15 弔鐘 その2ー2
15 弔鐘 その2-2
赤ん坊がはいはいをするような状態で、仕人の少年・栗は台獄からやっと脱出した。這う這うの体、とはよく表現したものだが、今の少年にそんな事を鑑みる余裕などない。
「ど、どうしよう、どうしよう」
――どうしたらいいんだろう?
おろおろと左右に頭を振る。自分の頭も気持ちも身体も、何もかもがばらばらに動いていて噛み合っていない。泣きたいのにくしゃり、と歪んだ顔は笑っているようで、動かなくてはと思っているのに手足は震えるだけで、落ち着かなくてはと思っているのに心の臓が打つ音は耳喧しい程だ。
落ち着かなくちゃ、と栗は呼吸を整えようとするが、逆に息を止めてしまう。う、と噎せて咳き込んで、やっとちぐはぐな心と身体の動きが合ってきた。
――と、兎に角誰か、誰でもいいから、助けを、あの御方を助ける為に誰か呼びに行かなくちゃ!
栗は、身体を起こして走り出そうとする。しかし、つんのめって、べちゃ、と地面に前のめりに倒れ込んでしまった。恐怖から、がくがくと膝が笑っていて力が入らないのだ、と漸く気が付く。
不意に栗は、施薬院の縁側で一緒になり、親しくしてくれた少女の姿を、笑顔を思い出した。
――何やってるんだ! 早くしなくちゃ!
あの姫君様の旦那様に当たられる御方が、酷い目に遭ってしまう!
膝頭を、小さな拳で何度も何度も叩く。
痺れから膝のかくかくした愚かしい動きを逆封じさせると、栗少年はもう一度立ち上がった。仁王立ちして、膝が折れない事を確かめると、今度は、そろり、と右足を出してみる。矢張、殴った痺れ感から膝は折れない。そろり、と左脚を出してみる。が、まだ大丈夫のようだ。
そろり、そろり、と右・左、と交互に脚を出していく。徐々にその速度は早まっていき、いつの間にか栗少年は走りだしていた。
走る、といっても本当に闇雲に、目的もなく走るだけだ。だが、走ってさえいれば、誰かが自分を見咎めて止めてくれる筈だ、と必死に走る。
だが走っても走っても、誰にも見付けて貰えない。
――理由を話して、助けて貰わなくちゃいけないのに!
走りながら、涙が滲んでくる。
涙が滲むと鼻水まで垂れてくる。
袖でぐいぐいと涙と鼻水を一気に拭き取りながら、栗少年は走った。
――誰か、早く僕を見付けて!
姫君様の為にも! 誰か、早く、お願い!
涙と鼻水と、遂には涎まで出てきた。もう拭くのも煩わしくなり、べたべたの顔のまま、栗少年は走った。脳裏にはまだ、自分より幼い姫君の、屈託のない明るい笑顔と笑い声が弾けている。
――お友達だって、って言って下さったんだ!
僕なんかを。
あんなにも、親しくして、楽しそうに話も聴いて下さって。
鵟の話をした後、二人の間を隔てていた壁が少し崩れ、何かと親しく話が出来た。夢中になって、時を忘れて話をした。
小さな奥方である姫君の話は、良人である青年の話ばかりだった。
特に、赤斑瘡に二人して感染している間に訪れた台風の被害を最小限に収める為に行った、『どかんによる堤切り』は、顔を輝かせて嬉しそうに話をしてくれた。
皆で力を合わせて乗り越えた事、だからこそ今年の米の出来高は守られた事。
その輪の中に、自分の良人も共にいた事を、心の底から嬉しそうに。
興奮気味の、少女特有の甲高い声に気がついたのだろう。薬草採取から戻ってきたらしいふっくらとした体型の娘が、籠を腕に抱いたまま、ひょい、と現れた。
「あらぁ、姫奥様? まだ診察の順番を待っていなさるの? 随分時間がかかってらっしゃらない?」
「あ、福。うん、そうなの。でも、栗とお話できたから、いいの」
「其れにしたっても、時間が掛かり過ぎですよぅ。さ、此方にきて、喉のお薬だけでも貰っていって下さいな」
ふくよかな娘に声を掛けられた小さな姫君は、うん、と素直に頷くとぴょん、と縁側に飛び降りた。姫にあるまじき行いに、言葉も失って目を丸くするばかりの栗少年に、うふ、と姫君は肩を窄めてみせた。
「じゃあね、栗。私、福と一緒に行くわ。診察、何ともないと良いわね」
「は、はい! あ、有難う御座います!」
そのまま、姫君を姫奥様、と呼んだふくよかな少女と何処かに歩いて行きかけた小さな姫だったが、途中、何を思いついたのかくるり、と振り返って此方に走って戻ってきた。
「とてもよいお話をしてくれたから、お礼に何かあげたいのけれど……。御免ね、いま生憎と、貴方にあげられるようなもの、何も持ってきていないの」
「は? い、いいえ! そのようなお気遣いなど! 私如きに!」
「いいの。それに、お友達になった証に、私が栗にしてあげたいんだもの」
「お、おとっ、おとっ、おともっ……、だ、だちっ!? ぼ、僕が!?」
「そう。ねえ、禍国に戻る迄の間に、一度、鴻臚館に遊びにいってもいい?」
「えっ……ええっ!?」
「お友達なんだもの、ね、いいでしょう? その時までに、栗への贈り物、用意しておくわ」
「えっ……えっ……えっ……えと、えと……えっと……」
「約束ね!」
世界がひっくり返るかのような衝撃を受けて身体を硬直させている栗少年に、姫君は笑顔のまま、またね! と手を振って去っていった。
大きな瞳を輝かせながら、思うままにくるくると忙しなく表情を動かして。
けれどもそれが、まるで陽光のような眩しさを感じさせる小さな姫君様らしい、と出会って間もないのに栗少年には思えた。
あの笑顔を、悲しみで曇らせてはいけない、と思えた。
――そうだよ、何があってもそんな事、いけない!
涙でぐしゃぐしゃの顔で走っている最中、突然、低く、何か巨大な魔物が喉を蠢かせているかのような、鐘の音が響きだした。不気味さに、驚き、思わず脚をとめて音に聴き入る。
――何を知らせる、鐘の音なんだろう?
はあはあ、と息を荒らげながら、空を見上げると、あれほどからりと晴れ渡っていた空が、分厚い絨毯のような黒々とした雲に襲われ出していた。雲を運ぶ風をより一層重くさせる低音に、意味もなく不安が募る。
ぶるり、と栗は身体を震わせた。
「だ、だれ、か……誰かぁー!」
言い知れぬ、言い表しようのない底無しの恐怖に押し潰されてしまいそうで、栗少年は叫んだ。
「誰か、誰か、お願い、誰でもいいいから助けて、お願いします!」
叫ぶ栗少年の口を突然、何処からともなく現れた大きな掌が、覆い隠した。
「騒ぐな」
★★★
――ひぃっ!
喉の奥で悲鳴が、せり上がった嘔吐物のように上下する。
口だけでなく、腰に腕を回されてがっちりと捉えられてしまっている事に、栗少年は漸く気付いた。
気付いた時には既に身体ごと持ち上げられて、沓の裏が地面から浮いている。浮遊感が不安を更に倍々式に増幅させ、栗少年は脚を思い切りばたばたと動かした。運良く何処か急所的な所に当たりでもすれば逃げられるかもしれない、という目算だったのだが、如何せん相手が悪かったようで、掠りもしない。
それでも諦めずに脚をばたつかせる栗少年に、男の声が頭上から降ってきた。自分の影を覆い隠す背後の男の影の大きさ、それは男の不気味な力量の現れのように見えてきて、栗は恐怖心からますます惑乱した。
「騒ぐな。安心しろ、私は味方だ」
「……えっ?」
恐る恐る栗少年が振り返ると、顔を隠していた面体を外しつつある鋭い眼光の男と目があった。全身全霊で恐怖と混乱を示している少年に、苦笑しているようだった。実際に、声音は何処か優しい。栗少年は、やっと気持ちが、す、と落ち着き始めるのを感じた。
「お前は、仕人の子供だな」
「は、はい」
何故こんな処に居る、と尋ねられなかった時点で、自分の行動の大方が筒抜け状態だったのだ、とまで思い至れないのは、矢張まだ素直な子供だからだろう。兎に角、目の前の鋭い目付きをした男が救いの神に見える。栗少年の頭に占めるものは、もうそれ以外にない。
「あ、あの、台獄に呼び出されたのですが、右丞様のお話が終りかけた頃に、郡王陛下の妹姫様の御夫君君であらせられる方がおいでになられまして」
「何? それで、何があったのだ?」
男は、助けて、と泣き喚き散らしていた少年のただならぬ様子から、大方の想像は付いているようだが、敢えて男は栗少年に証言させようとしているのだろう。声が、鋭くなっている。栗少年も、心得たように、言葉を選びながら話す。
「突然、右丞様が酷くお怒りになられて、御夫君君に乱暴を働かれて……。あの、その時に、怒りのまま錯乱なされた右丞様が、私に無体をせぬようにと、あの、恐らく庇って下さったのだと、思い、ます……。あの、途中から、態とひどい目に遭われておられたように見えて、その……」
「分かった、もういい」
男が静かに少年の頭に手を伸ばしてきた。
殴られる、と思い、ひっ、と息を飲んで栗は身を縮こまらせた。しかし、男の掌の温もりは、額を優しく撫でただけだった。思わぬ優しさに触れ、目を瞬かせながら、ぽかん、と芙を見上げた。
「鴻臚館に戻り、大人しくしていろ。周りの仲間に何を聞かれても、知らぬ存ぜぬ、で押し通せ」
「は……? あの……?」
「それがお前の為だ」
背後を振り返りつつ男が顎を刳るようにすると、いつの間に集結していたのか、同じ様な姿をした男が数人、栗少年を取り囲んでいた。あんぐりと口を開けて立ち尽くす栗に、芙は指示を出す。
「お前たちは鴻臚館までその坊主を送り届けろ、私は真殿の元に行く」
返事を待つ必要がない芙は、踵を返しざま走り出していた。
『早足』を二つ名に持つ面目躍如か、芙は疾風となって台獄を目指す。
覆面を外している芙の背後で、三つ編にしている彼の長い髪が踊った。
★★★
べちゃ、と冷たい床に生暖かい血の塊が落ちる。
それを合図にして、鷹は再び真に飛び掛った。互いに脚を縺れさせて、倒れこむ。既に真の方は、平衡感覚を保っていられるような状態ではなくなっていた。
床を転がりながら、互いに相手の襟首を掴んで睨み合う。
埃と土煙とが、澱んだ空気中に黴の臭気と共に舞い上がる。顔を顰めながら咳き込む真の身体から、一瞬力と集中力がぬける。嫌になるほどカン働きの良い鷹は、こういう隙は見逃さない。ふへへ! と笑い声を上げざまに真を押さえつけ馬乗りの状態になった。
――しまった。
と思った時には遅かった。
両足を広げて脚で腕を踏み、動きを封じられた格好をとらさせていた。
「いい格好だなあ! なあ、真!」
ぜいぜいと喉を鳴らしつつも、鷹は、にやり、と口角を持ち上げた。
眸が、勝利を確信して狂気に輝いている。この異腹の弟を、どのように料理してやろうか、という野獣が獲物を嬲る目付きだ。
その時、鷹と自分の間に、木簡が転がっているのが見えた。おそらく、あの仕人の少年に密かに掠め取らせてきたのだろう。が、この騒ぎで知らぬ間に転がり落ちていたのだ。
鷹も、真の視線から己の失態に気が付いた。鷹は、ちっ、と舌打ちすると、真が押さえつけられながらも手を伸ばして取ろうとした木簡を、遠くへと蹴り飛ばす。
「惜しかったなぁ、真。あぁ~ん?」
手が届かない位置で止まった木簡に、真が這い蹲った姿勢のまま奥歯を噛み締める。鷹はそんな異腹弟の姿を哄笑しつつ、真の手の甲に繰り返し執拗に何度も何度も蹴りを入れた。
「ひゃーっはっは、真! いい格好だなぁ、ええ、おい!」
最後に横腹に蹴りを入れて飛ばされて、ごろごろと転がった真を、鷹は襟首を引っ掴んで持ち上げた。首を締め上げられる格好になった真が、もがきながら低く呻く。
「どうだ、痛むか!? 苦しいか!? 思い知ったか!? お前は所詮、人間様扱いはされない卑しい身、どうなろうと文句の一つも言えない輩なのだと弁えやがれ!」
鷹が大きく腕を振り上げて、真の顔面を打ち抜くように殴りかかろうとした、瞬間。
一陣の風が、二人の間を駆けた。
★★★
ひゅぅ、と静かな音が走った。
まるで秋を呼ぶ季節風のような、真摯さすら感じさせる音だった。
しかしその風切り音は、続いて底無しの殺気を引き連れてきていた。
「ひぎぃっ!?」
殺気の正体が何であるかも分からないまま、鷹は仰け反りつつ叫ぶ。闇雲ながらも手を突き出して、頭部を守ろうとしたのは恐怖心からの防衛本能だろう。
たん、と軽快に床を蹴る小気味の良い音が、小さく響く。
と、鷹は何かがふわり、と顔面に触れたように思えた。それが、空気の流れであると感じると同時に、真の石頭に潰された鼻面に、更により硬いものが強かに打ち込まれた。膝頭だと気付く頃には、鷹は悲鳴を上げて吹き飛ばされていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
身体を押さえつけていた兄の身体の重さから開放されると、肺の腑が空気を求めるままに真は何度も咳をした。殆ど嘔吐くように咳を繰り返し、丸めた背中を激しく上下させる。
それでも、涙の滲んだ横目で腹の上から吹き飛ばされた兄を確かめる。其処には、芙の膝蹴りを喰らい、額を打たれ、目を押され、鼻を潰され、歯をへし折られて阿保面の兄が、醜態を晒してもがいていた。口内を切っているため、叫べば粘ついた血の糸が引いているのが見える。
芙が、その無様な兄を自身の髪を縄に見立てて鷹の首を締め上げていた。こんな時でも、いざという時に縄で自決したように見せかける為に手段を講じてくる芙に、奇妙な事に真は流石と褒めたくなった。
しかし今、兄を殺させるわけにはいかない。
――芙!
叫んで止めようとするが、声が出ない。
仕方なく、真は実力行使にうってでた。よろめきながらも立ち上がると、ふらふらと芙に近づき、殆ど倒れる様にして兄との間に割って入った。
「真殿」
何故止める、と眸だけで芙が戸惑いと共に訴えかけてくる。
今此処で真への暴行を理由にしてこの馬鹿を始末させろ、という言外に怒気を含ませた声音に、鷹が縮み上がる。
「し、真、た、助けろ! 弟だろう、兄を助けろ!」
真を弟と呼び、自ら兄を名乗り、そして血筋に寄りかかり居丈高に命じた鷹へ向けられていた芙の怒りが、この瞬間、確実な殺気へと切り替わった。
「貴様!」
縄代わりとして締め上げていた髪を、する、と解く。
自身の声を芙が聞き届けたのかと勘違いした鷹が、ほぉぉ、と間抜けた音を喉の奥からだして息を吸い込んでいる。だが、芙は鷹が肺の腑全てに空気を取り込む事を許さなかった。腕を喉に回して、ぎりぎりと締め上げる。
「――んがっ……!?」
「死ね!」
髪で縛り上げられていた時とは雲泥の差の苦しみに、鷹は目を剥いた。
叫び声すら上がらない。顔色が、真っ赤から紫色へと変貌する。白目が目に見えて血走っていき、ぎゅるり、と黒目が回転して上向く。口角が緩み、だら、と舌が転がり出てきた瞬間、鷹の頭部が、かく、とだらしなく前に折れた。
「芙! 止めて下さい!」
「幾ら真殿での命令でも聞く気はない!」
「駄目です! いけない!」
真が芙の腕に縋る。
しなやかな鞭のような芙の腕は、鷹の首にまるで蛇が絡むように巻きついており、真毎きの力では到底引き剥がせない。大体が、先程鷹に強かに踏みつけられた手は、意識のままに力を込める事すら困難に近い。
しかし、真は必死で芙の腕を離させようと無駄な努力を続けている。流石に芙が苛付いて叫んだ。
「何故庇われる!? いい加減こんな兄など見捨てられよ!」
「此処で兄を殺せば禍国にて戰様を追い落とそうと画策している輩に絶好の口実を与えてしまいます!」
真が叫び返す。
確かに、右丞である鷹の死因は大令にとって大いに利用価値のある処だろう。
大令の主である二位の君を、より皇帝の地位へと近づけ押し上げる為に、見過ごす訳がない。
戰を追い落とすこの絶好の機会を、最大限に利用してくる筈だ。
芙は、鬼の眸となって真を睨み据えた。
しかし其処にいたのは、泰然自若と構えて朴訥と飄々とした処のある、いつもの真ではなかった。
もしも芙が云う事聞かぬのであれば倒すつもりでいる、そんな気迫の篭った眸で見上げてきている。
――此処で右丞を始末しておかねば、先々、自身の身が危うくなると知りながら!
右丞が生きながらえてしまえば、禍国に帰国した途端に、真は命を狙われる。右丞・鷹の性癖や性格から、怨みを晴らす為だけに裏や闇から手を回して闇雲に襲って来る可能性は非常に高い。
いや、右丞が動かなくとも大令が動くだろう。
だが大令にとっては、右丞が生きようが死のうが、一向に構わない。
ただ、大令・兆にとって、戰の常勝を支える最大の功労者であり、切り離し難い身内となった真を永遠に引き剥がすのには、右丞が死んでくれていた方が、事をより滞りなくより円滑に進められる。
己の能弁さに自信を持つ大令は、右丞め、今頃私の為に死んでいてくれているか、と実は高らかに酒杯を掲げて嗤っているかもしれないというのに。
だが真はそれでもよい、と態度で眸の光で、雄弁に語っている。
後継者争いがある以上。
何方に転んでも自分は命を狙われるのであれば。
戰がより康寧平穏無事である方を。
より皇帝の座に安然無事に就ける方を。
迷わず、選ぶ。
一切の曇りのない真の眼光は、そう、物語っていた。
――真殿は陛下の栄達こそのみを、一番に望むのか。
芙は、天を仰ぎ、肺の腑にある気が空になるまで吐き出すと、腕の力を緩めた。
何故、真が戰に対して其処まで出来るのか、理解できない。
いや、そもそも自分は、何の為に闘っているのか。
不意に分からなくなり声が出なくなった。
句国、契国、河国と数々の戦を経験した。
傀儡でありながら神を信じぬ自分に、目の前の勝利は己を信じさせてくれた。
皆の力を合わせてこそ引き寄せられたもの、その一端を担う己に酔いしれさせてくれた。
だが。
――私が一番に望んでいるのは、何だ?
そもそも、何故、闘っている?
主である蔦に命じられたからか?
それとも、真に絆されているからか?
その通りなのか、それとも全く違うのか。
それすら分からなくなった。
――分からない。
分からないが、曇りのない輝きを見せる水晶のような燦めきを放つ思いで一心の真心で戰に仕えている真が、突然、猛烈に羨ましいと思った。
経験してきた数々の戦の最中にも感じたことのない、身が妬かれる想いだ。
――私にも、この為にこそは、と思い、念じ、戦う日が来るのか。
芙は、大きく息を吐き出した。
――……いつかその日が来るのであれば。
今日という日はその為にこそ真の言う事を聞き入れよう。
白目を剥いた鷹は、どさ、と重い音を響かせつつ床に無造作に放り出された。




