終章 あなたにすべてを捧げます2
「なずなの花はシェファーズの国花です。なぜ、なずなの花が国花になったのかアスター様はご存知ですか?」
「…いや」
まともな思考力を失っているアスターは、それしか言えなかった。
「建国神話の中で聖女シェルファー様が始祖カイゼル王にこの花を誓いの花として捧げているのです」
「誓いの花?」
「ええ」
シルヴィアは語る。
「戦が終わり、シェルファー様は神の世界へと戻らなければなりませんでした。ですが、シェルファー様はカイゼル王とともに生きると決められました。そのとき、シェルファー様は道端に咲くなずなの花を手に取るとカイゼル王に言いました。『私のすべてをあなたに捧げます。神の怒りに触れ、この身が焼かれようとも、朽ち果てようとも、私の心は、魂は、いついかなるときもあなたの傍にいます。永遠の愛をこの花に誓いましょう』と。そして、シェルファー様はカイゼル王にこの花を捧げられたのです。その後なずなはシェファーズの国花となりました」
シルヴィアの言葉一つ一つがアスターの心にしみていく。そしてシルヴィアはアスターの前にひざまずく。
「アスター様。私のすべてをあなたに捧げます。神の怒りに触れ、この身が焼かれようとも、朽ち果てようとも、私の心は、魂は、いついかなるときもあなたの傍にいます。永遠の想いをこの花に誓いましょう」
アスターの手は動かない。一拍おいた後、アスターは眉間にしわをよせ、シルヴィアから視線を外す。
「シルヴィア……。俺は鬼神だ」
「はい」
「鬼と呼ばれ、鬼と名乗っている人間だ」
「はい」
「鬼は人ではない」
「はい」
「だから、人間なら誰もが持っている甘ったるい感情などない」
「はい」
「人を愛し、慈しむ心など、俺にはない」
「……」
シルヴィアはその言葉に少し悲しそうな表情をする。
「俺の人生は血塗られている。穏やかな生活などありえない。俺が望まずとも傍にいれば問答無用で巻き込まれる。今回のように」
二人の脳裏にあの森での出来事が浮かぶ。
「それを承知で、そんなことを言うのか……」
シルヴィアは迷わず答える。
「はい」
シルヴィアの穏やかな表情は変わらない。すべて悟ったかのような微笑みだった。
「これは、私の自己満足です」
アスターの視線がシルヴィアへと戻る。
「あなたに変わってほしいわけではありません。ただ知っておいてほしかったのです。私の想いを」
少しの沈黙ののちシルヴィアは言った。
「あなたを愛しています」
我慢できずアスターは叫んだ。
「俺は、お前の父を殺したんだぞ!」
シルヴィアは正直な気持ちをアスターに吐露した。
「ええ。あなたは父の仇、そのことは許すことなどできません。一生」
シルヴィアの強い光をたたえたまっすぐなその視線にアスターは気おされる。
「ですが、憎みたくても憎みきれないのです。でも、それが今の私です。あなたに対する憎しみも怒りも
愛情もすべて……あなたに捧げます」
その瞬間、アスターの体が動いた。なずなの花束をシルヴィアの手ごと握り締めると思いっきり引き寄せたのだ。
右手でシルヴィアの手を左腕でシルヴィアの背を抱く。そして耳元でシルヴィアに囁いた。
「おまえのすべてを俺のものに……」
シルヴィアの想いがアスターに届いた。嬉しさのあまり彼女の瞳から涙がこぼれる。
アスターは左手でシルヴィアの髪をかきあげ、そっとその涙を拭った。
そして、彼女の頬に手をそえると己の顔をゆっくりと近づけていく。
満天の星空の下、月光に照らされた二人の影が重なり合う。
それは、二人の誓いの口づけでもあり、そして・・・・・・。
初めての口づけでもあった。
完