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平凡少女シリーズ

平凡女子のあまり平凡ではない(かもしれない)日常

作者: 彪紗

私、野木音々には隣の家に住む同い年の幼馴染がいる。


まるで漫画に出てくるような、運動神経のいい子供なら窓を伝って行き来できるくらい近い部屋の配置。


だから、お互いの部屋に遊びに行くことが毎日のようにあった。

幼馴染―牧井瑞貴は昔から運動神経がよかったから、幼稚園くらいの頃にはもう部屋を移動出来ていたんじゃないかな。


漫画などのフィクションでは異性であるにも関わらずいつでも一緒だったり、恋愛感情をお互い抱いていたりする。


現実では異性の幼馴染なら尚更お互いの繋がりが薄くなるから、そんなことはないと笑い飛ばされる。


私たちはどうか。

恋愛感情はともかくとして、いつでも一緒なのは否定できない。


中学生の時は、成績は多少偏りがあっても運動神経がよく、中性的でかっこ可愛い系の見た目に明るくて意外と男前だったりする瑞貴は人気者で、「あーいるいる」的な平凡でモブキャラ顔の私と幼馴染だと知るのは小学校が同じだった子くらいという繋がりの薄さだった。


それが、とある事件を境に希薄だった関係が変わった。


高校生になった今…というか中学の時の事件以来、瑞貴は私にべったりだ。

そうなってしまったやむを得ない理由があるということは中学の担任から高校の先生に申し送りをしてくれているから、この学校の性質を考えても、私と瑞貴のクラスが離れることはないのだと思う。


「相変わらずべったりだなぁ…」


昼休み、弁当を一緒に食べていた友人の鈴原澪が苦笑しながら言った。

ショートヘアと精悍な顔つきのせいもあって、服装次第では少年にも見えてしまう彼女は中身までイケメンの条件を揃えている。

どちらかと言えば頼りになる女子に弱いような男子はおろか、女子生徒にまで人気があり、告白されたと困ったように笑っているのを何度見たことか。


…何で私みたいな平凡女子と仲良くしてくれてるんだろ。

得することなんてないのに。


「ま、瑞貴が落ち着くまでだと思うよ」

「その落ち着く時が来るかはぁ、分かんないけどねぇ~?」

間延びした口調。


「凪、そういうことを言うのは失礼だと思うぞ」

「ごめぇん」

うん、私じゃなくて澪に謝るってことは全く悪びれてないよね。


この子―御神凪は悪い人じゃないんだ、別に。


戸籍上は男性だけど、女子の制服で通ってるという所謂男の娘。

もちろん、公の場の式典とかでは一応男子用の制服を着るように言われているようだけど、普段は女子用でも良いと許可が出ている。


お家の事情があるのか、それともただの個人的な好みなのかは分からないけど、凪も人物としては濃い。


性別が男性だから、男の好む女の子像がばっちり分かるわけで、現に男子生徒から告白されることもあるそうだ。


反面、顔は良いものの自分よりも女子力が高い男子は敬遠されるのか女子からはあまり告白されず、むしろ両方の性別の気持ちが分かるということで恋愛相談に乗ったりして友情を築いている。


澪と凪は小学生の時からの仲なのだそうだ。

…別に付き合っているわけではないけれど、付き合ったら男女逆転カップルとして校内で話題を呼びそうだと思う。


「…ただいま」

「ああ、おかえり、瑞貴」

すとん、と私の隣にある椅子に座った瑞貴は、疲れたような表情をしている。


「腹減った…」

彼はお昼休みの最初に呼び出された。よくある告白というやつだ。

今回の相手は確かちょっとおとなしそうで、可愛らしい女の子だったと思う。


だから、瑞貴も一人で行けたんだけど。


「疲れた顔してるけどぉ、大丈夫ぅ?」

凪がにやにやしながら聞いている。

…大丈夫じゃないのを分かってるくせに聞くんだから、凪はサドっ気があるんじゃないだろうか。


「断ってんのに戻らせてくれないんだよ」


あー、大人しい顔はしてたけど食い下がる系か。

本来の瑞貴は明るい性格だし人とのコミュニケーションも得意で、言いたいこともちゃんとはっきり言えるタイプだ。

…最終的にお断りの旨を伝えてさっさと帰って来たってところかな。


「お疲れ様」

「…うん」

男子にしてはちょっと少ないかな、と思うような弁当をさっさと食べ終えた瑞貴が、私にもたれかかる。

信頼している誰かとくっついているのが、心が疲れた時の充電、だそうだ。


あの事件の前までは、精神的なストレス解消は一般的に言われているようなとにかく友達と騒いだり一人でのんびりすることだけでよかったのに、と瑞貴は落ち込んでいた。


ちなみに彼の身体の回復手段は甘いものや美味しい物などなど、とにかく好きな物をたくさん食べること…だった。

今の彼の身体の疲労回復手段は何もせずぼーっとして音楽を聴いたり読書をしていることだそうだ。


なら眠ればいいと思うだろうが、瑞貴は昔から自覚するくらい身体的に疲れている時に限って悪夢を見る性質があった。

例えば、小学校の時分にあった運動会の後には何故か私と喧嘩して絶交する夢を6年連続でみていたらしい。


当時は、顔をぐちゃぐちゃにして振り替え休日になった月曜日に私の部屋に乗り込んでくるのが毎年のことだった。


ちょっと疲れているかな、程度の時の方が夢を見ないと言う。



―そんな日の放課後。


私は部活でもある図書委員会に所属しているので、図書室の隣にある司書室に向かっていた。


「ちょっといい、野木さん」

3年生で美人と有名な彼女が何で一般生徒の私を知っているんだと思ったが、ピンときた。


―瑞貴関係のお話(制裁)だ。


人気のないところに連れて行かれながら、面倒だと思いつつも、司書室にもういると思われる人を適当にメール送信履歴から探して、遅れる旨をメールした。


さて、今回は過激派(物理攻撃)穏健派もどき(精神攻撃)か。


「単刀直入に言うと、牧井君から離れて欲しいの」

とりあえずは穏健派もどき(精神攻撃)か。


「そうよ。恋愛感情がないなら…近寄らないで!」

はぁ、向こうから近づいてくる場合は逃げろと言っているんだろうか。

普通に考えてアンタらよりも優先順位が上の相手を傷つけてでも逃げ回れと?

それでも追いかけてきたらひたすら逃げるんですか。

永遠に追いかけっこしろと?

押してダメなら引いてみろの作戦だと勘違いされて過激派から目を付けられて暴力を振るわれたら責任を取ってくれるのかな。


「貴方みたいなブスにつきまとわれて、瑞貴君だって迷惑してるんだから!」

はぁ、ブスは否定しませんが、性格ブスになるよりはマシでしょうに。

それに、迷惑って…それを瑞貴から聞いたとでも言うのだろうか。

むしろ精神的に私に対して依存する形になってしまっていることやこういう面倒が起きていたことに、中学時代「迷惑かけてゴメン」と泣きそうな顔で謝ってきたのは瑞貴で、何があっても彼を放り出さない覚悟を決めていた私は彼の気が済むまで側にいようと思う旨をちゃんと言ってある。

だから離れる気があれば瑞貴はすぐにでも離れられるのだ。


「貴方達、そこまで言うとただのイジメよ。だけどね、野木さん。あたしたちは本気で牧井君のことが好きなの」

それは分かります。

でも、徒党を組んで一人をよってたかってってのは褒められたことじゃないし、身体的でも精神的でも集団リンチ的なことは瑞貴の一番のトラウマだから、逆に知られたら嫌われると思う。


「なのに彼を好きでもない貴方が側をうろうろしているのは…そういう人たちに失礼だと思わないのっ?」

はぁ、恋愛感情はともかく、幼馴染としてなら好きですが。

それに、そこまで好きなら貴方達も友達になりたいとちゃんと近づけばいい。

近づくための行動も起こさず、その人の仲がいい人に言葉で攻撃して、それでお昼ご飯を危うく食べられなくなるくらい時間を奪って告白して。


知らない相手に告白されても困るっつーの。

ストーカーと同じだろ。


…おっと、口が悪くなった。


「じゃあ、一つ聞きますけど。貴方達は牧井瑞貴という人物のこと、どれだけ知ってますか。誕生日くらいは知っているでしょうけど」


―…シーン…。


誰も知らないのかよ。

…高校に入ってからでも誰かには話せていそうな情報なら…。


「好きな科目と苦手科目、分かります?」

「とっ、得意なのは…えぇと…社会科」

「苦手は…理系科目の点数が低かったような…」

「一番得意で、好きな教科は国語だと言ってましたよ。一番苦手で点数も低いことが多いのは数学です」

まぁ、あの事件が起こる前は体育も楽しんでいて、得意科目だったんだけど。

あとは音楽は好きだけど楽典は苦手だったし。


「そんなのでよく好きだって言えますね。瑞貴とちゃんと話したことがありますか?深く突っ込んだことはよっぽど信頼していないと話さないでしょうけど、誕生日とか血液型とか好きなものとか嫌いなものとか…そんな普通の日常会話でも聞けることはちゃんと教えてくれると思います。明るい性格だし、人と普通に話すこと自体は嫌いじゃないはずだから」

ただ、見知らぬ人だと私のいる場じゃないと接したがらないだけで。


「う、うるさい!!」

私をさっきブスと言った女子が、拳を振り上げて私の頬を殴る。

元々過激派だった人なのか。


そのまま出て行く彼女。

私を呼び出しに来た3年生を筆頭に女子たちが立ち去る前に、3年生の先輩は私に一言詫びて、それでも「今日のことは本気だから」と釘を刺していった。


私も、司書室に行こう。

…図書室への道すがら、私は事件のことを思い出していた。


―中学時代、その日の私はたまたま、一人で人気のない、それこそ合宿の宿舎代わりくらいにしか使わない旧校舎にふらふらと歩いていく瑞貴を見かけた。


許可がないと入れないのに、と思ってこっそりと後をつけた。


「ふっ…く…っ」

壁に寄りかかってしゃがみ込んだと思ったら、瑞貴は泣いていた。


「…瑞貴?」

「!…音々…?」

ず、と、鼻を啜る音。


「隣、いい?」

「…ん」

「何か、喋るの久しぶりだね」

「…うん」

「飴、いる?」

「……いい」


はて、と内心首をかしげた。

瑞貴は甘い物が好きだったし、食べること自体も好きだと思ったんだけど。


「…っていうか…瑞貴痩せた?」

「…!な、んで…」

「制服。入学した時みたいに緩くなってない?」

「……」

それきり、瑞貴は黙り込んでしまった。

ちらちらとだけ、同じように黙る私を見てくる。


「瑞貴が話せるなら…何があったか聞いてもいい?」

そう言うと、瑞貴は学校じゃなくて家で話したいと言ってくれた。

聞かせてくれる話はたぶん原因となっているすべて。

長くなるから、誰にも聞かれない、どんなに時間がかかってもいい家を選んだ。


放課後すぐ、部活を休んだ瑞貴は帰宅した後、私の部屋に来た。


彼から聞かされた話は、信じ難いがどこか納得の出来ることだった。

私はどんどん顔を歪めていっていたんだろう。


話している瑞貴の声が悲しげに弱っていった。

不安そうに揺れ、水気を帯びていく瞳。


私が軽蔑してるとでも思っているんだろうか。


だから、瑞貴から全部聞いたあと、私は出来るだけ穏やかな顔を作り、一言だけ言った。


「そいつら、社会的に抹殺していいよね」


犯人グループが瑞貴に何をしたかは彼の名誉を、逆に犯人グループに私が何をしたかは私の名誉のためにも割愛するが、その行動は中学生の若い行動力だからこそ出来た無茶とでも言っておこう。


世間的には褒められる行動をしたわけではないし。


でも、私は大切な幼馴染のためにそんな行動を出来た私自身を恥じていないし、むしろ誇りに思える。


それから数年たった今もたぶんそいつらは少年院にいると思う。

何人かは刑務所だけど。


瑞貴の心の傷に比べたら軽いくらいだろう。


私が気付いた時でさえ、精神状態は酷いものだった。


食べることが好きだったはずなのに、拒食症になりかけていた。

高校生になっても、まだ一般男子ほどには食べられないから、少しずつ量を増やして、身体を元に戻していっている最中だ。


社交的だったはずなのに、男性恐怖症と人間不信に陥っていた。

だから、告白を受ける時、相手に失礼だと分かっていても、その女子が過激そう、もしくは相手の性別が女子ではなく男子だった場合は私が必ずついていくようにしていた。

まぁ、過激女子の場合は私は隠れ、男子相手の場合は私は側にいるかさりげなく近くを通りがかった感じを装い、すぐに助けられるようにしている。


運動部だったから身体の疲れが酷い時は途中で悲鳴を上げて飛び起きるくらいの悪夢を見てしまって寝不足になった。

大好きだったスポーツなのに、ぱったりとやめて、高校では私と同じ図書委員会に所属している。

読書も私のように雑食性…つまりどんな本でも読み漁るほどじゃないにしても、人気のある本とかは好きみたいだから、それなりに楽しんでいるからそこはまだいいんだけど。


明るい性格でポジティブ思考だったのに、何に対しても臆病になり、ネガティブ思考、精神不安定で泣くことが増えた。

あとあと、テレビの健康番組でやっていた診断テストで客観的に瑞貴の状態を当てはめていくとうつ病寸前だったと分かった。


話すことが出来たのが私だけだったらしく、小さい時、妹ができた頃の寂しがり屋が戻ってしまって、私の部屋に入り浸るようになっていた。

中学校でも、私の側にくっついているような状況。


周りのことも気にならなくなっていたようで、みんなが人気者の瑞貴と、彼にくっつかれている平凡女子の私の関係に首を傾げていた。

幸い、小学校が一緒だった友達が説明をしてくれた。


くっついている理由については、適当に「今まで気まずくなってたけどやっぱり男女の幼馴染だからって離れるのはどうかと思ったから」と誤魔化しておいた。

瑞貴もスキンシップはそれなりにとる方だったから、それでみんなごまかされてくれた。


その名残が高校でも残って、離れることが出来ないでいる、というわけだ。

本当なら高校生なのだからお互いべったりの関係はやめた方がいいのも分かっているし、共依存状態であるだけなのも分かる。


だけど、離れることで相手の心が壊れるなら、ゆっくりと時間をかけてお互いが納得して離れていった方がいいと思う。



モブ顔の平凡女子な私は、その考え方も平凡なのだから。



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