変革の波 嵐の一夜4
悲鳴をあげるのと同時にハッと目が覚めた。
『ゆめ……』
シルヴィアは身を起こすと、胸を押さえ、ハアハアと息をした。呼吸が荒い。動悸が激しい。額からは大粒の冷や汗が……。元々抜けるように白かった肌がますます青白くなっていた。嫌な予感がする。
『急がなければ大変なことになる』
なぜかそう思った。しかも、シルヴィアのこういった第六感は外れたことがない。シルヴィアは今まで寝ていたベッドから跳ね起きるとドアに駆け寄り、ドアノブを捻り開けようとする。だが、ドアはびくともしない。
ガチャガチャガチャガチャと何度もドアノブを回してドアを開けようとするが、やはり開かない。
『どうして!』
シルヴィアは、ドンドンと激しくドアを叩いた。
「誰か! 誰か! いないの! お願い! 開けて! ここを開けて! お願い! 開けてーーーー!」
力いっぱい叩くがびくともしないドアにとうとうすがりつき、シルヴィアはそのまま、その場に崩れ落ちた。
「お願い……」
シルヴィアの瞳から涙が零れ落ちる。
「ぐすっ。ぐすっ」
しばらくそのまま泣き続けていたが、時間が経つにつれて焦っていた心も落ち着きを取り戻し、自分が置かれた状況を冷静に考える余裕ができてきた。シルヴィアは流れ落ちる涙を手でぬぐいながら、閉じ込められた部屋を見回す。すると、ある事に気がついた。
『ここは……』
この部屋はシルヴィアの部屋ではなかったのだ。金や赤色が氾濫しているこの豪奢な部屋は白を基調としているシルヴィアの部屋とはまるで対照的だった。そして、自分の衣服を改めて見てみた。
『このドレスは……』
真紅のドレスに黄金のネックレス。自分の服ではない。ディアナのだ。そのことに気がつくのを待っていたかのように突如、頭の中でフラッシュバックが起こる。
『お母様!そんな子など放っておいて早く逃げましょう!』
『さぁ、そこをお退き!』
『今、伝令が来て、リリィアード軍が王都に通じる最後の関門を突破したそうです』
『ふん。元々、なりたくてあの男の妻になったのではないわ。わたくしの命をかけるほど
の価値もない男など、最早どうなろうと知ったことではない』
『ディアナの衣装を身に着けさせ、部屋に閉じ込めておけ。わたくしたちが脱出するまでの時間ぐらい稼げるであろう』
「ディアナお姉さま…。お母様…」
シルヴィアは床についている拳を握り締め、覚悟を決めた。ここであきらめるわけにはいかない。シェファーズ王都は陥落寸前。夢が実現する可能性は高い。
『お願い。死なないでください』
シルヴィアは部屋をもう一度見渡し、脱出方法を模索した。しかし、その時、予期せぬことが起こった。シルヴィアの後ろにあるドアの隙間からもうもうと煙が入り込んできたのだ。
「きゃっ!」
シルヴィアは反射的にドアから飛びのく。煙がこんな所に入ってくる理由はただ一つ。この建物に火が放たれた。それしか、考えられなかった。
『一体誰が……。まさか、もうリリィアード軍がこの王宮に入り込んだの?』
リリィアードの仕業なら急がなくてはならない。
『どうにかして、ここから外に出なければ』
ぱっと後ろを振り返るとシルヴィアの眼に大きな窓が飛び込んできた。シルヴィアは飛びつくように窓を開け放つと、強い風がシルヴィアの髪をなびかせる。だが、意を決して下を見たシルヴィアはその場でへたり込んでしまいそうになった。地面までは遥か下。窓の下には一面の草原。地面まで遮る物は何一つなかったからだ。ここから脱出するのは絶望的。しかし、シルヴィアには落ち込んでいる余裕などない。呆然としてる間にも煙はどんどん進入してくる。
「ごほっごほっごほっ」
このままここにいれば、確実に死に到る。だが、ここから飛び降りても地面に激突して死ぬ。
『どうしても、あきらめるわけにはいかない。でも……』
シルヴィアはすがるような思いで後ろを振り返るが、煙の量は先ほどの倍以上、増えていた。しかも、とうとう火が回り、ドアが焼け始めている。
「ごほっごほっごほっごほっ」
最早、逃げ道はどこにもなかった。