7 儚(くら)い空 その10
7 儚い空 10
薔姫が病を得てから、数えて四日目。
外の豪雨は、未だに収まりを見せないどころか、強まるばかりだ。
だがそんな中、薔姫の熱が、ほんの僅かにだが下がり始めた。
真が、片手で薔姫を抱きながら、空いた方の手で米粒を落とす事無く器用に自分用の握飯を片手で頬張っている最中、幼い妻の長い睫毛が揺れた。
「姫っ!?」
慌てて、皿の上に食べ掛けの握飯を置いて、手の甲で口元を拭う。
身体を揺すりたいとはやる気持ちを押さえ込んで、もう一度、姫、と声を掛ける。すると、やっと、ぽか、と眸が開けられた。黒々と輝く大きな瞳の中には、焦る自分の姿が写りこんでいる。眸の焦点は合っており、意識がはっきりしている事を伺わせていた。
「……我が君?」
長引く咳で声が掠れ気味だったが、それでも、久しぶりにいつもの彼女の声を耳にして、真は目を輝かせた。
「姫、どうですか、気分は? 何か、欲しいものはありませんか?」
「……お喉……渇いた……の……」
薔姫の言葉を最後まで待たずに、真は彼女を抱え上げたまま、机の上に駆け寄った。
机の上には冷やされた麦湯が薬缶ごと置いてある。水指で飲ませるべきか、と視線を巡らせた真の襟元を、薔姫が、くん、と引いた。
「……お椀で、へいき……自分で……飲めるから……」
頷きながら腰を下ろして胡座をかき、膝の上に薔姫を座らせると、椀になみなみと麦湯を注いで手渡した。
「……ありがとう……」
小さく礼を言って、薔姫は椀を受け取った。
両手で、包むようにして持つ椀の中の小麦色の水が、波打つ。熱からくる身体の痛みから、まだ動きがぎくしゃくし、手が小刻みに震えているからだ。
自分で飲む、と言ったが自分の身体が此処までままならなくなるとは思ってもいなかった薔姫は、愕然とした表情で震える椀を必死で支えていた。
すると、真の手が、薔姫の青白くなった手に、覆い被さり、ゆっくりと傾けた。瞬きしつつ、薔姫が真を見上げると、良人である人は更に肩を抱いて身体を支えてくれた。
……うふ、と小さく肩を窄めるようにして短く笑うと、薔姫は唇を椀の端に寄せた。こく、こく、こく、と音をたてて中身を飲み続ける幼い妻の喉元を、真はじっと注視し続ける。最後まで、ゆっくりと時間をかけて飲みきるのを見届けると、小さな妻を庇っていた自分の手を離して、薬缶に伸ばした。
「……おいし、かった……」
「そうですか、良かった。どうですか、もう一杯」
「……うん、欲しいな……」
しっかりした会話が成り立つのが、こんなに安心できるのか、嬉しいものなのか、と思いつつ真は急いで薬缶を傾ける。
「でも、麦湯は此処までですよ? 虚海様から、熱が下がってきて意識がしっかりし出したら、ちゃんと薬湯を飲むように、と言われていますからね」
どうだ、と言わんばかりに鼻息を荒くしている真に、薔姫は、うふふ、と小さく笑った。
「……そうなの? ……でも、残念……わたし……我が君と違って、苦薬湯でも、ちゃんと……飲むもん……」
「いやいや、そんな気楽に構えていてはいけませんよ? 特別の特別に、にが~いそうですから」
「……大丈夫、だもん……」
おどけつつ脅かす真に、薔姫は鼻の上に小皺をよせて、べーと舌を出してみせる。
――ああ、いつもの姫との会話だ。
戦から帰ってくると、くっついて離れず、ひっきりなしに話し続け、疲れて寝入ってしまっても寝言で話し続ける幼い妻の気持ちが、やっと理解できた。
会えない時間が長かったのが、寂しかっただけだと思っていた。
再会を、ただ家族として喜んでくれているだけだと思っていた。
だが、違う。
確かめたかったのだ。
目の前にいる人が、本当に、自分の元に帰ってきてくれたのだと。
大切な人との、和やかな日々が帰ってきたのだと。
夢ではなく、現実なのだと。
――本当に、大馬鹿者だったのですね、私は。
★★★
薔姫が二杯目の麦湯を、真の膝の上で飲んでいると、不意に、がたがたと風が雨戸を叩き、外で雨音が捩れる様に叫び声を上げた。
きゃ! と、薔姫は小さく叫んで真の胸に縋ってきた。飲み終えたから良かったものの、椀が飛んで、ころころと床を転がって走って行き、仕切戸にこつん、と当たって漸く止まった。その間も、轟々を唸りをあげて、風雨は激しく雨戸を叩く。
「我が君……凄い雨と風の音ね……」
「ええ、どうやら、台風が来ているようなのです」
「台風……?」
そんな大変な時に、私の傍に居ていいの? と問いかけようとした薔姫の耳に、複数の足音が聞こえてきた。
「お? お? お? 何や、何や? お姫さん、起きとるやないか? ちぃっとばかし元気出てきよったかな、ん?」
「……虚海さま……うん、ちょっと」
芙に背負われた虚海が高い位置から、ほうかほうか、そら良かった、そら良かったわ、と何度も頷きながら笑った。芙と従ってきた下男も、喜色満面で顔を見合わせあう。そして、誰からとなく、安堵の溜息が落ちた。
薔姫の横に下ろされた虚海は、いつものように、手首に指の腹を押し付けて脈診を始めた。
「お姫さん、ちぃっとでええで、口を開けて貰えるかいな?」
返事をする代わりに、薔姫は出来る限り、大きな口を開いた。いつもの様に、喉の奥を確かめる為に奥を覗き込んだ虚海の顔面に、薔姫の咳が被さった。
慌てつつも、薔姫は咳を繰り返す。
手で口元を押さえても、収まるものではない。しかし虚海は構わずに、彼女が倒れてからずっと続けているように、目頭を押さえてみたり、耳の後ろから首筋を撫でてみたりといつものように、診察を続ける。
真が丁寧に薔姫の背中をさすり続けて、やっと少し、咳が落ち着き始めた。
「ご……、ごめん、なさい、虚海様……」
「何言うとるんや。儂ら医師ちゅうもんは、汚れてなんぼの仕事や。気にする事あらへん」
「……でも」
「もうええで、ほれ、薬湯が来るまでの間でええ、ちょっと横になっとき」
虚海に促され、というよりもその声は強制的な強さがあった。
うん……と頷きながら、薔姫は、芙が用意してくれた敷物の山に背中を預けて目を閉じた。
此処までの熱で、すっかり体力を奪われているのだ。
疲れて当然だった。
じりじりと机ににじり寄った虚海は、下男が用意した硯に向かう。そして、さらさらと木礼に筆を走らせて、処方や病状を備に書き留めていく。
ふと、真が視線を上げると、虚海はこっちに来い、と必死で目配せしていた。何か、薔姫に聞かせたく無いことあるのだろうと察した真が目蓋を閉じて応じ返すと、虚海はほっとした様子を見せた。
「真さん、ついでやで、真さんの腕もちょぅ、診たるわ。天気悪いで、調子悪いやろ?」
有難う御座います、と素直に応えつつ、真が虚海の傍に寄る。背後を伺うと、薔姫は軽い寝息をたてていた。
ほっとしつつ、真が左腕の袖を捲くりあげて差し出すと、やはり薔姫に背中を向けたまま、虚海がじりじりと近寄ってきた。口の動きを悟らせたくないのだろう。
「真さん、お姫さんやがな」
「はい」
「いよいよな、喉の奥がな、真っ白になったで。今から熱は、まぁちっと、下がってくやろう。ほんでもな、早かったら今日のうちに、遅ても明日の朝のうちまでに、また熱が高うなる筈や。咳ももっと酷うなってくやろ。今のうちに、食べられるもん食べさせて、あんじょうよう、養生させたりぃ」
「はい」
「あとはやな、熱と一緒に、赤い斑点が出始めるでな。女子さんにゃ、ちょ、見た目にあれは辛いもんや。真さん、お姫さんの傍についたとったらなあかんで?」
「はい」
真の左腕を弄りながら、薔姫に聞こえないように、ぼそぼそと虚海は続ける。その虚海の手に真の手が被さり、動きを止めた。
「虚海様」
「何やな、真さん」
「戰様からは、まだ何も?」
ふぬぅ、と虚海は眉を顰めた。
「何とか、説得は上手い事いったらしいのやがな」
「らしい……? では、まだ何か別の問題が?」
虚海が自分だけと話をしたがっているはこのせいか、と真は眸を眇めた。
「洪水が起きそうらしい――のや」
「洪水?」
「この長雨やろ? 王都の直ぐ下田の方の邑でな。堤防がだいぶ、まずい事になっとるらしいのや。土嚢とか積んでな、何とか持ち堪えとるらしいんやが……」
「もう、8月です。稲の穂が出始めて花が咲いている邑もある筈です。こんな時に台風で洪水が起こり、稲穂が水に浸かりでもしたら……」
ほうや、と虚海が額の皺を波打たせた。
「琢さんがな、行きおった邑らしいのや。そんで、川岸に上げたままの柱を使うて、堤を補強したらしいんやがな、この長雨や、そんで間に合うかどうか」
虚海の言葉を全て聞き終えるより早く、真は立ち上がった。
「芙、通と杢殿と克殿を呼んできてきて下さい!」
「は? はい!」
「早く!」
背を向けて王城へと走りだす芙を、あんぐりと口を開けて虚海が見送る。
その横で、立ち上がった真は、虚海が木簡に記す為にすりあげた墨を、硯ごと取り上げた。そして、一番大きな筆も奪う。呆気に取られている虚海の前で、真は仕切戸板に向かうと、筆に墨をたっぷりと含ませた。
そして、迷いなく戸板に向かって筆を滑らせる。
その真の姿を、いつの間にか目を開けていた薔姫が、微かに笑いながら、誇らしげに見詰めていた。
★★★
芙が皆を連れて戻って来ると、戸板には見事な地図が描かれていた。
「真殿、此れは?」
「下田の方で、洪水が起きかけているそうですね」
真の言葉に、ぎょ、と克は目を剥いた。
そして、恨みがましく、じとり、と虚海を睨み付ける。
真には知らせないように、と命じられてはいないが、皆、彼に知らせればどうなるか目に見えている。だからこそ、夜中にやってきた戰の使いの言葉を耳に入れないようにしてきたのだ。
流石の杢ですら、視線に非難の色が含まれるのを、隠そうともしない。
「虚海様に恨み辛みをぶつけるのは後にして下さい。今は、この洪水をどう逃すかに集中しましょう」
横になっていた薔姫が、こんこん、と強い咳をし始めた。
脇に手をさし入れて抱き上げながら背中を擦り、真が戸板に描いた地図に歩み寄る。
「件のこの河ですが、雄河の支流でもあります。実は、灌漑施設を作るのに、どうしても、燕国側と話し合いの場を設けねばならない箇所がある河なのです」
薔姫を片手で抱き上げながら、拳で河のある一部をコンコンと叩く。
「川幅が広まり出す処やな」
「はい、人間の心理として、川幅が広まれば、水が多く保てると思い込みがちです。その為、このあたりから、目には見えない緩やかさで、堤防が低くなっているのです」
「何やて?」
虚海が頓狂な声を上げる。克と通も、真が叩いた場所に擦り寄るようにして、見入りだした。
「最も、問題はそれだけではないのですが」
「と、言われますと?」
「この河は、以前から雪解け水が多くなる時期になると、氾濫を起こしやすい河でしたが、しかし、以前からそうというわけでもなかったのです。十数代前、まだ国境を定める戦いが繰り広げられていた時代に、燕国側により堤防が二重にされていたのですよ」
「堤を二重に?」
そうです、と頷く真を押し退けるようして芙が身を乗り出し、顎に手を当てながら地図に近寄った。
「正確には、この河を更に二分したのです。上流で雄河より頒たれたこの河は、下流で再び、雄河へと流れ込みます。その間の豊かな土地を巡って、長らく祭国と燕国の間にて戦いがありました。一時ですが、この土地を燕国が支配していた事があり、その時に、河を二重にされたようです」
「何でまた、そんなくっそ面倒い事をしたんや、燕国の奴らは」
呆れたように、虚海が萎えた声を上げる。克も同じ思いなのか、うんうんと何度も頷いた。
「いえ、恐らく当初燕国側が考えていた堤防というのは、完成さえすればかなり革新的な考えの元に整備された素晴らしいものとなっていたと思います。しかし、完成する前に再び祭国の物となったが故に打ち捨てられ、本来の機能を果たす事が叶わなくなったのでしょう」
大きく、そして緩やかに弧を描いている箇所を、真は筆でぐるりと囲んだ。
「此処です。恐らく此処が、河が二重になっている箇所、そして本来であれば雪解け水や大雨などで水が溢れそうになった時には、此方に」
言葉を切りつつ、真は河の流れに沿って筆を滑らせた。
「水が逃れるようになっていた筈です。しかし、現在は塞がれるようにして、堤が新たに築かれていると思われます。このような河の流れになりますと、燕国側になる堤防は、本来、中央の中洲部分となります。此処こそが人の手による分岐地点だったのでしょう」
「つまり、この川幅は元々はもっと広かった筈であり、燕国に近い方にも更にもう一本、河の流れがあった、と真殿は見ておられるのですか?」
「古文書によると、そうなります」
「ちょ、待ちぃな、真さん。ちゅうことはやな、この分岐点の始まりと終わりの部分を切ってまえば、や。そしたら、水嵩が減る、ちゅう事やな?」
はい、と真が頷くと、おお、と感嘆と安堵が入り混じった声が皆の間で漏れた。
「しかし、この河は先程も申しましたが、雄河へと再び流れ込みます。この河が雄河と合流する地点は、燕国の領土です。本来、祭国側で洪水を起こすことで水を逃して、水害から逃れてきた燕国ですが、此処で堤防を切って支流を太くし、本流に水を全て流し込んだ時、どうなるか。今度は、燕国で水害が起こらぬとは限りません」
むむむ、と虚海が呻いた。
「しかし、他に手立てはないでしょう」
杢が力強く答え、真も頷き返す。
「芙と杢殿に来て頂いたのは、この堤防を壊す為に二人が必要な人物だからです」
「と、いうと?」
「杢殿は、戰様と私が先年、句国と戦った折に、克殿と共にこの国の国防を担って頂きました。その時、投石機の導入を率先して指示されたのは杢殿だと、克殿から聞いております」
「はい、関所に投石機を配備するように、確かに私が指示を出しました」
「その投石機の威力、つまりは飛距離を知りたいのです」
「――投石機で、堤を切る、と仰るのですか?」
確かに、人力で行うより遥かに効率がいいには違いない。
そもそも、幾ら要所であり、橋が掛かっているとはいえ、濁流と化した河を板の下に感じながら歩くなど、どんな胆力の持ち主でも怖気つくだろう。
「しかし、真殿、幾ら投石機を使うとしても、だ。石をぶつけて、その、果たして堤防がきれるものなのか?」
訝しむ克に、虚海もちらりと視線を走らせる。
呻きつつも虚海もまた、言外に克の言葉に同意している。
話の流れで、最早それしか方法ない、と感じてはいるが、祭国に導入した投石機の威力では、石が届いたとして、堤を破れるものかどうか、甚だ心許無いものであると知っているからだ。
すると、真が芙を見て微笑んだ。真の笑みを受けて、芙は得心が行ったのか、おぅ、と小さく声を漏らす。
「大丈夫です。堤をより確実に破る為の方法が、あります」
「それは、一体なんやな、真さん。どうやら芙さんは何や、心当たりがありそうやが」
「はい、どかんですよ」
「『どかん』?」
克と通、虚海が顔を見合わせて、口をへの字にまげる中、芙と杢は目を輝かせている。
河国との戦いにおいて、契国より得た知識で作り上げたあの『どかん』。
河国の自慢の巨大な船を、次々に轟沈させた、あの凄まじいまでの破壊力。
あの威力をもってすれば、堤を切ることなど造作も無い事だと、我が目で見ていた芙には得心がいく。
真と芙に代わる代わる威力の説明を受けてもまだ、納得がいかない様子を見せる克や虚海だったが、直接その場に居合わせた訳ではなくとも、威力を聞き知っている杢が、確かにあれなれば、と言葉を添えると渋々ながらそれならば、と話を聞く姿勢を見せた。
「真さん、その、どかんたら言うのんやがな、逆に力が入りすぎて堤を壊しすぎてまう、ちゅう事にゃ、ならへんのかな? 堤の向こう側の土地に住んどるもんは、大丈夫なんか」
「はい、心配なのは、其処なのです。この河の向こう側周辺ですが」
真は更に言葉を切り、河と雄河の間をぐるりと筆で囲む。
「基本的に、川沿いは茅の群生地となっています。屋根を葺く為と簾を作る為に、態と茂らせてある一帯が暫く続きます。なので、それが第三の自然の防波堤になってくれると考えています。それに此方側の農地は、王都側の土地よりも、数寸高いのです。ですから、最悪、飛び越えて此方側の堤が切れたとしても、この県の民の田が全て水に押し流されるという事はない、と思います」
「ほうか……せやけど、そないな事は起こらん方がええに決まっとるわな」
「はい、ですから、通に来て頂いたのです。杢殿から、投石機の飛距離を、そして飛ばせる『どかん』の重さを聞きたいのです。『どかん』は重ければ重いほど、破壊力が増しますが、その威力が如何程になるのか、また、どれだけの量を飛ばせば良いのか、何処に飛ばせば良いのか、正確に計算をして欲しいのです」
「分かりました」
筆に新たに墨を含ませると、真は小さな点を幾つか川沿いに点々と付けていった。
「私の簡単な目算から行くと、この辺りの何処かから放つのが有効だと思われます。しかし、飛びすぎても飛ばなさ過ぎても、更に角度が甘くてもいけません。出来るだけ誤差のない計算が必要になります」
「お任せ下さい」
「時間的に、半瞬であっても時間が惜しいです。兎に角、時間との戦いでもあります。どうか急いで下さい」
はい、と返答するなり通は直様、下男を呼び、己の愛用の計算式用の用具を持ってくるように申し付ける。
「虚海様、それと一つお願いがあるのですが」
「何やな、真さん。儂に出来ることやったら、どんだけでも言うたったらええ。何でも聞いたるわい」
「どかんは、ある物を調合して出来上がっているのですが、その調合をする為に、何人か薬師を貸して頂きたいのです」
「何やて?」
目をぎらりと光らせる虚海に、薔姫を抱き上げ直しながら、真が頭を下げる。
「お願いします。調合は正確に行わねば、役に立たないのです。先の戦にて使用した時は、威力が疎らでしたが、最終的に火炎に続けばよかったので、さして問題視はしておりませんでした。しかし、此度は違います。この一発で、決めねばならないのです」
真の言葉に、虚海は腕を組んで、むむむ、と唸った。
鴻臚館にて、赤斑瘡の症状を出す者が、何人、続くかしれない。
しかも、薔姫の症例からして、王城で働くものにも感染していてもおかしくはない。
それを思えば、薬の調合は急務の一つだ。
優先順位を付けられる事ではないが、医師としての虚海の立場からいえば、薬師たちの手数を減らす事は出来ない。
だが。
「よっしゃ、分かったわ。儂も手伝うたる。真さん、その、どかんの調合量たらいうのを早う教えたってくれ。通さんはその必要な量たらいうんを、早う弾き出したってくれんか?」
虚海が、むん、と鼻息荒く、腕まくりした。




