神の娘9
「弓兵部隊前へ!」
アスターの指示で弓兵部隊が矢をつがえる。
「放てーーー!」
十分ひきつけてから何百という数の矢がローザリオンに向かって放たれた。
ヒューン ドスドスドス
数多の矢が命中する。が、大軍ローザリオンはひるまない。生き残った騎馬隊がリリィアードの陣に突っ込んだ。弓兵部隊は蹴散らされ、あっという間に混戦模様となる。ローザリオンの騎馬隊に数で劣るリリィアードは力負けしていた。
「アービス。左翼と右翼を移動させろ!」
「はい」
アスターの指示通り軍を動かす。このまま、力負けしたと見せかけ、左右翼の陣形を細長くしていき、ローザリオンの部隊を包囲する作戦だった。徐々に包囲網を完成させていくリリィアード。ローザリオンは、気づいていないのか中央突破の勢いを緩めることはなかった。
「よし」
アスターはリリィアード軍に攻撃命令を出す心積もりをして、そのときを待った。
だが、予想外のことが起こった。突如、左右から伏兵部隊が現れたのだ。
「なに!」
包囲網の要である左右翼の部隊が総崩れになる。包囲するために陣形が薄く間延びしたとこを狙われた。
「やられた」
アスターの作戦は読まれていたのだ。そのまま伏兵部隊は中央軍と連携し、逆にリリィアード軍を包囲し始めた。味方が次々と倒されていく。リリィアード軍の命令系統もズタズタで、大混乱に陥っていた。
アスターは悔しさに唇を噛み締め、ローザリオン軍を睨み付ける。連戦連勝無敗の将軍と言われてきたアスター。なのに、相手の策略にまんまとはまり、なす術もないとは……。なんともなさけない限りだった。
「鬼神アスター覚悟ーーー!」
ローザリオンの騎兵が馬に乗るアスターに迫る。
ガキン
「くっ」
かろうじて相手の剣を受け止めたが、傷のせいで本来の力の十分の一もでない。
「やーー!」
相手は気迫を込め、打ち込んでくる。その勢いに押され、馬から転げ落ちた。
「ぐっ」
「アスター様!」
近くで別の騎兵を相手していたアービスがすかさず助けに入る。
ズバッ
剣を一閃。アービスは敵をしとめると馬を降り、剣を支えに肩で息をするアスターに駆け寄る。
「大丈夫ですか? アスター様」
「ああ」
顔色が悪い。ポタッポタッと鎧の下から鮮血が滴り落ちている。
「アスター様……」
脇腹に負った傷が開いたのだ。
「心配するな。大したことはない」
そんなわけがなかった。傷が痛むのだろう。傷口を押さえ、膝をついている彼は今にも倒れそうな感じだった。
「…アスター様。お逃げください」
アービスは言う。
「何を馬鹿な」
アスターの顔が強張る。
「このままでは、全滅です。あなただけでもお逃げください」
アスターは怒りに顔をゆがめアービスの胸倉をつかむ。
「お前たちを置いて一人で逃げられるか!」
アービスはぐっとアスターの両肩を掴むと彼を諭した。
「私たちの代えなどいくらでもいます。ですが、あなたの代わりになれる人間などいないのです!」
「……」
その言葉にアスターは何もいえなかった。
「あなたがいなくなれば、リリィアードはローザリオンに飲み込まれます。国のため。民のため。我々のために。生きてください」
「アービス。おまえ……」
アービスは微笑んでいた。
「さあ、お早く」
その時、アスターの周りを守っていた兵士たちの悲鳴が聞こえた。
ズバッ
「ぐわーー!」
絶体絶命。アスターは敵に囲まれ、逃げ道はどこにも残されてなかった。
『ここまでなのかっ!』
アスターは悔しさに唇を噛み締める。




