神の娘4
だが、男の腕にシルヴィアが捕まることは二度となかった。
突如ガッシャーンと窓ガラスが音を立てて割れ、そこから、一人の男性が飛び込んできたからだ。
「なんだ! てめぇー」
そう言い終る間もなく、一瞬で懐に入り込まれ、剣でその体を切り上げられた。
飛び散る血しぶきと共に、男の瞳から命の輝きが消える。その屍を踏み越えて、男性は、シルヴィアを抱きしめた。
「姫。よくご無事で」
彼の安堵の声を耳元で聞き、彼の体温を体全身で感じ、生きている実感に新たな涙があふれ出る。
「…イオル様……」
イオルは、そっと彼女から体を離すと、シルヴィアの手を包み込む。すると、そこから短剣がこぼれ落ち、カラーンと床に落ちていった。それを見届けたイオルはシルヴィアを安心させるように、微笑んだ。
「遅くなって、すみません。もう大丈夫です」
それから、イオルは、シルヴィアを自分の背にかばうと、改めて扉の前に立ちはだかっているもう一人の兵士をにらみつける。その殺気のこもった両眼に体が震える。
「うわぁ!」
怯えた兵士はきびすを返し、ノブに手をかけ、扉を開いた。地獄から、現世へと帰還するため、一歩足を踏み出したが、次の瞬間、鉄の塊のような拳に体が押し戻されていた。
バキッという鈍い音がしたかと思うと、逃げようとした兵士の体は床に叩きつけられた。
そして、開け放たれた入り口から、駆け込んできたのは、誰であろう牢屋番のモシャスだった。
「えっ! モシャスさん?」
予想外の人物の登場に、驚くシルヴィアを尻目に、モシャスは手にした鍵で彼女の手枷を外した。
「イオル。急げ。今の音で、すぐ兵士どもがやってくる」
「わかった」
モシャスの言葉にうなずくと、イオルはシルヴィアの腰に手を回し、大事そうに片腕で抱き上げる。そして、進入した際に使った館の屋上から垂れ下がっているロープを握りしめ、壁面を伝い、下の大地に降り立った。そのあとに、モシャスも続く。
「こっちだ。イオル」
モシャスの先導でイオルは館を囲む森の中へと分け入る。シルヴィアの手を引きながら。
しばらくすると、森の中の街道に出た。そこには数頭の馬とそれにまたがっている男性が数人いた。皆、質素な身なりをしているがよく見れば鎧を着込み、手には弓などの武器を持っていた。その中の一人がこちらを振り返る。
「イオル様! ご無事でしたか」
彼らは馬から下りるとイオルに駆け寄り、ひざをついた。それだけで彼らがイオルの直属の部下だと分かる。