終章 あなたにすべてを捧げます
終章 あなたにすべてを捧げます
王城では戦勝の宴が催されていた。シルヴィアの起こした奇跡に皆興奮し、彼らは口々にこう言う。
『シルヴィア姫は神の娘だ。』と。しかし、そこにシルヴィアの姿はどこにもなかった。
彼女はひっそりと寝所のバルコニーにたたずんでいた。
「この戦の功労者が、こんな所で何をしている」
「アスター様」
振り返ると、そこにはアスターがいた。アスターがゆっくりとこちらへやってくる。
「星を…見ていたのです」
彼はシルヴィアの横に立つとシルヴィアと同じように空を見上げた。満天の星空だった。
二人は、しばらく、その星空の美しさを堪能した。
「お前には礼を言わなければ…ならないな」
アスターは星空から視線をシルヴィアへと移す。彼女も自分の顔を見つめている。
その澄み渡った穢れのない瞳に見つめられると、心の奥底がさわさわした。
しかも、人、特に女に対して礼を言ったことなどない。
表情は変わらないのだが、緊張で手が汗ばんできた。
「シルヴィア…。あ、あり…ありが……」
『ありがとう』
たった一言の言葉が出てこない。内心アスターは焦っていた。
『何をやっているんだ! 俺は!』
宴を抜け出してきたのは、彼女に礼を言うためだ。
リリィアード、そしてアスターはシルヴィアに対して酷いことしかしてこなかった。
なのに、彼女は自分たちを助けてくれた。見捨てても誰も文句など言わなかったのにだ。
シルヴィアが見せた彼女の心意気にリリィアード第一皇子アスターとして答えねばと思った。
その方法の一つがリリィアード代表として感謝の意を伝えること。意を決してやってきたのに情けない。
情けない自分に苛立った。
『しっかりしろ! 俺!』
自分を叱咤し、再度試みる。アスターは深呼吸し、仕切りなおす。
「シルヴィア、今回のことでは礼を言う。あ、ありが……」
そこで、また止まってしまった。
『くそっ。この馬鹿が!』
心の中で自分自身を罵るアスターにシルヴィアは近づくと、彼の手を両手で優しく包み込む。
「はい」
穏やかな微笑みと共に。
「…シルヴィア?」
礼の言葉は中途半端に途切れてしまったが、彼女はアスターに返事をした。
意味が分からずアスターの頭の中はグルグルする。
『はい? はいって何が?』
自分がおかしくなってるのは分かるが、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
逆にシルヴィアは堂々としたものだった。
「ちゃんと、伝わりましたから」
彼女はうれしそうに笑う。
「アスター様の心の声が聞こえましたよ」
「……」
アスターはシルヴィアの笑顔を戸惑いの表情でしか受け止められなかった。
すると、シルヴィアはアスターから手を放すとベルトに挟みこんでいた白い小さな花束を差し出す。
可憐だが、道端にひっそりと咲くその花は、まるでシルヴィアそのもののようだった。
彼女はその花をアスターに捧げる。だが、その意味が分からず氷の彫像のように固まるアスター。
そんなアスターの反応も一向に気にせずシルヴィアは口を開いた。