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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
二ノ戦 楼国炎上

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1 舞師・蔦(つた)

1 舞師・つた



 その舞師が現れるだけで、その場の空気が一気に華やぐ。

 まさに、舞を舞い踊る為に生まれいでたと言っても、過言ではないだろう。


 濃い緑の、流れるような黒髪。憂いを帯びた、切れ長の碧がかった瞳。白く艶やかな肌に、赤い唇が誘うように淫らに濡れてぷくりと色ついている。真白な絹の上衣に、赤い袴を纏い薄絹を肩にかけているのは、神代の時代のみこを再現してるのだろう。手首にくくりつけている組紐の先には、美鈴が取り付けられており、それは地面すれすれを掠りながら、まるで月蛾のように踊るのだ。

 しゃらしゃらと鳴る鈴の音は、言葉を発するを禁じられている奉納舞において、呪禁じゅごんのように妖しく鳴り響く。


 舞師。無論のこと、舞を舞う事を生業とした男性の事だ。

 本来、舞とは太占ふとまにを行う際において、神依が齎す啓示を誘う役割を担っていた。その為、男子は禁制され、初潮を迎えるまでの女児のみに許された神役であった。

 それを民衆が、己の慶びを表す為に芸として借り始め、披露しだした。当初は、女性が当然舞っていたのであるが、時代が下がるにつれて、その舞の意味も多様化する。するに従い、男性もその芸を身につけるようになる。これが舞師の始まりだ。


 しかし、座の中央で舞うこの舞師の妖艶さは、なまじの女性は裸足で逃げ出す程だった。いや、後宮の美姫ですら、敵うと胸を張れる女性は多くはあるまい。

 舞師が肩にかけている、薄絹を天に放り、また肩に受け取る。たったそれだけの動きで、天女が羽衣を天帝に求める仕草を演じてみせる。凄まじいまでの媚態だ。


「我が君、あれって、どんな意味なの?」

「う~ん……説明するのは、ちょっと……難しいですね」

 傍らに座る妻であるしょう姫に腕を掴まれ、ゆさゆさと揺さぶられた真は、曖昧に笑って誤魔化そうとする。

 男性に承衣しょういを強請るというのは、要は『契った証を下さい』という事で『貴方のおてつきになりましたので、今後の面倒を見て下さい』と迫っているのである。

 有り体に言ってしまえば、天帝と天女の愁嘆場という訳だ。


「ねえ、我が君、教えて」

「ま、まあ、姫がもう少し、大人になったら……ね、ね?」

「……意地悪!」

 ぷぅ! とむくれてみせるしょう姫だったが、実はそんなにこだわってはいない。真にあれこれと訪ねて、「ああ、それは此れ此れこういう意味ですよ」と、話をして貰うのが嬉しいから、聞くだけの事なのだ。


 しかしそれにしても、舞師の艶然たる様や、楽曲にのりますます加速してゆくばかりだ。舞師というからには、男性だと頭では分かっている筈なのに、思わず生唾がわく人物もいるようで、真の背後でごくりと喉を鳴らして唾を飲み下す音が響いた。ちらりと背後を振り返ると、克がぼ~……と頬を赤らめて見惚れている。

 苦笑いしつつ、再びくいくいと袖を引っ張る幼妻に、視線を戻す。


「ね、我が君。あの人、本当に、男なの?」

「さて、それはどうでしょうか」

「……えっ?」

「あっ……」


 幾ら、王宮育ちとはいえ、姫君の前で口にするべきことではなかったと、真は臍を噛んだが、時すでに遅しだった。ねえねえ、それはどういう意味なの? と、しょう姫に激しく揺さぶられる。真は誤魔化そうと、う~ん……と曖昧に唸る。

 まさか、8歳の幼女に、言える訳がなかった。

 宦官と同じく、男根を落とした『羅切らせつ』ですよとは……。



 ★★★



 これは、極々、内輪なる宴であった。

 しかし、内輪の宴とはいえ、集う人々は錚錚たる顔ぶれであった。

 

 禍国より祭国より要請を受けての派遣を決定した屯田兵をまとめるべく就任する郡王となる、皇子みこせん

 その祭国の新たなる女王にょおうとして即位の礼を待つばかりとなっている、王女・椿姫。

 禍国皇帝・景の後宮の一人、蓮才人れんさいじん

 禍国へと向かわせる兵団の選出を一任されている兵部尚書・優を筆頭とする彼の部下。

 そして兵部尚書・優の側妾腹の息子にして皇子・戦の目付役を担っている、真と、彼の妻である禍国皇帝・景の王女・蓮才人の娘姫であるしょう姫と、皇子・戰の腹心を図々しくも名乗る商人・時。と、何故か百人隊長であるかつも、真の傍に控えている。


 更に。

 彼らと相対する側の席次もまた、素晴らしく物々しい。

 禍国皇太子である徳妃・ねいの腹出である皇子みこてん

 続いて、貴妃・めいの腹出である、皇子みこらん

 乱に続いて、皇太子・天の叔父にして大司徒であるじゅう

 大司徒・充の異腹弟おとうとにして皇子・乱の叔父である大令・ちゅう

 以下、三省六部さんしょうろくぶを担う、兵部尚書である優を除く尚書、令、侍中、高官たちがずらりと居並ぶ。官位要職に置いては、全く釣り合いが取れてはいないが、その勢いにおいて差があった。


 じぃ……と無遠慮に、絵のように美しく並ぶ戰と椿姫とを睨めつける皇太子・天の前に、小さな朱色の屠蘇器を手にした舞師がふわり……と風を伴って現れた。正に月青蛾の妖精せいのように、妖艶極まりない。流し目で言葉なく「どうぞ」と勧められると、舞師とは男であると頭では分かっていても、口説き落としたくなる。それほどの美貌だった。

 天はごくりと喉を鳴らして、屠蘇酒を飲み下す。


「其の方ら、何れ何処の者であるか」

「……」

「ほう、礼儀を知るか、愛いやつだ。答えよ、許してとらす」

「有り難きお言葉、恐悦至極に存じ上げまする。わたくしは西方の出に御座いますが、他の者はそれぞれにこの中華を遍く拾いておりまする」

「ほう?」


 つまり、所々津々浦々の国から寄せ集まった輩だった。

 それも納得ができる。皆、微妙に顔ばせに特徴があったり、言葉に訛りがある。そのように天が伝えると「まあ」と舞師は目をさらに細め、手にしている薄絹で口元を覆い隠した。


「流石に、皇太子殿下に御座いまする。何という御慧眼に御座いましょう。頭を下げるより他、なしようも御座いませぬ」

「ふ、ふん、そうか、そう思うか」

「はい、それは勿論に御座いまする。我々のような身分卑しき者であればこそ、高貴なる御方は言葉なくとも、その御身より醸しいでる眩き後光に、ただただ、ひれ伏すばかりに御座いまする」

「ほう、そうか、私の後光はそれ程までに、眩いか」

「はい、それはもう……。このように、中華にその国ありの大国、禍国の皇太子殿下に屠蘇酒をお注ぎする栄誉を賜るなど、ほんに身分不相応にて、恥入るままにこの身を潰してしまいとう御座いまする」


 声までが、鈴音のようにころころと転がるように華やかでありながら、どこか憂いをはらんでいる。このまま、『舞師』であろうとも、寝所に連れ込んでしまおうかと酔いの熱に任せて、濁った目を眼前の屠蘇器を持つ麗しの舞師へと、手を伸ばしかけた時だった。

 舞師の肩越しに、戰が椿姫の方へと何かを耳打ちすような仕草を見せた。

 未だ少女の身である椿姫が、ぽ……と頬をほの赤く褒めて俯くと、戰はかなり慌てた様子で何事かを必死にとりなし始め、その大柄な身体を小さく竦めて、大仰に手を振り回し始めた。


 チッ・と舌打ちした天に、屠蘇器の口を差し向けながら、舞師の深い碧色の眸が妖しく、瞬くように輝いた。

 蔦の視線は、盃をぐいと傾げる天にではなく、無情な顔つきでその兄を見詰める、皇子・乱に向けられいた。



 ★★★



 宴が開く頃には、しょう姫は興奮し過ぎたせいもあるのか、うつらうつらと船を漕ぎ出していた。起こすのも可愛そうかと思い、真は蓮才人に申し出て、しょう姫を一晩、才人の室で預かってもらえぬだろうかと持ちかけた。

 娘が可愛い蓮才人が首を横に振るわけがない。

 早速、部屋付きの宦官に申し付けて、殆ど眠りの泥に浸かっているしょう姫を担がせて自室の寝所へと運ばせた。こんな事でもなければ、母娘で過ごす夜など考えられないのだ。喜びに、頬を熱く濡らしている蓮才人の、穏やかな母の顔付きになっている横顔を見詰め、真は深い溜息をつく。


 歪んでいるな、と真は思った。

 しょう姫は、幾らこの3年でぐっと精神的に成長を遂げているとは言え、未だ8歳の幼女なのだ。母親恋しで過ごして良い年なのだ。そんな当然の母親と娘のあるべき姿を、策により引き裂いたのは自分だと思うと、礼の為にこうべを垂れる蓮才人の姿を真面に見る事も出来ない。


 真は曖昧に返事をしつつ、下がる旨を伝えて踵を返した。

 側妾腹の自分は、宮中に上がるなど以ての外だ。ただ、しょう姫の夫であるからというだけで、庶人しょにん以下の自分が王宮内に上がるなどあってはならないのだ。


 さて……と首を巡らせると、帰り支度を整えて終えた商人・時が「真様、此方ですぞ」と手をひらひらとふって招いている所に、出くわした。苦笑いしつつ、爪先を向けかけると、背後から涼しげな音色で声をかけられた。

「真様」

 鈴を転がすかのような声音は、無論、舞師のものだった。


 舞師・蔦。

 下弦の月の月見の折に、商人・時が連れて来た芸人一座の筆頭主あるじだ。

 真が見込んだ通りに、彼は『羅切らせつ』であった。相当に幼少時に羅刹になったものらしく、声は幼年期のそれの愛らしいさを残しつつ、長年磨いてきた芸によるしなにより、淫猥な響きをも自在に含ませる事が出来る。


 彼の一座は、舞だけでなく、物まねや幻想投影、はたまた軽業舞や曲芸等を見せて諸国を旅しているのだという。禍国に来る以前は祭国に居たといい、蔦は一座の者に、祭国王と剛国王の物まねを演じさせて見せた。それにより、真は剛国王の為人ひととなりを多少なりとも知ることができ、乗り込み舌戦を繰り広げる手掛りを得る力となったのだった。


 諸国を巡り、王族や諸侯に気に入られる事数多有りという『彼』は、実にこの大陸の縮図を飼っているようなものだ。

「得がたい人材ですね」

 珍しく、真は蔦の事を気に入り、何とかして戰の仲間に欲しいと思ったのだが、ある日、逆に蔦の方から近づいてきた。


「あのお姫様は、何とも楽しい御方に、御座いまするな」

 くつくつと笑いながら、真にしな垂れ掛かって言う。別にそんな趣味はないと突っぱねようとすると、ふぅ……と耳朶に吐息を吹きかけながら耳打ちしてきた。男のくせに、何故に吐息がこんなに甘いのかとしかめ面をする真に、やはり、くつくつと蔦は笑う。


「あの、祭国のお姫様ですけれども」

「椿姫様がどうかしたのですか?」

「いえほんに、可愛ゆらしい御方に御座いまするな」

「ですから、何がです?」

「おつむの中のお花畑にて、妖精を育てていらっしゃいます様に御座いまする。実に純真可憐無垢瀾漫と申しましょうか。此方が赤面してしまいまする」

「……は?」

 くつくつと、喉を鳴らして、蔦は笑う。こそこそと真は耳打ちされて、さ~……と音をたてて血の気が引いていくのを感じ、頭を抱えて座り込んだ。


 宴の駄賃を受け取りに来た蔦に、椿姫が声をかけてきた。彼の見事な舞を褒める為にだ。いつか是非その舞を教えて欲しい、と懇願された蔦は、ははぁこれはいつもの手合いだなと思い、無造作にこう切り返した。


「お姫様、それでは先ずはこのわたくしと、御寝所で仲よう踊りまするか?」

「……寝台の上で何を踊るの?」

 キョトンとした顔つきで返され、蔦の方が面食らう。


「お姫様、おのこおなごが寝台で踊ると言えば、ただ一つ、御子様が出来うる行為おこないに御座いまするよ?」

「踊ると御子様が出来るの? それは変だわ。御子様がお腹に宿るのは、ご先祖様がお認めになった二人に、天帝様が月宝によせてそらから下されるからよ?」

 本気で小首を傾げている椿姫のあどけない表情に、数多の女性たちを虜にしてきた百戦錬磨の性技の持ち主である蔦の方が、全身脱力を起こしたのだった。 



 蔦から話を聞いて慌てた真は、父・優に頼み込んで蓮才人に謁見を申し込み、椿姫の『男女の仲の事始め教育』を託したのだった。

 考えてみれば、13歳と言えば、閨における房中術を学ぶ前の年頃だ。その機会を奪ってしまったのだから、『男女の理無わりない仲の道』を知らないのは当然と言えば当然であるのだが、幾らなんでもこれは酷い。酷すぎる。


 女王としての素養教育の一環の為という建前の元に、蓮才人に丸投げして真は祭国に旅立ったのだが、帰ってきてから早々に、また蔦にしな垂れ掛かられた。

「今度は何です?」

「いえその……好きあった者同士というのは、夫婦のように似るものなのでありまするか?」

「……は?」

 


 王宮にて暮らし始めた椿姫の護衛を自ら買っている戰に、蓮才人に請われて舞を披露しに上がった蔦は、帰る道すがら声を掛けてみたのだという。

「皇子様も、そのようにつっ立ってばかりにおられましては、身体が鈍ってしまいませぬか? どうでしょう? このわたくしめと寝所にて相撲でもとりませぬか?」

「お前は『馬鹿』か? 寝台の上で相撲など、どうやってとるというのだ?」

 目を眇め唇を尖らせながら、本気で訝しんでいる戰に、……よもや、と思いつつ蔦は恐る恐る尋ねる。


「……皇子様、寝台の上で相撲をとるというのは比喩に御座いまする。要は、おのこおなごが仲良う身体をぶつけ合う、御子様の出来る行為おこないの事に御座いまするよ?」

「寝台の上でとる相撲で御子が出来るなど、聞いた事もない。随分変わった奴だと思っていたが、蔦、本当に変な奴だな」


 耳元で蔦にこう囁かれ、真が頭を抱えて座り込んだのは言うまでもない。

 しかし、その後の行動は素早かった。

 普段の彼からは想像もつかない、怒涛の勢いにて戰の元に駆け込んだ。その勢いに、戰の方がたじろぐ有様だったが、真は構ってはいられない。仰け反る戰に、更に被せて食いつかんばかりにし、真は詰め寄る。


「戰様!」

「な、何だ!?」

「お尋ねしますが、戰様、その、女人と『致した』というか、『事に及んだ』というか、『最後まで達した』ことは御座いますか?」

「は、はぁ? 」

「良いですから、率直にお答え下さい。どうです、あるのですか? ないのですか?」

「ない!! と言うよりも、真、『致す』とか『事に及ぶ』とか、一体何の事だっ? 何を『最後まで達する』のだ!?」


 知らぬが仏とはこの事だ。恥ずかしげもなく、四方三軒先にも聞こえる大音量で答える戰に、真は目眩を覚えてぶっ倒れた。



 卒倒から覚醒すると、仕方なく真は、蔦を呼びだした。

 呼ばれもしないのに、ほいほいと出歯亀根性で、時までくっついてきた。

 溜息をつきつつ、真・蔦・時が共々に師となって――ほぼ最後は蔦の独壇場となったが、戰に、女人と『致し』て『事及び』『最後まで達する』為の『男女の理無わりない仲の道』を、教授する。


 身長が軽く6尺3寸を超える大男である戰が、その巨躯を小さく縮こめて真っ赤にさせて聞き入っている姿は、何処か可笑しみを誘う。しかも当の本人は、『事』の仔細を教授されて、脳は蒸発する寸前に、全身は茹で蛸状態にしている。

「お分かりいただけましたでしょうか?」

 くつくつと笑う蔦に、真っ赤になりながら、こくこくと牛の人形のように首を揺らす戰だったが、はぁ……と呆れて物も言えぬ真に、些かむっとして喰ってかかった。


「真、そんな顔をするものではない。何だ、お前だって知識の上だけの事だろう?」

「誰がそんな事を申しましたか?」

「……な、なに?」

「ありますよ、私だって男ですからね」


「な、何だと!? と、と言う事は、真、それはまさかっ……」

「何ですか?」

「しょ、しょう姫が相手では、あ、あるまいな!? あのような頑是無い幼女を相手に、真、お前は何という、む、無体な事を! し、真、み、見損なったぞ!」

「何を早合点なさっておいでなのですか? 違いますよ」


「……と言う事は、し、真、お、お、お前っ……」

「もう、今度は何なのですか?」

「う、浮気だな!? 浮気をしたのだなっ!? 幾らしょう姫があのように幼いとは言え、夫婦の縁を先祖の廟の前で誓ったのであろう!? し、真、み、み、見損なったぞ!!」

「違いますよ! 姫と結婚する以前の事ですよ!」


「……と言う事は、し、真、お、お、お、お前っ」

「えぇい、今度は一体何なのですか!?」

「い、一体、よ、齢幾つで『致し』たのだ!? こ、この助兵衛の、好色漢め!」

「ほっといて下さい! ああもう、面倒くさい御方ですね!」


 戰と真のやり合いを、ほっほっほ・と梟がなくように笑いながら時は眺め、その傍らで、やはり蔦もくつくつ喉を鳴らして笑って見詰めている。



「面白い御方に御座いまするな、この皇子様は」

 くつくつと笑う蔦に、時が懐から干棗の菓子を差し出してきた。にっこりと優雅に微笑み、膝を屈してそれを受け取る。時は、紙縒りのように髭を弄りながら、ほっほっほと笑い返す。


「そうじゃろう、そうじゃろう、全く飽きんのだわ、このお二人をば眺めておるのはのう」

「に、御座いまするな」

「どうじゃな? 其の方も、共におらぬか?」

「面白そうに御座いまするな。是非とも」

 時と蔦が二人で悪戯っぽく笑い合いながら、干棗を口に含んで頬を膨らませている目の前で、戰と真はまだ言い合っている。



 ――こうして、何時の間にやら、蔦とその一座は、戰のお抱えとなっていったのだった。



 ★★★



 くつくつと笑いながらも、ふわりと薫香を棚引かせて真に近寄ると、ひそひそと耳打ちする。それまでの、穏やかな真の表情が険しくなった。

 が、舞師はまだ口角を持ち上げて、くくく・と喉を鳴らして笑っている。


「蔦」

「はい、どういたしまするか?」

「済まないけれど、椿姫様の後々の事を、頼んで良いかな?」

「それは、勿論に御座いまする。たんとおあしを頂戴しておりますれば」

「済まないね。私は王宮ここには残ることが叶わない身の上だ。お前が頼りだ、頼むよ」

「はい、然と。なに、わたくしもあのお姫様は大好きに御座いまする故、どうぞお心休んじられて、お任せを」

「皇太子殿下もだけれど、心配なのはもうお一方の方なんだ、くれぐれも」

「はい、然と」


 舞師は、手にした薄絹で真っ赤な口元を隠しつつ、くくく・と鳩のように喉を鳴らしている。いちいち、科を作る舞師にいい加減に苦笑いしつつも、真は「頼むよ」と念押しをして、時の元に向かった。



羅切らせつ


男性の生殖器を別名で『魔羅』と言いますが、その『魔羅』を切断する行為の事を本来はさします。

覇王の走狗では、その行為を行った男性も指す言葉として使用しております

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