1 ジャージと洗濯物と、バラの花束
喪女、加藤理子と内面ヘタレ・外面極上の幼馴染、木島隆弘と、もう一人の幼馴染の残念な美女、国本美希との恋の顛末。一応続く予定だけど、未定。
ガールズラブのタグがありますが、主人公は異性愛者です。
タグ:コメディー・社会人・喪女・三角関係?・幼馴染・現代・ガールズラブ
土曜日の午後。
本当に久しぶりの休日出勤じゃない休日で、たまった家事をせっせとこなし、山になった洗濯物を洗濯機に突っ込んでいた時、幼馴染の木島隆弘から電話が来た。
『今からそっちに行ってもいいか?』
「そりゃ構わないけど……どした?」
こんな風に突然電話がかかってくることは珍しくない。
相手は小学校に上がってからの付き合いで、もう一人の幼馴染、国本美希と一緒に、私の部屋に理由もなく転がり込んで来ては、食べ物や飲み物を荒らしていくのは年中行事。一人暮らし用の狭い部屋なのに、二人して泊まっていくこともやっぱり年中行事だったけど。
なんかいつもと声が違う。っていうか、がちがちに緊張してる?
『──────あのな…………』
言いよどみ、口ごもり、囁くようにそう言って。また黙ってしまった。ごーごーいっているのは鼻息か?何を興奮しているんだ、変態じゃあるまいし。
「まあ、とにかく近くまで来てるならおいでよ。その方が早い」
『あ……』
何かを言いかけてたみたいだったけど、一回うじうじし始めたら長いのは今までの付き合いから知っていたので、容赦なく電話を切った。
さて、どうせ長居するんだろうから、残りの洗濯は後回しにして何かつまみでも作るか。現在午後の二時。たまには昼からビールでも構わないだろう。
何があったかな?と冷蔵庫を開けたところで、ぴぃーーーんぽぉーーんと妙に間延びした呼び鈴の音が響いた。
随分早いな。この押し方は間違いなく隆弘だけど、もしかしてすぐ近くまで来てから連絡してきたのかねぇ。
そう思いながら扉を開けると高そうなスーツをびしっと着こなした隆弘が、両手いっぱいの真紅のバラの花束を抱えて立っていた。
クウォーターで見てくれは大変よろしい隆弘が、そんなものを持っているととっても絵になるけど、盛装して家に来たことなんてなかったよね。
「…………なんでスーツ?っていうか、なにその花束。誰かからの貢物?」
内面ヘタレ、外面極上な隆弘の顔を見上げると、向こうは向こうでなぜか愕然とした表情をしていた。
「────なんで」
「は?」
「なんでジャージなんだよ!」
いや、そっちこそ、なぜ振り絞るような声?
私が着ていたのは高校生の時の、学校指定の緑のジャージだ。取るのが面倒くさかったので、背中には「加藤」の名札がそのまま付いてる。
なんでこんなのを着てるのかって?
「そりゃあ今週仕事が忙しくて、洗濯してる暇がなかったからだよ。部屋着も全滅だったから」
蛍光色の茶色がかった緑色は、バッタみたいな色とものすごく評判が悪かったが、部屋の中とはいえ下着でふらふら徘徊するよりはマシでしょう。別にこれで出かけるわけじゃなし、見せる……というか見る可能性のあるのは身内同然の隆弘と美希だけなんだし。
休みの日にスーツなんぞよく着るよと思うけど、なんか赤かった顔が青くなって、また赤くなってきた。
……あんた、どっか体でも悪いの?
「そもそも、なんで実家からそんなもん持ってきているんだよ。普通、置いてくるだろ」
「大分前に社員旅行の宴会芸で、制服着て歌うたったの。AKなんとかモドキ。ちょっとイタイ系だったけど、それなりに笑いは取れたよ。その時のついでにね。制服とか体操着とかって高かっただけあって、基本、物が良いじゃない。これも同じ、着心地は悪くない」
何がいけないんだと言うと、隆弘はぶるぶる震えだした。
「──ジャージは嫌だ」
「はぁ?」
「そんなんじゃなくて……ほら、この間の新入社員歓迎会の時用に買ったスーツ着て」
「いやだよ、なんでそんなもん」
もう一回洗濯機回した後は、遅い昼食を作る予定だったんだから、なんで料理作る時にスーツ着なきゃいけないの。あれは私にしてはめずらしいタイトスカートだったから余計に動きにくいのに。
……そういえば、買う時にも美希と一緒にくっついて来て、これがいいって推したのこいつだっけ。普段パンツスーツばっかりだったから、「生足珍しい、似合ってます」って皆に褒められたけど、しばらく日の目を浴びることはないだろう。あんまり着てると「それしかないのか、びんぼーなんだな」なんて嫌みを言いそうな同期に心当たりがあるので、当分の間はクローゼットの肥しだ。
「ああっ!もういいから、着替えろ!」
勝手知ったる他人の家とばかりにずかずか上り込んできた隆弘は、私に花束を押し付けると断りもなくクローゼットを開けて、迷いもなく望みのスーツを選び出すとハンガーごと渡して来た。
「早くそれ着て!」
つい受け取ってしまったけど、隆弘はそれでも止まらないでずんずん歩いて行く。化粧品は……何て事を口にしながら。
「スーツ着せて、化粧もしろっていうの?一体何なのよ」
洗濯の最中だったんで、そっちには使用済み下着やらなんやら、汚れ物が散乱してるんだけど。
ぴたっと隆弘の足が止まった。その視線は、汚れ物の山……ではなくて、洗面所に出しっぱなしにしていた薬の袋に一点集中している。白い薬袋を見ればちゃんと医者に掛ったのだと分かるからか、深刻な表情でこちらを振り返った。
「……どこか具合が悪いのか?」
「……まあ、慢性的にちょっと」
「ちゃんと教えてくれ。……重篤な病気なのか?」
インフルエンザで学級閉鎖になった時にも元気だった私が、風邪を引く訳がない。病院も滅多に行かないのに、薬を飲まなきゃいけない程具合が悪いなら、命にかかわる病気に違いないって思ってるんだろうなぁ。
とりあえずブツを目の届かない棚の中に入れて、悲壮な顔をしている隆弘に努めて軽く言った。
「あれ、ピルなんだ」
「ぴ……る?ピルって、避妊薬の?!」
「そう」
また顔色が変わった。すっと無表情になった後、青を通り越して白くなった後にまた赤くなってきた。
「…………理子さん?なんでこんなところに、そんなものが置いてあるんですか?」
なんで敬語?って思ったけど、ひっくーい声と異様な迫力の目つきで迫って来られたので、努めて平坦に説明すると。
「女は結構デリケートなの。ちょっとしたことでリズムが狂ったりするんだよ。そりゃあ主な目的は避妊だけど、飲んでる間は生理が止まって、飲むのを止めると生理が来んの。忙しくて睡眠不足プラス食事も不規則、短い間で熟睡できるようにお酒を飲んで寝てたら、生理不順になっちゃってね。一応看てもらったら、そうやってピル飲んでリズムを取り戻しましょうってお医者さんに言われたから」
ついでに禁酒を言い渡されて、どうしても眠れない時用に睡眠導入剤も貰った。一回飲んだけど、眠れるけど起きた後もいつまでも眠いので使ったのはその時だけだ。
「生理不順で、ピル?」
「そう」
「避妊が目的じゃないんだな?」
「まあ、酔っぱらった次の日、隣に知らない男が寝てたって事になったら怖いね」
幸いにしてそこまで理性をなくしたことはないが、酔っぱらった勢いで男女問わずキスしまくったことはある。その時は会社の忘年会だったので、しばらくちくちくいじられて大変だったことを思い出した。
ああ、隆弘と美希にもやったことがあったな。会社の同僚相手に比べて、色っぽい空気にならないのが幼馴染のいいところだ。
「大体、ピルって処方箋がないと買えないから、安易に避妊目的ですって言っても貰えない筈だからね」
「……そうなんだ」
初めて知ったとその顔に書いてある。
「……で、あんたは、私の生理不順の詳細を聞きに来たの?」
興奮して、喚いて、赤くなって、青くなって。目的は何だよと思っているけど、まーさーかーコレじゃないよね、という思いを込めて冷やかに言ってやると、また隆弘の顔色が変わった。
はっと何かに気づいたようにこちらを見詰めて固まったあと、更にうろうろと視線をさまよわせながら、うなだれた。
「───────────出直す」
ぽつりと言って踵を返して出ていく隆弘。
「ちょ、この花束は──」
問いかけは、目の前で閉められた扉にぶつかった。
……置いて行ったってことは、権利放棄ってことでいいよね。
訝しい思いを抱えながらも、幼馴染が二人ともたまに変になることは何度かあったので、ありがたく貰うことにした。本当に買ったんだとしたら万円単位であろうことが一目でわかるその花束は、持っている私の格好がアレだが、すごく甘い匂いがしていた。
「洗濯再開の前に、先に活けちゃわないとだねー」
今までの人生、花束何ぞ貰ったこともない私だからして、当然花瓶なんてものはない。代わりになりそうな物があったろうか?
「最悪、洗面所のシンクか風呂桶を犠牲にしないと無理か。それとも小さく小分けにしてコップにでも挿すか……」
それにしても隆弘は一体何がしたかったんだか。
──そう思いながら、私は花束の周りのフィルムをはがし始めた。