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神の娘10


シルヴィアが、ロンバルディアに到着したのは、まさにそのときであった。

森を抜け、彼女の目に飛び込んできたのは、ローザリオン軍に取り囲まれたリリィアード軍の姿。

遠くに漆黒の騎士が地に膝をついているのが見える。


「アスター様!」


シルヴィアは馬で戦場に飛び出した。が・・・・。


ヒヒーーーン


突如馬の首から血が吹き出した。


「きゃーーーー!」


ドンッ


馬の体が横倒しになる。


「あっ」


シルヴィアが身を起こしたときにはもう馬の瞳からは生気が失われていた。剣の切っ先が眼前に突きつけられる。


「これは、これは、あなたにこんな所でお会いするとは思いませんでした」


顔をあげ、彼らを見たシルヴィアは絶句した。


「あなたたちは……」


それは、昨日、アスターを切ったシェファーズ近衛軍の兵士たちだった。


「そこをどいて」


シルヴィアは立ち上がり、剣を恐れることなく近衛兵たちに近づいていく。


「それは、できません」


「お願い。どいて」


しつこいシルヴィアに近衛兵たちは舌打ちする。


「ですから、できません」


業を煮やしたシルヴィアは大声を張り上げる。


「いいから、どいてーーーーー!」


シルヴィアは彼らの輪から飛び出そうとした。


「このっ!」


ゆっくりと、銀色に輝く剣がシルヴィアの命を奪いに近づいてくるのが見えた。


『切られる』


ズバッ


しかし、倒れたのはシルヴィアではなく近衛兵たちの方だった。


「まったく、何度私を冷や冷やさせれば気が済むんですかっ!」


「イオル様!」


「波乱万丈だよな。姫さんは」


「モシャスさん。それにみんなも」


シルヴィアを助けたのはイオルとその部下たちだった。

だが、安堵したのも束の間、遠くにいたローザリオン兵が動くのに気づいた。

剣を抜いたローザリオン兵が一斉にアスターたちに襲い掛かったのだ。イオルたちもそのことに気がついた。


「まずい!」


そして、それを見た瞬間、シルヴィアの中で何かが弾けとんだ。


「やめてーーーーー!」


『アスター様を助けて!』


シルヴィアの魂の叫びに呼応するかのごとく大地がドドドドドドと地響きをあげ、揺れ始めた。


「なっ、なんだ。なんだ」


突然の地震に、ローザリオン・リリィアード両軍の動きが止まる。そして空からギャギャギャギャギャという音がしたかと思うと、太陽が何かに遮られ暗くなった。バサバサバサと空から飛来してきた何かに突如襲われるローザリオン兵。


「うわーーー」


「なんだ!」


「やめろーーー!」


ある者はくちばしで、ある者は爪で攻撃され散り散りに逃げ惑う。その場で繰り広げられる有り得ない光景にリリィアード兵はただ呆然と見守るしかなかった。


「これは…。鳥?」


兵士の誰かがポツリとつぶやく。数え切れないほどの鳥たちがローザリオン兵を攻撃していたのだ。

その猛攻に耐え切れずローザリオン兵は馬で逃げようとするが、乗ろうとしても振り落とされる始末。

結局、徒歩で逃げるしかなかった。

残されたのはリリィアード軍とローザリオンに加担したシェファーズの兵士たちだけだった。

カランと誰かの手から剣が零れ落ちるとそれを合図に次々と彼らの手から剣が離れていく。沈黙が続く。


すると、どこからともなく美しい歌声が聞こえた。その声に導かれるかのように、ローザリオン兵を追い払った鳥たちがロンバルディア平原に舞い降りる。ローザリオン兵に取り残された馬たちも歌声の方へと集っていく。

視線をやるとそこには数人の人間の姿が見て取れた。

その中心にいるのは淡い輝きを放つシルバーブロンドの少女。

彼女は少し小高い所で祈るように歌っていた。だが、兵士たちがいるところからは大分距離があり、歌など聞こえるはずがない。なのに、聞こえるのだ。

森の中からもさまざまな動物が顔を出す。そよ風に吹かれ、植物たちもさわさわとしゃべりだす。

まさに奇跡としか言えない光景がそこにはあった。



「うううううわぁーーーー!」



この不可思議な現象を目の当たりにしたシェファーズ兵が次々に悲鳴をあげ、その場にひれ伏していった。



「申し訳ございませんでした。お許しください」


彼らの口からは許しを請う言葉が飛び出す。


「お許しください。お許しください。どうか…。聖女シェルファー様!」


アスターの頭の中でエル・ファミーロ教会の老修道女の声が聞こえた。


『聖女シェルファー。大地の神の娘。数多の人間の血に染められた大地を救うべくこの地に降り立つ』


「…神の…娘」


アスターの声が聞こえたのか、シルヴィアがこちらに微笑みかけた。そうアスターは感じていた。


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