変革の波 嵐の一夜6
「あっあの」
彼のすばやい行動にシルヴィアが戸惑っていると、青年はこう言った。
「火の回りが速い。早くここから立ち去るべきだ」
青年は周りを気にして歩きながら、現在の状況をシルヴィアに教え、聞かせた。
「リリィアード軍が王都に通じる最後の関門を突破し、王城の城門にまで達したことは知っているかい?」
シルヴィアの手がビクッと反応し、歩みが止まろうとするが、青年が立ち止まろうとしないので引きずられるように前に進む。
「その様子だと知らないようだね。まあ、無理もない。王族に見捨てられたのだから」
青年の言葉にシルヴィアは息をのむ。
「あの部屋は王妃アルグリアが息女、ディアナ姫のお部屋。火が放たれた後宮に似合わぬドレスを着せられ閉じ込められていたということはそういうことだろう?」
シルヴィアの手を握る青年の手に力がこめられる。
「君はディアナ姫の侍女ではないのかい?」
「……」
シルヴィアは、先を歩いていく青年の背中を黙ってみつめた。
「リリィアード軍の先鋒は【鬼神アスター】。リリィアードの第一皇子にして連戦連勝の無敗の将軍。シェファーズが勝つことは万に一つの可能性もない」
「そんなことは……」
「ある」
シルヴィアは叫んだ。
「なぜ、そう言い切れるのですか……」
青年はなおも歩きつづけ、シルヴィアに言った。
「さきほど、城門が破られ、王城にリリィアード軍が流れ込んできた。狙いは国王だ」
シルヴィアは握られた手を逆に掴み返し、もう一方の手で彼の腕を掴み、立ち止まる。すると、青年はようやく、シルヴィアを振り返った。シルヴィアの顔は真っ青だ。
「今、なんて……」
青年はシルヴィア顔を見つめながら答えた。
「リリィアード軍が城門を突破し、王城に進軍した。シェファーズ国王を捕らえるつもりだ」
突然シルヴィアは青年の腕を振り切り、身を翻そうとした。
「どこへ行く!」
しかし、青年に手首と肩をつかまれ、身動きがとれない。
「いやっ! 放して! 私は行かなければならないの!」
腕をめちゃくちゃに振り上げるが、青年の身体はびくともしない。
「王城にいくつもりか? どうして!」
「お願いだから、放して! 行かせて! お願い!」
シルヴィアは泣き叫びながら青年から逃れようとする。
「君は一体……」
その尋常ではない状態に押され、青年の手が一瞬緩む。
「放してーーー!」
シルヴィアは機を逃さなかった。自分が持てる力すべてを使い青年を思い切り突き飛ばす。
油断していた青年は後ろに二三歩よろけ、シルヴィアはその隙に後宮の庭園を突っ切っていった。
「待つんだ! もう間に合わない。行くな! 行くなー!」
そう言って、青年はシルヴィアを追いかけた。いや、追いかけようとした。しかし、入り組んだ庭園の中にシルヴィアの姿は消え、見失ってしまった。
「くそっ!」
青年は少し長めの髪をかきあげながら、周りをぐるりと見渡すが、霞のように掻き消えたシルヴィアの姿を見つけることはできなかった。