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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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6 疫 その4

6  疫 その4



「右丞。改めて問おう」

「はい、なんなりと」

「この時期、態々正使をたてての使節団を遣わされるとは、代帝安陛下におかれては、私に対して何か思うところかあられるのか?」


 探るような戰の言葉に、鷹は狂気せんばかりの喜びを味わった。

 ――この皇子は、大令殿が仰られる通り、禍国で何が起きているのかまるで知らぬのだ!


 契国、続く遼国及び河国との戦いに、戰は確かに勝利した。

 しかし、総大将の誉を得ておきながら、戦勝報告を任地である祭国の国境問題をあげて自ら行わず、兵部尚書である父・優に一任して帰国してしまった。

 その上、帰国した意図及び事後経過の報告すら、未だ禍国本土において、郡王は正式に申し開きをしていない事になっている。

 自身の不始末の果てに、禍国ではどのような判定がなされたのか、皇子は知らない。

 知らぬが故に、禍国の帝室からの使節がやってきた意味が、本意が分からない、汲み取れない。だが、こうして使者が使節団を編してやってきているのだ。逼迫した何事かあらん、と思わねば余程の抜け作か莫連者、脳足りんだろう。

 禍国の帝室が、何を言い立ててくるか、戦戦恐恐としておられる。

 代帝陛下が何を考えておられ、申し付けられるか、完全に見通せぬ故、を伺っておられる。


 ――を、恐れておられる。


 にやにやとしかけるのを、鷹は必死で堪える。

 戰の背後の異腹弟・真は、礼節により目蓋を閉じて控えているが、薄めを開けて見ている事は出来るし、耳は生きている。迂闊な事をすれば、何をどう曲解されるか、知れたものではない。

 戰が、控えている真はいないものとしているかのように、身を乗り出してきた。

 ほほう、と鷹は気取られぬよう、僅かばかり目を細めた。

 ――陛下もご自身のお立場が危ういものなりつつある、という事は薄々感じ始めておられるようだな……。

 此処で大令・じょう殿に命じられた通りに郡王陛下を篭絡せしめれば、私の栄光は何処まで行くのか……。

「許す、申してみろ」

「はっ、なれば、恐れながら申し上げます。実は……」

 舌舐りしたくなるのを必死で堪えながら、鷹は戰に禍国帝室の使者としての言葉を開いた。



 ★★★



 契国の地においての大勝、重畳ちょうじょう也。

 並びに、長年の仇敵であった河国を遂に攻め滅ぼしめし事、遼国を帰伏せしめ、藩属国と成さしめた事に対する戦功を認め、深く労うもの也。

 然して、それらの武功を帝室に正式に申し出る事なく帰国したとは、如何なる仕儀であるのか?

 燕国との国境にての不備が起きたとは、それはつまり、彼の国との戦端が開く可能性がありという意味であるか?

 申し開きをすべし。




 静かに聞き入っていた戰は、鷹の言葉が区切られると同時に、肘掛に体重をかけて身体を傾け、深い落胆の嘆息をしてみせた。それを見た鷹は、心の内が、おお、と跳ね上がる。

 ――いいぞ、よい反応だ。

「そうか。代帝陛下におかれては私が気に入らぬ、とのお言葉を下されたか」

「はい、恐れながら。陛下、僭越ながら、燕国との間に、何が?」

「実は、祭国及び禍国と燕国との国境に流れる、雄河おうがだが、かの大河に流れ込む支流に灌漑用水を整備しようと思っている」

雄河おうが……に、で御座いますか?」


 そうだ、と戰が頷く。

 雄河おうがは、竜の尾と呼ばれる、北の酷寒の地と平原を隔てる、大河だ。

露国を源流にし、竜の爪と呼び習わされるこん山脈の豊かな雪解け水を支流より集め、祭国と禍国、そして燕国の間を通り過ぎて、大海へと注ぎ込む。

 雄河おうがは時として、洪水という自然の猛威を振るう。あたかも、竜が怒りのままに尾を振り立てたかのような、大洪水を起こすのだ。

 だが、大河周辺は実り豊かな田畑の候補地でもある。

 生産性を上げれば、国力は自然と増強する。

 洪水が数年に一度起こるから、と打ち捨てておくには惜しい、肥沃な、そして広大な土地が眩しく手を広げて待っているというのに。

 この土地を遊ばせておくなど、為政者として無能者の烙印を捺されるであろう。

 雄河おうがの反乱を、北と南より、即ち燕国側からと祭国側から、巨大な堤防と灌漑用水とを作り上げる事により、共に管理しあおう、という提案だ。


「雄河は、禍国と燕国との国境の一端を担ってもいる。私が祭国郡王として、燕国と雄河を安定させる為に協同目的で動いた事が、上流に位置し、燕国と国境が不確かな土地をもつ露国には、面白くなかったのだろう。不穏な動きを見せたらしい」

「成程、しかしそれでは郡王様が出張られる必要は、ありますまい?」

「燕国王・飛燕ひえん殿より、露国との競り合いになるのは本位ではない故、仲介役を依頼されたのだ。知っての通り、我が妃・椿は露国王・せい殿と縁者である間柄だ。今、この二国間で紛争が起きた場合、祭国は露国の味方をせねばなるまい。巻き込まれるは必定、いや既に、燕国側の血気にはやる一軍が此方を露国の盟友国、仮想敵国と定め、盟約を破棄し、祭国との国境を侵す様相をも見せ始めた、と早馬が来たのだ」

「ほほぅ、それはそれは、ではそれで」

「そうだ、故に、郡王の責務を果たすべく帰国すると決した。その旨は、右丞、其方の父、兵部尚書に奏上を上げよと遣わした筈。なのに何事をもって罪に問われるというのか?」


 戰に妬ましげに睨めつけられても、鷹は鷹揚に構えている。

 自分の言葉は代帝の言葉であり、自分の態度は代帝の意思そのものだ。

 大令・兆殿にも強く申し付けられてきたではないか。

 正式な使者である自分を粗略に扱うという事は即ち、代帝陛下と禍国本国への造反者としてみなされるのだ――と。

 何も手出しはできない者を恐れる必要など、どこにあろうか?

 ――追い詰められてきて、言葉数が多くなられたな、郡王陛下。

 では、決定的な言葉を捧げようではないか。


「然様に御座いますか。では、そのお話は一旦そこまでに。分不相応にも代帝陛下に成り代わりて、申し上げる栄誉を得ておりますれば、続けさせて頂きます――過日、先代皇帝に当たられます景陛下の三回忌は、恙無く執り行われまして御座います」


 次代の皇帝の座を争う一員として、これ程の衝撃を受ける言葉はあるまい。

 先帝の三回忌に欠席するなど、皇子として、どうにも申し開きの出来ぬ仕儀。

 さあ、郡王よ、どう出られる?

 このに申し開きをしてみるがいい、代帝へいかに成り代わり、聞いて差し上げよう。


 ああ、私というおとこは、今、一世一代の晴れの舞台に立っている――

 鷹は酔いしれていた。



  ★★★



 そもそも。

 代帝・安は、己の地位を安堵する為に、戰の後見となるとした。

 が、幾ら自分を、夫であった皇帝・景と実父、そして実兄である兄たちより、男児を産めぬ無能者呼ばわりさせる原因あった姫君であろうとも、矢張、実の娘であるそめ姫の方が大切であるには違いなかった。

 三回忌を待ってから嫁下すれば、其れでなくとも大年増の年齢を超えている染姫は、外聞が更に悪くなる。その事を気に病んで、王城内で荒れていると聞きおよべば、安とても此れまで冷たく対してきた分、せめて帝位に座る今くらいは親らしき事をしてやりたい、とわざとらしく、芝居掛かった嘆息をする。

 その代帝に進言をしたのが二位の君である乱であったのは、先述の通りだ。


 ――三回忌を早め、執り行われませ。さすれば厄年が迫られるよりせんに、御嫁下して頂けます。恐れながら皇女殿下のご尊厳をお守り致しますには、此れしかありませぬ。


 乱の奏上を耳にした代帝・安は、殊の他、喜びをみせた。

「その為に必要であるならば、乱よ、許す故、何でも致すが良いわえ」

 そして乱に声をかけた折、背後に控えていた兆に直々に声をかけた。

 二位の君・乱を、実質的に動かしているのは、仕えている左僕射・兆であると看破していたのだ。

「其方、大使徒・じゅうの実子にして、大令・中の養子であったか、のう……?」

 思わず知らず平伏し、這い蹲る兆に、代帝・安は口角をにやり、と持ち上げてみせた。

 巨大な羽の飾りを付けた扇を優雅に揺らす宮女の、更に横でへばりつくように控えている宦官の一人に、顎をしゃくる。

「左僕射・兆を、今この刻より、其方を大令とする」

「ははっ」

「そのように、適当に計らってやるが良いわえ」

「はっ」

「先代皇帝の三回忌は、乱よ、其方が背後に控えおる、大令・・と共に執り行うがよいぞな」

 代帝・安の言葉を、兆は激震に耐えながら聞いていた。

 即刻、下された命令は実行された。

 喚き散らす大令・中は野盗に攫われるが如くに、王城から追い払われた。

 全ての品官を剥奪された上で、だ。

 そして、中が残していった全ては、新たに任命された兆が引き継いだのだった。


 代帝・安は、今や、事ある毎に、居並ぶ帝位継承権を持つ皇子たちを試している。

 と言うよりも弄んでいる、と言ったほうが最早正しいだろう。

 安の一言に皇子たちは日々、右往左往させられ、疲弊しきっている。

 そんな中で今、禍国の王城でその名を高々と示しているのは、代帝・安の娘・皇 女染姫の為に妙案を奏上した二位の君と、その随一の身内として輝くのは、安の声が掛かりで特進を果たした大令・兆だ。

 二位の君・乱は、恙無く三回忌を執り行い、大令・兆は皇女・染姫の嫁下の準備も完璧に整えている最中である、と代帝・安の覚えが高い。

それは即ち、二位の君である乱が、皇帝の座に一歩近づいたのだ、という事に他ならない。

 大使徒・じゅうもまた、仕えるべき主である皇太子より離れ、二位の君を擁立する意思を固めたと噂が走りだしている。その証拠に、大使徒でありながら、二位の君の背後で三回忌の席に立っていた。

 この衝撃は凄まじかった。

 神聖な儀式の場に響めきが走った程であり、列席した皇子も臣下たちも、天の『皇太子』という肩書きが、はっきりと霧散して消え失せたのだと認め合った。


 この己の立場の危うさを打ち消そうとしてか、皇太子・てんは大保・じゅと共に、新法の提案を奏上したのだ。

 挙げられた徳政を表す為の新法は、代帝・安より実践する許しを得た。そちら(・・・)の政治に関しては、全く興味も関心のない安は、こんな新法には、元より注目はしていない。其れ程言うなら勝手にやれ、程度のものだ。

 が、この新法の意味を僅かばかりでも解する者は、新法の草案を纏めて皇太子に提示したという、大保・受を見直し始めている。そして、皇女を妻として得るが故に、政界にて発言権を完全に失う迄の間に、大保が何か事を起こすのでは? と固唾をのんで見守っている。

 大使徒という後ろ盾を失い、最後の砦である受を失おうとしている天自身は、どう見ているのか、というと、既に地に落ちている。どうせ早晩、政務に関われなくなる身の上だ。ならば、天地を反転させてでも、乱と戰を筆頭とした異腹弟おとうとたちを蹴散らす何事かを仕出かせ、と受を睨めつけている。



 繰り返しすが此度、戰に正使が遣わされたの表向きの理由。

 戦勝報告を怠り、しかもその後、釈明をせぬままの態度、そして、三回忌に出席しなかった不孝不忠不敬の大罪に対する尊大さの断罪だ。

 帝室に対する背信、及び国家への背叛と捉えて良いのか、申し開きをできるものならしてみせよ、という意だ。

 しかし後見を買って出ている皇子へ、この仕打ちは到底有り得ない。本来であれば、兵部尚書の奏上のみで喪って良しとするどころか、不問も不問、重ねた戦勝の大きさから見れば通り過ぎてよい瑣末な事だ。ねちねちと指摘する方が、どうかしている。

 この行為は、代帝・安が、皇子・戰と、距離をとりたがり始めているのだ、と王宮内に仕える主だった官僚たちには捉えられている。

 即ち。

 次代の皇帝の座は皇太子・天、二位の君・乱、祭国郡王・戰の何れの頭上にもまだ定めぬ、という意思表示。

 その証に、三回忌が済んでも代帝・安は、肉の厚い尻を玉座からあげようという素振りさえみせないではないか。

 帝位継承権争いは仕切り直され、いよいよ此れからが本番である、と代帝・安は宣言しているのだ――と。


 そして祭国に向かう正使には本来、誰が就いてもよかった。

 しかし大令に就任し、正使任命を代帝・安より一任された兆は、直々に鷹に声をかけたのだ。使節団を率いる長として相応しく、品官も一足飛び以上に与えられ、父親である兵部尚書・優の管轄以外での異例の出世に、官僚たちも一気に鷹に注視するようになった。

 右丞となった鷹は、自分を政争に引き入れた、魍魎の如きに暗躍する人々の力をも、己のものである・と大きな錯覚に陥っていた。どうだ、と言わんばかりに胸を張って、無邪気に鷹が喜んでいられるのは、その裏の、兆の思惑に気付いていないからだ。

 兆の思惑とは、そう、予てからの懸案である、二位の君から戰へと主の鞍替えをする事だ。

 誰でも構わない役目に、真の父親である兵部尚書・優の正室との長子である鷹に白羽の矢を立て、全くの盆暗である彼に右丞の地位まで与えたのも、主替えの捨て駒とする以外に理由などはない。

 常に差別的で恣意行為を止めぬ鷹が思わぬ出世を果たせば、必ず思い上がった行動に出る。身の丈と、実力にそぐわぬ地位を得た鷹は、早晩、失態なりなんなり粗相を犯す。

 そうなれば父親である優も、共に連座して責任を負わされるのは必定。戰は、禍国の大切な基盤と手駒の一つを失ってしまう。

 その時、優を守ってやるには、右丞を庇護せねばならず、その為には直属の上官が必要だ。つまり、戰の禍国での立場を守る第一人者であり、支持者の筆頭である兵部尚書・優の身を安堵したければ、大令・兆を幕僚として迎え入れるしかない。

 この先、禍国での政権争いに打ち勝ち、見事、皇帝の座を射止めんとするのであれば、代帝の覚え目出度きこの大令・・を懐深くに入れるしかない、と使者に立った右丞・鷹の人物をみれば、皇子・戰は直様悟ると兆は読んでいるのだ。

 大切な右腕である兵部尚書・優を、共に破滅に引きずり込まれたくなければ、愚か者のみを糾弾できる者を、そう、大令・兆を身内にするしかないのだ。


 代帝・安、そして兆の思惑に、どっぷり浸かりきっているとも知らず、鷹は見えぬ操糸に引かれるままに踊り続けて、祭国までやってきたのだ。


 戰が禍国を離れている間に、王城内での派閥の力関係は、更に大きく歪みを加えて、此処まで変容を遂げていた。



 ★★★



 伝えねばならぬ言葉を全て吐き出しきると、鷹は戰の言葉を待った。

 ――一言では、とても答えられまい。

 特に、国境の不備が為に勝手に帰国し、その釈明すらしておらぬ間に、三回忌が済んでしまったのだ。燕国と露国の小競り合いが事実であれば、帰国はまあ許されるとしても、三回忌を欠席した汚点は、どうにも拭い取れぬ。

 どう弁明すべきであるか、言葉を選びきれず、途方に暮れておられるのだな。

 そう、大令・兆様より見出されて右丞に取立てられた私も、一廉の者だからな、迂闊な言葉は吐けぬのは道理だ。

 暫しの沈黙の後、浮き立つ心を抑えるのに躍起となっている鷹にむけ、戰が重々しく口を開いた。


「先にも言ったが、帰国の理由について、私は、兵部尚書を遣いとして奏上を上げている。この祭国から離れらぬ事も含めてだ。だが代帝陛下には、正しく伝わっていないようだな?」

「は、恐れながら我が父、兵部尚書にして宰相が戦勝報告の謁見の栄誉を賜りました折、此度の事例は祭国の重大な内奏ないそうであるが故、国境に不穏な影有るが故のご帰国である、とのみをお伝えした後、改めて正式に申し上げる、とした筈ですが」

「成程、分かってきたぞ。兵部尚書としては、己の口から申し述べて、進講しんこうであると受け取られてはならぬ、と気を使ったのだな。代帝陛下におかれては、戦勝報告の謁見時に奏上した概要の言葉のみ受け取られ、兵部尚書が改めて行って呉れた我が奏上は、正しく伝わっておらぬ、というわけか」

「そのようです」

 分かりきっている事を、何度も戰の口より繰り返えし確かめさせて、態と回りくどくさせている。教えられた通りとはいえ、それにより自身が大きく見え始めている事実に、鷹は深い愉悦を感じ始めていた。

「そして我が父にして偉大なる先の皇帝陛下の三回忌であるが、繰り上げて執り行うなどという一大事が、此方には全く伝わってきてはおらん。聞きおよべば、何とかしたものを。右丞、此れはどういう事か」

「はて、何故に重ねに重ねて、そのような不思議が?」

「何処の誰が、何時、何処で、どうして、私の奏上と代帝陛下の勅使を、握り潰し滞らせていたのであろうか?」

「さて、どうなっているのでありましょうな?」


 無礼千万にも、にやにやと口角を歪めている事に気が付きつつも、鷹は戰を注視し続ける。もう、背後にいる異腹弟・真の事など、どうでも良くなってきていた。

 ふと、戰が視線を静かに動かした。

 未だに、蝉時雨の隙間をぬって、ぽうぅ……ぽうぅ……という蟇目の音が飛び交っているに、僅かに気をそらせたのだ。

「――嫌な音ですな、耳に残り、何やら落ち着かなくさせますな」

 尊大な言葉使いになっているのに気が付きもせず、鷹は同意を求めた。


 頬と口角が、ひくひくと痙攣ぎみに吊り上がっていく。

 鷹は、蟇目の話題について、戰の同意を得られなくとも良かった。そんな事はどうでもいいのだ。

 此処までくどくどと繰り返して蒸し返し続ければ、郡王は自身の立場の危うさを、骨身に染みて思い知っただろう。

 この難局を乗り切るには、充分に考え尽くせば、今、代帝の覚えが最も高い者を身内に取り込むしかないと悟られる筈。

 そう、三回忌だけでなく、続く皇女・染姫の御嫁下の儀を取り仕切る、大令・兆殿をおいて他はない。私という人物の向こうにおられる大令殿の存在に気が付けば、縋るしかない、と結論は行き着く筈なのだ。


 しかし、熟考する時間を戰に呉れてやる間、鷹としては間が持たない。

 有り体に言えば、暇だ。

 だから独り言ちるようにみせかけ、まるで咒いのような、人を不快にさせる中途半端なあの音を責めてみたのだ。


 ――今、この場において、このが! 郡王・戰の禍国での生殺与奪の権限を、握っているのだ! このくらい……!



 愚者のみが沈む底なし沼は木の葉に隠されており、実はその上で、他人の手拍子にのり、踊り狂っているとも知らず。

 大令・兆との仲立ちが出来るのは己のみ、という立ち位置に、鷹は酔いしれていた。





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