と云うよりも兵部尚書を怒りに走らせ冷静な判断力を奪おうと画策しているのだ。分からないのか? いや本当は、分かっているのだろう? それなのに兵部尚書ともあろう者が、敵の思惑にうまうまと嵌ってどうする?」
「は、しかし陛下……」
「こうなるだろうという事も、真からの手紙で予測し、覚悟はしていたのではないのかい、兵部尚書?」
普段、何かと馬鹿息子を蔑んでいる真の名を出されて、流石に優も落ち着きを取り戻してきた。
確かに戰の言う通り、真の依頼を受け奏上した時点で、最悪の場面を幾つも想定してきた。
その中の一つに、今の此の光景もあった。
当然である。
武人に求められる能力の一つに、どれだけ最悪の場面を思い描けるか、がある。戦の最中に、思惑以上の最低最悪の事態がどれだけ起こりうる事か。それらを最低限の力で切り抜ける、想像力と発想力がなければ、万を超える部隊を率いなど到底出来るものではない。
だが。
其れはそれ、此れはこれ、だ。
優の性格で、怒りがおさまりきれるものではない。
「は……。ですが此のような仕儀、断じて許せませぬ。いえ、許してはなりませぬ。通例の作法すら守らぬとは言語道断」
怒りの沸点を迎えている憮然とした優の赤い顔面からは、蒸気が見えてきそうな勢いだ。戰が、くすり、と笑う。
「なに、私も真も、通例だのお作法だのといったものとは、無縁の生活をして此処まできているのだからね。人の事は兎や角言えないよ」
「……は、はぁ……」
余りにも虚を突く言葉に立ち尽くす優の肩を、戰は明るく笑いながら叩く。
だが、自分とは裏腹に焦燥感も苛立ちも見せず、しかも明るい顔で息子の名前を出されてきては、優も不承不承ながらも大人しく引き下がらずを得ない。
何しろ、彼の息子である真は、只一人にて大保・受の元に乗り込んでいるだから。
正体が杳として知れぬ大保・受に、単身、決戦に挑んでいる真を思えば、周囲に互いの背中を守るべき者や共に戦える者がいる分、戰や優の方が格段に恵まれている。
――しかし、それは其れ、これは此れ、だ。
だからどうした。
腹が立つのを封じる言い訳にもならぬわ。
部下が主君の為に我と我が身を差し出すのは当然ではないか。
やって当然、出来て当たり前、特別褒められるような事ではないわ。
憮然とする優の肩を、気持ちを軽くしろ、と言わんばかりに戰が、ぽん、と軽く叩く。
「兵部尚書、いい加減で頭を切り替えよう。この時間を有意義に使えばいい」
「は?」
「先に義理母上の元に行く。芙と直接、連絡を取りたい」
戰が目を細めて笑いつつ、優の肩に置いた手に、ぐ、と力を入れた。
★★★
戰が入城を果たしたという知らせが、内官により齎された。
蓮才人は胸元を抑えて、喜びに叫びだしたい己を辛うじて押さえ付けた。
目の前に、どん、と居座る肉塊が、視界と空気を濁しているからだ。
――邪魔な御人ですこと。
眼光を控えもせずに、ぎろ、と蓮才人はその肉塊――
締まりのないぶよぶよとした手首を揺らしている徳妃・寧を睨めつけた。切れ上がった目尻に乗せた紅が、きゅ、と輝きを放つ。
品官の低い蓮才人に真っ向から睨まれて、分厚い段になっている腹の肉をぶるぶると揺すりながら、些か仰け反ってみせた徳妃だったが、其れでも暇を口にしない。
舌打ちしたくなるのを堪えながら、蓮才人は近付いて来る先導の足音を捉えていた。途端に、そわそわと腰の辺りが落ち着かなくなる。礼節を忘れて思わず音をたてて蓮才人が椅子から立ち上がるのと、殿侍に化けた芙の部下が、祭国郡王戰皇子様の御成りに御座います、と頭を垂れるのは同時であった。
芙の部下が下がると、まるで暁光のような眩さを纏った美丈夫が佇んでいた。
ああっ……という咽んだ声が蓮才人の喉から漏れ出た。
「……皇子様、よく……よくぞご無事で……」
「義理母上様。只今戻りまして御座います。長き留守の間に親不孝を重ねし不肖の息子を月に住まう聖母の如き広き御心にてお許し下さいますよう、伏して願い奉ります」
戰が跪き、義理の母親である蓮才人に最礼拝を捧げる。
義理の息子の姿を、我が目で確かめた蓮才人は、徳妃の存在も何も最早見えていない。
暫く見ない間に、更に精悍な逞しい身体つきとなり美々しい武者ぶりで帰国した大切な我が子の姿を愛でる為、蓮才人は椅子を蹴り飛ばす勢いで戰に駆け寄っていた。
「何を仰るのです。良いのですよ、ご無事なのでしたらそれで」
「いいえ、義理母上様には御心配をお掛けするばかりの愚かで不出来な息子で御座います。母上、此の私の身を、愚息であると気が済むまで存分に打ち据えて下さい」
礼拝の姿勢から、戰は額を床に打ち付けんばかりの勢いで平伏する。
「何を馬鹿な事を申されますか。親というものは、子の心配をする事が最大の仕事。母は当たり前の仕事をしただけ。詫びる必要などありませぬ」
さ、お立ちなさい、と自ら腰を屈めて戰の手を取る。漸く、笑顔になった戰の頬を両手で包み込む。
「さ、もっと良く、この母に愛しい我が子の顔をよく見せておくれ」
蓮才人は涙に濡れた、それでいて弾んだ声で告げる。
はい、と素直に頷いた戰の目尻にも、輝くものが認められた。長く蓮才人に使える舎人や殿侍や女官たちは皆、苦難の道を辿るばかりであった母と息子の、それ故に情愛の深い姿に心打たれずにはいられない。
涙を笑顔にかえつつ旅路を労う蓮才人の横で、彼女に仕える者もまたそうでない者ですら同様で、涕泣するのがやっとの中、只一人、例外が居た。
徳妃・寧である。
彼女は、どろどろとうねりを上げて燃える嫉妬に太りに太った身を焼いていた。
★★★
暫くの間、美しい親子の感動の再会を見せ付けられた徳妃・寧は、顳に幾筋も野太い血管が筋をたてて浮き上がるのを感じていた。
――見せつけおって!
自分の産んだ皇太子である息子・天と、たかだか美人という4品程度の腹から出た皇子。
この二人の違いを列挙羅列される度に徳妃・寧は劣等感に苛まされてきた。
――何故じゃ!
何故こうも違う!
蹂躙された属国が、これ以上の搾取からと何よりも他の王族身の安全の為に差し出してきた、質程度の小娘の腹から生まれた皇子は、背負う星の巡りも、見目も、能力も、全てにおいて我が子に優っていた。
いや、能力が有るだけというならば、別に身悶える程の濃い嫉妬に狂い足掻くに値しない。
能力がある若者に育ったのであれば、我が子が皇帝として玉座に座りし後、存分に扱き使えば良いだけの事であり、その最中に適当な処で自滅して死んでくれれば尚良い、と思っていた。
其れなのにこの男は。
まるで春笋がめきめき音を立てて地面を突き破り一夜にして成人してみせる青竹の如くに一気に成長し、頭角を表した。
劣悪な環境と決定的に足りぬ戦力でありながらも初陣を勝利で飾ったのを筆頭に、続く3つの大戦にも完勝した。
更に祭国領内を見る間に豊かにしてみせ――見せ付けてきた。
――何故こうも出来が違いすぎるのじゃ!
素直に頭を垂れて、天の為にと我が身と魂を捧げると申し出れば、まだ可愛げがあるものを!
何と、自ら同じ場に立つべしと名乗りをあげたに留まらず、立ち塞がってくる!
尽く失敗すればまだ可愛げがあり許してもやれように!
何故、いちいち我が子・天を貶め、霞む働きをしよる!
腹の内側に溜まりに溜まった脂肪に、唾罵が谺する。
――おのれ……おのれ、おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれ……!
だが、頬の内側にまでたっぷりとついた贅肉の為、奥歯も真面に摺り合わせられない無様な身体で、寧は、血の繋がりのない義理の息子である戰から、実母同様の礼節と敬愛を捧げられる蓮才人に嫉妬しているのだと自覚していた。
生まれ落ちた瞬間から母を知らずに生きてきた皇子・戰の庇護者として手を挙げた女性は、然程、皇帝の寵愛が深かった訳ではない。
何しろ、最愛の寵姫と同じ一族の出である、という一点にのみ皇帝が興味を示して蓮才人を後宮に召し上げたのだ。が、あえかな雰囲気を纏う、今にも散りそうな可憐な花を思わせる麗美人とは、彼女・蓮才人は真逆の容貌と性質を持っていた。皇帝の落胆は深かったが、其れでもそこそこ寵愛を得られたのは、閨を共にした彼女の口から皇帝が知らぬ麗美人の在りし日の姿が語られるようになったからだ。
そうしてうまうまと胤を腹に仕込んだ癖に、生まれた御子は姫で、しかも『男殺し』の宿星を持っていた。
途端に、皇帝の興味は消え失せた。
皇帝・景の寵が薄れた後宮の女には悲劇しか待ち受けていない。
何かにつけて、影であらぬ口を叩かれ、下手をすれば身分を剥奪されて後宮から追われてしまう。
しかし蓮才人が後宮で生き延びた。
素直に後宮内での存在も消え失せれば良かったものを、剰え、同族の姫が産んだ皇子の年若い養母となり、幼い息子を護る事で頭角を表した。
その彼女を、今度は成人した皇子・戰が庇護し始めた。
彼女自身の政治能力と手腕に寄る処も多分にあるが、其れを活かしきる事ができたのは、義理の息子である戰の支え手があればこそ、だ。
折々の節句や祭に際し、実家の権勢に乏しい彼女が分相応以上の設えで挑めたのは、偏に、戰が背後から手を回していたからだ。
息子として、母を守らんと一途に敬愛の姿勢を貫き通す姿に、徳妃・寧は嫉妬していた。
――何故じゃ!
妾とて息子を愛しておる。
母の愛は深いもの、深く深く、誰にも負けぬと自負しておるわ。
息子の為に、何程心を砕いてきたか知れぬ。
我が子・天が皇帝として君臨すべく、何程骨を折ってきた事か。
全ての危うさ、艱難辛困を知らずに育つよう、心を尽くしてきたのじゃ。
母である妾以外に、誰がここまで天を庇護できるというのじゃ?
だが、皇太子・天は、母が子に愛情を示し、全てを投げ打って傅くのは当然とばかりに振舞っている。
このように、母を尊ぶ姿勢を見せたことなど、一度もない。
母を愛していると皆の前で示して呉れた事など、一度もない。
――おのれ……下賤の輩が……。
だが、見ておりゃれ。
何れ、何方も血反吐を吐かせて這い蹲らせて呉れようほどに。
女官が手にする団扇が作りあげる微風が鬱陶しい振りをして、徳妃・寧は袖を集めて口元を隠した。
深い皺が幾重にも刻まれた、醜く、そして釣り上がった口元を。




