20 想う その1
20 想う その1
戰と真が出立してより、四日目の午後。
芙の部下から連絡が入った。
早足の二つ名で知られる芙ほどではないが、彼もまた、常人ならざる身体能力の持ち主として息を切らす様子もみせず裏から裏の継がりを経て、一座の主である蔦に連絡を繋いだ。
「おお」
珍しく気色を満面に浮かべて頬まで赤くした蔦は、よう、帰って来やした、と労いの声をかけつつ芙の部下が待つ一室へと自ら赴いた。
「陛下と真様、そして克殿と芙は?」
「ご安心下さいますよう」
男の答えを聞くと、ようおやり遊ばした、と蔦は袖で男の顔の汚れを拭い取ってやった。
不眠不休で蜻蛉返りしてきたのだ。頑強な見た目は疲れを感じさせないが、言い表せぬ疲労困憊の局地にある筈の芙の部下に、蔦は潰した梅と蜂蜜を落とした湯を振舞った。慌てて固辞しようとした男に蔦は漸く、彼らしい嫣然一笑を浮かべた。
「疲れを内に秘めたまま、国王陛下に謁見するおつもりか? 肉体の疲労は正常な判断力を奪うもの。其方の為に此れを振舞うのではない。郡王陛下と真様、そして其方が仕える芙の為に、飲み干しなされ」
蔦の言葉に、は、と男は素直に腕を伸ばした。ゆっくりと、梅湯を飲み干していく。
一息ついた男は、蔦に連れられて密かに学の部屋へと通された。
★★★
学の部屋で待ち構えていたのは、学、杢、虚海、薔姫。
そして薔姫に勝手にくっついてきた珊を見咎めた蔦は、明白に眉根を寄せる。しかし、珊は蔦に睨まれても何処吹く風、だ。嬉しそうな顔で、ふんふん、と鼻歌まで歌っている。
男の顔を見るなり、学は腰を浮かせて駆け寄ってきた。ご苦労でした、と学が労を労うと、男は言葉なく深く最礼拝を少年王に捧げる。
「郡王殿は?」
「予定通りに御座います。私がこうして国王陛下に謁見を賜ると同時に、陛下御一行は王都に入られておられる筈です」
「そうですか……。それで、その」
「お師様の、ご容態は? また、無理をなされてはおられませんか?」
「……は、その……」
無理をしようにも出来ぬ程くたばっておられます、などと腰を浮かした薔姫の顔ばせを見れば言える筈もない。男は、その……と、言葉を濁した。
薔姫は、期待を込めた瞳で、今か今かと答えを待っており、居た堪れない男は、決まり悪そうにごそごそと身体を揺らしだ。男の様子に、ああ、と察した学が助け舟を出してきた。
「そうですか、いつもの、お師様なのですね?」
「は? は、はぁ、まあ、そ・その……そ、そう、です……」
そうですか、と学は笑顔を作る。
この会話に嘘は含まれていない。ただ、聴く者の捉え方によって意味が違ってくるだけの事だ。
学の機転に、男は縋る様な目で感謝を伝える横で、薔姫は安堵から、小さな胸を大きく上下させた。
「良かったねえ、姫様ぁ」
「……うん」
涙ぐみながら何度も、うん、うん、と頷く薔姫の背中を珊は優しく擦り、きっと大丈夫だよぅ、と繰り返す。
和んだ空気に、虚海が目を細めて瓢箪型の徳利を引き寄せた。
★★★
「学陛下」
杢が杖を支えに姿勢を正すと、鋭い視線を学に投げかける。
「はい?」
「使節団を如何なされるおつもりか。ご決断なされましたか?」
「はい」
杢の言葉に、虚海は、ごく、と態とらしい音を立てて酒を飲み下した。口の端から滴った酒の雫が喉仏を伝っていく。
「陛下。其れでは陛下への使者がいるこの好機に、陛下のご決断を、今、この場にて、我ら共々にお示し下さい」
徳利越しに、ぎろ、と虚海が杢を睨んでくる。が、杢は構わない。
だが、二人の間に飛び交う険悪な空気を何程も感じていないのか、其れ共かんじていながらも敢えて、なのか。
はい、と学は少年らしく快活に、小気味良く答えた。
使節団の処遇を如何にすべきであるのか。
戰が出発するまで、その事は懸案だった。
当初、戰と真は使節団と共に禍国へ戻る予定だったのだが、しかしそれでは時間がかかりすぎる。
相手に、身構える時間を与えてしまう事になる。
だが、其処にあの大火が起こった。真面に動ける者の方が数える程という凄惨な事故後に、通常の3倍以上の速度でもって帰国せよ、などと命じられるわけがない。
その為、最低限の人員で先ずは禍国へと上り、後、使節団もゆっくりと随従するように、と戰と真、そして学とで相談の上、決定したのだ。
が。
戰が出立してしまうと、その意見に正面から反対する者が現れた。
虚海である。
戰たちが出立してよりこの3日間、学、杢、虚海は喧々諤々の議論を交わしあっていたのであるが、この日は杢がその議論の口火を切った形となった。
「そんなもん、永久に帰したらへんでもええがな」
は~ん、と鼻鳴らしつつ小指の爪を使って器用に耳を穿りながら、虚海は平然と言ってのける。
「そんな簡単にはいかぬ、虚海様」
「まあ、待ちぃな杢さん。大体な、何度も言うとるやろ? 冷静に考えてみぃ。こない質のええ人質はおらへんのやで? みすみす逃がしてまったる事ぁあらへんわ」
「だが」
「皇子さんの事考えたら、いざちゅう時の為に在れや此れや使える手札は多いに越した事はあらへん。そんなもん、決まっとるやろ?」
「虚海殿、勝手に決められては困る」
「それにやな、禍国でのお二人の孤軍を思ったら、そんなもん人質くらい、とったったらええのや。大体、阿呆だら教唱えるみたいに、糞みたいないちゃもんぶっ掛けてきよったんは、向こうさんやないかい。気にする事みたい、あらへんあらへん」
虚海は徳利を腹に凭れかけさせて、ひらひらと手の平を振る。酒気を帯びた息が、手が起こした風で攪拌されて周囲に飛び散った。
何とも言えぬ臭気に、杢は眉を潜め蔦は溜息を吐き、学はそんな二人の顔を見比べる。
始め全て虚海に考えを聞かされた時、学は思考が飛んで頭が真っ白になり、絶句し硬直したものだ。
だが、流石に学も食下がるようになってきた。
「虚海様」
「何やいな、坊ちゃん」
「郡王殿とお師様には何と弁明なさるおつもりですか?」
「そんなもん、黙っとったら分からへんわい」
「……」
「ええで、ええで。難しく考える事はあらへんのや。坊ちゃんは年寄りの言う事を子供らしゅう素直に聞いといたったらええのや」
虚海は殊更に徳利を傾けて、ぐび、と音を立てて酒を飲み下す。こうなると、学は二の句を繋げる事が出来なくなってしまう。途端に弱気の虫が鎌首を擡げてきて、言葉が尻窄んでしまうのだ。
「虚海殿」
「何や、杢さん」
「陛下と真殿の考えと、虚海殿とでは、目的と、導き出される結果が違い過ぎる」
「ほうや。先に皇子さんと真さんが、残しといたれ、言うたんやわな。けど、何時まで、とか、何でや、とかまでは言うとらへんかったわなあ」
「そうです。陛下の真意を読み取り違えられては困る」
杢の助太刀を得て、学は強気を取り戻した。
ぱっと顔に自信が戻る学の目の前で、虚海は、けーっ! と喉のいがらを鳴らしてぶすったれた顔をしてみせる。杢が口を挟むと、堂々巡りになるのが此れまでの常であるからだ。
だが、杢とても、虚海の言わんとする処は理解はしている。
使節団。
此れ程の規模の人質を実に難なく手にしているのだ。
兵を預かり策を練る役に就いている虚海の教えは、至極真っ当なのだ。
己が有利に働かくと知りながら、みすみす逃してしまうなど以ての外、論外と云えよう。
此れを卑怯、と感じてなどいてはいつ何時、足下から火がつく状態に追い立てられるか知れない。
既に此れは、戦なのだ。
禍国帝室と、そして王城に巣喰う権力を得ようと群がる不逞で不敬な卑賤の輩との、戦いなのだ。
死ぬか生きるかの二者択一の戦いなのだ。
それも、確実に一人が生き残るとなるまで、全てを殺し尽くさねば終わらぬ戦いだ。
だからこそ、虚海の言い様は正しいのだと分かる。
分かるが――
――でも。
出立前の、戦と真、そして使節団の者たちとの遣り取りを知る学には、どうしても、分かりました、虚海様の言葉をとりましょう、と言って首を縦に出来ない。
★★★
禍国へと出立する前。
実に彼ららしく、戰と真は自ら使節団の居る棟へと足を運んでいた。
自分たちが禍国より戻る迄の間、留まるようにと自ら出向いて伝える為に、だ。
勿論、人質とする為ではない。
「祭国に留まる限り、施薬院に居る限り、彼らの健康を取り戻す為に全力を尽くす」
禍国本土には先んじて、この私が入る。
郡王・戰、禍国帝室の皇子の名において、責任が奈辺にあるのか所在を明らかにしよう。
故に、其の方らは身分と命の保証が成されるまで禍国に戻るには及ばず。
戰の宣言に、怪我に苦しみつつも、使節団の人々は平伏した。
横臥している者は俯せに、喉がやられて声が出せぬ者は額を床に打ち付けて、感動を表した。
鴻臚館の大火による火傷などの怪我が快方に向かう気配を見せる者は少ない。今尚、一時の安眠という癒しすら得られず苦しめられている者ばかりだ。こんな体調で無理矢理に禍国へと帰してしまったら、助かるものも助からなくなる。
其れに。
彼らが繰り返した失態を、禍国側がどう捉え、どの様な処断を下すのか。
考えた時、使節団に在る者も関わる祭国の者も、ぞっ……と背筋を震わせずにはいられない。
降格は無論の免れまい。
此れまで積み上げてきたものが、己の非でもないのに一夜にして灰塵と化して脆くも崩れ落ちただけなく、謂れのない罪まで押し付けられるのだ。仕事を奪われ王都を追われる姿は容易に思い描ける。
いや、王都より追放される、というのは生きていればこそ、出ていけるのだ。まだましと云えよう。
下手をすれば謂れ無き罪を問われ、咎人として宮刑に処されるかもしれないのだ。悲惨な末路の末に、敢え無く命を落とすかもしれないのだ。
しかし。
代表となった者が、静かに首を横に振った。
「実に有難く勿体無いお言葉。この感動にて錦を潤すばかりに御座います。ですが陛下、我々は一刻も早く禍国へと戻りたく存じ上げます」
思いも寄らぬ申し出に、戰と真が顔を見合わせる。
申し出た男の背後には動ける者が、ごそごそと寄り集まりだしていた。
動ける、といっても彼らは皆、全身を包帯や晒でぐるぐる巻きにされた芋虫のような姿に成り果てている。腕や腹や腰、膝など、動かせる限定された箇所をばかりを使うので、尺取虫のような動きに近い。
戰、という頂を目指して黙々と縮れた身体を動かして集まってくる姿は、壮観ですらある。
「我々如きの身を案じて下さる陛下の御温情、何よりも御恩に報い奉る為にも。我ら一同は一刻も早い帰国を望みます」
どうかお許しを、と皆が呪文のように唱え出す。
動けぬ者はせめて声だけでも、と絞り出しているからであろうか。地うねりのような空気の波が戰と真を包み込む。
戰は腕を伸ばしてくる一人の男に手を差し伸べ、短な嘆息と共に微笑を浮かべた。すると、ほ……と誰もが思わず吐息を零した。
戰の笑みには何かが――
そう、心と気を強く持たせ、希望を抱かせる何かがある。
根拠のないものであるのに、この笑みの内側にあるうちは己は大丈夫なのだと思わせる、何かが。
片手を取り、もう片方の手で男の手の甲を撫でてやりながら、戰はゆっくりと論しにかかる。
「急ぐ事はない。確かに、残してきた家族や一門の者にこれ以上の心配はかけられぬだろう。だが、私が其方たちの身の安全を確保してからでも遅くはない」
いいえ、と男は首を横に振る。
「我々の失態は、我々自身が被り、そして贖うべきもの。此処まで尽くして下さいました陛下の御温情を受けし我らが。陛下の御身を危うくなされるのを素知らぬ顔で眺めつつ、我等のみが安寧と安泰を得ようなどと思えると仰られうのでありましょうか?」
「此の儘でおれば成る程、確かに我らは此れまでの地位も何もを奪われ、落魄の身となりましょう。けれども我らは、浅ましい輩と同類に堕ちたくはないのです」
「そうです。陛下、どうぞ我らの望みのままにさせて下さりますよう」
次々と懇願の声があがり、戦の方が軽く怯みをみせた。
そして、背後に居る真をちらりと盗み見る。
真は、一歩下がった位置で、静かに座したままだ。表情はまるで変わらないのは、何を考えているのかを悟らせぬ為であろうが、戰は真の気持ちを思えば胸が更に塞がる思いだ。
我々の失態。
彼らはそう、言いはした。
が、彼らにとっては、失態を犯したる者は右丞・鷹、只一人だ。
右丞・鷹の巻き添えを喰う形で連座責任を負わされようとしてる。
しかし、そう、声を挙げる訳にもいかないのだ。
彼らが、戰の恩義に報いる為に右丞を不必要に糾弾しては、類は父親である兵部尚書、そして異腹弟である真にも及ぶのは必定であるからだ。
真が口を開く前に、男はここぞ、とばかりに言葉に力を込めた。
「右丞殿に、我らの罪まで増して覆い被せるつもりは毛頭御座いませぬ。なれど、禍国において陛下の最も心強き後ろ盾であらせられる兵部尚書様のお立場を守る為にも、無意無用、不必要に私どもを庇い立てなさる事は御座いません」
鷹の父親である兵部尚書・優と右丞の異腹弟である真が、連座して責任を問われぬ程度に責任を負わせるべきだ、と男は語気を強める。
男の主張の正しさを認めた真は、苦笑しつつ頷いた。
「戰様、彼らの言葉が正しいでしょう」
「……真」
「宜しいではないですか。この程度でどうにかなる様な勢力と立場であるのならば、父も己は其れ迄、と腹を括るでしょう」
いっそ晴れやかに答える真に、男たちは我が意を得たり、とばかりに笑顔になる。
身体を軋ませる痛みも強かろうに、互いに抱き合ったり身を寄せ合ったりして喜ぶ姿を見せつけられては、戰は不承不承ながらも、了承するしかなかった。
★★★
真と、彼の父親であり戰の勢力の最大の後見人である兵部尚書を守る為に、敢えて、右丞の罪を詳らかにする。
その為に、傷ついた心身をおしてまで帰国を望んでくれている。
――自分も、そんな彼らの望みを叶えてやりたい。
でなくして何の国王か。
どうして君主を名乗れると云うのだろう。
ちく、ちく、と痛む胸を抱えながら、学は此方を見据えている杢をちらり見る。
杢の鋭い視線は、学の口が己の望む答えを紡ぐと期待しているのが、ありありと分かる。
――分かってます、杢殿。
自分もその期待に応えたい。
けれどこの決定が正しいのかどうかと虚海に畳み込まれた時に、反論出来るかどうか、自信がなかった。
「何や、杢さん。まんだそんな、どうでもええ細かい事気にして、うだうだ言うとるんか」
蔦が用意してくれた床に横になり、瓢箪型の徳利をゆっくりと傾けながら虚海が呆れた声をあげた。
「当然です。陛下の御意志に背く事になりますので」
はんっ、とそっぽを向きつつ、虚海は鼻の下をごしごしと擦り上げた。
「ええか、杢さん。耳の穴かっぽじって、よう聞いとけ。部下っちゅうのはな、はいはい、云うて、素直に頷くばっかやあかへんのや。時にはな、期待を裏切ってでも御主君を守らなあかへんのやで? 真面目一辺倒は杢さんの売りや。そらそんでもええこっちゃ。やけど、ちぃっとばかし頭硬すぎぃひんか? ん?」
ぎろ、と睨んでくる虚海を完全に無視して、杢は学を仰ぐ姿勢を崩さない。
「虚海様。私も分かっております。郡王殿の御身を守る為であるならば、己が非を被る覚悟で非情な決断を成さねばならぬ時もあるのだと」
そや! よう言うた! 流石、坊ちゃんや! と虚海は徳利を掲げる。勝利宣言のように浮かれた声を挙げる虚海を、眸を細めて睨めつける。
杢の研ぎ澄まされた鋭い視線に堪える様子も見せず、虚海は何処吹く風、の体でとぽとぽ音を立てて喉の奥に酒を流し込んでいく。馥郁たる甘い酒の香りが、周囲に漂った。
「別に坊ちゃんやら杢さんやらに、罪を押し付けるつもりはないわい。儂がごり推ししたんや、て皇子さんと真さんには言うたらええ。何を迷う事があるのや」
「虚海様」
「ええのや、やってまえ坊ちゃん」
虚海が使節団を人質にせよ、と言い張るには別に理由がある。
確かに人質として機能すれば、戰を優位に導けるかもしれない。
だが、虚海の望みは別にある。
真から学んできた学も、そして戦場に長く居た武人の本能で杢もまた、虚海の本心が奈辺にあるかを見抜いていた。
――虚海殿は、無理矢理に推したこの策の責任を取るという形で、陛下の幕下から離れようとしている。
真正面から思い込み、これ以外に手段はないと思い込んだ頑な過ぎる虚海の態度に、杢は溜息を吐く。
だが正面きって彼に指摘した処で、やで、どうしたんや、これ以上ええ策があらへんのやったら、やってまうしかあらへんやろうが、と答えられてしまうだろう。
そして、その言葉を封じ込める言葉を、学に杢も、見付けられないでいた。
だからこそ、この3日間、堂々巡りを繰り返しているのだ。
★★★
まんじりとする小さな国王と国を担う重鎮たる人物が二人して言葉を無くすと、虚海は何処か勝ち誇って、此れ以上の議論は不要! とばかりに掲げたままの位置で徳利を傾ける。滝のように流れた酒が、誤たず虚海の喉の奥に吸い込まれていく。
その姿を、じぃ、と見詰めていた珊が、じっとりとした不満げな声をあげた。
「お爺ちゃん、変だよ。いつものお爺ちゃんらしくないよ」
勘付いて居るのは、学と杢だけではない。
珊ですら、何かおかしいとぐらい気が付いているのだ。
しかし、虚海は構わない。
珊のような直情径行な娘が理論たてて自分を追い詰める事など出来ないと分かっている為、余裕綽々で酒をぐいぐいと喉の奥に流し込み続けている。
「ほうか?」
「そうだよぅ。だいたいさ、皇子様も真も人質なんて使うの嫌がるってのはさ、お爺ちゃんが一番知ってる事じゃない? それなのに、坊ちゃんや杢にやれやれ、なんて嗾けるなんてさ。おかしいよ、絶対へん」
ぷう、と頬を膨らませる珊に、ほうか? と虚海は惚けてみせる。
ふ~ん? と不服そうに虚海を睨む珊だったが、ま、いいや! と膝を叩いて立ち上がった。
「別にどうだっていいや。あたいには、も、関係ないんだから」
「はん? 関係あらへん? 何やいな、そら?」
流石に徳利を口から離すと、虚海はまじまじと珊を見上げる。えへ、と珊は笑うと、実はね、と切り出した。
「あたいさ、禍国に行こうと思ってんだ」
珊の突然の突拍子もない思いもよらぬ宣言は、文字通り、『どかん』が炸裂したかのような威力でもって、この場に居合わせた全員のど肝を抜いた。
誰もが、杢でさえ言葉を失い、目を丸くして口をぽかん、と開けている。
そんな中只一人、薔姫だけが、小さく唇を固めて、きらきらと輝く珊の瞳を羨ましそうに、じぃ、と見上げていた。




