表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/369

7 儚(くら)い空 その2

7 くらい空 その2



 珊は、ふんふんと鼻歌を歌いつつ、一番冷たい清水の湧き場で、手桶で何度も水を汲み上げていた。鴻臚館から運び込まれてきた少年が、ひどい熱で、身体の清めと着替えを必要としていたからだ。

 一杯になった大きな盥を、よいしょ、と持ち上げようとすると、背後から手が伸びてきて奪っていった。

「へっ!?」

 振り返ると真が、桶を横に置き直し、新しい盥と手桶を抱えて笑っていた。思わず、珊も、にかっ、と口角を持ち上げて笑顔を作る。


「伏している子の、手水用の水ですか?」

「うん、そうなんだ、汗いっぱいかいて、気持ち悪そうにしてたから」

 二人で並んで腰を下ろし、一緒に井戸の水を汲み上げる。

 盥に水をあけると、水晶のようにきらきらと輝かきながら水の飛沫が飛んだ。思わず歓声をあげながら、二人は作業を続けた。

「真、どうしたの? あ、でも、此処に真が来てる、って事は、あの糞兄ちゃん、何とかなったんだ?」

「……ええ、はい……はあ、まあ、異腹兄あにの事は……まあ何とか……、ですか・ね」

「そっ! なら良かったよぅ」

 開けっぴろげな端的過ぎる表現に、真は苦笑しきりだ。対照的に、珊は悪びれることなく、けろりとしたものだった。珊にしたら、真の兄弟に好感をもつ理由がそもそも見当たらない。

 何時だったかの宴の折に、助平心を隠しもせずに、じろじろと、口元だの胸だの脇の隙間だの尻だの太ももの間だの足首だの、舌舐りしながら睨めつけてきた事は、一生忘れてやらない、と硬く誓っている。曲りなりにも真の兄弟でなかったら、髪に刺した笄で目玉をぶっ刺して潰してやりたくなるくらい、気色悪かったよぅ! と珊に一気に捲し立てられて、真は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


「で、どうしたの? 何か用なんでしょ?」

「はい、最初に克に連れられてきた子、なのですが」

「ああ、あの子? うん、あの子だけどさ、真がお城に戻ってる間に、熱が下がってきてんの。経過としては順当らしいよ?」

「克に、病状が落ち着いてきたと聞いていたのですが、そんなに熱が下がってきたのですか? 本当に? 良かったです、心配していたんですよ」

 倒れた仕人は、まだ、元服を迎える前の年齢の、少年だと聞いている。

 という事は、薔姫や学と同じ年頃の子供だ。童形の子が、家族と別れて異国の地でひとり病に伏せるなど、どんなに心細いだろうか。

 せめて早く快癒して欲しいと願っていただけに、珊の言葉は真の笑顔を誘った。

「話がしたいのです。少しでいいのですが……大丈夫でしょうか? まだ早いというのなら、遠慮しますが」

「うん? いや、この後さ、また熱はぶり返すんだけどその時に湿疹が出たら、日にち薬だけど、もう治るばっかりになる筈だって、お爺ちゃんが言ってたよ? 克も言わなかった? だからちょっとなら、大丈夫なんじゃない?」

「そうですか? ……それなら、珊、案内を頼めますか?」

 安堵感から表情を優しく崩す真に、まっかせてよ! と珊は飛び上がりながら手を打った。



 ★★★



 城付近まで来ると、薔姫は馬を降りて、先に施薬院に入った。

 普段から平気で馬を乗りこなす、お転婆な姫君だと思われている為、目に入りやすいからだ。それに、城の中で馬を留めておいては、克の配下の者に見付かり、真や戰に知られてしまう恐れもある。

 薔姫が手綱を引いて、施薬院の裏手にある使用人門をこっそりとくぐると、気がついた下男が飛んできた。手綱を渡しつつ、ちょっとの間だけだから、厩に入れなくていいわ、とこそこそ話していると、元気な娘の声が蝉の声に負けじと降ってきた。


「あらぁ、姫奥様? どうなさったの? 旦那さんの御薬湯なら、まだ残りが幾らかあったと思うのだけど?」

 薔姫の姿に気がついた、ふくだった。

 彼女の母親であるとよとそっくりの口調で、薬草籠をぶらさげつつ、気さくに近寄ってきた。どうやら、摘んだ薬草を届けにきたらしい。膝小僧や裾、足元が草の色に微かに染まって、青臭い香りがしてくる。

 内心、まずい人に見付かった、と薔姫は舌打ちしたくなる。何しろ、母親譲りの大きな声と早口と元気さで、目立つ事この上ない娘なのだ。どう彼女を振り切ろうか、と思案しつつ、薔姫はにこにこしながら答えた。

「うん、あのね、娃ちゃんが今朝から疳の虫で困ってて……良いお薬ないかしら?」

「あらぁ、娃ちゃん、疳の虫なの? そりゃいけないわね、奥様も大変だわ。ちょっと待っててくれたら、私がとってきますよ?」

 それでは、福が戻ってきたら直ぐに帰らねば怪しまれてしまう。慌てて、薔姫は腕を突き出して、小さな手をぶんぶんと振った。

「うぅん、いいの、福も忙しそうだし、自分で取りに行くわ」

「大した手間じゃないわよ? 遠慮しなくっていいのよ~姫奥様、どうせ私、先生の処に行くんだし」

 尚悪い、とは口が裂けても言えない。

 善意の塊のような福の笑顔に、ちくちくと胸を痛めながら、大丈夫、じゃあね! と無理やり会話を打ち切って、薔姫は施薬院の建物に向かって走り出した。



 しかし、福に見付かった手前、先に薬を手に入れなくてはいけない。

 何処かに、那谷の助手となって働いている見習いの薬師はいないかしら、と、ぐるぐるあたりを伺ってみる。が、奇妙に誰にも出くわさない。

「どうしたのかしら……?」

 小さな不安が胸に影を落とす。

 嘘を付いてしまった手前、人を呼ぶのも何か憚られてしまう。

 と言うよりも、こういう時に限って、いつもは賑わしい施薬院が、夏だというのにどこか寒々しい空気に包まれている。


 ――どうしよう……。

 周囲を見回す薔姫の耳に、水を求める、泣き声に近い、か細い声が届いた。

「誰?」

 声を頼りにそろりそろりと廊下を歩いていくと、端女がばたばたと此方に向かって走ってくる気配がした。慌てて、目の前に空いていた戸の内側に、するりと身体を滑り込ませる。

 隙間から、端女が走り去るのを見届けてから、もう一度廊下に出ると、もう一度、水を求める声がした。

「何処にいるの?」

 押し殺しながらも、声をかけると、今度ははっきりと「此処です……水が欲しいんです……お願いします……」と求める声が聞こえてきた。

小さく響く声を頼りに、誰にも出会さないよう気を配りながら、部屋を探す。

「……ここ……ここ……」

 やっと、声の主がいる部屋を探り当てた。

「……誰か……お願いです、お水……下さい……」

 暑さを少しでも和らげる為に、掛け簾が戸の代わりにかけて日差しを遮りつつ風を取り入れる工夫がしてある。

 そっと腕で簾を持ち上げながら、部屋の中を伺う。

 すると、部屋の奥に、自分や学と同じ位の年頃の少年が横になっていた。着ている衣装から、禍国の使者の一団の者だと直ぐにわかり、薔姫の胸が高鳴った。



 ★★★



「どうしたの? お水が欲しいの?」

 思い切って中に入り、声をかけると、やはり同じ年頃の少年だった。ほっと安堵の吐息を吐きつつ、何度もこくこくと頷き、縋る様に声を絞り出す。

「ねつが……出てて……着替えと、手水桶……取りに行ってくれてる……けど、お水……とどかなく・て……」

 息継ぎするかのように、はあはあと喘ぎながら、必死で少年は訴えてくる。

 慌てて周囲を見回すと、机の上に大きめの薬缶と水差しと椀が用意してあった。確かに、こんなに苦しそうな子に、起きて這いずって飲みに行け、というのは酷というものだろう。


「水差しの方がいい?」

 薔姫が尋ねると、少年は呻くように答えた。

「お椀で……へいき……だよ……起こしてくれたら……自分で飲めるよ……」

 声から、手伝いの女童めのわらわと勘違いしているのだろう。言葉使いが、同じ年の頃の者同士の、ざっくばらんなものになっている。

 ――私が、才人であるお母上様の娘、禍国の王女であると知ったら、どうするかしら?

 薔姫は何故かわくわくしながら、薬缶を傾けて、椀に麦湯を注いだ。病人には白湯を与えるのが常套であるが、最近、那谷は真が遼国で教わってきた麦湯に切り替えだしたのだ。少年はああは言ったが、水差しにも麦湯を満たしてやった。

 盆の上に椀と水差しを置いて、横たわっている少年の傍に行く。

 手を貸しながら上体を起こしてやると、ごほごほと辛そうに咳き込んだ。

「大丈夫?」

 椀を手渡し、痰が絡んだ咳で辛そうな背中を、さすってやる。

 熱に浮かされた潤んだ視線で感謝を伝えると、少年は椀に口を付けた。しかし白湯だと思っていたらしい少年は、その色合いから薬湯かと勘違いしたようだ。ぎょっ、とした顔付きになった。

「大丈夫、御薬湯じゃなくて、麦湯、というのよ? 飲んでみて?」

 薔姫に背中をさすられながら、少年は素直に頷く。

 短いやり取りの中で、少年は薔姫に信頼感を持ったらしい。おずおずと、椀を傾けた。こくり、と一口飲んだあとは、目を輝かせてごくごくと一気に仰ぐ。口の端から、溢れて糸を引いた分も勿体無い、とばかりに舌でぺろりと舐めとる程だった。


「美味しかった……ありがとう、気持ちがちょっと、落ち着いたよ……」

 良く見れば、少年は拾遺しゅういの衣装を身に纏っている。

 所謂、侍従の役目を担う拾遺には幾つか位が設けられている。少年の身なりは、拾遺の補佐役の官位の、更に下回りの役柄、仕人つこうどと呼ばれる、下男に近い役職のものだった。

 少年が仕人つこうどなら、もしかしたらお城に入っているかもしれない。

 そうしたら、母親である蓮才人を知っているかも知れないし、その密かな使いの者が何処かにいると知っているかもしれない。薔姫の胸が一気に高鳴った。


 少年の方も、落ち着いてきたからか、薔姫をちらちら横目にしている。探りを入れているようだった。

「あの……君……いえ、貴女は、祭国の、何処か……良い処の、お嬢様……なの?」

「え?」

 遠慮がちに聞いてきた少年の言葉に、薔姫は面食らい、そして可笑しくなった。

 声から、この施薬院で働く女童と勝手に思い込んで親しげにしたが、薔姫の衣装と立ち振る舞いから、もしかしたら大変な不敬を働いていたのかもしれない、と少年は慌てている様子なのだ。

 よくよく見れば、少年は、自分とそんなに年が変わらない。

 自分が王城を出てから城に上がったのであれば、『男殺し』の宿星を持つ可哀想な姫君の『薔姫』を知らなくても、当然だった。それに身なり的にも、今は、禍国の姫君としての華麗な装束ではない。夫である真の身分の問題と、義理兄である戰の身分を慮って、上流貴族の令嬢程度の衣装を纏っているので、少年の言葉は至極最もだった。


 うふ、と肩を窄めながら笑うと、薔姫は違うわよ、と少年から椀を受け取った。

 少年の手が届く位置に小さな盆に水差しを置き、空になった椀を盆に乗せて立ち上がった。再び薬缶を傾けて、椀に麦湯を満たす。もう一度椀を差し出すと、ありがとう、と人懐こそうな笑顔を見せながら、少年は受け取った。

「本当に、お嬢様じゃないの?」

「違うわよ」

「じゃあ、君は誰?」

「さあ?」

 くすくす笑いながら、薔姫は少年に机の上に置いてあった晒も渡してやる。

 礼を言いつつ受け取った少年は、晒で額の汗を丁寧に拭いとった。人心地がついたとばかりに、ほう……と長い吐息を吐き出した少年に、薔姫は笑顔を作った。

「ねえ、ずっと熱だったの?」

「うん、この2~3日……でも此処に連れて来て貰ってから、ちょっと、熱が下がってきたみたい」

 有難う御座います、と急に他人行儀な丁寧な口調で、少年は頭を下げる。

 薔姫は、大慌てで手を振った。


「気にしないで。此処は、病を治すための処よ?」

「うん、でも、お水をとってくれたり、晒を呉れたりしたのは、君だから」

「本当に気にしないで? ねえ、それより、貴方は禍国からのお使者の一団にいたのでしょう? お城にも上がっていたの? 何処に務めていたの?」

「え? うん、実は、ぼく……私は、まだお城にはきちんと上げては貰っていないんだ」

「そう……」

 明白に落胆の色をみせた薔姫に、少年の方が慌てた。

「で、でもね、もう直ぐお城に上がれるようにはなるんだよ?」

「え?」

「ぼく……私の家門は元々は田舎に根幹があってね、出世できたとしても、良くて内舎人うねどりがせいぜいなんだ」

 内舎人うねどりは、正9品の上の品位だ。

 下手をすれば士官し始めの品位ではないか。

 舅である優のように、武官の家門であれば、この戦乱の世のことだ、腕一本の能力で幾らでも可能性は見いだせる。だが、文官の場合は違う。相当に低い、いや、殆ど道は閉ざされていると言い切って良いだろう。城に上がったとしても、出世して男の本懐を果たすなど、夢のまた夢だ。


「だからね、ぼく……私は、自宮じきゅうしようと思っているんだ」

「宦官に、なるつもりなの?」

 薔姫は眉を顰めた。

 うん、と頷く少年の口調は軽く、顔付きも明るい。きっと、その言葉が示す意味を、正しく理解はしていないのだろう。


 宦官。

 多くは、低い品官の家門の子弟が自ら望む。

 最低でも5品以上の品位を、宦官になれば必ず約束されるからだ。

 品位は低くいが優秀な子を持つ家門では、その子たちを自宮させて宦官とし、一族の為に出世をさせるのだ。特に頭脳明晰な神童とうたわれるような子ほど、まずは城に寄せ、上官として後見人として、頼りになりそうな人物を、つてとなけなしの財を投げ打った袖の下を使って定める。そうして後、宦官となって城に上がるのだ。

 宦官は、主に後宮に入る。

 高い品位の妃に取り入る事を目論む輩には、こうした宦官の暗躍が欠かせない。

 覚えが良くなった宦官たちは、妃の後見役である親戚筋にじわじわと取り入り、自らの家門のものを取立てもらうように仕向けていく。妃たちも自らの息子である御子たちを盛り立てて呉れる者は、信頼の置けるものが良いに決まっている。宦官の親戚たちは、御子たちの身内となって活躍の場を得、やがて、それは大きな派閥とへと変貌してゆくのだ。

 今回、この少年が仕人つこうどとして祭国への使節団に加わったのも、見聞を付けたとの箔を付けさせた上で自宮を行えば、後々、より心象が良かろうという大人たちの計算が露骨に見え隠れしている。


 品官が低い家門の者が、出世する唯一と言って良い自宮である。

 だが、宦官となった後の世間の風当たりは冷たいものだ。

 子孫を残せぬ身の上となったものは、祖霊を粗略に扱う不忠不孝者として一族から半追放の憂き目に遭う者もいる。そのくせ、たかる事にかけては骨までしゃぶりつくす姿勢を崩さない。

 真も、もしも幼いうちに今のような奇跡的な知識を蓄えうる片鱗を見せてもしたいたら、正室・妙の手により、息子たちの為に、宦官にさせられていたかもしれない。

 何しろ、宦官は公奴婢ですらなれる。

 身分卑しき者が、唯一、雲上出来る品官を手に入れる手段が、自宮なのだ。

 だが。

 自宮は、童形から成人した折に、自然と胸に抱くであろう恋慕の思いのままに契りあい、夫婦として縁を結ぶ、人としての当たり前の行為と未来を、永久に失ってしまうのだ。

 その苦しみと悲しみに、耐えられる者は少ない。



 ★★★



 ――いやなの。

 薔姫は気分が悪くなった。

 そして同時に、城の生活とは、常にそんなものだ、という認識が実は薄れていた自分に気がつく。

 ――私、我が君のところにお嫁に来る事ができて、よかった。

 幼かったが故に、訳も分からぬまま、此れが貴女を救う唯一の道ですから、と母親の蓮才人と義理兄あにである戰のすすめるままに、真の元に嫁下した。

 義理兄・戰と真の出会いは、本当に偶然だろう。

 そして、その当時に自分に災厄が降りかかっていた事も。

 でも、そのおかげで、今のこの生活があるのだから、たとえどんな理由と切掛のもとの産物であろうとも、薔姫は嬉しかった。

 夫となった真は、幼い自分を助ける為だけに、ただ憐憫の情だけで、縁を結ぼうと決心してくれた。

 災いを運ぶ厄神のおかげで、出会えたのだとしても。

 此れまでの自分たちと関わってきた人たちとは、一緒に歩きたいと思ったからこそ傍に居る――そう、自分で決めたのだ。


 ――この子も、祭国でなら、宦官にならずに、一緒にいられないかしら?

 宦官にしようとするのだから、相当に頭は良い筈だ。

 学と一緒に、真や虚海、杢や克に習えば、きっと頭角を表して人に尽くせる人物に育つに違いない。

「ね、あのね、聞きたいのだけど」

 意を決して少年に声をかけた薔姫の耳に、ばたばたという遠慮のない足音と共に、耳に慣れた元気極まりない声が聞こえてきた。

「ごめんよぅ、ぼくぅ、汗でべたべたして気持ち悪かったでしょ? とっくべつに冷えたお水汲んできたから、気持ちいいよぅ」


 ――さ、珊!?

 声の主は、どんどんと近づいてくる。

「ど、どうしよう、何処かに隠れなきゃ」

 急におろおろしだした薔姫に、仕人の少年の方が目を剥いた。

「ねえ、どうしたの?」

「うん、その、あのね、御免なさい、私、もう行くわね」

 慌てて立ち上がりかけた所に、簾が、ばさり、と勢いよく跳ね上がった。

「おーまたせ! さ、汗ふこ、う……え、ええっ!?」

 入室してきたのは、手水用の晒を手にした珊が、少年の傍に膝をついている薔姫の存在に気がついて、目を剥く。


「ひ、姫様!? な、なんで、姫様こんな所に居るんだよぅ!?」

「ち、ちがうの、ううん、違わないわ、御免なさい! 珊、御免なさい! でも、お願い、黙ってて! みんなには、我が君には……!」

「ひ、ひめさま!?」


 薔姫、珊、少年がそれぞれ驚愕の声を上げる中、珊がはね上げた簾をもう一度はね上げて、手水用の小さなたらいを手にした青年が続いた。

 部屋に入った青年は、呆然と立ち尽くす。

 そして、耳に残る程大きく息を吸い込んだのち、震える声で、叫んだ。



「姫!?」

「わ、我が君!?」


 盥が落ち、盛大な音をたてて、床で跳ねる。

 盥から解き放たれた水は、爆ぜるように、周囲に飛び散った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ