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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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17 泪 その1-2

17 泪 その1-2



 真の前から、皆それぞれに下がっていく。

 ただ一人、戰を残して。

 気配が消えると、やっと真は向かい合って座っている戰に向かって重くなった口を開いた。


「戰様、折り入って確かめたい事があります」

「私もだ、真」

 互いに互いの目的を探り合うような野暮な事をしている暇もない。戰が、ふ、と短く息をつく。

「もしかせずとも、木簡の事かい?」

「はい」

 真の懸念は、兄である右丞・ようの落とした木簡だった。

 内容は、米の出来高に関する事柄、実は豊作であったとする記述であった。

 戰は皆の共通認識にしたとて、さしたる問題ではないと思っていた。が、真は不思議と皆の前で口を噤んでいた。その為、戰も敢えて自ら話題にせずにいたのだ。

「あの内容について、何かまずい事でもあるのかい?」

「はい」

 台風による長雨の影響により米の生産量が減っている事を、各県令から俎上に載せられている、と禍国には伝えるつもりでいた。特に、浸水地域では収穫が見込めぬ程深刻である、租税が免じらねば死活問題である、等等、どれも悲痛な内容であると。

 意見を受け、その上で、郡王である自身の長子誕生の特赦として今年の郡王として宗主国である禍国へ納める租税は大幅に免除する、と郡王の権限ににより決定した。

 既に、その知らせは禍国本土に届けられている筈だ。


「豊作であったとする証言を得たとの木簡が右丞の手から王宮にて踏ん反り返っている代帝・安へと奏上されれば、事は大事になる、と真は考えているのかい?」

 いいえ、と真は頭を振り、しげたちにも説明した抜け道を、真は戰にも語って聞かせた。

 頷きをもって聞き入りながら、顎に手を当て、ふむ、と戰は唸る。

 そもそもあの木簡は下品の者が常用を定められている品であるし、書き付けられていた文字は子供の手によるもの。恐らくは仕人の少年本人が記したものだろう。

 だが、それが大いに問題だった。

「誰が仕人の子供に漏らしたのかを、気にしているのかい?」

「……はい」

 今の祭国においては、内官も文官も武官も、戰が禍国より引き連れてきた人材と彼ら自身の相互努力によって、嘗てのそれとは比べ物にならぬ働きを見せるまでになった。

 然し、惜しむらくは徹底する程にまでは至っていない。

 何処かに、戰が引き連れてきた禍国からの家臣団に任せておけば良い、という甘え根性が感じられる。常に何処かに抜け道があり、だからこそ右丞・鷹の暗躍と後主・順の暴走のきっかけとなったのだ。

 よくよく考えてみれば、素人の、しかも少年の身で王城内の情報を盗み出せるほど、祭国の守りはざる(・・)なのだ。

 いや、もしかしたら。

 情報だけでなく、何か物品も知らぬ間に密かに探り取られてはいないか?


 兎も角、あの書付内容が何処の誰から出たものなのか?

「慎重に、探らねばなりません」

「どういう流れから、あの仕人の少年は探りを入れたのか、真は予測がつくかい?」

「流石に、其処までは……」

 力のない真の返答に、そうか、と戰も声の力を落とした。

「しかし、確かに気にはなるが、今は詮索に力を注ぐべきではないのではないか?」

「……かも、知れませんが……」

 気になるのです、と真は目を伏せた。


 2年前の、祭国からの知らせを何も知らぬふりをして椿姫に伝えにきた使者が良い例だ。

 祭国の王城に仕えるは、よく言えば純朴であり、素朴な、罪を知らぬ民である。

 が、その『何も知らない』を逆に武器にして自分を守る盾と鎧とし、隙あらば楽な流れに行こうとしたがる向き(・・)がある。

 こと、政治的に判断が難しい局面、そしてどう足掻いても己の手を汚さねばならぬという気配があれば、密やかにそれは発動する。

 自らを苦に浸す事はない。

 神を奉る古の民である我らに成り代わり、労は他者が背負ってくれるものであり、美しく楽しい成果のみ、己が享受して当然であると心の何処かで思っている。

 狡猾にそれを計算して行っているのではなく、さらりと天然に行っているのだから、尚の事質が悪い。

 

 知らぬ間に俯いていた二人を、重い沈黙が包んだ。



 ★★★



 やがて、真が思い切ったように表を上げた。

「戰様は」

「うん?」

「戰様がお聞きしたい事柄とは、後主殿の葬送に付いてのご相談、でしょうか?」

「うん……実はね、そうなんだ。真は……その、どう思う?」

 真に切り出されて、ほっとした様子を見せつつも戰の表情は硬い。


「戰様は、如何様にお考えなのですか?」

「正直な処、椿の父でなければ、これ以上もう何も関わり合いになどなりたくはない」

 背筋を伸ばし、奥歯を噛み締め、断固とした意思を持って断ずる戰に、真は溜息を吐いた。

「……戰様」

「学が、弔鐘を鳴らした。彼の御仁にはそれだけでも過分だ。このまま西宮ごと打ち捨ててやりたい」

「戰様……」

「最早、関わり合いになどなりたくはないのだ」

 珍しく御気を荒らげる戰に、真は、内心で驚き持ってじっと見据えた。

 人に対して悪言を吐く事に慣れていない戰であるが、真から視線を逸らさずにじっと見据えている。膝の上で、これ以上ない程に固く握り締めてられている拳が、白く戦慄いていた。

 言語道断な暴挙や愚挙に走った末の末路だ。

 庇い立てする必要などない。

 この末路は自業自得だ。

 打ち捨てよ。

 ――と命じたいのを必死になって堪えているのが、痛いほど分かる。

 戰は個人的に誰かに怒りや恨みをぶつけるような事は、此れまでなかった。

 だからこそ、初めて抱いた怒りの感情の持って行き場所と処置の仕方が分からないのだろう。

 分からないが故に、情け容赦は逆にない。

 ――後主殿下も椿姫様の実父でなければ、此処まで戰様から怒りを買うような事はなかったでしょうが……。

 暫しの間、敢えて戰の好きなように、怒りに身を任せるままにさせていると、ふ、と握り拳の力が緩んだ。


「しかし、怒りのままに放ってはおけない」

「はい」

 祭国を巻き込む訳にはいかないのだ。

 禍国側に付け入る隙を与えず、且つ一方で、禍国側にどう思われようと、祭国においては相応の見送りをせねば、国としての立場がない。幸いにも、祭事国家である祭国には、古式懐しい仕来りが多く残されている。独特の死生観もある。此れを活かせば、学の面目も保たれつつ禍国の目を欺く事が可能なのではないか、と戰は問うているのである。

「葬送は、如何にすべきであるかと考えている?」

 そうですね、と呟きつつ、真は左腕を摩った。

 僅かな沈黙の後、吐息と共に真は思い切って口を開いた。

「法会を行わぬと定めた証に、墳墓を作らせぬ葬儀に致せば宜しいのではないか、と」

 陵墓を? と訝しげに真の方に向き直った。

「どういう事だ?」

准后じゅこう殿下のお立場を定める時に随分とこの国の古い文献を探ったのですが。まだ文字も定まらぬ古き時代、この祭国では天葬という魂の送り方があったそうなのです」

「天葬?」

 馴染みのない言葉に首を捻る戰に、はい、と真は頷いた。


 ――天葬。

 もしくは、鳥葬とも云う。

 魂が抜けた後の肉体も、肉親、事に両親の身体は死後の迷いを緩やかに絶って穏やかに天帝の元へと戻り、次の新たな生を得られるようにと丁重に扱い法会を何度も営むのが、禍国の通例である。他国も似たようなものであるし、祭国でも基本的には変わりがない。

 しかし、古代の記憶を有している祭事国家ならではの古い仕来りもまた、残されている。

 天葬とは、魂を失った肉体をも天帝の元に戻す為、野に晒すのである。

 最も天に近い生き物である鳥にその身体を啄ませ、鳥の血肉と同化させる事でやがて天帝の身元に戻る。

 とされていた――らしい。

 らしい、というのはここ数代、絶えている儀式だからだ。

 他国からみれば、不気味以上に、肉親を野鳥如きの餌にするなど蛮行以外の何物でもない。

 蛮族はそのまま討ち取るべし、という理由付けにもなる時代だ。

 祭国は、国を守るために儀式の伝承はするも、実際に行う事は伏せるよういなっていった。

 その天葬を復活させよう、と真は提案してきたのだ。


「鳥葬に付す、と表せば、禍国においては罪人を野に打ち捨てたと捉えられますが、ここ祭国においては、西宮へと下がられた後主殿下の身分を慮り、正統な法会を営むのではなく古式に則って見送ったのだ、と捉えて頂けます」

「うん……成る程」

「恐らく、采女であらせられた准后じゅこう殿下の方が仔細についてお詳しいでしょう。時間はありませんが、どうかよく、ご相談下さい」

「……そうか、分かった」

 心の何処かで、何ともしようがありません、お捨て置き下さい、とすげなく突っぱねられる事を期待していたような口振りの戰に、真は内心で苦笑した。

 ――分かりたくもない、と続けたそうな口調ですね。

 確かに、宗主国である禍国の顔色を伺うのは当然だ。

 が、戰の母である麗美人や養義母となってくれた蓮才人の祖国である、今は滅んだ楼国のように属国となったわけではない。

 あくまでも、同盟の意思を持つ国として追従し、盟主として禍国を立てているだけだ、と見せねば領民が納得しない。長きに渡る歴史を有した国名を挙げる国としての誇りが、許さないだろう。

 そんな彼らを納得させつつも、禍国においては真逆の意味を押し通せる方法など、此れをおいてない。

 いや、あるだけ奇跡だ。

 受け入れねば、させなければならない。

「此処で禍国ばかりをたてて祭国が風下に立つのだと知らしめてしまえば、学陛下の御代に障りが生じます。其れは何としても避けねばなりません」

「分かっているよ」

 最早畳み掛ける勢いの真に、戰は渋い顔で、不承不承ながら頷く。


 その後、何方からともなく、口を噤む。

 凪いでいる風のせいか、風鐸が寂しく佇んで二人を見下ろしていた。

 其処へ、幼女特有の甲高い、そして切羽詰まった声が、そして涙で潤んだ声が、走りながらやってきた。


「我が君!? 我が君、何処!? お返事して!」

 


 ★★★



 ん? と真は顔を傾げ、戰が此れまでとは違う顔の強張りを見せた。


 ――何でしょうか?

 面と向かい合う声は拾えるようになってきているが、まだ遠くの音はしっかり聞こえていない。

 しかし、音が発する空気の流れを頬に感じて、真は表を上げた。確かに誰かが、廊下を滑るようにして駆けてくる気配が近づいて来る。

 戸口の傍で気配は立ち止まると、もう一度、何か、名前を叫ばれたように感じた。流石に此処までこれば、振り向かざるを得ない。

 その真の目に飛び込ん出来たのは、己の散々な為体ていたらくの姿を見て、ぼろぼろと泣き出している薔姫だった。


「姫!?」

「我が君ぃ!」

 やっと、薔姫の叫び声が耳に届く。

 泣きながら、薔姫は真の腕の中に飛び込むように抱きついてきた。

 抱きつく、というよりも突撃というか頭突きをしにきたという勢いに近い。

「我が君!」

「うわっ!?」

 当然、両手を広げる暇などない。

 薔姫を受け止めきれなかった真は腹に突っ込まれた勢いのままに、後ろに引っくり返る。声を掛けたいが、わんわんと泣きじゃくる声が耳鳴りと重なって反響し、眼が回って言葉がでてこない。

 そんな真の腹の上に乗って羽交い締めにしながら、わー! と大声を上げて薔姫は泣き続けた。寝相の悪い薔姫は、知らぬ間に掛布団を跳ね除けて真の腹の上で眠っていたりして、『姫布団』などと揶揄されている。寝返りが打てず痛みと重みで気が付くのだが、今回は特攻型のかなり痛い姫布団だ。


「よ、良かった、我が君、聞こえるのね? 聞こえているのね!?」

「……あ、あぁ、はい、まあ、何とか……というよりも、姫、そんな大きな声を出されたら、嫌でも聞こえますよ」

 さては、芙か蔦あたりが気を利かせて呼びに行ってくれたのですね、と腹の上で泣き続ける薔姫の肩を抱きながら真は苦笑した。

 真に抱かれて泣き吃逆をしていた薔姫が、突然、咳き込み出した。

 喘鳴が出る一歩手前の、嫌な咳だ。無理に走ってきた上に激しく泣いたので、喉と肺の腑を刺激してしまったのだろう。

 よっこらしょ、と掛け声を掛けながら身体を起こすと、真は薔姫を抱き直して、背中を摩った。

「ほら、姫。興奮しすぎると、また咳が出て苦しくなりますよ」

「うん……御免な、さい……」

「はい、ゆっくり、息を吸って、吐いて、して下さい」

「……ん」

 吸って、吐いて、と額を付き合わせるようにして指示をしつつ、真も、薔姫と一緒に深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせる。

 何度も呼吸法を行ううちに、気持ちが落ち着いてきたのだろう。咳も収まり、薔姫の顔色が戻ってきた。

「落ち着きましたか?」

 にっこりと笑いかけてくる真に、薔姫は殊勝な面持ちで、こく、と小さく頷いた。

 しかし、次の瞬間、む、と唇を尖らせると、ぽか、と頭を拳で叩く。

「い、いた、痛いじゃないですか、酷いですね、姫、何をするんですか」

「もう、我が君の馬鹿! 怪我をしたって聞いたから、慌てて飛んできたのに!」


 もう一度、目に涙を浮かべ直して、薔姫が泣き出した。

 茫然自失、呆気に取られる、という表現そのままの姿で、ポカンと義理妹いもうとと真の様子を見守っていた戰が、やれやれ、と苦笑した。

「薔、幾ら何でも叩いてはいけないよ。耳の奥に響くからね」

「そんな事! この間、赤斑瘡あかもがさでお熱を出して耳を悪くした私が一番よく知ってるもん!」

 ぷく、と頬を膨らませて薔姫が怒り、そうでした、と真は苦笑いする。

 義理兄せんに一睨みを効かせてから、薔姫は真に心配そうな視線を向ける。

「我が君、御免なさい。……お耳、痛い? 痛い……わよね?」

 熱で膿んだ時、耳の痛みは嫌という程味わった。

 そして、耳鳴りの嫌らしさと耳が聞こえなくなる恐怖もさることながら、酷い目眩から吐き気にも苦しめられた。そ

 それらの怖さを知っている薔姫は手当の跡も痛々しい真の左耳に、……そ、と手を伸ばしてを優しくさすった。



 ★★★



 大きな目を涙で潤ませながら、薔姫は小さな手の平の温もりを真の耳に伝えてくる。じんわりとした優しさを感じながら、はい、と真は答えた。

「心配かけて、すいません、姫。でも、耳鳴りは酷いですが、今は何とか声を拾う位の事は出来ていますよ。ほら、こうして話が出来ているではありませんか」

「……う、うん。……で、でも、でも……」

 勢い込んで頭を上げたは良いが、真と目が合うと途端に薔姫はおどおどし始めた。何ですか? と真に覗き込まれて、うん……と口篭もりつつ遠慮がちに耳を撫でる。

「お耳……、本当に、ちゃ……ちゃんと、治る……の?」

「はい、熱で膿むより時間はかかるようですが、大人しくしていれば、半月余りで良くなるそうですから。大丈夫ですよ」

 そうなの? と言いつも、まだ疑り深い目付きをしてくる薔姫に真は苦笑するしかない。

「大丈夫ですよ。それより、姫こそ、走ったりなどして、胸は苦しくなってはいないですか?」

「う、うん、私は、もう大丈夫だけど……」


 真の手が背中に伸びるのを感じながら、薔姫はまだ疑いを解いていないと言いたげながらも、遠慮がちに笑った。

 自分こそ心配かけてしまっていては、本末転倒だ。

 しかし、横合いから戰に誂い口調でくすくすやられては、流石にカチンとくる。

「お義理兄上様あにうえさま、我が君のお世話は、さいであるわたくしが致しますから。どうぞご心配なくお下がり下さい」

「そうかい?」

「ええ。お義理姉上様あねうえさまや御子様をほっぽってこんな処に居ないで」

「こんな処とは酷いですね、姫」

「こんな処よ。大体、無理をしなかったら、我が君の耳は直ぐに治るのよね? それなのにお義理兄上様がいらっしゃってお話なんてしたら、我が君が無理しないはずないじゃない」

「……う。いやまあその、無理させているつもりはない……のだが……真、私は、君に無理をさせてしまっている……の、かい?」

「いえまあその……別にそんなつもりは……私も、ないのですが……」

「馬鹿ね、お義理兄上様。苦労と無茶を重ねたって平気、って顔するのが得意な我が君にそんな事聞いたって、『別に』って答えるに決まっているじゃないの」

「……う、うん、まあ、その、そうか、そうだね……」

 口篭もり、うじうじと言い訳を呟くせんに苛々したのか、もう、いいから早くお義理兄上様はお義理姉上様と御子様の処に行って! と薔姫がぷりぷりしつつ命令する。

 はいはい、と言いながら手を膝に当て座を立つ戰に、お返事は一回ね、と薔姫は手厳しかった。



 ★★★



 苦笑いしながら産屋へと戻る戰と入れ替わりに、下男が遠慮がちに部屋にやってきた。

 下男が手にする盆には、まだ湯気の上がる大ぶりの碗が乗っている。早速の薬湯の登場に、真が眉を寄せ、難しい顔付きをしてみせた。


「薬湯ですか?」

「うん、私が赤斑瘡あかもがさで耳鳴りに苦しんでた時に、虚海様が処方して下さったのと同じものみたい」

「……同じもの、ですか」

「よく効くんだから。ほら我が君、うじうじしないでちゃんと飲んで?」

 あれは臭いからして凄かったですよね、と呟きながら真は椀を受け取る。

 受け取ったは良いが、そのまま、じーっと茶色い椀の水面を睨み続ける。猛烈な臭いの元である深い抉みのある色をした液体を、じーっと暫く睨んだ後、意を決して一気に飲み干した。

 苦薬湯をちゃんと飲んでみせた真の背中を、よしよし、と薔姫はさすり、口直しのお菓子の小皿を差し出す。

 真が、すみません、と頭を下げながら小皿を受け取ろうとした時。

 低く、低く、畝ねりを伴った鐘の音が、這いずる巨大な蛇のように重々しく施薬院を通り過ぎていった。



「我が君、この鐘の音……」

 ああ、と真は歯切れ悪く答える。

「後主様が亡くなられたのだって、早馬で知ったのだけど……」

「はい、実はですね……」


 薔姫の疑問に答えようとした真の言葉が、ずぅん……という、弔鐘とはまた別の、地鳴り、いや地響き、いや、地が割れる低い音にかき消された。



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