神の娘6
『今とんでもないことを聞いたような……』
「すみません。姫。今なんと」
「わたくしも行くと申し上げたのです。ロンバルディア平原に」
イオルは慌てた。
「無茶です。危険すぎます」
しかし、シルヴィアの決意は変わらなかった。
「この戦、誰かが止めなければなりません」
前方を見据え、強い意志を秘めた声音で意思表示をする彼女に、イオルは驚きを隠せないでいた。
『この姫は誰だ』
イオルは初めて会う人間のような眼差しでシルヴィアを見た。初めて出会ったとき可憐で儚い小鳥のような印象しかなかった少女。今の彼女には有無を言わさぬ迫力と気迫が備わっていた。
「ロンバルディアが戦で踏みにじられれば、家畜を養うことができなくなります。牛馬が減れば、労働力として活用しているだけに農作業にも支障をきたし、作物の生産量も減るでしょう」
鋭い考察力に舌を巻く。
「それに、見たくないのです」
シルヴィアは悲しそうに自分の気持ちを明かした。
「また、シェファーズとリリィアードの人間が戦うところを」
「姫」
「わたくしは、シェファーズ人です。でも、半分はリリィアードの血を引いています」
シルヴィアの言葉にハッとする。
「わたくしが愛する祖国の民と母の愛する祖国の民が争うところなど、もう見たくないのです」
「姫…」
この心優しい少女がずっと悲しんでいたことに今、気がついた。母の祖国を怨みたくないのに怨んでしまうことに。
「ですから、止めたいのです。戦を。いえ、止めなければなりません。それにアスター様をお助けしたい」
偽ることをしないシルヴィアの最後の言葉にイオルは不思議でならなかった。
「私もですが、アスターは姫の仇です。その仇を助けたいと本気で思っているのですか?」
シルヴィアは再びイオルを見ると穏やかな微笑で是と答えた。
「どうして」
イオルには全く理解できなかった。その理由をシルヴィアは簡潔に述べた。
「好きだからです」
その時の衝撃は一生忘れられないだろう。予感はあった。だが実際に耳にしてみると恐ろしいほどに威力のある一言だった。
「…だめです」
イオルは拒絶した。
「イオル様?」
「…あなたをロンバルディアには行かせられません」
完全な拒否にシルヴィアが食って掛かった。
「行かなければならないのです。行かせてください」
「だめです」
馬の手綱をしっかり握り締めイオルは答えた。
「どうして!」
今度はシルヴィアがイオルを問いただす。
「武器も扱えぬ方をそんな危険なところに連れて行くわけにはまいりません。それに、姫が出向いても何も変わりません」
「……」
正論だった。そう言われれば、何も言えない。だが、そんなことは百も承知。シルヴィアは引かなかった。