19 対決 その2-1
19 対決 その2―1
盛大に揺れる戦車の中から呻き声すら洩れなくなって、何刻たっただろうか。
戦車一台を贅沢に我が物顔で使用しているのは、当然、真である。
何しろ、未だに異腹兄である右丞・鷹から受けた打ち身や打撲、そして耳の怪我からくる目眩が癒えきれぬ真は馬に乗れない。いや、馬に乗れたとて、戰や克、芙の馬術に遠く及ばない処か同列の話題に上らせるのも烏滸がましいというべき腕前なのだが。
ともあれ体調を鑑みれば、当然、馬車に乗るしかないのである。
が、馬車では横になって休みにくい。仕方なく小振りの戦車に屋根を付けて其処に寝そべって行く事にしたのである。
しかし以前、真が禍国から祭国に2日半で到達したのとほぼ同様の速度を保っての強行軍だ。流石に夜中までも走らせる事はしなかったが、3日で禍国の王都正門を捉えるまでに距離を稼いでいるのでのだ。
伝令すら青ざめる速度で禍国に迫りつつあるには変わりがないのだから、横になっていようがなんだろうが、盛大に揺れるもの揺れる。そして今の真には僅かな揺れすら心身の平穏を砕くのに充分であり、当然、日が暮れる頃には声も出ない、突っ伏したまま身動きも取れない、食事もとれない、ないない状態で台の中で棒状になって転がっている有様な訳だ。
気になって仕方がない戰は、背後に続く戦車の主を思い何度もちらりちらりと振り返っている。
「……おぅい。……なあ、大丈夫か……? ……なぁおい、真殿……?」
騎馬を併走させて、克も、心配そうに声を掛ける。
しかし、中からは返答は当然ない。代わりに、何やら人語とは思えぬ唸り声が返ってきた。生きていたか、やれやれ一安心、とばかりに戰と克は顔を見合わせ、苦笑しつつも胸をなで下ろしている。戦車を操る芙が、此れで何度目か、と密かに指を折って数えているのにも気が付かずに。
和んだ雰囲気で騎馬を走らせている中、囚獄・徹が拘囚人である鷹に睨みを効かせていた。
よく言えば名の通りに一徹者であるが、直截に言ってしまえば偏屈者である。
底抜けに明るい克が何度も話しかけても、ぶす、と一文字に結んだ分厚い唇を梃でも開けようとしない頑徹さだった。何度袖にされても、懲りずに親しみを込めて話しかける克のしつこさに、大概の者は知らぬ間に負けて打ち解けてしまっているものなのだが、こいつは珍しい事もあるものだ、と芙は密かに笑っていた。
しかし、笑っていられないのが、檻に囚われている張本人である右丞・鷹である。
農夫が農作業に引いているがたの来ている荷台と似たり寄ったりの粗末な台に乗せられている鷹であるが、その檻の形状、が問題であった。
右丞・鷹は、立枷に近い型の檻に押し込められていたのである。
立枷の刑。
人一人が漸く入れる程度の大きさの縦長の鳥籠状の檻に入れられる刑罰だ。
首の下に太い梁状の支えがあり、顔だけが見える。この梁の位置は日を追う毎に徐々に高くなっていき、そのうちに脚が地面に届かなくなる。
やがて、首を吊る状態となり死んでいく。
そうでなくとも、食事も水も取れぬ狭き檻だ、腹を空かせて死ぬ。
腹を空かずとも、一日中立ったままであるが故に眠る事が出来ず発狂して死ぬ。
発狂せずとも、身内に罪人が居ると知れ渡るのを恐れた親族が礫などを放ち、目や頭を砕かれて死ぬ。
確実に死に向かっていく姿を、下々の者にまで公開したまま移動していく。
それが立枷の刑だ。
流石に、右丞という身分から鷹は其処までの処置をされているわけではないのだが、それでも首で全体重を支えねばならぬ苦痛に加え、意識を保ったまま、囚人として道行く人々に顔面を晒し続けるという屈辱も加味されるのである。自尊心が天涯に届きそうな程、無駄に高い鷹に耐えられるものではない。
何とか心身を安んじようと、あの手この手を使い、そう時にはおべっかを使い、懇願したり、恫喝したりと、手段を選ばず改善を要求し続けていた。だが、右丞という地位を剥奪されたも等しい身の上、郡王陛下の御温情にて命を拾っているだけの男が何を戯言をほざくか、と囚獄・徹の瞳が徹底して蔑んでくる。
こうなればもう、鷹に出来る事は一つしか残されていない。
体内を純粋な怒りと呪いで充実させる。
これのみである。
――おのれ。
おのれ、側妾腹の出でありながら!
郡王陛下より直々にお声掛りにて馬を与えられる事すら片腹痛いというのに、戦車を贈られた、だとっ……!
ふつふつと煮え滾る羹の如き怒りは、血走った眼球と泡を吹く口角、発情期の牛の如き鼻息が示している。
――今に見ていろ!
いい気になっていられるのも、今のうちだけだ!
王都に帰れば、大令様が黙ってはおられぬぞ!
そうとも!
代帝陛下のお声掛りにての御使であるこの、この私を、この様な目に遭わせた報いを!
側妾腹の身分を忘れ、出過ぎた行いを犯した愚か者に相応しい然るべき報いを!
「そうだとも……」
『人』ではなく『所有物』である事を、その身に刻み込んで教えてやる……!
その瞬間の、真の悲鳴と苦悶の表情を思い浮かべる時のみが、今や右丞・鷹の精神を支えている全てだと言ってよかった。
――真。
人間には『格』と『分』があるのだ。
にた……、と鷹は厭らしく嗤う。
極限まで水分も食事も与えられておらぬ鷹の口内には、強く卑しい口臭と共に粘ついた黄色みを帯びた膿の如き唾が糸を引いているのが見える。
「この私が教えてやるよ……必ず、必ず……かならず……」
囚獄・徹が再び睨みを効かせて来ても、鷹は戦車に向け呪詛の言葉を絶え間なく吐き続けていた。
★★★
厩から駿馬を引いてくるよう優が下男に命じていると、その背中に金切り声が刀子のように突き刺さった。
「あぁぁあなたぁぁぁ!」
「何だ」
振り返るのも面倒臭いとばかりに無視しつつも、鷹は肩を上下させつつ両手を広げた。更衣を任されている下男が、怖々と優のしっかりした腰周りの後ろから首を伸ばして伺っている。
正室・妙の悋気狂いは今に始まった事ではなく、更衣役の下女にすら蹴りを入れて追い出す有様だった。
私奴婢から端女や下男下女、女童といった使用人たちは、こうなると側室の好がいてくれた時代を懐かしんで追想しては悲嘆愁傷に暮れていた。
好が采配を任されていた頃は、側室でありながら下働きをさせられていた彼女を明白に小馬鹿にして嘲笑の対象にしていたのだが、実は彼女が居てくれたからこそ、自分たちは妙の易変から逃れられていたのだと思い知らされたのである。
それに、好の指示は的確明瞭だった。
季節の節会のただ一回の為に使用される小皿の所在までも把握し、折々の祝いの席に趣向を凝らした馳走も不足なく揃えられいた。優が出仕する際も、その日その日の用途に合わせた重ねの衣も、苦もなく用意していた。仕事面でも、自分たちは楽をさせて貰えていたのである。
朝から晩まで働きに働きつめでありながら、楚々とした姿に曇りは出なかった。
寵愛を鼻にかけることもなく、常に出しゃばらず威張らず控えめであった好は、だがしかし、妙に取り入ろうとする安易な考えの者からの容易な攻撃の対象となった。爪弾き、除け者とし、馬鹿にすらしていた。のであったのだが、彼らは忘れている。人間とは実に都合のよい生き物ですね、と真ならば嘆息と共に評したかもしれない。
ともあれ。
兵部尚書の館の真実の女主人は好である、とばかりに今や、屋敷中の使用人たちから、切々と帰ってきて欲しいと好は請い願われていた。
「貴方ぁぁ! 一体何処へと行かれるおつもりなのですか!?」
「仕事だ。今宵は帰らん」
「帰らない!? 帰れない仕事など仕事ではないでしょう!? 仕事など嘘なのでしょう!?」
叫びながら、妙は優に掴みかかる。
折角折り目正しく整えた衿が、ぐちゃりと妙の手の内で拉げた。流石に優が怒りを顕にする。
「何をするか、この馬鹿者が!」
「新たに囲った妾がおるのでしょう!? その女の元に行くのでしょう!? えぇ何て忌々しい! 行かせてなるものですか!」
「離さんか! 慮外者が! 何様のつもりだ!」
乱暴に腕を回して妙を振り落とす。
横滑りに投げ出された妙は、髪を結い上げていた櫛が外れてざんばら頭となった。振り乱した髪の間から、ギラギラと両の眼を怒り光らせ、ぬらぬらとした赤い唇を裂いている姿は、生悪霊さならがである。
優は大きな溜息を落とすと、構っておられんわ、とぼやき、改めて下男に更衣の続きを命じた。
眼中にないものとして完全に無視された妙は、戦や災いを呼びよせるとされる不吉な妖鳥である鳧徯のような奇声を発して飛び起きた。
いつ、自分にとばっちりがむくかとびくびくしている下男は、優の一睨みを喰らい縮み上がる。
しかし、半白目で切れた唇の端に涎の粟粒までつけて迫る妙も怖い。
「貴方!」
「悋気焼きも大概にしろ。奥向きを預かると豪語しておきながら恥ずかしくはないのか」
優は自ら衿を掴んで、ぴ、と下に引いた。
僅かに残っていた皺が消えると同時に、優の背筋が、しゃん、と伸びる。
きぃぃぃぃぃ! と歯軋りして叫ぶ妙に、どうしようもない奴だ、と嘆息しつつ優は下男に馬の用意が出来たか確かめる。静かに差し出された鞭を手にしつつ、微かな侮蔑を含んだ視線を優は妙に落とした。
「郡王陛下が、明日にも王都に入られる。陛下を迎え入れる為、御屋敷の準備をせねばならんのだ」
「其のような事、兵部の、しかも尚書である貴方が構うべき仕事ではありませんでしょう!」
こんな時だけ無駄に鋭い妙の指摘を無視して、優は部屋を出る。
ぎゃあぎゃあと鴨のように喚き散らしながら、妙は追い縋った。
馬の手綱を手にした処で、妙が優の腕をぐ、と掴んできた。思いもかけぬ剛力に、優が珍しく顔を顰める。
「郡王陛下が此方に戻られるのならば。私の鷹が、今、どうなっておりますか、貴方はご存知なのではありませぬか?」
母親の執念とは恐ろしい。
ずばりと言い当てられて、優は息を潜め、ぎくりと眉を固めた。妙は見逃さず、爪をたてた指先をぐいぐいと優の腕にめり込ませる。
「知っておられるのですね!? 鷹は!? 鷹は今どうしておるのです!?」
「知らぬわ。知っておった処でお前如きに教えるつもりはない」
「何ですって!?」
王都で囁かれる噂話を、鷹が右丞して祭国に向うと決まって以来ずっと、妙は拾い集めさせていた。
当初は、華々しいものだった。
流石は兵部尚書殿の長子であらせられる、此れにて御出世は確約され跡目を継ぐばかりとなられた、と甘く耳障りの良い言葉の羅列に妙は心を躍らせていた。
しかし。
日が過ぎると共に、王都で雀のような市民の噂話は全く反対方向にころりと向きを変えた。
――祭国で病の流行が起きたのは右丞殿のせいだという。
――釈明も録せぬ右丞殿は郡王陛下のお怒りを買い捉えられているそうだ。
――このままでは、官位だけでなく御身分も剥奪されご家門は廃れるぞ……。
長子である鷹の失脚と家門の没落。
妙にとっては耐え難く、そして此の世の終焉を告げられるものだ。
――私の鷹が其のような失態を犯す筈がない。
そう、此れは何かの陰謀。
ええ、ええ、そうに違いない。
あの側妾腹の星なしの所有物が、鷹の栄達を妬んで貶めたに違いない。
郡王陛下は、聡明な御方ですもの。
言葉を真心を尽くして訴え、釈明をすれば、必ず誤解を解いて下される筈。
逆に、鷹を冊封に導いて下さるに違いないわ。
あの、憎らしさしかない女、鵟如きの女の子供に罰をお与え下さり、握り潰して下さるに違いないのです。
――なのに! ああ、この人ときたら!
何と薄情で冷酷で冷然とした態度なのでしょう!
此れで父親だと思っているなんて、貴方は悪鬼なのではなくて!?
罵詈雑言を優に浴びせかける妙は、再び腕を振り払われた。
投げ出された妙は、土の上に転がる。
流行りの刺繍と染め抜きがなされた美しい衣と裳裾が、無残に汚れ、解れを作る。
自慢の薄衣の悲惨な有様に妙が、いやあぁぁ! と何度目かの悲鳴を上げる頃には、優は既に馬上の人となって門を出ていた。
★★★
王城に入るのは日の出と共に堂々と、いう決まりになっていた為、丁度良い距離のある関に泊まる。
真の父親である兵部尚書・優が密かに手を回している為、関所を任されている県令は卒がなかった。使節が逗留する為の舎ではなく、一行を客人として、己の別宅に迎え入れる用意をしていたのである。
宿として提供された屋敷に入ると、直様、湯殿に通された。
何の湯か、と問えば、杉の葉の蒸湯に御座います、との答えが返ってきた。
「此れは、何よりの馳走だな」
戰までが、心使いに目を細める。
そもそもこの平原の民は、老若男女貧富貴賤の差なく湯を好むこと甚だしい。
薬草湯まで各種開発されているし、大量の水を使用する湯は、戦場においては何よりの馳走として振舞われたりする。
そんな習慣を持つ彼らなのだが、杉葉は脚の痺れや疲れに効くとされており、戦場においても武器に使う為に山から切り出した杉の葉や皮を横に仕分けて取り置きし、乾燥させて利用する程、重宝されているのだ。
個人宅とは思えぬ大層な造りの湯殿に入ると、入道雲のような巨大な湯気が待っていたとばかりに、むわ、と襲いかかってきた。
噎せ返る青葉の香りに、克が少年のような歓声を上げ喜び勇んで風呂の洗い場に突撃していく。
夏場にかけて湿度が高くて汗をかきやすく、冬場においては乾燥して寒さに肌を傷める気候である禍国は勿論の事、冬の凍てつく寒さに身を悴ませる祭国でも、蒸風呂は各種取り揃えて上下の身分差なく大層な人気がある。
杉の葉の蒸湯風呂は、先ず、枝葉を窯蔵型の室に形成する事から始まる。
次に、簀子状の床下に、熱した石を敷き詰めておく。
最後に、湯に入る寸前に冷水をかけて一気に蒸気を上げさせて、室の中を湯気で充満させるのである。
床の隙間からは次から次へともうもうと蒸気が上がる中、室の中央に座り、香気たっぷりの湯気に身体を当てる、という寸法だ。
そして、汗をかかせる。
汗が滴る程になれば、杉の枝で互いの背中や腹や腕を叩きあう。こうして、吹き出た汗と共に溜まった垢を落としていくのだ。叩かれる事でつぼを緩やかに刺激する効果もあり疲れは更に癒される、と何もかもが上手い具合に出来ているのである。
室内に三人が腰を下ろす前に、もう、蒸気によって開いた毛穴からは旅路にかいた汚れではない新たな汗が湧き出て大量の玉となっていた。
戰はまるで駿馬のような、張りのある筋肉質の引き締まった体躯をしているが、克も負けてはいない。
しかし克は、どちらかと言うと闘牛に使われる牡牛のようなどしりと分厚い、全身これ筋肉の塊のような、武人らし過ぎる体格をしている。
そんな二人の偉丈夫に挟まれている為どうしても細身に見える芙だが、筋肉がないわけではない。寧ろ、蔓植物のような隠れた強さを秘めたしなやかさがある。
風呂場においては身分を忘れて無礼講が通例とあり、三人ともそれぞれ向かい合って胡坐をかいて座る。ずっしりと重く包み込んでくる湯気の膜を、暫く三人とも放心状態で味わう。
汗の出具合から丁度良い頃合かと判断した芙は、戰の背後に回った。
枝振りの良いものを選んで、撫でるように叩き始める。芙に叩いて貰うまで待ちきれないのか、克は自分で枝をとってバシバシと音をたててそこいら中叩きまくり始めた。翌朝、赤く痕が残りそうな勢いに、芙は大呆れだ。
「ああ、こりゃ気持ちいいなあ。感謝してもしきれんよ」
「そんなに力を込めて叩いては、後で其処ら中、痛痒くなるぞ」
芙が呆れて言葉を無くしていると、俺ぁ、面の皮だけじゃなくて身体中の皮まで突っ張ってるから大丈夫だよ、と克は笑う。
呆れるべきか笑うべきかと迷う芙の背中に、すい、と回った克が新しい枝の束を取りつつ、ほら、叩いてやるよ、と笑う。芙が返事を躊躇している間に、克は、おっしゃぁ! と気合一発、思い切り力を込めて背中を叩きだした。
「うお!?」
勢いで前のめりになり、芙は戰の背中にごん! と勢いよく頭突きをする形になった。
流石にその程度ではびくともしない戰だが、恐縮しきった芙の平謝りの言葉に肩越しに背後を振り返る。気にしないように言おうとする戰の前で、克と芙が、罪を擦り付けあって小突き合いの小さな喧嘩をし始めた。
騒々しさと可笑しさに戰は小さく笑うと、自分もその喧騒の間に態と入って行く。
いつの間にか三人は、鼻垂れの向こう見ずな悪餓鬼時代に戻って、互いの背中を巫山戯ながら叩いては汗と笑い声を弾けさせていた。
騒ぎ疲れて、喉の渇きを覚えた三人は座り直した。
予め用意されていた鉢から、同じ柄杓を回しながら水をがぶがぶと飲み合う。
「目眩を起こしやすくなっているのだから、仕方が無いとはえ……」
「は?」
「一人足りないと室が広すぎるね」
珠の汗を額から顳、そして顎へと幾筋も流し滴らせ、長い髪も水分で湿らせながら戰がぽつりと零す。元来、杉の葉で窯蔵状の室を造る蒸風呂は、人数ぎりぎりの広さで造るものだ。一人分の隙間があるからこそ、克も大暴れ出来たのである。
克は腕を組んでうんうん、と頷き、芙は湯気で重くなった前髪から垂れる雫を払いながら苦笑する。
県令の憎いばかりの心遣いに皆が感謝しきりの中、ひとりだけ、恩恵に預かれずに感謝出来ずにいる者が、少ない頭数の一行の中にいるのだ。
「真も入れれば良かったのにな」
そう、恩恵に預かれなかった爪弾き者とは、真である。
「兵部尚書様が此方に来られたら、また、なんという為体だ! と怒鳴られますな」
克の言葉に、うん、そうだね、と戰が苦笑する。
足元に転がってうんうん唸る真を目の前に、顔を憤怒で真っ赤にし、頭から湯気をもくもくとたてて怒鳴り散らす優の姿は容易に思い浮かべられる。
今度は杉の葉で互いに背中を擦り合い始めていた克と芙は、顔を見合わせた。
そして、此れから確実に起こる真の不幸を弔うつもりで、ぷっ、と頬を膨らませて吹き出し、笑い転げあった。




