変革の波 嵐の一夜3
「お待ちください。アルグリア様!」
止めるシルヴィアを忌々しい眼で見るとアルグリアは侍女たちに目で合図を送った。頷いた侍女たちは一斉にシルヴィアの腕を取り、拘束する。
「離してください。アルグリア様!」
「残りたければ残るがいい。この沈み行くシェファーズと運命を共にするのがお前にはお似合いだ」
去り行くアルグリアの背にシルヴィアは叫ぶ。
「お見捨てになるのですか。お父様を!」
その言葉にアルグリアは歩みを止める。しかし、ゆっくりと振り返ったアルグリアの瞳は冷たく冷え切っていた。
「ふん。元々、なりたくてあの男の妻になったのではないわ。わたくしの命をかけるほどの価値もない男など、最早どうなろうと知ったことではない」
あまりの言い草にシルヴィアは絶句する。
「せめてもの慈悲にそなたは、捨て置こうと思っておったが…気が変わった」
すると、シルヴィアの背後から手が伸び、その手が持つ布で口をふさがれる。
アルグリアの侍女の一人だ。
とっさのことにシルヴィアは抵抗する間もなかった。布からは甘い香り。その香りを吸い込んだとたん、シルヴィアの体から力が抜ける。薄れ行く意識の中で、アルグリアの声だけが聞こえた。
「ディアナの衣装を身に着けさせ、部屋に閉じ込めておけ。わたくしたちが脱出するまでの時間ぐらい稼げるであろう」
そのまま、シルヴィアの意識は深い闇の中へと落ちていった。
『ここは、どこ?』
シルヴィアは暗闇の中、目を覚ました。周りは黒一色。その世界は天もなく地もなくシルヴィアはふわふわと漂っているような状態だった。何分、何時間、そうやって漂っていただろうか。ふと背後に人の気配を感じた。振り返ると小柄なシルヴィアより頭ひとつ分以上背が高い男が立っていた。その男は黒い髪で黒い鎧に黒いマントをつけ、その手には柄も刃も黒い大剣が握られていた。その剣を見た瞬間シルヴィアは全身があわ立つような悪寒に襲われた。
『怖い……』
シルヴィアはガタガタと震える自分自身を抱きしめた。そうしなければ、自分自身が壊れ崩れてしまうような、狂ってしまうような気がしたのだ。すると男性はシルヴィアから徐々に遠ざかっていく。一歩。また一歩。恐れのもとである男が離れていけば震えも治まると思っていた。しかし遠ざかるにつれてシルヴィアの震えはもっとひどくなっていく。
―あの人を行かせてはならない―
なぜかそう感じた。
『待ってくださいっ!』
シルヴィアは彼を追いかけようとしたが、前に進もうにも空気のように漂っている身体は思うように動かない。シルヴィアは焦った。
『どうして。お願い。動いて、動いて』
必死に身体を動かそうとする。しかし、シルヴィアの意志とは逆に身体はどんどん反対方向へと流されていく。
『お願い。待って!』
なんとかしようと必死になってシルヴィアが叫ぶと、その声に反応したからか、急に男の歩みが止まった。男の目の前には身なりのよい一人の男性が跪いている。その様を見たシルヴィアは目を見開いたまま凍りつき、男はゆっくりと動き出した。
『やめて……』
男の腕がゆっくりと振り上げられる。
『やめて……。お願い…』
その手には漆黒の大剣。
『お願い。お願いっ。やめてっ……』
そして、振り下ろされた。
『いやーーーー!』