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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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19 対決 その2-2

19 対決その2-2



 馬をお預かります、と言われ、うむ、と頷きつつ優は手綱を渡した。


「郡王陛下は?」

「此方に」


 案内する下男は、背を丸めて、こちょこちょと足幅短く歩く。

 ついて歩く優は歩幅が大きく、つい、下男の踵を踏みそうになるのを堪えねばならかった。やれやれ、と思わぬ手間に嘆息しつつ歩いている途中、呼ばれたような気がして、優は脚を止めた。

 合わせて脚を止めた下男は不思議そうに、そして何処かおどおどとしながら見上げてくる。勇名を馳せる兵部尚書、鬼の鉄槌すら砕く撃剣豪腕の持ち主である優を恐れぬ者は、禍国にはまずいないと言って良い。恐れずに、つばきを飛ばして喚き散らして手を振りあげてくる猛者は、正室の妙とその実家一門くらいのものだろう。


 あの……? と恐る恐る優に伺いをたてる下男が握る手綱が、ぶる、と震えた。馬が、飼葉を欲してやんちゃ(・・・・)をしたのである。ああ、済まぬ、と優は馬の首を撫でてやる。

「済まぬ、先に行って馬に餌やってくれ」

「はい」

「手入れも怠る事なく頼む。蹄はよく見ておくように」

 この程度の距離で、と侮り、愛馬の手入れを怠る事は決してしないのが優だ。

 はい、と慎ましくこうべを垂れ、腰を折ったその姿勢のまま静かに馬を引いていく下男を暫し見送ると、優は声の方へと爪先を向けた。



 声の元に近付く程、それが悪態であると分かった。

 しかも、その声の主が誰であるのかも。

 肩を大きく上下させて嘆息すると、その息払いの音で気が付いたのだろう、がなりたてる男の前で仏頂面を晒して、いやいや見張りをしていると申し立てている男が視線を優に向け、あっ!? となる。

 兵部尚書様、と跪いて礼拝を捧げようとするのは、囚獄ひとやてつである。

「よい、時間を無駄にするな」

 手を払って徹に立つように促す優の肩に、歓声が突き刺さった。

 ぎろり、と優はその声を睨む。

 しかし怯む様子も見せず、寧ろ変わらぬ優の態度に声は更なる喜びに沸いた。


「父上、おお父上! 良くぞ、良くぞ来て下さいました!」

 喧しいわ、と珍しく小声でぼやく優の声は、小躍りせんばかりの彼の息子、そう、右丞・鷹にかき消される。

「父上! 早く私を此処から、理不尽に、謂れ無き罪で捉えられた哀れな息子をお助け下さい!」

 立枷に閉じ込められたまま夜空に晒され放置されている鷹の嘆願の声は、まるで鵺の雛の夜啼きの如きに、夜空に垂れ流されていく。

「仕事、ご苦労。私はこの者と話がある。お前はその間、用意された部屋で休むといい」

「……」

 頑徹な顔を顰めつつ、徹は返答に詰まった。

 本来、囚獄は一度ひとたびその任を任されれば、食べる事も眠る事も病気になろうとも、余程の事がない限り拘囚人から離れない。唯一許されているのは自然に呼ばれた時、そう、尿意や便意をもよおした時のみで、それすらも己を律して確実な交代要員を確保した後でなければ、離れない。其処までを、幼少時より徹底して叩き込まれるのである。

 幾ら優が申し出ようとも、兵部と刑部が近しく親密な部署であろうとも、此ればかりは徹も譲れない。

 彼らが下すと判断した刑罰は、一歩間違えば拘囚人の命を散らさせる。

 それではいけないのだ。

 目的を達成するまで、生かさず殺さず而して苦痛は間断なく与え安寧と休息は微塵も与えなぬ。

 此れは、彼ら囚獄ひとやの一門として生まれ落ちた者の誇りであり、終生、拘泥こうでい執着しゅうちゃくするものであった。


 立ち竦むようにして、場から離れ難いのだと無言で訴える徹の姿に、優は嘆息した。

 ――此れ程の気構えと腹を括って、仕事に挑んだ事があるのか。

 そうだそうだ! 下がれ下がれ! と喚き散らし続ける鷹を無視して、良いから下がっておれ、と優は徹に命じる。

「この田分けた莫連者と話があるのだが、お前に聞かせる訳にはゆかぬのだ」

「……分かりました」

 まだ、納得がゆかぬ、と言いたげではあるが徹は優に礼拝を捧げて下がっていった。

 やれやれ、何処まで頑固一徹ものなのだ、と優はぼやいた。

 真が居たらならば、どの口が言うのですか父上、と頭を左右にふりふり肩を竦めつつ突っ込まれそうだが、生憎と相手は鷹である。

 人払いがされた事に、希望に満ち溢れた輝くで父を見上げている。


「父上、父上、さあ今のうちに早く私をこの獄から逃して下さい」

 早く、早く、とまるで幼児がおやつと玩具を欲しがり地団駄を踏むように駄々を捏ねる鷹に、優は大きく溜息を吐く。

 肺の腑が空になるまで吐ききると、ずっ、と音を立てて大きく息を吸い込む。喉からせり上がるまで空気を一杯に溜め込むと、一瞬、ぴたり、と息を止めた。次の瞬間、カッ! とを見開いて優は臓腑の底から声を張り上げた。

「巫山戯るな田分け! この大躻おおうつけ者が!」

 ひっ!? と息を飲んで鷹は身体を縮こまらせた。かちかちに固まり、そしてがたがたと震えだす。

 優は鷹たち子らに手酷い折檻を喰らわせた事はないのであるが、戦場においてすら、疾呼しっこ号令する声が弩弓より放たれた矢のように通りゆくとされる轟音のような声で怒鳴られ続けていた。

 結果、優から少しでも荒げた声をかけられるだけで、鷹たち三兄弟は反射的に思考が圧搾し行動力も停止し、全てが萎縮してしまうようになった。無論、そうなれば、母親である正室の妙が出しゃばってきて、庇ってくれるというのもあった。30に手が届こうかという齢でありながら、鷹はいつまでも母親離れ出来ぬ小物だった訳である。


「ち、ちちうえ……」

「喧しい! 都合の良い時だけ父と縋るな! 貴様、我が家を出立するおり、儂をどの様な目でみておった!」

「そ、そんな!?」

 ぎくり、と身体を固くする鷹に、馬鹿め、と優は舌打ちする。

「儂が気が付かぬとでも思ったのか! 我が子でなければ小童こわっぱ扱いに落とす処だ!」

「そ、そそそ、そんな……ちちうえ、それは、あ、あ、あ、あまりに、せ、せせ、せっしょうな……」

 怖気ついて粟立たち、萎えた声音は、鷹にとって父・優は暴君であり、跼蹐きょくせきの対象であると告げている。


 ――何たる玉無し、短小逸物に育ちおったのか。

 母親の助けなくば、父に一言もまともに言い返せんのか。

 鉄拳を喰らって頭にをつくって何度吹き飛ばされも、挙句、書物の雪崩の下敷きになっても引くことなかった、徹底して己の理と正を整然と説いて常に一歩も引かない構えを崩さなかった真を思い出し、優は、目の前で怒鳴り声の嵐に涙目になっている鷹と比べてしまった。


 ――何故、好と妙の身分が逆でなかったのだ。

 好が正室であれば、今頃、……。

 舌打ちをしたくなるのを辛うじて堪えるのが、優には精一杯だった。



 ★★★



 優の言葉に甘え、徹は厩の傍に用意されていた控えめな建家に通された。

 囚獄ひとや忌諱ききされる穢れのえきだ。

 その為、通常の場合であっても同じ館に泊まる事はない。

 見せしめとして野外に放置される拘囚人の身内が、夜半に襲来しないとも限らない。

 彼ら囚獄は、拘囚人が罪に相応しい罰を得て死ぬまで、檻の傍から離れる事はないのである。


 だから此度の怒涛の旅程の中、小さいとはいえ毎回毎回、雨風が凌げる屋根付き壁付き戸口付きの家屋と呼べる処に通され、休みを取るよう目じられるなど考えられないことだった。

 其れだけでも充分、驚愕に値するというのに、今回はなんと、土間に設えられた小さな竈ではぐらぐらと湯が沸いているではないか。上がり框の傍には大盥と晒と水桶、つまり行水を取る用意までしてある。

 部屋の中央の小さな囲炉裏には、鍋がかかっており雑穀粥の甘い香りがふつふつと音をたてており、着替えは、袖を通した時にひやりとこぬように、その囲炉裏端の乱れ箱に仕舞われてあった。

 これも考えられない。

 食事の用意も、着替えも、えきの穢れを残されると忌み嫌われており、彼ら用に供されるなどありえない。領民たちからの布施で凌ぐのが常なのだ。

 しかし、郡王・戰と共に禍国へと昇る道程、食事もちゃんと徹の分が振舞われている。ご苦労だな、と頬の一番高い位置に笑い笑窪を作りながら食事を運びに来る偉丈夫、知らぬ間に近づいて遠慮がちに飯の詰まった折箱と水の入った竹筒を差し出してくる男。下手をすると、郡王自ら手招きすらしてくるのだ。


 こんな扱いを受けた事がない徹は、口をへの字に曲げてむす、とした表情で固まってしまう。

 親しみを寄せているのに、と一徹さを呆れられているのだろうが、それでも、こんなに親しげに擦り寄られてもどうして良いのかわからない、というののが、今の、徹の偽らざる本心だった。

 今もまた言葉を失っていると、県令の持つ公奴婢なのだろうか。土間に平伏していた自分よりも一回り程年上の、老齢と言って良い皺枯れた男が立ち上がった。

「お世話を仰せつかっております。どうぞ、先ずはお掛け下さいませ。御御足おみあしの垢と疲れを拭わせて頂きます」

「……」

 徹とて、流石に家に帰れば仕事を終えた後に世話をする下男は居るには居る。が、出先でこんな風に、公奴婢を与えられた事は一度もない。

 徹にとっては此れまで味わったことのない、至れり尽くせりの歓待だ。

 岩石のような身体を強ばらせて公奴婢の言葉に頷きつつも、どうしたら良いのだと混乱しきりで立ち尽くしていると、背後に人の気配を感じた。


「誰だ?」

 直様、呆けた顔ばせを引き締め、ぎり、と背後を睨む。

 標縄のような太い眉がぐい、と持ち上がり黒目がぐるり、と回転する。

 徹の迫力に、ひぎっ!? と情けない叫び声をあげた主の姿が、月の明かりに照らされて浮かび上がった。

 見覚えのある男だった。

 役目柄、人の顔は一度見たら忘れる事はない。 


 ――今は……はて、どうであったか?

 役職を奪われて後、暫く姿を見ていなかったが……何方かかに拾い上げられた、そう、左僕射様に引っ張られ、礼部に入り直し出世したのではなかったのか?


 現れたのは、嘗ての同僚。

 刑部省所属する二十四司員外郎の一人。

 従六品六位下の地位にあった、はく、という男だった。



 ★★★



「お久しぶりに御座います、博様」

 嘗ての役職であっても、博は僅かばかりでであるが徹よりも身分が上だ。

 逸れに、今を時めく大令・兆が未だ左僕射時代に自ら己の手元に引き入れた程なのだ。


 ――大層な出世をしている事だろうな……。

 親子程の年齢差がある分、逆に徹は大らかに博に対応した。

 反対に博の方が、何やら不満を抱えた面体で、ぬら、と厭らしい上目遣いで徹を見上げてくる。

 何を、と言いかけて、徹は博の含みのある視線の意味を悟った。

 ――陛下に気に入られ、私が出世すると思っているのか。

 思わず苦笑する。

 考えられない事だ。

 己は、この囚獄ひとやという仕事から決して逃れる事はできない。

 故に、自分はどうあがいても出世は見込めぬし、そもそも出世よりも代々の栄誉の方が徹には重要だった。


 だが、この博という男は違った。

 出世には大いに拘っていた筈だ。でなくては、刑部から礼部へと、ほぼ敵対状況にあった部署から部署へと移動するわけがない。

 刑部はその仕事がら、好かれる事が殆どない。

 いや、有り体にざっくりと言ってしまえば、通りすがり座間に鼻を垂らした小童こわっぱにすら唾棄されるような、忌役いみやくなのだ。

 当然、神聖なる帝室の霊廟を守る礼部からすれば、唾棄の対象となっている。


 この博という男を以前、真は『脳味噌がない』と評したものだが、実は徹もほぼ同意見だった。

 そこそこ腕もたち、知識もある。

 しかし、上からの話を信じて動きさえすれば良い、と疑いを抱き逡巡する姿は、長く仕事をしていた間に一度も見せる事はなかった。

 命令を寸分たがわず貫徹するを果断であると勘違いし、まるで己の意見を持たぬ事甚だしい博を、徹のような家門により刑部に仕えると定められた者たちは危うさを感じて遠巻きに見ていたものだった。


 その博が、目の前に月明かりを浴びて立っている。

「斯様な処にまで、如何なされました。私のような者と交わる事は、礼部にて出世されておられる貴方様には相応しく御座いませぬ」

 何故なにゆえ、と続けかける徹に向かって、博は土塊色の腕を空に向かって突き上げた。

 ぎょ、となる徹に構わず、博は其の儘の勢いでがば、と地に平伏した。


「頼む、いや、頼みたい事があるのだ。貴殿しか、頼れる者が思い浮かばなかったのだ」

 大仰に突っ伏す博の声は、湿ってはいるが涙は出ていない。

 そう、芝居なのだ。

 逃れようと、あの手この手で懐柔し篭絡し騙し討にし、兎に角逃亡を図ろうと躍起になる罪人たちをごまん(・・・)と見てきた徹だ。あっさりと看破したのだが、徹は博に気がつかれぬよう、眉を潜め首を傾げる。


 博が纏っている深衣は、よくよく見れば7品である自分よりも品官の低い者が纏うもの、というよりも品官を与えられる直前の者が召すようにと下賜されるものだ。

 刑部にて務めていた頃でさえ、外郎は従6品、徹の上官の立場にあった博の身に、何かが降りかかり官職を解かれたとしか思えない。


 ――何が、あったのだ……。

 お立ち下されますよう、と近寄って立たせにかかる。

 腕を掴まれた博は、徹には表情が見えぬ角度で俯いたまま、にやり、と口角を持ち上げた。



 ★★★



 縁側で俯せになり大の字になって伸びている、行儀の悪い男がいた。

 無論、真である。


 一応、最初は遠慮がちであったのだが徐々に手足を伸ばして大きくなり、仕舞いには仔猫すら通り抜ける隙間無い程、だらけまくっている。

 冷えた風と、冷気が床から上がってくる場所は逆に悪酔いと打撲の熱が上がっている身体には心地良くて、この甘美な誘惑から逃れられる術など思い浮かばない。

「……ああ、気持ちがいいですねえ……」

 頬に当たる冷たさに気持ちが落ち着いてくると、閉じた目蓋の裏に浮かんでくるのは、一端・・ぶって腰に手を当てながら呆れ、それでいながら世話焼きをしてくれる小さなさいの姿だ。


 ――こんな処を姫に見つかろうものなら、我が君、お行儀悪いわよ、だから無理しちゃ駄目ってあれほど言ったのに聞かないんだから、と手酷く叱られてしまいますねえ。

 しかし叱られる心配がないとなると、人間は何処までも堕落するものだ。

のびのび(・・・・)と、存分にくたばって(・・・・・)いると、一人前のおとこに有るまじき為体ていたらくに、屋敷に仕える下男や端女は心配せずにはいられなかったのだろう。

 入れ替わり立ち代り、蒸風呂に入れないのであれば、せめて手水を、額に濡れた晒をどうぞ、など優しく声をかけてきた。ひょろひょろとした見た目通りの情けなさであるからか、呆れて失笑するのを通り越し、哀れんで同情してしまう心持ちの方が勝るらしい。



 全身から熱気を滾らせた戰たちが湯殿から上がってくると、真は縁側に俯せとなり、床板に頬をくっつけてすっかりと寝入っていた。

 軽く口を開け、くうくうと仔犬のような寝息をたてて、実に平和そうである。

 仕方が無いな、と苦笑しつつ戰が真の背中を摩って起こそうとすると、どかどかという遠慮のない脚音が聞こえてきた。


「この馬鹿息子が! 何をのんびりとくたばっておるのか!」

 怒鳴り声の主は無論、真の父である兵部尚書・優である。

 俯せになっている真の襟首を掴んで無理矢理起こそうとする優を、戰が止める。

「其処までだよ、兵部尚書」

「陛下、こんな阿呆に温情など、どうぞおかけにならずに」


 起きんかあ! と拳を振り上げかけた優は、背筋に生えた産毛を全て、ぞわ、と総毛立たせる鋭い殺気を覚えて動きを止めた。

 背後に、長い髪を三つ編に結わえた男が態と気配を感じ取れるか否かぎりぎりの線で、ひたり、と佇んでいたのだ。

 この至近距離で、殺気も攻撃欲もなく、さりとて気配を消そうともせず、ただ見張る為に、じ、と見据えられるのは逆に恐ろしい。ごく、と喉を鳴らす優の前で、戰が苦笑した。

「芙、其処までにしておくんだね。兵部尚書も、真が今どんな状態か、ときに聞いているのだろう?」

 戰に諭すように言われて、……はあ、と優が手を下げるまで、背後に回った男は存在し続けた。


 ――私も焼き(・・)が回ったか。

 真と幾らも変わらぬ小僧にあっさりと背後を取られるとは。

 しかし、とも、思う。

 優の背中から離れた男が、真殿の薬湯と食事の用意をして参ります、と離れて行くと、おう、と克が笑って見送っている処を見ると、杢だけでなく人脈というものを自ら構築しているのだと分かり、何やら臍の周りに生えた毛の更に奥、腹の底がむず痒くなる。


 ――陛下と共に祭国に下った折には、人付き合いなど此れまで皆無であった出不精で引き篭りな、淡白で無愛想で、其のくせ、人を評する事に関してだけは情け容赦なく冷淡無情に切り捨てる奴だった真が……。

 よくぞまあ、此れだけ慕われるようになったものだ。

 そう思うと、ますます腹の底が痒くなって仕方がない。


 ――愉快だ。

 頭が腐ってもげ落ちはしないかと思われる程、息子たちの養育に血道を上げていた正室・妙の息子どもは不肖の出来もよい処である。

 翻って、誰からも蔑まれていた好が産んだ真の方が、今や郡王・戰の懐刀、父親である兵部尚書すら自在に出来ると勇名を馳せるまでになった。

 この場合、勇名、というには語弊が有りすぎると思われるのだが、武官こそが名を知らしめる道であると信じて疑わずにいた優にとって、我が子であっても、真という存在は驚異だった。


 ――頭ひとつが捻り出す知恵だけで、此奴は何処まで名を広めるか。

 子の成長が面白い、と思う境地は、優にとっても実に新鮮だった。


 知らず、にやついてる優の前で、やっと目が覚めた真が億劫そうに頭を持ち上げた。

 そして、おや父上、お久しぶりです、と呑気に笑い、ぼりぼりとうなじのあたりを引っ掻いたのだった。






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