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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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8 明ける夜 その5

8 明ける夜 その5


 雨に長く当たった為、体調不良を訴える者が子供を中心に現れだした。

 各県令に命じて施薬院を突貫で立てさせていたが、雨風を何とかしのぐ程度の粗末なものだ。邑令は、此処ぞ己の見せ所であると腹を決めたのか。自宅をも開放して施薬院代わりとしてくれるよう、学と戰に申し出てきた。


「とにかく、診察をさせて頂きましょう」

 雪崩を打つようにして、皆が放たれた離れに飛び込む。ひとりひとり、丁寧に診察しつつ那谷は、ただの風邪からくる熱だと断定した。

 学に食ってかかった領民たちを率いてきた男は、しげと名乗った。

 彼の二人の子供もまた、軽い発熱の様相を見せ始めていた。子供中心に熱が広まり出している事に、誰もが内心、赤斑瘡あかもがさでは、と疑心暗鬼の芽を芽吹かせていた。

 それを断ち切ったのは、医師である那谷なただった。

「うん、此れは雨にあたって身体が冷えて出た、熱ですね。赤斑瘡あかもがさではありませんから、お父さんもお母さんも、安心して下さい」

「ほ、本当か? 本当に、赤斑瘡あかもがさじゃ、ねえんだな!?」

「ええ、本当ですよ。ほら、お宅のお子さんの場合ですと……ほら、ぼく、もう少し大きく口を開けられるかな? そうそう、いい子だね」

 息子が那谷の言うように大きく口を開けると、重は肩をぶつけるようにして飛び込み、子供の喉の奥を覗き込む。

「見えますか? 喉の奥が、赤く、膿んだ様に腫れているでしょう? 此方のお子さんは耳の後ろから首筋にかけて、張ってもいますね。ほら、触ってみてあげて下さい」

 那谷に言われるままに、重は我が子の喉の奥のべっとりした赤みと、首筋に触って張りを確認する。

「何方も身体の冷えからきた熱の疲れからくる、風邪の特徴ですよ。ただ、熱の吹き出しを伴う場合もありますから、薬湯は嫌がってもちゃんと飲ませて下さいね。それから、とにかく休ませてあげる事です。静かに寝かせてあげて下さい。そうすれば、元々が元気なお子さん方でしたら、直ぐに回復しますよ」

「ほ、本当に……か?」 

「ええ、安心なさって下さい。ぼく、みんな、大人でも辛い雨の中、よく頑張ったね。偉いぞ」


 にこにこしながら、那谷は診察した子供ひとりひとりの手を握り締め、褒めていく。真っ赤な頬や潤んだ目をしながら、褒められた子供たちは皆、嬉しげに、そして少しこそばゆそうに、もじもじと身体を揺すりあっていた。

 安堵の吐息を盛大に吐き出しながら、愛しい子供たちを女たちはぎゅう、という音がするまで強く抱きしめる。身体を拭いて着替えをさせつつ、子供の無事に涙を流し、戰や学に手を合わせて拝みだした。

 女たちのそんな姿を見せつけられた男たちは、自分たちこそが子供のたちを病に叩き落としている元凶だったのだ、と思い知らされ、項垂れたのだった。



 ★★★



 体調を崩している者の診察が、一段落する頃。

 豪雨の中、王城からの早馬がやって来たと伝えられた。邑令宅に集まっていた人々の間から、歓声があがった。

 戰も珍しく、腰を浮かせて伝令を迎え入れる。


「誰だ、誰が馬を寄越してきた?」

「杢殿のようです」

 そうか、と答える戰の手に、雨に濡れぬようしっかりと守られた書簡が捧げられる。

 おお、という響めきが上がった。

「郡王殿、お早く」

 学も気が急くままに、書簡を紐解こうとしている戰を更に急かす。戰も気がはやっているのか、口をへの字に曲げながら煤黑油を塗った帆布の包み、油紙、と解いていく。

 漸く姿を現した書簡の木礼に、再び声が上がる。勢い込んで戰に駆け寄ってきた琢が、背後に回って書簡を覗き込んできた。

「何だ、何だ、何だって!? よう、陛下、何て書いてあるんだ? 俺っちも見せてくれよ!」

「……琢、字が読めなかったんじゃなかったのかい?」

「あ、そうだ! 俺っち、字って奴とは昔っから仲良くねえんだった! ま、ま、いいじゃないかよ。ちょっとでも傍で、陛下の話を聞きてぇんだって。で、で、何だって?」

「真と杢からだ」

「大将から? うほっ! そいつぁ、心強えってもんじゃねえか、なあ、陛下! そんで何だってか?」

 琢のあまりの不躾さにぎょっとなるよりも、集った男たちは顔を見合わせあうと、しげを筆頭にして、どっと戰の背後に押し寄せた。

 だが、ひとり興奮して騒ぐ琢のせいで、戰が書簡を読み上げられない。業を煮やした重が琢の脳天を、拳で、ごすん! と殴りつけた。

「いってぇ!? 何しやがんでい!」

「ちっとは黙りやがれ! 話が進まえねえだろうが!」

 どやしつけられて、ぐぅ、となった琢は、脳天を撫でながら、おー・いてて、と態とらしくぼやきつつ、やっと身を引いた。

「郡王殿、其れで、お師様は何と仰られているのですか?」

「うん、真の策によると、向う岸の堤を切り、河の水を逃す事で水嵩を減らすつもりのようだ」


 堤を切る。

 戰の言葉に、三度、響めきが走った。

「はぁ!? 堤を切るだと!? 城に居る奴ぁ、阿呆か! この大雨の中、堤ぎりぎりまで水嵩が増して来てる只中で、どうやってそんな作業が出来るってんだ! 大体、向う岸にどう連絡付けるっつうんだよ!」

 日頃、木材や荷の運搬などにも使用されるし、そもそも王城に近い事もあり、国防の意味合いから向う岸とは橋を架けずに船を使って渡っている。

 いや、橋がある地域もあるにはある。

 しかしこの洪水で水没、最悪流されてしまっているだろう。そんな危険を犯せるものではない。

 となると、対岸の関に知らせ、堤を切らせるしかない。

 が、豪雨の中では狼煙も上げられないし、関と関を繋ぐ連絡用の鷹も、この暴風ではとても飛ばせるものではない。

 よしんば、向う岸に連絡が付いたとしても、だ。

 どうやって、遂行するというのだ?

 堤を切った途端、その濁流に自身が飲み込まれると知りながら、一体誰が命をかける?

 しかも、切れば己の住まう地域が水没する憂き目を見るのだ。誰が、そんな命令に従うとうのだ!?

 何方にしても、その策を決行する事は不可能。

 絵に描いた餅だ。


「はっ! やっぱりお偉い様ってのは所詮はその程度よ! 俺たちの事なんざ、真面に考えちゃいねえんだ!」

 最初に戰に食ってかかった男が、ぎらぎらとした殺気に満ちた眼光をみなぎらせて立ち上がり、叫ぶ。

 しかし戰は男をまるで無視して立ち上がり、書簡を学に手渡した。素早く文字を折った学も、戰に続いて立ち上がり、自らも声を張った。


「此れより、投石機を使って堤を切り、河の水位を下げる!」

 少年王の思いもしない命令に、一同は唖然となった。



 投石機を使って、堤を切る。

 その言葉に、僅かながらも希望を見出したのか、遠慮がちな呟きがそこかしこで上がる。


「よぉ。投石機で堤を切る、てのはえらく威勢がいい話だがよ。本当に出来んのかよ、そんなご大層な事がよ」

 顰面の重に、琢がぎろりと睨みを効かせた。

 先程、脳天をぶん殴られた腹いせか、握り拳を突き出して重の頬骨にぐりぐりとねじ込みをかける。

「大将が出来るっつったら、絶対ぜってぇ出来んだよ、このばぁかが」

「だから! どうやって!? まさか人身御供でも捧げて、天帝様に祈りを聞き届けて貰おうとか、間抜けな話じゃねえだろうな!?」

 琢と重が、お互いに額を突き合わて、ぎちぎちと奥歯を鳴らしながら睨みをきかせ合う。

 そんな二人の間に、戰が割って入った。

「真が出来ると言ったのだ。私は真を信じ続けてこの5年間、戦に勝ち続けてきた。だから此度も必ず、真の言葉通りになる」


 重が背後の仲間たちを、ちらりと見やった。

 郡王の立場にある者に、此処まで信頼を得ている人物が考え出したというのだ。

 彼らの中で、頑なだった何かが、更に揺らぐ。


「……は、話、くらい……聞いてやらぁ……」

 手を取って固く握り、有難う、と嬉しげに答える戰に、重たちは戸惑いを隠せなかった。



 ★★★



 たてられた策とは、こうだ。

 ――此処から大凡おおよそ4里強行った先にある堤を切って水を対岸に逃して、下流水域を水害から守る。

 その辺は古い時代に、燕国の支配下にあった邑だ。

 燕国支配下では、河幅がほぼ倍にしてあり、水害対策をとられていた。

 その名残である堤防が本来の堤の更に奥にある為、対岸が逆に洪水を起こす心配はない。

 万が一、向う岸の堤が思いの外脆弱であったとしても、その辺り一帯は葦が生い茂っており、田畑となる地帯は緩やなな傾斜でもって地盤が高くなっている。

 対岸に広がる邑への浸水、特に刈り入れを控えた稲が水に流される恐れは、少ない。

 堤を切るのには、人力式の投石機を使用し、甕を飛ばす。

 甕の中身は、河国戦にて巨大軍船を次々に破壊した実績を持つ、『どかん(・・・)』を詰める。

 此方が計測して定めた地点にどかん(・・・)を着弾させ、同時に破壊させるように計算した上で、飛ばすものとする。

 どかん(・・・)を炸裂させることにより、堤の土と石、護岸に植樹されている松の木の根を吹き飛ばす。

 人工的に決裂させた穴に、水の雪崩込む勢いでもって必要な分まで抉り取らせる。

 しかし、堤が必要以上に削られるのを防ぐ為、どかんが炸裂し切れた事を確認次第、直ちに堤の両端を、投石により固めるものとする。

 水が流れ出る箇所の堤も同様とするが、流木などで穴が塞がれぬよう、更に深い注意を必要とする。


「堤を切る為の投石機は、即刻、解体作業に入るように、この書簡と共に連絡との事だが――琢」

「おうよ、何でい」

「すまないが、此れから、指令が飛んでいる堤に向かっては呉れないか?」

 投石機はその巨体故に、そのままで移動させるには困難だ。

 いや、やってやれない事はない。が、無駄に時間と労力を費やすだけだ。それよりも解体して現場で組立直した方が断然速いし確実だ。そして、その作業従事者として、大工である琢たち程の適任者はこの場に存在しない。

「おっしゃ、分かった。大将が出来ると言って、陛下がやれって言うんだ。やってやるぜ! 場所教えてくれよ」

「有難う、恩に着るよ」

「へっ、よせって」

 文字が読めない琢に代わって、仲間の一人が戰から書簡を受け取ると、琢は拳を突き上げた。

「うおっしゃあ! おい、てめえら! 気合入れて、一丁やってやろうぜ!」

 うおお! と同じように拳を突き上げる琢と彼の仲間に、待てよ、と水を差してくる者があった。重だ。


「何でい?」

「お前ら、本当に出来るって信じてるのか……その、なんたら言うので堤を吹き飛ばすとか……突拍子もねえ事を」

 腕を組んで立ち塞がる重は、琢を探るように睨みつけてくる。

 何だと手前てめえと、いきり立つ琢をなす様に、戰が彼の肩にぽんと手を置きつつ間に割って入ってきた。

「そうだ」

「……何で、其処まで、その、真とかいう奴を信じられんだ?」

 怒りに似た滾りを抑えようとしてか、重の声と視線は低い。

 そんな重に、戰は目を細めて、さあ何故かな? と微笑んだ。


「何故か、と問われても正直な処、私にも分からない」

「はぁ?」

「ただ、私の内側から語りかけてくるんだよ。この5年、真と出会ってからのこの5年の月日が。初めて仲間となった真を信じろ、と」

「分っかんねえ理屈だぜ。だったら、もっと付き合い長い奴が、止めとけ無駄だとでも陛下に進言したら、そいつを信じて止めんのかよ?」

「言い方が少し悪かったかな? では、逆に重、君の後ろに居る皆に問おう」

 戰は目元を優しく緩めると、重の背後で答えを聞き逃すまい、と固まっている男たち一人一人に一瞥をくれた。

「何故、君たちは重を筆頭にして徒党を組んで、王都を目指した?」

「――あ?」

「君たちの長となるべき人物は、何も重でなくてはならないなどという法は、それこそなかった筈だ。邑令の命令を無視して王都を目指すとなれば、今は良くとも、いつどの様な罪を被せられるかもしれないと、誰も考えなかったのか? そうではあるまい。皆、その危険も充分に視野に入れて考えた筈だろう。だがなのに何故、重に従おうとしたのだ? その理由は一体、奈辺にある?」

 戰の言葉に、重の背後で男たちが、互いに顔を見合わせあう気配が広がっていく。

「どうだろうか。よければ、教えて呉れないかい?」

「……何でだ、っつわれても……なあ?」

 顔を見合わせつつ、ごそごそと身動ぎする。

「理由なんざ……ねえよ。俺たちゃよ、重だから云う事をきいてんだ」

「お、おう、そうさ、こいつだから信じられる、重だから信じる。そんなもんに、何でだっていう理由なんかねえよ」

「ああ、聞かれたって、答えられやしねえよ」

「答えなんて、ねんもんな? ……敢えて言うとすりゃあ」

「敢えて言うとすれば?」

「――重だから、としか言えねえよ」


 なあ? と顔を見合わせあう男たちに、重が眉毛をハの字に下げて眉間に皺を寄せる。

 反対に、戰と学は、彼らの答えににこりと笑った。


「私たちも、同じです。何故、お師様の言葉を信じられるのか、と問われれば、それがお師様の口から出た言葉だから、としか答えられないのです」

 大の男たちを前に、怯む事なく立つ少年王に、へへへ、俺たちも一緒だぜ! と鼻の下を擦りながら琢が笑った。



 ★★★



 おっしゃ、なら行くぜ! と気合を入れ直した琢を、学が呼び止めた。

「待って下さい、まだ、肝心な話が済んでおりません」

「あ? まだ何かあるのか?」

 はい、と答えつつ、学は戰を仰ぎ見る。戰が促すように頷くと、学はにっこりと笑って、重たちの前に進み出た。


「お師様が考えられた策ですが、一つ、大きな問題があるのです」

「問題だあ? なんだそりゃ?」

 腕を組みながら頓狂な声を上げる琢を、重がじろりと睨む。

「堤を壊し、河の水を逃し、更に下流にて再び一つの流れに戻します。それは即ち、わが祭国の民が助かる為に、下流の、そう、河が雄河おうがに合流する燕国の民が、今の我々と同じ状況に陥る可能性がある、という事です」

 学の言葉に、誰かがごくり、と息を飲む。

「そ、そりゃ……つまり……」

「お師様が指摘されておられます。燕国は此れまで、祭国内にて洪水が起きていたが故に水害から逃れていました。けれど、堤を切り河幅を一時遊水状態にして下流へと流す今回の策をさいようすれば、燕国は嘗て経験した事のない水量を河に受ける事になる。そうすればどうなるか」

「……俺たちのように堤を越えて水が雪崩込むか、或いは、決壊を起こすか」

 重の答えに、戰がそうだ、と答える。

「無論、可能性でしかない。確実に起こるとは言い難い。しかし、考えられぬ事態ではない。だが、私はこの祭国を救う為に、此度の策を決行する」

「お言葉は有難いがよ、その、燕国で水害が起こったら、奴ら、責任をおっ被せてきやしねえか?」

「充分、考えられる」

 探るように尋ねた重に、戰は答える。

 ざわり、と響めきが走った。



「燕国とは此れまで、それなりに良好な関係を築いてきたと思っている。だが、もしも私が採用した策で、燕国内で水害が起こった場合。燕国側が、責任を追及してこないとは言えない。最悪」

 最悪? と皆が固唾を飲んで、戰の言葉の先を待ち構える。

「戦に発展する可能性も、視野に入れておかねばならないだろう」

 静かな戰の言葉は、嵐の只中であっても、清水の雫が砂地に浸透してくかのように広まっていく。

「……も、もしも戦にでもなったりしたら……?」

「戦になどさせはしない」

 自分たちに、戦に至る責任を覆い被せるつもりなのか? という疑念を、戰は一刀のもとに切り伏せるように断じる。

 己を曲げぬという意志に満ち溢れて力強く、しかし確たる信念が発する静寂さを併せ持つ戰の迫力に、重たちは気勢を飲まれた。


「国の秩序を守り安寧に導くとは、一挙両得に行えるものではない。全ての民をもれなく、誰も傷付ける事なく救いたいと常に願い望み、叶える為にあらん限りの知恵を絞り策を練り、行動しているつもりだ。だが、それでもいつの間にか、穴は生じ壁が築かれてしまう。切り捨てれられ、捨て置かれたと思われてしまう事もある。それでも、私は誰も責めたりはしない。見捨てたりはしない」

 ぐ、と言葉を詰まらせていた重たちは、戰の言葉に聞き入り出した。

 自分たちは、王都を救う為に見捨てられたと思い決起した。

 しかし、今度は自分たちが、王都から向こうの民に責められる立場に立っている。


 ――同じように、自分たちを救う為に戦を起こすかもしれない危険を冒すのか、と王都から向こうに住まう領民たちに、手を振り上げられたとしたら。

 郡王と少年王は、どうするだろうか?

 どう、答えるだろうか?

 答えは、解りきっていた。



 ★★★



「私はこの祭国の為に尽くすと誓った。誓ったからには、最善だと思う道を探りながらになってしまうが、決して諦めない。必ず戦は食い止める。何があろうとも、だ」

「……何で、其処までする? 必要ねえだろ? 王様なんだ。我関せずで、城でふんぞり返ってりゃいいだろ」


「好きだからです」

 少年特有の高い声が、皆の心を打つ。


「この国が、好きだからです。生まれ育ったこの国の人に、一人でも多くの人に、幸せだと思って生きて欲しい。少なくとも、父上はその道を模索されていました。私もそう願っています。そう、私は、私は――」

 学は、大きく息を吸い込んだ。

「私は、父上の子として、自ら跡目を継ぐと決めたのです。この国と共に歩もうとした父上の背を、追いたいと望んだのです。でもまだ私は子供で、王としては余りにも未熟です。ですが、この気持ちは誰にも負けないと思っています。祭国を思う気持ちは、一緒なのです。皆さんがお子さんの為にと立ち上がった気持ちと、私の気持ちは同じなのです。お願いです。私を信じて、そして力を貸して下さい」

 しん、とした静寂が、広間に訪れる。

 それを破ったのは、重だった。


「……へっ、気持ち一つを信じて何でもかんでもうまい事行くって約束されりゃ、苦労も世話もねぇわな」

「てめえ! まだ言いやがるのか!」

 冷めた重の言葉に、琢がかっと顔を赤黒くして胸倉を掴みかかった。琢の仲間と、重の仲間の間に、一触即発のきな臭い空気が広がる。

 だが、それを消したのは、以外にも重本人だった。

「ああ、言うさ。俺たちが馬鹿野郎だったって、やっと分かったからな」

「あぁん?」

「何処か一方を助けようとすれば、反対側の一方が捨てられる。それを決めるのはお偉い王様の勝手な都合と考えだと思っていたんだよ。けど、違ったんだな」

「はぁ?」

「全部をもれなく助けるなんざ、どだい無理な話だって事くれぇ、俺たちにだって分かってるさ。けどよ、見捨てられる側の気持ちなんざ、お偉い王様ってのはこれっぽちも考えちゃいえね、それが悔しかったのよ。だから俺たちは足掻いた。だけどよ、そこに居る、俺の息子とそう変わらねえ歳のちっこい王様は、違う」


 琢の肩をずい、と押しのけながら、重は学の前に進み出た。

 そして学の足元に身体を落とすと、額を床に打ち付けんばかりにして、平伏した。重に習い、男たちも一斉にその場に平伏する。


「陛下、俺たちもこの国の為に何かしてえ。俺たちみてえなのなんざ、何の役にもたたねえかもしれねえ。けど、どうか使ってやってくれ」

「……し、重殿……」

「俺たちも、子供らが育つこの国の為に、何でもいいからしてやりてえんだ。頼む、この通りだ」


 学も腰を落とすと、膝をついた。

 そして、重の肩に手をかけて揺り起こす。

 有難う御座います、と涙目になりつつ手を握り締めてくる少年王の素直な愛らしさに、重も目の淵に涙を光らせて頬を赤くした。




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