8 明ける夜 その2
8 明ける夜 その2
王城が慌ただしい動きを見せている気配が、鴻臚館にいても伝わってくる。
それがまずます、鷹を苛立たせ、焦らせた。
――どうしたら良いのだ。
鷹は、与えられた部屋の中を、頭を抱えてうろうろと彷徨きまわった。
つい先程、この鴻臚館に押し込められてからずっと、田螺のようにへばりついて見張っていた男が、姿を消した。
禍国にいた頃から、いや、ずっと、そう、嫌になるほど見知った男だ。
――あやつ、名は何といったか……。
だが、真面目一辺倒の、目蓋を閉じてしんとしている静かな印象の男の名前が、どうにも思い出せない。
と言うよりも、覚える気などさらさらなかったのだが。しかし、禍国にいた折に、幾度となく父・優が屋敷に招き入れていたのは、しっかりと記憶して、いやさせられている。
2年前。
楼国を蒙国に奪われた兵部尚書である父・優の失態の全責任を被って職を辞するまで、まるで、己こそが自慢の息子であるが如くに傍に控え、当然の振舞い仕えていた。それが当然であるかのように、父も誇らしげにしていたのが忌々しい。
それは、戦勝の祝いの宴ともなれば、末とはいえ上座に席を設けられるまでになっていた事にも現れていた。
――あのような、低い家門の男を宴に招き入れるなぞ、一門の穢れだというのに。
しかし、慎ましい態度を崩さないその男は、順調に出世に出世を重ねた。
順調すぎる、と鷹の母である妙は下唇を噛みつつ、目尻を裂いて父に迫っていたものだ。そんな何処の馬の骨とも知れぬ男に入れ込む位ならば、息子の立身出世にもっと身を入れてやれ、と喚き散らしてはその度に父の逆鱗に触れて叱責され、最後は悔し涙にくれて呪詛の言葉を吐きつつ部屋の隅で暗く丸くなっていた。
しかし、妙の思惑なぞに気を使わない父・優は、既に天涯孤独の身の上となっていた男の後見を買って出までした。彼自身の出世や凱旋の祝賀の席すらも取り仕切るまで、愛情を注いでいた。自分たち兄弟よりも、男の将来に期待をかけているのだと、最早呆れて誂いもならぬ程、はっきりと態度に出していた。
溺愛、と言ってよい。
が、先の河国との戦にて、両足に大怪我を負ったという。
杖を突かねばならぬ、不自由な不具の身と成り果てた。
だというのに、器用に移動する様が異様に憎らしい。
自分を見張る為にずっと張り付いていた男を、鷹は心底嫌っていた。
目を瞑って押し黙り、息をしているのかいないのか。
其の癖、一度目蓋を開ければ、鏃のような眼光が此方の心の臓から肺腑から、そして心の奥底まで 全てを射抜いて、動きを封じてくる。
――威圧しおって、腹の立つ奴だ。
杖をついて移動する男の眼光を思い出してしまった鷹は、思わず知らず、ぶるり、と身体を震わせた。
――全くもって、気色の悪い男だ。あの脚、どうせ治るまいに。片端如きに雲上を許すなど、郡王陛下は何をお考えなのか。
思い出してしまった、男が使う硬い杖の先が、こつんこつんと規則的に床を叩く音が、忌々しく粘って、耳の奥に張り付いてくる。鷹は、ぶるん、と勢いよく頭を振るった。
あの男が居らぬ内に、此処を脱するか。
兎も角、郡王の誤解を解かねば、我が身の明日はない。
その為には、誰かに執成して貰うのが最も手取り早く、そして確実だ。
では、その『誰か』、とは、一体誰だ……?
鷹は、にやり、と口角を持ち上げる。豪雨が雨戸や屋根を叩く音にも負けぬ程、荒げた音をたてていたこれまでと違い、そろそろと沓底を床に擦り合わせるようにして足音を消して歩き始めた。
★★★
外套を脱ぐと、大きな水滴がぱらぱらと音を立てて弾け飛び、足元に大きな染みを作り上げた。豊の身体に合わせて大きいから、と言う訳でもないだろうが、濡れる事無く産屋から王城へとたどり着く事が出来た。
苑の姿を見つけ、慌てて飛んで女童に、濡れているから乾しておくようにと命じながら外套を手渡すと、蔦が驚きを隠さずに現れた。
この時期に、産屋から苑が離れるなど、考えられる事は一つしかないからだ。
「此れは、大宮様。如何なされましたか? もしや、姫様に何事か変異がおありに?」
「いいえ、椿妃殿下は大丈夫ですわ、いえ、あの、私が此方に参りましたのは……」
蔦の余りの剣幕に、苑が口篭る。
珍しく、一瞬、蔦は目を瞬かせた。が、直ぐに彼女が何故城に戻ったのか思い至ったのだろう。柔らかく微笑みながら、大宮様、どうぞ此方に、と促した。
椿姫と苑が揃って産屋に姿を消した為、宮女たちの統括は、蔦の仕事となっていた。当初、羅刹である身である事を理由にあげて辞退しようとした蔦を止めたのは、他ならぬ宮女や女童たちだった。
言葉使い、所作、礼儀作法。
あらゆる事に精通している蔦は、言葉使いは優しく丁寧であるが、彼女たちに非常に厳しく常に完璧な美意識を求める事でも知られている。が、彼女たちにしてみれば、逆に彼の美しさを拝めるのならば、そんな事は瑣末な事だったらしい。
そんな訳で、苑とは別の意味で慕われている蔦は、王宮内の仕事がまた一つ増えたのだった。商人・時との連携と采配をも任されている為、蔦もまた、雑務に忙殺されている一人だった。
苑が蔦に案内された部屋は、客人専用の控えの間の一つだった。
勧められるままに静かに椅子に腰掛けた苑の前で、蔦は美しい手を翻しながら、麦湯の用意をし始める。その彼の優美な横顔に、苑は意を決して声をかけた。
「あの、蔦様、学と郡王様から、その後何か連絡が入ってはおりませんか?」
切羽詰まった苑に微笑みながら、蔦もゆっくりと腰掛ける。差し出された、麦湯を満たされた小さな縦長の碗を受け取りながら、苑は声を詰まらせた。
「あ、あの……」
「准后殿下の御想像通りに、実は、ご逗留中であらせられる邑より、何度も早馬の報せが届いておりまする」
「ま、まあ、そ、それで?」
「はい、それが」
説明しかかった蔦が、目を眇めた。
苑も、珍しく目尻をあげて周囲を伺うように息を潜めた。
二人の様子に、部屋の隅に控えている女童が、びくり、と肩を震わせる。
悲鳴のような、かん高い声が、何処か奥まった処で上がったのだ。
蔦と苑は、互いに動きを止めると、息を潜め耳を欹てた。
しかし、なかなか音が続かない。
――思いすごし、なのでありましょうや? だが蔦は、己の耳に絶対の自信と信頼を持っている。
聞き間違いであろう筈がない。
蔦のぴりぴりとした態度に、不安にかられた女童が、自分の世話役である宮女を呼び出そうと、口を開いて飛び出しかける。やれやれ、と蔦は静かに立ち塞がり、そして幼女を宥めようと息を潜めつつ、にこり、と美しく笑いかけ、人差し指をたてて口元にあてがった。
苑は、女童が再び落ち着きを取り戻してきたのを視界の端で認めると、そっと、音もなく蔦に様子を探るよう、視線で促した。蔦もやはり視線のみで頷き返し、音もなく周囲を伺う。
険しい視線を、ぐるりと巡らせる。
すると、今度は、はっきりと聞こえてきた。何処からかは定かではないが、男の野太い怒鳴り声と、宮女や女童たちの悲鳴が、聞こえてきた。
蔦の視線が益々険しく強いものになる。
此処は、祭国の王城だ。
城の規律は、戰と椿姫の統治が始まってより格段に向上している。
無礼を働く者が、城に仕えている訳が無い。
となれば、この悲鳴の原因となる乱暴狼藉を働いた慮外者とは、今現在、鴻臚館に逗留中の禍国使節団の者が抜け出して起こした、としか考えられない。
再び、絹を裂くような悲鳴が上がる。
完全なる恐怖の色に染め上げられたそれに、苑の頬に怒りの色がサッと走った。
「何事です!?」
語気を荒げて、苑が、らしからぬ叫び声をあげる。立ち上がり、回廊に飛び出しかける苑を蔦が止めようとするのと同時に、ゆらり、ぬらり、と黒い塊が扉の影から現れた。
★★★
部屋の隅に控えていた女童が、喉を裂かんばかりの悲鳴を上げた。
黒い塊は、全身ずぶ濡れに濡れそぼり、衣を半ば引きずるようにしている男だった。ぼたぼたと水滴を垂らして、ずぶりぞぶりと深衣の裾を唸らせて、まるで霊鬼のように男は無遠慮に部屋に侵入してくる。
女童の錯乱しきった叫び声に男は振り向くと、満足気に口角を持ち上げて、にや~……と笑った。とうとう、恐怖で凝り固まった哀れな幼女の首筋を、ぐぃ、と引き寄せて腕に抱く。
「貴方様は! 禍国の御使の!」
「此れは此れは……誰かと思えば、禍国において我が一門お抱え楽団の長であった、舞師殿では御座らぬか」
恐慌状態の女童は、がたがたと打ち震えながら、蔦に助けを求めて只管に泣き叫ぶ。
「喧しいわ! 黙れ小娘!」
幼い子供の恐怖心を煽ったのは己であるというのに、鷹は苛立ちのままに女童の頬を力任せに平手打ちする。激しく上体を揺すぶられた女童は、気を失ったらしい。身体から力が抜けて、がくり、と鷹の足元に頽れた。
珍しく、頬にカッと紅を浮かべて怒りを顕にした蔦が、纏っていた披帛で、鷹を打ち据えようとする。だがそれより早く、鷹は女童の髪を掴んで引きずり上げ、顎を捻るように掴んだ。ぎちぎちと、顎が軋む音が低く鈍く響き、女童は痛みで目を覚ますなり、絶叫する。
「――そちゃ!」
「おおっと、動くなよ、舞師殿? この小娘の顔や身体に、一生消えぬ無残な傷痕を残したのは己であると、後悔したくないのならば、な?」
「……貴方様は此度、禍国より御使としてまいられた、右丞様であらせられまするな? 頑是無い女童に、斯様な無体な行いをなさり己の命の盾となさるるが、禍国の作法である、と申されまするのか?」
蔦が、低くどすの効いた声で、鷹を責め咎めた。
右丞という地位は、祭礼などを礼儀に最も煩い部署においての高い地位の一つだ。
其処を蔦に叩かれ、鷹が醜悪に顔を歪める。
が、直ぐに、にたにたと笑い始める。蔦がどの様な強気に出ようとも、手の内に女童という人質が有る限り、この二人は人を呼ぶ事はしない、と悟ったからだ。
「禍国の作法というものではない。人間、手段を選んではおられぬ時があろう、そうではないか、ん? 違うか、舞師殿?」
自分がこの場の命運を握っていると確信した鷹が、居丈高な態度に出る。優越感に浸り、にたにたと鷹が嘲り笑う様を見せ付けられ、蔦が、ギリ、と奥歯を鳴らした。
そんな鷹と蔦の間に、つい、と割って入るものがあった。
「大宮様!」
女童が、助けを求めて叫ぶと、苑はにこり、と暖かく微笑んだ。
「大宮だぁ? 何だ、貴様? それはどの様な身分なのだ?」
無礼者! と蔦が怒鳴りかけるのを制して、苑が一歩、鷹に近寄った。
「私は、我が国の先の王太子・覺殿下の寵を受け、今上王として即位したばかりの祭国国王・学の生母、苑と申す者。身分は、大宮、もしくは准后と認められております」
胸を張り、凛とした声で答える苑の毅然とした態度に、一瞬、鷹が呆けたような顔になる。しかし、直ぐに目尻と口角をだらしなく緩める。
「ほ~う? 祭国の国王の御母堂、と言われるのか?」
「そうです」
「で? そんな御立派な御方が、どうしようというのかな、ん~?」
にやにやと笑う鷹にひと睨みをくれると、苑は静かにもう一歩、近寄った。
「乱暴狼藉は止めるのです。そしてその手を離し、女童を此方にお寄こしなさい」
「それは出来ぬご相談でありますな、御母堂、いや、大宮・様、だったか? この女童を離せば、その舞師の君がこの私に飛び掛ってくるのは目に見えておるからなあ。そのような、愚かな真似が出来ようはずがありませぬか、え? 大宮様?」
女童の顎を掴んでいる手に、力が入ったのだろう。幼い娘は痛みに涙を振り乱しながら絶叫した。
「お止めなさい! 人質が必要とあらば、私がその女童の代わりとなります! だからその子をお離しなさい!」
「大宮様、なりませぬ!」
苑の声に、蔦の焦りを含んだ叫び声が重なった。
明らかに、この男、真の兄である右丞・鷹は、人質としてより有効優位な人物である、苑と女童とを取り換えようと目論んでいる。そんな目論見に、うまうまとのせられる訳にはいかない。
だが、蔦に構わず、苑は鷹と交渉をずんずんと進めていく。これまでの、控えめな自信なさげな彼女からは考えられぬほど、それは強い決意を感じられた。
「私を人質として、貴方は何となされるおつもりですか? 何が目的なのです?」
「目的だぁ?」
にやり、と鷹は口角を一層持ち上げた。
にちゃ……と唾が糸を引く音をたてつつ唇があき、黄ばんだ歯が覗く。余りの醜怪さに、苑が眉を顰める。
「知れた事。我が弟の妻である薔姫の、嘗て介添えであった椿姫に会う為だ」
「な……んです、って……?」
「どうやら今私は、郡王陛下に酷く誤解を受けているものらしいのでな。嘗て、同じ屋敷で暮らしたわりない仲であったこの私の、釈明に役立って貰おうと思ってな」
★★★
鷹の言葉に、蔦は呆然と立ち尽くした。
この男は、何という破廉恥で愚かしい思い込みをしているのか。
――まこと、真殿の兄、兵部尚書様のお血筋なのか?
「しかし、幾ら王城内を探してみても、その椿姫が見当たらんのだ。そこで、だ。大宮様と言われたか? 国王の母なれば、先の女王の居場所くらい、知っておろう。案内をして貰おうではないか」
「其方のような下衆の戯言を、大宮様がお聞き入れにはなられぬ、下がれ!」
「お聞き入れられるかられぬかを決めるのは、当の大宮様だ。お前こそ控えろ。賎しい羅刹の、舞師如きが」
ぺっ、と鷹は唾を吐き捨てる。
ぞわりと、蔦の長く垂らされた髪が、彼の背中で逆巻くように波打った。
捻りを効かせて披帛を放ちかける蔦の手首に、苑の叱責が飛ぶ。
「お止めなさい、蔦!」
「しかし! 大宮様!」
唇を噛み締める蔦に、苑は大きく首を左右に振る。
「右丞、でしたね。分かりました。私がその女童の代わりとなり、椿妃殿下の元まで案内致しましょう。ですから先ず、その子を離しなさい」
「駄目だな、先に離せば、そこの男女の舞師殿が私に飛び掛って来るに決まっているからな。先ずは、この身の安全を確実にさせて貰わねば、そう――」
鷹はにたにた笑いながら、苑の姿を、頭の先から爪先まで、ねっとりとした視線で舐めるように見詰める。
視姦でもしているかのような、粘っこさだ。
「では、大宮様」
「では、何です? 何でも言いなさい」
「ほぉ? 何でも? それは好都合、では、遠慮なく言わせて貰うとするかな」
くっくっく、と鷹は喉を鳴らして笑う。
「大宮様には、衣を脱いで此方に来ていただこうか」
「そちゃ!」
「逃げ出されては、困るからな。あられもない姿を晒して、王城内を走り回るなぞ、国王の恥となる。なれば、迂闊な事はしまい?」
怒髪天を衝く容貌となった鷹に見せつけるように、かっかっか、と頤を跳ね上げて鷹は嘲笑う。
「ああ、別に、素裸になれと言っているのではないぞ? 襦袢と腰巻を残すくらいは、許してやるさ」
「……何という事を!」
蔦が怒鳴りかけると、隣で、しゅるり、と衣擦れの音がした。
苑が、帯を解いたのだ。
「大宮様、なりませぬ!」
蔦の制止に耳を貸すことなく、苑は、するすると纏っていた着物を脱ぎ捨てた。脱いだ着物は順に、丁寧に一つ一つ、たたみながら落として行く。
迷いも躊躇もなく、襦袢だけの姿になると、真っ直ぐに鷹に向かい合って立った。
「此れで宜しいですね? さあ、その子をお離しなさい」
「いや、まだだ」
鷹は、くい、と蔦に向かって顎をしゃくった。
「舞師殿よ、その手にしている披帛で、大宮様の御身体を縛り上げろ」
「なっ……!?」
「出来ぬか? 出来んというのか? なら、この娘がどうなっても知らんぞ?」
鷹は指をたてて、女童の頬にめり込ませた。
大の男の力であれば、爪で幼子の頬肉を抉り裂くなど、造作無い事だ。そして、少女の柔肌は、受けた醜い傷を一生晒し続けるだろう。余りの卑劣さに、蔦は沸き起こる怒りからの目眩を必死で抑え込む。
「卑怯者めが!」
「卑怯!? 何が卑怯だ!? 何方が卑怯だ!? 何故、私が認められる事なく長く燻り続けねばならなかった!? 異腹弟の、鵟如きが郡王陛下の身内として深く寵愛されているのは、偶々、義理妹を娶ったからではないか! 実力もないくせに、偉そうにしたり顔で雲上しおって! 所有物の癖に、よだか如きの子の癖に!」
鼻水を垂らして地団駄を踏み、喚き散らす鷹に、蔦は、一瞬毒気を抜かれた。
――何故?
このような男が、当たり前に宮中に参内し、雲上人と崇め敬われる立場にいるのか?
施政を司る立場にいるのか?
領民たちは従わねばならないのか?
呆然とする蔦の腕に、柔らかく暖かいものが触れた。
「蔦様、どうぞ、お手になさっている披帛で私を縛り上げて下さい」
「……し、しかし……そ、そのような事は……」
「出来ませぬ、と言えば、あの子が傷付けられます」
苑の手は優しい。
しかし、ぴしりと言い放つ声音は、厳しい。
確固たる決意が溢れた苑に、遂に蔦は折れた。
「……失礼、致しまする、大宮様……」
項垂れたつつ、蔦は苑の身体を披帛で縛り上げる。蔦の額が、苑の首筋を撫でながら後ろにまわる。後ろ手になるように苑を縛ると、蔦は名残惜しそうな辛い目をしつつ、ゆっくりと離れた。
苑が、落ち着いた様子で、鷹の方に一歩踏み出す。
一歩、一歩、確かめるように歩を進める。手を伸ばせば届く位置にまで苑が近づくと、ふふん、と鷹は機嫌よく鼻で笑った。
そして、女童の背中を、どん! と強く突き飛ばした。叫び声を上げて転びかける幼い娘を、蔦が反射的に抱きとめる。
その間に、鷹は腕を伸ばして苑の二の腕を掴むと、ぐい、と力任せに身体を引き寄せ、そして抱きしめた。
「不埒者!」
蔦の、怒りが頂点に達した怒鳴り声に合わせて、にたり、と鷹は笑う。
そして、苑の身体をぐるり、と回して正面に向けた。
全身濡れ鼠だった鷹に抱き竦められた為、苑の襦袢もまた、じゅくじゅくと濡れていた。重みで独りでに苑の肌に張り付いた布地は、彼女の身体の線を余すところなく顕にしてしまう。それどころか、濡れた薄い布地は肌の色まで透かしてしまう。
苑の躰を上から覗き見て、未だ色褪せぬ麗しい肢体を維持していると知り、無作法にも口笛を吹いた。
「ほ~う? 国王のような大きな子供を得ているとは、思えぬ。流石、好い躰をしておられる。先の王太子殿下とやらも、この躰で迫られては簡単に篭絡する事が出来たでしょうなあ」
苑の肌の色を透かして伝える襦袢がふるり、と怒りに震え、ほの赤い色味が差した。




