変革の波 嵐の一夜7
青年は手を額にあて天を仰ぐ。その表情は辛そうだ。そこへ、数人の兵士たちが青年の方へ歩み寄ってきた。皆、青年と同じシェファーズの鎧を着ている。そして彼らは一様に青年の前で膝をついた。
「イオル様。やはり、シェファーズ王妃アルグリア様と第一王女ディアナ様はすでに王都を脱出した模様です。おそらく、すでにローザリオンの手の者と合流しているでしょう」
「そうか。ご苦労だった。」
青年イオルは額を押さえたまま答える。そして億劫そうに手を振り、彼らに下がれと合図を送る。それを見て、彼らは一斉に立ち上がるり、庭園から去っていった。しかし、兵士の一人は立ち上がったまま立ち去ろうとしない。イオルは訝しげにその兵士を見た。
「どうした? まだ何かあるのか?」
苦笑いを浮かべながら聞いた。
「その…。一つ気になることが」
「なんだ」
「王妃と第一王女の行方は、すぐにわかったのですが、王族の女性たちのなかで一人だけその行方が全くつかめない方がいらっしゃるのです」
「何!」
イオルの笑みが瞬時に消えた。
「後宮に住む王族の方々の保護は我々に一任されたのだぞ! なのに、行方がわからないとはどういうことだ!」
兵士は慌てて跪き、イオルに許しを請うた。
「申し訳ございません」
「それで、所在がわからない方はどなただ」
「第二王女シルヴィア・ソナ・シェルファー様です」
「シルヴィア姫」
イオルは国で仕入れた情報を思い返した。
「確か、シルヴィア姫はリリィアードの……」
イオルの言葉を兵士が引き継いだ。
「はい。わが国のソレンド男爵家の姫君がお産みになられた方です。年のころは十五歳。シルバーブロンドの髪にエメラルド色の瞳をした姫君だそうです。しかし、母君がお亡くなりになったあとは、現王妃アルグリア様の威光に押され、表舞台には一切出られなくなったので、姫のお顔を知るものは、ほとんどいないそうです」
「十五。シルバーブロド……エメラルドの瞳!」
イオルは庭園のある一点をみつめた。それは彼女が消えた場所。
兵士はイオルのそんな反応に気づかず報告を続ける。
「一説には、王妃アルグリア様から、ひどい扱いを受け、王女とは名ばかりの生活をしていたと」
その言葉にイオルは驚き、目を見開いた。
「ただのうわさだと信じない者もいますが、私は真実ではないかと思います」
「どうして、そう思う?」
「アルグリア王妃のリリィアード嫌いは有名ですし、王妃の気性の荒さは諸外国に鳴り響くほどですから……。アルグリア王妃を知る者は口々に言っています。『あの王妃ならば王女を虐待していても不思議ではない』と」
その報告に今までの疑問が一気に解決したかのように思えた。なぜ、シェファーズ国王に危機が迫っているという話にあれほど取り乱したのか。なぜ、誰もいない、しかも恐らくアルグリアが命じてつけさせたであろう炎の中に一人取り残されていたのか。なぜ、ディアナのドレスを身に着けさせられ、ディアナの部屋に閉じ込められていたのか。イオルはそれらの状況に明確な殺意がこめられているようで、ずっと訝しく思っていたのだ。
『すべてが繋がった。ならば、彼女がしようとしていることは』
イオルは西にある建物に目を向けた。そこにあるのはシェファーズ国王がいる王城だった。