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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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13 少年仕人・栗(りつ) その1

13 少年仕人つこうどりつ その1



 使節団を留めおいて1ヶ月近く。

 漸く、彼らも禍国本土へと帰国の途につく。

 

 禍国御使到着と共に祭国にて

 死病『赤斑瘡あかもがさ

 流行是れ甚大也

 故に各関大門を閉ざす


 この早馬が王宮に齎されて以後、禍国側は正式には、何の連絡も受けていない。

 苛立ちの頂点に居る事だろう。

 特に、皇太子・天と二位の君・乱、そして大令となった兆は互いに腹の探りあいとなっている違いない。


「いよいよだな、真」

「はい、戰様」

 使節団と共に、戰は禍国に帰国する。

 父帝・景の三回忌の法要に出席しなかった事への申し開きをせねばならないからだ。

 だが今回の帰国は、ただそれのみの帰国に終わらない。


 ――栄耀栄華を極める禍国皇帝への道程となるのか。

 それとも。

 ――全てを失い、黄泉路へ蹴り落とされる死地への旅程となるか。


 岐路。

 そう、文字通り別れ路となる。

 誰もが感じていた。

 感じているからこそ、誰もが、口に出来なかった。



 ★★★



 義理の兄である戰と、良人おっとである真が、数日中に、共々、禍国に向かう。

 本来であれば、薔姫は自ら率先して動いて準備万端整えたい処だった。が、生憎と帰ってその日の夜に出た咳は収まらず、翌々日には、咳から喘鳴が出始めてもう三日目となる。

 昨日までは、真が夜中付き添って背中を擦り続け、しかも那谷から貰って来た薬湯を自ら入れたり、食事の世話までしてから遅れて城に出仕した。戰をはじめ、真が遅れてきた事に何も言わない。だが流石に真ももう、薔姫の傍についていてばかりはいられない。

 禍国へ。

 祖国でありながら最早敵地と同様の国へ向かわねばならぬ以上、心を砕いて砕身粉骨その刻(・・・)に備えていかねばならない、大切な時期なのだ。

 真とても分かっている。

 分かっていても、ぎりぎりまで薔姫についていたのは、彼女に此処まで居てくれたのだからと諦めてもらう、というよりも自分自身を納得させる為、という意味合いが強かった。

 ――どうも、私は相当に手前勝手で自分の事だけしか見えていないようですね。

 ぽりぽりと後頭部をかきあげながら、こんこんと咳をしている薔姫の部屋に入る。


「では、姫。行って来ますよ」

「いや!」

 寝床で横になる幼い妻に声をかけに来た真の袖を、薔姫は引いて起き上がろうとした。慌てず身体を起こす手助けをしつつ、軽く叩く様にしながら、楽に起き上がれるよう薔姫の背中をさする。真ももう、手馴れたものだ。

「私も、我が君と一緒にお城に行きたい! お手伝い、したいの……!」

「良いですから、寝ていて下さい」

「……でも、でも、私でないと困ること、沢山、あるでしょう……?」

「大丈夫です、心配しないで下さい」

「でも、でもっ……!」

「と言うよりも、早く治って貰わないと、其方の方が私は心配で何も手がつけられませんよ」

「……でも……」

 おさまっていた咳が出始めて、薔姫の言葉が途切れる。

 ほら、声を荒げるからですよ、と真は窘めながら、よ、と言いながら立ち、端に置いてあった布団に向かう。矢張、よっこらしょ、といいながら布団を運んでくると手早く、薔姫が一番楽に身体をゆっくり凭れさせる高さに調節して畳んだ。

「さあ、姫。横になって下さい」

「……うん」

 促しつつ、と云うより殆ど無理矢理、真は薔姫を布団に横たえさせた。

 その上で、ふわり、と掛布団を掛けられると、薔姫は端を眼蓋の下まで引っ張り上げた。端を噛むようにしながら、ぐずる目だけを出して真を睨みつけ、ばたばたと脚で敷布団を蹴ってまでいる。

 ――折角、普段通りの、いつもとおんな生活くらしになれる、って思っていたのに。

 此れでは施薬院にいた時と変わらない。

 いや、じりじりとする度合いは此方の方が高い。

 やるせなさに目に涙が滲んで、ぐじり、と鼻が湿った音をたてた。


 せめてもの抵抗だったのだが、余りにも迫力がない。真は苦笑しつつ膝を進めて薔姫の傍に寄ったが、ぷい、と薔姫はそっぽを向いた。

「おやおや、姫はもう我儘は言わないのではなかったのでしたっけ?」

「……我儘言わないってお約束したのは、お義理母上様ははうえさまにだもの……」

 おやおや、と真は笑いながら、背けられている薔姫の背中をさすった。

「具合が悪くなった時は、寝るに限りますよ。禍国に向かう用意は、芙に頼みますので」

 そういって笑いながら真は、今度は薔姫の肩の辺りをぽんぽんと叩く。ぐずる娃を宥める時に、真がよくしている仕草だ。

 ――もうっ……!

 明らかな子供扱いに薔姫は勢いよく真に向き直り、不満を隠そうともせず、ぷく、と頬を膨らませた。

 すると風もないのに、背後でカチン、と風鐸の音がした。

 二人して音の方に視線を巡らせると、風鐸に手を伸ばしている娃を抱いた、母・好が佇んでいた。


「真」

「母上、何か?」

 真が膝を正して座り直すと、好は薔姫に向けてにっこりと微笑んだ。

 びくり、と小さく肩を震わせて、もぞもぞと薔姫は布団の中に沈んでいく。帰ってきて直ぐに、我儘を言わない、と堂々たる宣言をしたばかりなのに、もうこれだ。聞かれて、懲りない子だ仕方の無い、と思われてしまったかと決まりが悪くなったからだ。

「真」

「はい、母上」

「薔姫様の具合が悪いのでしたら、お城に向かう途中、一緒に施薬院に送っていって差し上げなさい」

「はい?」

「何が悪さをしているか、わからないでしょう? もしかしたら喘鳴ではなく、喉の風邪が悪さをしているのかもしれないのですから。那谷様か虚海様に、診て頂いて安心していらっしゃい」

「いや、しかしですね、母上……」

 珍しく、苦虫を噛んだ顔つきで怯んでいる真の横で、薔姫は、目をらんらんと喜びに輝かせながら、ガバ! と布団を跳ね除けて起き上がる。

 除けざまに、真の腕に自分の腕を絡ませて、満面の笑顔となった。

「はい、分かりました、お義理母上様ははうえさま! 私、我が君と一緒に行って参ります」

「そうですわ。真も今しがた言ったばかりですものね」

「はい? 何がです?」

「早く治って貰わないと心配で何も手がつけられません、と。其れなら、早くお医師に診て頂くのが一番ですわ」

「はい、お義理母上様。直ぐに用意をして行って参ります」

「ねーねー、らっちゃい、らっちゃい」

「うん、娃ちゃん、行ってくるわ。お留守番、よろしくね」

「あー、おちゅるばー、おちゅるばー」

 満足そうに頷きながら微笑み返す好の腕の中で、娃が手で風鐸をカチカチカロカロ喧しく鳴らしながら、きゃっきゃとはしゃぐ。

 大仰に肩を落として、真は嘆息した。

「……狡いですよ、女性陣だけで結託などされては。私に勝目なんてある訳がないじゃないですか」

 腕に絡みついたまま、うふ、と肩を窄める薔姫の額を撫でながら、世の常とやらでいけば、さいと姑と小姑は仲が悪いものなのではないのですか? と、真は苦笑いした。



 ★★★



 真を迎えに来た芙に手綱をとってもらい、薔姫は馬で、真は徒歩で城に向かって歩いていく。真の手には、すすきが握られている。それをのんびりと振るいながら、寄ってくるぶよを払うのだ。

 途中の道すがら、すれ違う人々に挨拶と共に頭を深く下げられる。

 当然、真も足をとめて頭を下げる。そんな事を繰り返し繰り返し行くものだから、なかなか捗らない。芙は、いい加減になされれば宜しいものを、と苦笑いしきりだ。しかし、こんなのんびりとした歩みも、薔姫には嬉しい。

「いいじゃない、ゆっくり行きましょう」

「ですね、姫の咳にも良いようですし」

 にこやかに笑う真の道を塞ぐように立っていた農民たちが、また、頭を下げてきた。



 薔姫を施薬院に送っていくと、真は一先彼女だけを残して、城へと向かう旨を出迎えた薬師の一人に伝えた。

「では、手が空いたら様子を見に来ますので」

「うん」

「安心出来るように、しっかり診て貰って下さい」

「うん」

「それと、診察内容や薬湯の処方を誤魔化さないで下さいよ?」

「うん」

「……それはどちらの『うん』、なのでしょうかね?」

 うふ、と笑いながら肩を窄める薔姫に手を振って、真は芒をふりふり城へと姿を消した。


 部屋でただ、ぼう・っと待っているのも詰まらないので縁側ににじり寄って座り直した。行儀悪くも脚をぶらぶらさせながら、爽やかな秋空を見上げていると、芙の一座の者の声がした。矢張、那谷を探して呼んでいるようだ。

「どうしたの?」

「おお、これは薔姫様、お早う御座います。いや、鴻臚館で始めて羅患した坊主を連れてきたのですよ」

 聞けば、禍国に向かう前に身体の調子を診てもらっておくように、と上官に言われたらしい。

 一座の男の傍には、確かにあの時の少年がいた。

 もじもじと身体を揺すりながら、影に隠れようとしている。

 ぷ、と小さく吹き出しながら、此方に来ない? と薔姫は誘った。

「あの……」

 遠慮がちに見上げる少年の背中を、一座の男は笑いながら押してやる。

「那谷を探して来ますので、薔姫様、少々お待ちを」

「うん、大丈夫よ」

 男が行ってしまうと、いよいよもって、少年が身体を固くしている。

 薔姫は我慢できなくなって、とうとう声を立てて笑い転げた。


「いいから、そんな処に立っていたら疲れるでしょう? 此方に来て、座らない?」

「――は、はい、ご命令とあれば」

 カチコチに固まりながら、少年がぎくしゃくした動きで薔姫の傍に寄り、2~3人分たっぷり座れる隙間を開けて、腰を下ろした。

「ねえ」

「は、はい!」

 びし! と背筋を伸ばして、立ちが上がる。

 もう、と薔姫は溜息を吐いた。

「そんな、畏まらないで? ねえ、貴方に、聞きたいことがあったの」

「は、はい! ご、ご命令とあらば!」

「だから……やめて、命令だなんて。ねえ、聞きそびれていたのだけど、貴方の名前、何ていうの?」

「――は、はい?」

「だから、貴方の名前。折角知り合ったのに、名前を聞きそびれていたから、ずっと気になっていたの」

「そ、そのような! わ、私如きの名前など!」

 がば、と少年はその場に平伏する。滝のような汗が、額から首筋から、全身を流れているのが分かった。

「わ、私などに関わりあいになったばかりに、姫君様にご病気をうつしてしまいました! そ、その罪は、万死に値致します! ど、ど、どうか、どうか、平にご容赦下さいますよう!」

 もう、と言いつつ、薔姫はいい加減で苛々してきた。

 少年は、あの後、自分の身分を聞いて驚愕したのだろう。

 確かに自分は、姫として禍国帝室の血を引き、そして郡王となった戰の義理の妹でもある。が、それにしてもこの謙りようは、逆に馬鹿にされているように思えてならない。


「ねえ、始めて会った時のように、お話しましょう? 私、貴方とお友達になりたいの」

「と、友達!?」

 頓狂な声をあげて、表を上げた少年の手を、薔姫はとった。

「そう、お友達」

 にっこりと笑う薔姫を、少年は呆然と見上げてくる。

「私、薔、って言うの。貴方は?」

「……り、りつ、と申します……」

「ふうん? ねえ、何て字を書くの?」

「あ、あの……く、栗、という字を書いて、りつ、と読みます……その、私の根幹の田舎には、帝室に租税として収める栗の林がありまして……」

「そう、故郷にちなんでいるなんて、いい名前ね」

「は、はい! お、お褒めに預かり恐悦至極に存じ上げます!」

 だから、やめてってば、と笑う薔姫を前にして、少年仕人・りつは、滝のような汗に塗れて唖然としていた。



 ★★★



 まだ、腰がそわそわと落ち着かな様子ながらも、栗少年は、薔姫と並んで縁側に腰を下ろして、高い秋の青空を見上げることをようよう、受け入れ出していた。

 時折咳をしつつ薔姫は、そんな栗少年を、気が付かれないように、そっと垣間見てみる。明白に、真正面から見据えると、またぞろ地べたに平伏しかねないからだ。


 ――本当に、もう大丈夫、なのかしら?

 自分と比べて、随分と楽に、そして順調に病を乗り越えたと聞いている。

 が、其れでもよくよく少年を注意深く見てみれば、出会った時より特に頬だが、痩せてしまっ全体の印象が変わってしまっている。顔色も悪い上に、腕や首筋、耳朶や額には自分と違ってまだ、茶色い滲みのような湿疹の跡が残っているではないか。

 此れでは、幾らもう全快したのだから大丈夫だ、と診たてられたとしても少年を傍に置くのに恐れや慄きを感じる事だろう。余程親しい間柄の者であったとしても。それ以上に、こんな状態でも働かねばならないとは、どうにも哀れを誘う。

「あ、あの……」

「なあに?」

 初めて栗少年の方から話しかけて貰えた喜びから、薔姫は勇み気味に身を乗り出した。途端に、大きく背中を仰け反らせつつ、栗少年はびょん! と蛙のように器用に飛んで、薔姫との間を更に開けた。

 もう、と頬を膨らませつつも、もう一度、なあに? と薔姫は聞いた。


「は、はいあの……まだ、何処かお悪いのですか……?」

「え?」

 会話の間間に、しつこい咳を続ける薔姫の様子が、気になるのだろう。

 上目遣いが如何にも申し訳無さげで、此方が何か意地悪をしているような居た堪れなさを感じてしまう。

「うん、今朝になって、ちょっと咳がでるようになっちゃったの。大丈夫、って言ってるのに、皆が心配して診て貰いなさい、って五月蝿く言うから来てみただけ。本当、大した事ないの」

「……そ、そうですか……」

 まだ疑りながらも、栗少年は薔姫の元気な言葉使いに、ほっとした様子を見せた。

「貴方も、もう仕事にもどったりなんてして、大丈夫なの?」

「は、はい、もうすっかり! ひ、姫君様にご心配頂きまして、恐悦至極に存じ上げます!」

「もう、それはいいってば」

 苦笑しながらも、薔姫は栗少年のすっかり人相の変わってしまった細面を、内心で心配していた。

 しかしそれを言えば、自分だって変わらない。

 其れでなくても同じ年頃の童子と比べてみても小柄で細い方なのに、頬がこけるくらいに痩せてしまった。

 そもそも此処に来た理由も、夜眠れなくて、真の世話にならねばならないくらい、咳が酷いし止まらないからだ。

 こんな調子では真の手伝いを、と願っても、邪魔になりこそすれ何の助けにもならない。せめて、手伝いができた頃のように元気になりたい。

 ――何時になったら、以前のようになれるのかしら……。

 ちらり、と隣の栗少年の奥にある、王城へ続く道を盗み見てみた。が、まだ真は此方にやって来る気配はない。薔姫は嘆息した。

 それよりも、赤斑瘡あかもがさに羅患した時にも強く思ったが。

 ――私、我が君に、どう思われているのかしら?

 何かと言えば、真は自分の事を、『我がさい』と口にする。

 が、その殆どは躍けていたり巫山戯ていたり、の上でだ。

 ――やっぱり、私みたいな子供じゃ、我が君の迷惑にしかならないのかしら?

 湿っぽくなりそうな気持ちを、薔姫は無理矢理、笑顔を作って振り払った。


「あの台風の後から、随分いいお天気が続いているわよね」

「は、はい! そ、そうですね。た、多分、ですが、この晴天続きの、お、お陰で、田んぼ・の、稲の、実り・は、ですね、あの、きっと、良いの、では、と、思われ、ます!」

「そうそう、我が君も言っていたわ。今年は良い出来だって」

「は、はい」

「お義理兄上様の処にも無事に御子様が生まれたし、良いことずくめよね」

「は、はい」

「こういうの、何て言うのかしら? ねえ、知ってる?」

「は、はい! あ、い、い、いいえ、し、知りません!」

 しかし、栗少年の言葉使いはまだぎくしゃくとしたものだ。

 顔も合わせようとしない。それでも、話をしてくれるようになっただけ、薔姫には嬉しいことだった。うふ、と肩を窄めて笑う。


 そこへ、高い鳴き声を発しながら、空を舞う生き物が現れた。

 鳥だ。

 猛禽類らしい、精悍な体つきをしている。

 しかし、鷹や鷲とは比べようがないほど、小柄な鳥だった。

 その鳥が視界に入るやいなや、薔姫は不機嫌そうに口を噤んで、唇を尖らせた。


 ――嫌だ、あの、鳥、もしかしなくたって。

 小振りの体格をした鳥、それはのすりだった。

 明白に機嫌を損ねて、ぶすっとしている薔姫の横で、栗少年は優しい笑顔になりながら、両手を合わせて鵟を拝み始めた。ぶつぶつと何か口の中で呟いている。


「ねえ」

「は、はい!」

 突然声をかけられて、また、栗少年は背筋をびし! と正す。吹き出しながら、薔姫は、ねえ聞きたいのだけど、と続けた。

「どうして、あの鳥を拝んでいたの?」

「は、はい……あのその……」

「あの鳥の名前、知っているの?」

「は、はい。鵟様です」

 鵟様? と驚いて目を丸くし、言葉を失う薔姫に、はい、と栗少年は少し誇らしげに答えた。

「わ、わたくしの根幹は田舎にある、と以前、お話致しましたが、その田舎では、鵟様は、我々農民の田畑を守って下さる守神様なのです」

「……え?」


 鷹や鷲、隼は、野兎や鳥類など小動物を狙い、時に人間の赤子にまで悪さをする。

 しかし、鵟は違う。

 田の稲を荒らす鼠や、堤防や水路や畑を荒らすもぐら、畦などに卵を産んで噛み付いてくる蛇、田おこしや水を張った田に卵産み付けて悪さをするひきなど、自分たちを苦しめる害虫ばかりを選んで狩って呉れる。

 農民の生活を乱す悪いものだけを選んで狩りの相手として、田畑が荒らされる事のないようにしてくれるのだ。

 時に、鷹や鷲たち、他の猛禽類に邪険に扱われようとも、その小さな身体を一杯に使って、空から田畑を見守ってくれている。

 ――それが、鵟という鳥なのだ。


「ですから、私の根幹である田舎では鵟様の鳴き声が聞こえたら、感謝の気持ちを込めて拝むのです」

「……そう……」

 栗少年の熱い、心のこもった説明に、薔姫は空を見上げる。

 まだ、弧を描いて鵟は空を飛んでいる。高い独特の鳴き声が、青い空と白い雲に暖かく跳ね返って響き渡っている。

 空を舞う鵟の元に、もう1羽、別の鵟が飛んできた。

 甘えるように飛び込んで来た1羽に、先に飛んでいた1羽は優しく寄り添うに羽の動きを緩やかにする。


「あの2羽、つがいかしら?」

「そのようですね。鵟様は夫婦鳥としても大切にされておりますし、この土地はきっと夫婦仲が大変よい方ばかりになると……その、思われます……」

「夫婦鳥?」

 耳慣れない言葉に薔姫が勢い込むと、はい、と栗は遠慮がちに答えた。

 空では、2羽の鵟が番である証明をするかのように、戯れ出している。互いに甘え合っているようでいて時折、1羽が拗るような仕草をみせれば、もう1羽は仕方ないと言いたげに寛容に受け入れている。そして結局最後には、空を転げるように、羽を絡み合わせて舞うように飛び続ける。

 2羽とも、実に楽しげだ。

 睦み合う、という言葉がしっくりとくる。


「鵟様は、生涯を共にする伴侶となるべき相手は、たった1羽なのです」

「1羽だけ?」

「はい、喩え2羽の間に年の差があって、相手が先に儚くなってしまったとしても、決して心変わりする事はありません。残された1羽は、番の巣を守り続けるのです。鵟様の番が飛んで守って下さる土地持ちは、夫婦仲も守って貰えるとされているのです」

 まだ少年の身で、夫婦和合がどうだこうだと話すのは流石に気恥ずかしいのだろう。栗少年は、まるでまた熱が上がったのではと見紛う程に、頬を赤らめている。


「ふぅん……そう」

「……あ、あの……も、もしかしたら、姫君様におかれましては……その、我々領民が慕う鳥の話など、つまらない、ものでしたでしょうか……?」

 申し訳ございません、と項垂れてしょんぼりと小さくなる栗少年に、ううん、と薔姫は首を振った。


「教えてくれて、有難う、栗。とても素敵な話だったわ」

「そ、そうですか……?」

「うん、お陰で私、鵟って鳥が、大好きになったわ」


 ぴぃー、と鳴きながら鵟たちは、のんびりと、仲睦まじく戯れながら去っていく。


 青い空に溶け込むように消えていく2羽の鵟を、薔姫は目を細めて見送った。






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