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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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7 儚(くら)い空 その7

7 くらい空 7



 昼前に、空からポツリポツリと落ちてきた雨は、あっという間に勢いを増していき、豪雨となる様相を見せ始めた。

 外に出してあった蚊遣火の燻は、空から叩きつけられる雨粒に押しつぶされて消えてしまい、無残に灰を飛び散らせている。

 残骸は、更に雨にこっ酷く叩かれ、地面へと同化していった。


 雨足が強くなると同時に、それまで那谷が調合した薬湯で収まっていた薔姫の咳が、酷くなり始めた。芙が用意してくれた敷物に、ぐったりと身体を預けて、はあはあと熱い息を不規則に吐き出している。熱も、更に上がってきているというのに、身を揉むようにして咳き込む姿は、見ている方も辛い。

 咳のせいで身体が跳ねるせいで、預けている敷物から、薔姫がずり落ちそうになった。

 堪らず真は、腕を伸ばして薔姫を引き寄せて抱き上げる。すると、焦点が定まらず泳いでばかりだった視線が、くるりと動いて、真を探すように向いてきた。

「……わが……きみ…………?」

 熱を出し始めてから、漸く、まともな言葉が薔姫の口から、出た。

 思わず、真は勢い込んで答える。

「はい、私ですよ。姫、分かりますか?」

 小さく、こくんと頷いて答えるのがやっとの薔姫が、また、咳き込み始めた。

「姫、辛いですか? どうして欲しいですか? 何でもいいですよ、遠慮なく言って下さい」

 真の言葉に薔姫は、ふるふると首を左右に振った。

「……このまま……が……いいな……」

「このまま、ですか?」

「……うん……だっこ……して……もらってると……ね、……すこし……だけど……、……らく……に、なる……の…………」

 既に、素人である真の耳にも、ぜいぜいひゅーひゅーという喘鳴は聞き取れる程になっていた。

 喋るのも一大事になっているのか、たった此れだけ話しただけで、薔姫は、こてんと真の肩に額をのせてきた。そのまま、また、目を閉じてしまう。

 しかし、何処かほっとした表情の薔姫を、真は抱いたまま立ち上がり、静かに揺らしながら背中をさすり始めた。



 夕方近くになって、戰が学を伴ってやってきた。

 此れまで姿を見せず、しかも現れたと思ったら二人揃って切羽詰まった表情をしている。

 と、いう事は、何かしら悪い事案が起きたという事だろう、と真は眉を顰めた。

「真、薔の容態は?」

 聞かされていたとはいえ、余りにも力ない様子で真に身体を預けきって熱に苦しんでいる薔姫に、戰も学も、衝撃を受けていた。

「……身体を起こしていると、呼吸が少し楽になる、と姫が言うので」

 薔姫を抱いたまま離そうとしない真に、そうか、と答えつつ、戰は半開きになった義理妹いもうと唇から漏れる、ひゅーひゅーという喘鳴を追った。辛そうな薔姫の様子に、戰は自分が羅患した時よりも症状が酷いのでは、と内心眉根を寄せた。

 咳で揺れる背中を軽く叩いて宥めてやりながら、真は、戰と学の真向かいに座る。

「どうなされましたか? お二人揃って此方にいらっしゃるなど、余程の事が起こったのですね?」

「ああ、悪い方向にね」

 戰の言葉に、学も俯く。

 膝の上に握り拳を置いて、ぎゅ、と唇を硬くしている。

 決意を固めた強さの分だけ、少年の拳と唇が、固まっているようだ、と真は感じだ。

「……一揆か、暴動か。何れにしても、騒動が起こったのですね?」

「流石だね、真。……当てて欲しくはなかったが」

「それで、どうなされるおつもりですか?」

「私と学とで、その県に直接出向くつもりだよ――那谷も連れて行くが、領民の説得には学にして貰うつもりだ」

「学様に、ですか?」

 そうだ、と戰が頷く。

 真が、ちらりと学に視線を走らせると、止めても無駄だ、と固い決意が少年王の瞳には溢れている。真は、深々と嘆息した。

「分かりました、此方の事は、私に……」

「いや、其れには及ばないよ。病気の蔓延を食い止める為の策は、周知徹底しているし、なにか不測の事態があったとしても、杢と克と蔦、そしてお師匠に頼んである」

「――えっ……?」

「真、薔の義理兄あにとして頼みたい。薔に、ついていてやってくれ呉れないか?」

「戰様、しかし……!」

「それに今、薔の病状の一番の薬になっているのは、真だからね。私には、薔の大切な薬を取り上げる事など、出来ないよ」

「戰様……」

「薔を頼むよ、真」

 ……有難うございます、と涙で潤んだ声で呟くしかない真の前で、戰と学は、立ち上がった。



  ★★★



 産屋で横になっていた椿姫は、突然、めかんなぎに戰の訪問を告げられた。

「えっ……? また……?」

 訝しんで眉をひそめると同時に、荒々しく部屋に踏み入ってきた戰の姿を見て、椿姫は一瞬、瞳を閉じた。


 疫病が終息するか。

 もしくは。

 何かのっぴきならない事態が生じたか。


 御子の出産が迫るのでなければ、戰が我を忘れるなど、この二つの何れかの理由しか思い浮かばない。 

 安全なこの産屋に居を移してから、戰は、日に一度は此処を訪れ、そして、一日にあった事を彼女に伝えてきた。

 鴻臚館での病を得た仕人つこうどの発見から、その少年と薔姫との接触。

 封鎖した関からの那谷の帰城と、疫病が赤斑瘡あかもがさであると定まった事。

 各県や邑での想像以上の蔓延と、その感染患者の年齢層に大人が多い事。

 そしてつい先ほど、禍国使節団内と、薔姫の感染発覚を聞いたばかりだった。


 ーー悪い方へ、悪い方へと。

 戰が話してくれる事態は、転がり続けていた。

 いっそ、話さずに隠していれば、良いのかもしれない。

 だが伝えねば椿姫の正確上、余計に気を揉んでしまうだろうし、さりとて、戰の気性では嘘などつけようはずがない。

 戰が、いつ出産に臨む事になるか分からない椿姫に出来る事といえば、ありのままの祭国に降りかかった試練を告げ、それらにどう応じていくつもりなのか。

 彼女に誠実に告げる。

 此れしか方法はなかったからだ。


 そして、話をする時に戰は、せり出た腹をさすってくれながら、いつも穏やかに微笑んでいた。

 ――大丈夫だ。

 皆が居てくれるからね。

 産まれてくるお前の為にも、必ず、乗り越えてみせるよ――と


 胸に抱いている望みが、戰の表情を常に優しくしてくれていた。

 だから、安心していたのに。

 なのに。

 身を屈めて自身の前に項垂れる戰の表情から、それは此れまで齎された報の中で、最も質の悪いものであるのだ、と椿姫は静かに悟った。

 いつ陣痛がおきてもおかしくない彼女を、背後から肩を支える苑も、同様なのだろう。

 ちらり、と気遣う視線を義理の妹に向ける。

 戰と、そして義理妹いもうとの椿姫の表情から、二人きりになりたいだろう、と察した苑は、何も言わずに立ち上がった。巫を促して、部屋を出る。

 ぴしり、と戸が閉まる音がすると、若い夫婦はどちらからともなく手を伸ばし、身体を寄せ合った。


 暫くの間、身を寄せ合って互いの体温と呼気を感じあっていたが、やがて戰が、おずおずと口を開いた。

「椿、済まないが、暫くの間、城をあけるよ」

 椿姫の傍らに腰を落ち着けると、戰は申し訳なさそうに、大きな身体を小さくした。

「どうしたの? 何があったの?」

 とは、椿姫は尋ねない。

 遂に、二人が封印してきた最も恐るべき事の内の一つが起こってしまったのだ。

 ――私には、分かるわ。だから、何も聞かないし、言わないで。

 椿姫の心遣いが、戰には辛いが心強かった。

「戰、心配しないで。私は、貴方の、郡王・戰の妃なのよ? 覚悟はし尽くしているわ」

「……」

「そしてこれから、貴方の御子の母親になるのよ?」

「……うん、そうだね」

「そうよ。母親になるのって不思議なことなの。自分でも訳が分からない力が、後押ししてくれるの。この子をこの世に送り出せるのは私だけ、という自信のせいかしら?」

 ふふふ、と殊更楽しげに笑ってみせる椿姫に、戰が何処か遠慮した笑みを零す。


「……椿」

「戰」

「……ん?」

「貴方と私の御子は、私一人でも、立派に産んでみせます。だから、戰。貴方は振り返らないで。貴方を待っている人の処へと行って頂戴?」

「……椿」


 有難う、と戰は、腕に力を込めた。

 ぎゅ、という音が椿姫の身体に巻き付いたが、彼女は構わなかった。

 だが、蟇目の音は、まだ若い夫婦の別れの時を容赦なく急かす。


 やがて戰は、静かに椿姫から離れると、せり出た腹を優しく撫で上げた。

 そしていつかのように、振り返る事なく部屋を出て行った。



 ★★★



 産屋の控えの間に苑が下がると、学が待ち構えていた。

 めかんなぎが数歩分、飛ぶように後退りして平伏するのを見て、学の方が恐縮して肩を下げている。

「陛下、どうなされました? 今はお国の一大事で御座いましょう。国の頂点に立つべきお方が、そのような自信も何もない、不安げな顔をなされていては、領民はなにを信じたらよいというのです」

 情けない、とぴしゃりと言い放つ苑に、申し訳御座いません、と学はますます小さくなる。

 おろおろとしているめかんなぎに、お下がりなさい、と苑がぴしりと命じると、はい、と一声、泣くように返事をしてから下がっていった。

 ふぅ……と深く嘆息すると、苑は漸く、微笑みを口角に湛えた。


 学は、ハッとなる。

 此れまでの母の笑みといえば、何処か憂いを帯びていた。

 それは、息子である自分を父親の正統な血筋の御子であると認めて貰えないのは、采女の卑しい血が流れている故に、という思いと、せめて王太子であった父・覺が存命していたならば、という運命の呪いのようなものが交錯した結果であると、学は気がついている。

 そして、城に来てから、それはますます深くなったように思えた。

 無論、苑も自覚している。

 椿姫や、城の者たち。

 そして戰や、彼が郡王として率いてきた部下たちの事を、信頼しつつも、何処か身構え、拒否し続けてしまう自分を。


 だが、そんな自分の狭い心持ちが、学を小さくしている事にもまた、とうに気が付いている。

 女王としての椿姫の振る舞い。

 郡王としての戰の為政者としての力。

 王者として不可欠の、そのどちらの力も、学を自分の手元で置いていては、身に付けさせる事は困難、いや不可能だと、痛いほど思い知らされている。

 其の癖、真や杢、克、那谷、虚海たちを師匠として様々な知と力を蓄え出すと、それも喜びつつも、苑は、受け入れ難くなっている別の自分が背中合わせに張り付いて存在している、と感じていた。


 つい、父親である覺と、学とを比べてしまう。

 あのような場合の時、覺様ならばこうなされた、このような事態の時であれば、必ずああいう意見をされる、と比較して密かに落胆している。

 いや、落胆していたいのだ。

 息子が、父親である覺を飛び越えた存在になるのが怖い。

 それを喜ぶ事は、覺の其れまでを否定し、そして忘れていく事への一歩に継ってしまうのではないか――


 苑の、母としての恐怖だと、学も子供としての本能で感じ取っていた。

 息子である自分は、父親である覺に恥じぬ御子であらねばならない。

 と同時に、父を脅かす存在になってはならない。

 息子から父親を奪う原因となったあの哀しい王族内での大乱は、苑の中の心に、消えぬ大きな、いびつな傷を作り上げていた。

 母の葛藤を、学は痛いほど感じ取っている。

 母・苑にとって、自分が父を超えるという事は、彼を死地へと導いた政事まつりごとを認めさせる事なのだ。

 心に受けた傷を思えば、容易な事ではないどころか、一生許せるものではない。

 だから、自分が即位してからというもの、無念さと無情さを心の奥底に隠しての笑みを零していたというのに。

 その母が、こんなに優しい笑みを自分に向けてくれているとは。


「学」

「はい、母上様」

 苑が膝を折って、学と目線を同じくした。

 王城にやってきて、2年。

 ぐんと身長が伸びたとはいえ、まだまだ、苑の胸までしか彼の背はない。同じ位置に視線を定めると、苑は、ますます美しい、深い慈愛を込めた瞳で学を見つめた。

 両手を伸ばすと、かいなの中に、我が子を抱きしめる。

 ぎゅ、と腕が鳴るほど強く胸の内に学を納めると、苑は、ふ……と声を零した。

「こうして、ここまで強く貴方を抱きしめたのは、いつ以来の事でしょう?」

「……多分、郡王様と女王様が、私たちの家を訪ねて下さった夜、以来だと思います」

 そうね、あの時から色々な事がありましたね、と苑は学の額に頬を、続いて唇を寄せた。


「学」

「はい、母上様」

「貴方は敏い子ですから、気が付いていたでしょうね……私は、貴方が覺殿下のお血筋を正統に引き継ぐ御子として認められたいと願っておりました。その思いが叶い、貴方が立派に国王として即位した後も、心の何処かで、あの邑での親子二人きりの生活が良かった、お父様を偲びながら、思い出一つ一つを大切にして、お父様の夢に浸りながら暮らす生活が、一番楽しかったと思っている心がある、と」

「……はい、母上様」

「それにね、学。こうして、立派に跡目を継いで王となった貴方を目の当たりにしても、それでも、貴方は普通に子供らしく生きて欲しかった。誰もが必ず通る、大切な子供の時間を奪ってしまって情けないと思う気持ちが、心残りが、実はあったのです。でも、学」

「はい、何でしょうか、母上様」

「此度、私はそれら母として抱く気持ちは、過ちであったのだと、ようやっと気が付きました」

「はい、母上様」

 苑は、頬を更に押し付けてきた。

 親子の、温もりと鼓動が重なる。

「もしも、あの時に椿姫様のお申し出を退けて、あの邑で暮らしていたとしたら。此度のこの疫病の広まりに、私がこのように心静かにして居られないでしょう」

「……はい」

 早い段階で、赤斑瘡あかもがさと見当をつけ、その蔓延を防ごうと尽力する戰と、彼の為に身を引こうと決意した椿姫。

 そして、二人を支えんと多くの人々が己の持てる力をあらぬ限り発揮し、国に尽くそうとする人々の姿。

 政事まつりごとの正しい姿は、こうなのだ。

 自分の愛した男が目指した国の姿も、きっと、こうであった事だろう。

 でも、間近で見ているのでなければ、自分はまた、王と女王として領民と共にと願っている若い二人を、歪んだでしか見ようとしなかったのではないだろうか?

 どのような御託を並べた処で、地方の県や邑を見捨てただけではないか、と学に吹き込んでいたかもしれない。

 そうする事で、覺だけ、覺が語ってくれた夢の国のみを想って生きていこうとしていた事だろう。

 その二重の過ちに、気がつきもせずに。


 学が、苑の背中に腕を回して来た。

「母様、私も、あの邑で、母様と二人で暮らしたあの家が、一番好きです」

「……学」

「でも、あの邑での生活が幸せなものだったと気が付かせて呉れた、この王城での生活も、同じ位、好きです」

「ええ……ええ、そうですね……」

 長い親子の抱擁の後、学は自ら母親の腕の中から飛び出した。


「ですから、母上様、私は行きます」

「……」


「行ってまいります、母上様。どうか、この国の新たな時代を担う、郡王殿夫妻の御子の誕生をお守り下さい」


 母・苑に最礼拝を捧げると、学は、踵を返した。



 ★★★



 戰と学が産屋を離れると、産所蟇目さんじょひきめの大役を担っているほうりたちと出会でくわした。

 大雨に顔を全身を嬲られ、体力と体温と血の気を奪われながらも、必死の形相で蟇目矢ひきめやを放っている。

 彼らもまた、己に課せられた使命を全うしとうと全力で立ち向かっているのだ。


 戰が、不意にその内の一人に歩み寄った。

 手を伸ばして来た戰に、ほうりは一瞬、怪訝な顔をしたが直ぐに彼の言わんとする処を解し、鏑矢一式を譲り渡す。

「済まないな」

 短く礼を言うと、戰は、鏑矢を番えた。

 そして大きく糸を引いて、矢を放った。

 有り得ない程大きく弧を描いて、蟇目が放たれる。

 ――ぽーうっ……!

 音もまた、此れまでにない力強く大きな音をあげた。

 受け取った矢を、椿姫の居る産屋に向けて、次々と放つ。

 豪雨の様相を見せ始めた雨音に負けぬ音を、周囲に奏でながら、蟇目矢は飛んだ。

 最後の一矢を放ち終えると、戰は、ふっ、と短く息を吐き、弓をほうりの腕に押し戻した。


「私たちの御子を頼む」

 ほうりたちは答えない。


 ただ、深くこうべを垂れ、そして矢を番え続ける事が、彼らの返答だった。




 雨が強くなってきた為、雨戸を全て閉められてしまい、椿姫は虚しさを感じていた。

 お陰で、それでなくとも控えめな蟇目の音が、淡くしか耳に届かなくなった。

 というよりも、雨音の中の蟇目矢の音を手繰り寄せるようにせねば、聞き取れない。


 ――仕方ないわねよね……。

 この時期には、よくある大雨だ。

 が、何もこのような時期に降らなくても、と椿姫は思わずにいられない。

 戰にはああ言ったが、矢張り心配だった。

 彼が城を離れている間に、使節団と接触した王城に仕えている者たちの中で、感染者が出たら?

 鴻臚館の中で、更に疫が広まったら?

 虚海や蔦、克や杢が居てくれるとはいえ、身重の身では、やはり心配が心を粟立たせる。

 大きな腹に手を添えて、必死になって不安感を宥めようとする椿姫の耳に、此れまでにない、力の篭った、蟇目矢の音が産屋を飛び越えて行った。


「……今のは……!?」

 思わずを見開き、立ち上がっていた。

 よろよろと窓に近づく。勿論、外は伺えない。

 それでも、少しでも音の傍に縋れる位置に居たかった。

 お願い、もう一度、と願うと同時に、再び、蟇目の音が弧を描いて産屋を越えていく。

 大きくせり出た腹が、波った。中の赤子が、動いたのだ。

 手で愛おしさを込めて腹を撫でながら、椿姫は呟いた。

「聴こえる? お腹の中まで、聴こえているかしら? ねえ、貴方のお父様は、本当に貴方の事を大切に思って下さっているのよ?」


 やがて、蟇目の音が元通りになる頃。

 椿姫は、此れまでに感じた事のない張りと痛み、そして温かみのある異様なぬめりを下腹に感じた。此れまでの張りや、だらだらとした出血とは明らかに違う。

 椿姫の瞳が、恐怖感に大きく見開かれる。


 ――……せ、戰……!


 だが、呻き声すら上げられず、椿姫はその場に頽れた。



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